異世界のエネルギーシステム論
SFなのか、それともファンタジーなのか。
近代的な発電システムが、実はその基幹部分で「魔力変換」なんつー事をやっているらしい事を知って。
もはや何だか、わけがわからない。
けど。
しかし、ちょっと気になる事がある。
「しつもーん」
「何かねえ?」
「変換した魔力はすべて電気になるの?あと蓄積は?」
「電気に変換するのはかなりの高効率で可能だ。
だが蓄積は……発電所レベルでは無理だな」
「……」
あらら。
俺の言いたい事がわかったのか、オルガは渋い顔をした。
「言いたいことはわかる、蓄積できなきゃ無駄だというのだろう?」
「そこまでは言わないよ、地球の発電も状況は同じだからな」
そこいらのバッテリー程度の容量ならともかく、発電所の莫大なエネルギーを蓄える技術なんて、地球でも夢物語だ。
せいぜい、一部の水力発電所を逆転させて発電用の水を貯める程度しかできない。
「お察しの通り、我々はエネルギーを貯蔵することなく、必要に応じて世界から取り出す方法をとっている。
魔力そのものを二次的に蓄積する方法は今まで限定的にしか存在しなかったし、それを応用する仕組みもできなかったからねえ。
だったら、あとはわかるだろう?」
「必要な時に必要なぶんのみ作るしかない、と」
「そういう事だねえ」
なるほど。
「アマルティアだっけ、彼らの技術にもなかったのか?」
「彼らが残したシステムにはあるが……」
「あるが?」
「技術レベルが違いすぎてね、そもそも手も足も出ないんだこれが」
「うわぁ」
そうきたか。
「ということは、別の視点からも研究してる?」
「もちろんやってるとも。
超文明の遺産に頼らずとも、我々は自然にある魔力蓄積システムを知ってるだろう?」
「魔石のことか?」
「そうとも」
オルガはうなずいた。
「我々が知る最も身近な魔力の蓄積体というと、言うまでもなく魔物の体にある魔石だ。
しかし魔石は生命体が生命活動の中で生み出すものだから、容量も内容も一定してないんだ。
これは機械的に処理する上で問題になるし、小さすぎるものは使い物にならない」
「……?」
あれ、でもそれって?
「なぁオルガ」
「何かねえ?」
「それってつまり、漁業で魔物化した魚がとれたとしても、その魔石は使えないんだよね?」
「うむ、小魚は特にな。
まぁ、ある程度のサイズになると釣り浮きや疑似餌の発光体に使えるものはあるが、基本的には実用にならないと思っていい」
「じゃあ、何とかそれを融合して安定した大容量のを作れば?」
「……」
オルガは俺を見て、そして、ためいきをついた。
「どこの国も、今まさにそれをやってるところだな」
「ほう、進んでるのか?」
「今現在でも研究途上だな。
ちなみにサイカ商会でもやっているぞ。
融合はいちおう可能になったが問題も多くてな、まだまだ研究段階だそうだ」
「へぇ」
蓄電技術ならぬ蓄魔技術ってわけか。
「まったくの人造では無理?」
「そっちは全く進んでいないな。
アマルティアのはやつは、まさにその方式なんだが……さて、あと何千年かかるやら。
何しろ、基礎理論のとっかかりすらも掴めてないからな、予測がつかない状態だよ」
「そうか」
さすがのオーバーテクノロジーってことか。
「エネルギーの蓄積に問題があるのはわかった、現状で弊害とかはないのか?」
「ないな」
あっさりとオルガは言った。
「この世界に現在、アマルティア時代から動いている魔力発生器……地球的に言えばエネルギープラントといえばいいのか?それは数機あるが、そのほとんどは空転状態に等しいんだ。
先生……おまえの言うミニラ博士のところみたいな例外もあるが、そもそも惑星全土を覆っていたという巨大文明を支えるほどのプラントだ。毛ほどの負荷にもならないだろう」
「なるほど」
21世紀の電力需要を支える最新鋭の原子力発電所がエジソンの時代にあったとしても、そんな電力使い切れるわけないわな。
「そういうことだ。
きちんと消費にあわせてエネルギーが作られているから、問題は起きていない。
……別の問題はあるがな」
「というと?」
「うむ」
オルガはためいきをついた。
「わたしが知る限り、どのシステムも数千年、数万年もそのまま動き続けるものばかりだ。
だがひとつだけ、異常動作の形跡があるんだ」
「ほう、どこだ?」
「封印されているタシューナンのトンネルなんだが、その奥にアマルティア時代の動力炉が今も稼働しているんだ。
どうもおかしな動きをしているのは、そいつらしい」
「それ、まずくね?」
なんか、あんまりいい予感がしないんだが?
「今日明日どうのという事はないと予想しているが、放置するべきではないと思う。
実は百年ほど前、まだ封印される前に確認しにいったんだが、当時のわたしでは手も足も出なかった代物でな」
「手も足も出ないって……専門家のおまえがか?」
「うむ」
お、おいおい。
「それはまた、どんな感じにダメなんだ?」
「実は今まで知られていたアマルティア時代のどの炉とも違う代物なんだ。
魔力でもなければ通常のあらゆる物理エネルギーとも違うようだ。
一種の相転移炉じゃないかと思うんだが、そもそもなんの相転移をエネルギーにしているのか、まるでわからなくてな。
おまけに説明書きなどで書かれている言語もまったく未知のものときてる。
さすがのわたしも頭を抱えてしまったよ」
「……なんだよそれ」
俺は唖然としてしまった。
「相転移炉というのは、どうしてわかったんだ?」
「あと付けで魔力変換炉がついていて、こちらはアマルティアのものだったんだ。
で、そちらの注意書きに、相転移炉の停止を確認してたら止めるようにと書いてある」
「……それだけ?」
「ああ、それだけだ」
うわぁ。
それじゃ、実際の構造などは全くわからないって事じゃねえか。
「難物にもほどがあるな。
それでオルガ、どうするつもりなんだ?入り口が封印されてるんだろ?」
「それなんだが、我々だけ中に侵入するなら手はあるさ」
「そうなのか?」
「うむ、ある。
ただし、いくつかの懸念事項があってな、わたし一人で行くのは危険なんだが」
「それ、俺が手伝えば行けるか?」
「……いいのかねえ?」
オルガが俺を見た。
「いいも何も身内だろうが。
それに、そんな面白そうな話、できれば混ぜてくれよ。な?」
「……すまん」
「なんで謝るんだ?俺はむしろ嬉しいぞ」
「嬉しい?」
首をかしげるオルガに、俺は言った。
「当たり前だろ。
自分が大切と思う人間が、しかも、俺が得意とするだろう分野で頼りにしてくれてるんだぞ?
こんな、やりがいのある事はないぞ」
俺は、自分のやりたい事、もっとも得意な事を仕事にできなかった種類の人間だ。
確かに仕事上、がんばって自分の居場所を作ってきたわけだけど、正直いえば、一山いくらの人材のひとり、歯車のひとつだったにすぎない。必要とされたのは俺じゃないんだ。
だけど今、求められているのは生活のための俺のスキルでなく、俺そのものだ。
これは、俺みたいな人間にとっては、とてもうれしいことなんだ。
そういうと、オルガは楽しげに微笑んだ。
「そうかい……じゃあ、調べに行く時には頼りにさせてもらうよ?」
「おう、全力を尽くさせてもらうよ」
この約束がすぐに実行される羽目になるとは。
俺もそうだけど、オルガももちろん予測していなかった。




