ちょっとした狩り
走り続けているうちに暗くなってきたので、野営に切り替えた。
見晴らしのいい丘の上に結界を作り、そこに天幕を張った。
ただし。
食事前にやりたい事があるってことで、キャリバン号と俺に出動依頼をしてきたわけだが。
「なあオルガ」
「ん?」
「俺はともかくなんでアイ以外全員駆り出すんだ?」
なんと、夕食の準備をしようとしていたアイリスまで呼び止めたんだ。
ちなみに俺たちの晩ごはんは、今は天幕でアイが作っているんだが……アイのメニューは博士のとこで体験しているから、とりあえず問題はないと思う。
それはいいんだけど。
「やるのはおまえの戦力分析だ」
「え?」
「クリネルに出てからでもいいと思っていたが、クマの件などで気になる事が増えたから先にやっておこうというわけさ。
で、ちょうどいいのがこの先にいるらしいから、ちょうどいいというわけでねえ」
「……それって、俺にまた何か殺させるんだよな?こんなところに獲物がいるのか?」
こんな、森林限界も越えてる岩砂漠と山の風景の中に?
いたとしても、むしろ庇護対象の動物とかじゃないの?
「少し距離があるからキャリバン号を動かせるようにしてもらったんだが」
「……よくわからんが、遠いのか?」
「というより、万が一にも天幕に被害がないよう距離をとったんだ」
「……」
なんだろう、この嫌な予感は。
「ちなみに獲物は何?」
「ハゲノミヤという」
「……ハゲノミヤ?」
なんか、へんてこりんな名前だな。
「頑丈で強力な魔物だが、待ち伏せ型であまり動かないんだ。
気配も出さないから非常に感知が難しい。
アイリス嬢も無理だろう?」
「うん……あ、タブレットには出てるね」
不思議そうにタブレットを見ているアイリス。
「おまえ確か、虫系とかトカゲとか探知しづらいんだっけ?」
「正しくは、待機中の活動力の低い生き物だよ。
ジッとしてるコカマキリとか、わかりづらいよねえ」
「いやいや、俺に同意を求められても困るんだが」
そういうとこはやっぱり、最強生物ドラゴンの眷属だよな。
結界づくり同様、小物の探知は苦手ときた。
「お察しの通り、ハゲノミヤは虫系だ。
おまえの武器は貫通力がありそうだから大丈夫と思うが、油断すると弾かれるぞ?」
「わかった」
待ち伏せ型ねえ。
嫌な予感しかしないんだが。
「やばいヤツじゃない?」
「大丈夫だとも」
ほんとかよ?
そして十分後。
「ヤバいやつじゃねえか!」
「そうか?」
俺たちは、採石場の一角みたいな広い場所にいた。
そこには巨大な円形のすり鉢状の区画があった。中心は少なくとも100メートルは低くなっていて、その奥には俺の感覚にすらわかる、魔物の気配がバリバリ。
これはアレだろ、アリジゴクの巨大版ってことじゃねえか?
いかんだろ。
かけてもいい、人間なんかパクッと行くクラスのやつだろ!
「ハチ、とりあえず攻撃してみるがいい、やり方はわかるかねえ?」
「いやいやちょっと待て、これは」
そこで言いかけて気づいた。
「……それって、こっちから攻撃しない限り向こうも来ないってことか?」
「この中に入らない限りは問題ないとも。で、攻撃方法はわかるかねえ?」
「前にやった、暗いとこでの攻撃方法でいいのか?」
「それでいいとも」
「なるほどわかった、やってみよう」
魔力を認識し、その魔力に向けて撃つ。
視界の悪いところや暗闇など、目に頼れない時の攻撃法だ。
マテバを取り出し構えた。
「前回より魔力の扱いに長けているから、やりやすいと思うが相手は硬いから注意しろ。
貫通力優先で、もっとも魔力の昂ぶっている位置を狙うがいい」
「魔石直撃でいいのか?」
「それでいい」
「わかった」
魔石そのものは相当に硬いんで、直接これを破壊するのはあまりいい方法じゃない。
だけど、一撃必殺だけが攻撃方法じゃない。
……よし。
「やってみる……っ!」
パン、と一発だけ発射。
その一発が魔力の塊にぶつかった途端。
「!」
暗闇の中に突然、巨大な魔力の輪郭みたいなのが浮き上がった。
突然だけど、夜のサンゴ礁でタコを攻撃した事があるだろうか?
僕はある。
深夜のサンゴ礁の中、ヒザ下程度の深さのところでサンゴに擬態して獲物を待っているタコに三本銛を突き刺したんだけどさ、その瞬間、シルエットに添うように全体に、ぼわぁっと怪獣映画か何かで隠れてるものが姿を表す時みたいに光が走ったんだよね。
それと、そっくり同じ光景が広がったんだ。
それは。
クジラなみのサイズはあろうかという、とんでもないサイズのアリジゴクそのものだった。
うわぁ、やっぱりぃぃぃっ!!
それでなくともアリジゴクってのは凶悪な姿をしているんだが、それの巨大版。
巨大なすり鉢の底から、ボフーンとはみ出してきた巨大な異形は、もはや怪獣映画そのものだった。
それの身体に向け、再度の発射。
命中。
その首の付け根を大きくえぐり、頭をほとんど切り離すことに成功した。
ギシギシ、ギシギシ。
何かが軋むような音をたてて巨大アリジゴクの動きは緩慢になったけど、それでもまだ動いている。
「よしおまえたち、とどめだ!」
「オン!」
「わんっ!」
ケルベロス組が駆け下りていく。
「大丈夫なのか?」
「あれ本体を引き上げるのは無理だが、ケルベロスの出入り程度なら問題ないさ」
なるほど。
「それよりハチ、そろそろ来るぞ?」
「え?……あ」
周囲に突然、今までなかった気配が無数に現れた。
「って囲まれてるし!」
「よし、ここまでは計算通りだな。
ハチ、こっちに向かってくる個体はわたしとアイリス嬢がなんとかする。
おまえはあのデカブツに群がるやつを撃ち殺せ、いいな!」
「りょ、了解!」
俺はマテバを構え直した。
しばらくして、周辺は魔物の死体だらけになってしまった。
「あれはいいの?」
「ほっといていいだろ、あれは」
最初の巨大アリジゴク、ハゲノミヤとやらのまわりに、一匹一匹がカバンほどもある甲虫が大量に張り付いている。
ちなみに、左手の蔓草で調べるとこんな感じだった。
『ハゲノミヤ』状態・死亡
東大陸に主に生息する虫の魔物。
もともと別の名前がついていたが、とある時代の異世界人がハゲノミヤの名を与えた。異世界において、カゲロウと呼ばれる類似の虫の名だとの事。
これで思い出して調べたんだ。
そしたら、見事にデータがあったよ。
Hagenomyia micans MacLachlan……ウスバカゲロウの学名だ。
たぶん、Hagenomyiaをローマ字読みしてハゲノミヤにしたんだろうな。
そして、ウスバカゲロウの幼虫は、いわゆるアリジゴクだ。
だけどウスバカゲロウの学名なんて普通の日本人はあまり知らないだろう。
だからたぶん、昆虫好き少年か、あるいはそっち方面の学者さんだったのかもしれないな。
ちなみにオルガによると、成虫も翼長40メートルくらいになるらしい……どこの大怪獣だよ。
もっとも成熟に十年単位の時間がかかるうえに、成虫はむしろ人族には無害なんだそうだ。
ただ家畜を失敬して食べてしまうので、農村では嫌われているらしいが。
で、命を削りながら相方をみつけて結婚、産卵したら死んでしまうんだそうだ。
次、集っている甲虫たち。
『スンスン』
大型の魔物が死ぬと嗅ぎつけてやってくる肉食の虫魔物。
見た目ゆえに嫌われる事もあるが、実は人族は小さすぎて無害。
また、手足をちぢめて寝ている時のスンスンはツルツル・テカテカして頑丈なので、よく子供たちがおもちゃにして遊ぶ。
これをおもちゃにすんのか。
まぁ俺も小さい時は、ダンゴムシをボール虫と呼んで遊んでたしなぁ。
こっちの世界も、子供たちは自分らの世界持ってるってことか。
感心していたら、オルガにひとこと言われた。
「ハチ、手が止まっているぞ」
「おう」
そうだった、大型の虫魔物から魔石をとってる最中でした。
「一応確認するけど、こいつら食えないんだよな?」
「不可能ではないかもだが、毒やら何やら強いぞ。それに何よりマズい」
「そりゃダメだな」
食ってみるか?という顔をしてきたので、あわてて拒否した。




