魔法
浜辺の時間はまったりと過ぎていった。
俺も安物のパイプ椅子を置いて、火のご機嫌を見つつまったりと。
やあ、落ち着いたわ。
おっさんと子供と子犬が、ボロの軽四で浜辺でデイキャンプ……まあ普通だよな、うん。
いつのまにか、おっさんが若返って青少年になっちまってるけど。
ボロの軽四が、なんか浮いて走るナゾのファンタジー車になっちまってるけど。
子供が、日本のキャンプ場ではまず見ない、北欧系銀髪幼女だけど。
そして、子犬が三つ首のケルベロスだけど。
……よ、よくある光景だよな、な!
は、は、ははは……。
「パパ、まったりしてる?」
「ん?うん、そうだな」
昨日の今頃は、ひとりぼっちで不安に駆られていた。まずは水を確保しなくちゃって、ソレだけを考えていた。
だけど今は?
まがりなりにも、話の通じる道連れ。
そして、膝の上で眠りこける子犬。
で、とりあえず水も食料も何とかなりそう。
不安材料はある。問題も山積みだ。
だけどさ。
でも、こうやって空を見上げてのんびりすることも、人間必要だろ?
俺のキャンプ用品は一人用なので、シェラカップのたぐいも一つしかない。俺の愛用する深底のやつだ。
だけど二重底の熱くない鹿番長製マグがあるので、沸かしたノンシュガーのカフェオレはそっちにいれてやった。
アイリスはオーバーオール姿なのをいいことに、砂の上にあぐらをかいて、そのマグを両手で持ち、ングングとカフェオレを飲んでいる。
「アイリス」
「ん?」
「例の件たのむ」
時々クラっときたり、あっちゃいけないものがあったりする件。
「ん、わかった」
飲み終わったマグを俺に戻すと、俺の方をじっと見た。
「結論からいうと、パパは無意識に魔法を発動してるんだって」
「無意識に?」
うん、とアイリスはうなづいた。
「クラっとくるのは、召喚や実体化で大量の魔力を使ってるからなんだって。
お洋服や包丁もそう。
ほしいなーって思ったものを元の世界から引き寄せてるんだって。場合によってはないところを補ったり、改造したりしながらね」
「無意識に?改造?」
「うん」
「すまん、さっぱりわからないんだが?」
「うん、順に説明するね?」
アイリスは、不出来な生徒の俺ににっこりと笑った。
「魔法とはそもそも、精霊分に働きかけて発動するもの。もともとこの世界にあったものじゃなくて、精霊分と生命体の接触によって生まれたものなの。発動条件は生命体の意思」
「意思?つまり、こうあれと思えば、こうあるってことか?」
「そういうこと」
アイリスは大きくうなづいた。
「現在、この世界の生き物のほとんどは、威力の大小を別にして皆、魔法が使えるの。
まあ、鳥やお魚に抽象的な意識があるわけじゃないし必要もないから、単純に生存競争に有利にするために使われてるわけだけどね」
「なるほど」
そりゃそうだ。
「通常生物である人間の周りにだってわずかながら精霊分があるし、それを使うことができる。だからもちろん、混在生物となって生まれた異人種は言わずもがなってやつよね。
そしてこれは、この世界に来る時、世界間にある精霊分の層を通過して、大量の精霊分を連れてきちゃったパパも例外じゃないの。
パパは現時点で通常生物でなく混在生物になってて、原理的には魔法も使えるわけ」
「……原理的には?」
何か条件なり制限があるってことかな?
「ちょっといいか?」
「なあに?」
「精霊分の層を通過して連れてきたってことだけど……イメージとしては、そうだな。途中でシャワーの下を通り受けて、スブ濡れで目的地に行っちゃったイメージでいいか?」
「それだと誤解を生じると思うけど、とりあえずそれでもいいよ」
「そっか」
「うん」
アイリスは、大きくうなづいた。
「経過はわからないけど、パパは大量の精霊分をとりこんだの。体感は一瞬だったみたいだけど、実際にどのくらいの時間かはわからない。
とにかく、どっぷりと精霊分に染まりきった、でも不安定な状態でパパはこの世界に転がり込んだんだと思う。
で、ほとんどその直後に、ありあまってる膨大な精霊分を消費して何かを行い、それでやっと存在として安定化したんじゃないかって」
「何かを行った?」
「キャリバン号、呼んだんでしょ?」
言われてキャリバン号を見た。
「後から来て、それで、元とは少し違ってたんでしょ?」
「……少しどころじゃないぞ」
謎仕様のファンタジー車になってたわけだし。
「とんでもなく、おかしな仕様になってるのはなぜだ?
だいたい、タブレットの組み込みカーネルまで改造されてソフトも一部入れ替えられてるみたいだけど、あれは誰の仕業だ?」
「パパ自身だよ」
にっこりとアイリスは笑った。
「くり返すけど、魔法を発動するのは、生命体の意思。触媒は精霊分で動力源は魔力。そしてその魔力は、精霊分を取り込んだ生体組織が生み出すもの。
パパが何を思ってキャリバン号を呼んだのかは知らないよ?
でもひとつ、わかる事があるよ」
「わかること?」
「つじつま合わせ」
にっこりとアイリスは笑った。
「あっちの世界では、キャリバン号はガソリンだっけ、燃料が必要だったんでしょ?」
「おう」
「でも今は魔力で動いてる、そうだよね?」
「そうだ」
「たぶんパパは単に、こっちでその『ガソリン』が手にはいらないって思ったんじゃない?だから『つじつま合わせ』が行われたんだよ。ガソリンなしで走って欲しいってパパの願望に従ってね」
「最後が意味不明だが、ガソリンどうしようって思ったのは正解だな」
マジックメーターと浮いて走る謎仕様でうやむやになったけど、確かに重大な懸案事項だった。
見渡す限りひとの気配も、文明のニオイのかけらもない世界。
当然、道路もなきゃスタンドもない。
そんな場所で、どうやって車を走らせ燃料を……って、ちょっとまて。
「おい」
「ん?」
「まさかと思うが、つじつま合わせって……」
俺はあの時、確かにキャリバン号を求めた。
だけどそれは、目の前の異常事態の逃げ場としてだ。現実から逃げ出したかったんだ。
もし俺の愛車がウニモグとかベンツのトラックだったらそれを求めたろうけど、
残念、俺の愛車はポンコツ軽四のこいつだった。
ただそれだけのことだ。
だけど同時に、キャリバン号が「何もない荒野」で使える乗り物ではないことも内心わかってた。
当たり前だろう。
日本の軽四は日本の道で走るもの。
少なくとも、人類発生以前みたいな何もない荒野で使うものじゃない。
だから、その「現実のすり合わせ」が行われたと?
燃料問題と道路問題の同時解決に、キャリバン号を謎仕様に?
さらに迷子の不安から、タブレットをこの世界に適合?
……そんなバカな!
とはいえ事実そうなってる。
これはもう……理屈でなく、まずは向き合って見るしかないかな。
発動条件にナゾの部分があるし、アイリスの説明も信じられるわけではない。
でも。
なるほど。
アイリスの言い分通りとするなら、確かに俺の意思かなにかをトリガーに、何らかの現象が起きているといえるわけだ。
ふむ。
「よくわからんけど、まあ暫定的に理解した」
「えーと?」
「言葉ではわかったけど納得できないってこと。
……まあ、俺から出ていること、願望かなにかで発動してるってのは理解した。あとは実際に再現してみて考えるさ。ありがとな?」
「あ、うん、わかった」
とりあえず、最大の懸案事項は目鼻がついたかな?
おっと、そういえば。
「そういや、この世界の住人は魔法が使えるんだよな」
「うん」
「こう、いかにもな魔法ってつかえるの?」
「いかにも?」
「物語的というか、こう、指先からファイヤー!みたいな?」
「ああ、これ?」
そういうと、アイリスの指からポッと小さな火がでた。ロウソクくらいの。
「おおっ!それ!そういうやつ!俺も使えるの?」
「んー、使えないよ。使えるけど」
ん?
「何、その奥歯に何か挟まったみたいな表現」
「この世界にある一般的な魔法は使えないと思う。自分で魔法を作った方がはやいよ」
「なんで?」
そういうと、アイリスはちょっぴり苦笑した。
「いったでしょ、魔法は意思で発動するって。
こういう魔法は体系化されて、この世界の一般的な住人の思考にあわせてあるの。だからパパが使おうとすると」
「……想定されるイメージが違うから、発動しなかったり予期せぬ挙動を示すわけか?」
「うん、そういうこと」
なるほど。
ポンと小さな炎を出すべきところに、火炎放射してしまったらどうする?
紙を燃やせばいいところに、純鉄も溶解する2000度オーバーの炎を出してしまったら?
……発動しないならいいけど、大惨事を引き起こしてからじゃ遅いわな。
「なるほどわかった。俺は俺のを極めろってか?」
「うん」




