独身めしと家族めし
俺とオルガが蔓草でいろいろやっていたちょうどその時。
アイリスはというと、アイに手伝わせて食事を作りつつも、ときどき俺とオルガを時々見てニヒヒと笑っていた。
……いや、いいんだけどさ。
なんとなく、どこかその調理風景に違和感をもっていた。
その違和感は、食事風景にハッキリと現れた。
なんだこれ。
そう言いかけたんだけど、あわてて口を閉じた。
え?なんでって?
バカヤロ、考えてもみろよ。
かりにあんたが大事な人のために何かを作り贈って「なんだこれ?」って言われて嬉しいか?下手するとトラウマだろ?
いくら俺だって、それくらいわかるよ。
で、問題はだ。
「なぁアイリス」
「なあに?」
「うまそうな料理が並んでいるけど、これは……うちにない料理だよね?」
そうなんだよ。
アイリスの料理は基本、地球のものばかりだったはずだ。
理由はたぶん、俺の記憶から料理の名前なんかを特定し、それをタブレットで検索して作っているからだと思うけど。
でもこの料理は……何か違わねえか?
俺の知らない、見たことのない料理に見える。
「もしかして、これはもしかしてオルガの?」
そしたら。
「正解だねえ」
オルガが笑った。
「やっぱりそうなんだ、しかしいつのまに?」
「それは秘密だねえ。
もともとアイリス嬢は、かなりの勢いでスキルを上げていたが、異世界料理が中心で工夫に苦慮していたから、こちらの料理を教えたのさ。
まぁ魔族領の料理、しかも、わたしのできる簡素なものに限るが」
「助かったよぅ、ありがとう」
「なんのなんの。
ハチをしっかり食わせるために覚えているんだろう?これも利害の一致というやつさ」
「うん」
「……どういう意味だ?」
なんか、謎の同意をしているふたりに、俺は疑問を投げかけた。
「どういう意味も何も原因はおまえだぞハチ」
「え?」
「パパって、ひとり旅の時は、すごく食事の手を抜いてたんでしょ?」
「ん?あーそれは、その」
だってそれはよう。
野郎の一人飯なんて、食えればそれでいいじゃねえかよう。
だけど、そう言うとオルガにぶった切られた。
「わたしだって、研究中は簡素な食事ですますからその気持ちはわかる。
旅の途中は簡単にすませたいっていうのはそういう事なんだろう?
だがハチ。
アイリス嬢が読み取った昔のハチの食事内容は……さすがにちょっと問題があるぞ」
「え、なんで?」
俺は首をかしげていると、アイリスがつぶやいた。
「ふりかけソーメン」
「ん?うまいぞ?」
「小麦粉を水でこねてフライパンで焼く」
「ああ懐かしいね、それはカブで日本一周してた頃のだ。どうしても味付けを濃くしてしまうしな」
「ごはんに塩かけて食べてた」
「キャンプで炊きたてのごはんはうまいぞ?」
「……ハチ」
「ん、なんだ?」
オルガに肩を叩かれ、振り返ったのだけど。
「……」
なんか。もんのすごく怒ってるんですが?
「そういう食事は非常時にするものだ、日常にしちゃいかん」
「だ、大丈夫だって。昔から旅の途中は気軽なのが一番だったし」
「では聞くがハチ、おまえはその、ふりかけソーメンとやらをどれだけ食べれば一食足りる?
日本にいた頃のおまえじゃない、今のおまえだぞ?」
「え?そんなの、揖保乃糸なら一束もあれば」
そこまで言ったところで、ふと気づいた。
そういえば最近俺、食事量増えてねえ?
あ、そうか、アイリスが作ってくれて、うまいからつい、食い過ぎるんだ。
あれ?でも?
「……気づいたか?」
オルガが小さく笑った。
「日本にいた頃のおまえは『おっさん』だったのかもしれないが、今は魔力のせいで若返ってるんだぞ?
当然、必要な食事量は増えている。
おまけに、いかに精霊分の影響とはいえ莫大な魔力を運用する以上、その消耗も食欲の増大につながる。
つまり。
おまえが大丈夫と思っている食事量では、もはや全く足りてないんだ」
「……まじか」
全然、自覚がなかったんだが。
思わず右手で口をおさえていたら、アイリスまで言い出した。
「今のパパの食事量だと、保存用タッパーのおそうめんとふりかけ、3日くらいでなくなっちゃうよ?」
「……マジかよ」
前の食事量なら二ヶ月は食い伸ばせそうだったのに。
「おまえの調理技術でこの量をとろうとしたら、さらに質より量にせざるをえまい?」
「……そうだな」
いくら俺でも、それは容易に想像できるわ。
「だからアイリス嬢に調理技術を託しているんだ。それが一番いいからな。
おまえは自分でやりたいと思ったら、好きな時にアイリス嬢から習うといい」
「……わかった、すまん」
「別にいいとも。
わたしがもっと料理が得意ならいいんだが、あいにくと無精者の研究者だからな、これ以上は難しい。
クリネルの大図書館には各国の料理本もあるからな、アイリス嬢に見せてやるといい」
「おうわかった、そうするよ」
料理といえば、俺にはちょっと忘れられないエピソードがある。
俺の母親のことだ。
人には二種類いる。
何かを作る人と、そうじゃない人だ。
作る人というのは、とにかく息をするように何かを作り続けている。
何かを創作し、改良し、工夫を常に、当たり前に繰り返している。
彼らはとにかく、その分野については非常にマメマメしい。だから、たとえ才能がなくとも膨大な時間の積み上げで一定レベルまでは可能にしてしまう。
母はそのいい例だった。
彼女の料理はオリジナリティにあふれ、一生かけて磨きあげた非常に美味しいものだった。
さらに料理の他にお茶は裏千家、お花は池坊の看板持ちで、和裁もできるが洋裁は洋裁教室までやっているような人物だった。だから若い頃は、しょっちゅう頼まれた誰かの服を作ったり、あちこち呼ばれて会場の大きな生花を作るような事もしていたらしい。
結婚したあとにいろいろあって、多くはそれっきりになったが……最後まで残ったのが料理というわけだ。
俺は残念だが、作る側の人間ではなかった。
母がいなくなれば、母の料理の味は母の思い出と共に記憶の中に残るだけになる。
だが、それでいい。
ひとの一生の中で見聞きするもの触れるもの、全ては響き合いつつ、思い出の中に消えていく。
だから数少ない帰省のたびに、母の作ってくれたものを噛み締めて食べていた。
それでいいと俺は考えていた。
ちなみに、俺の姉貴はそういう考えをもたなかった。
姉貴は、母から子供の頃に料理を仕込まれていたが、嫁入り先で料理の必要がなくなると、それをさっさとやめてしまった。そして子供が大きくなってからは、子供に作ってもらって食べる人になった。
あ、念の為にいうと、ずぼらしていたわけではない。むしろバリバリ仕事して嫁入り先で一番の稼ぎ手になっていたんだから、それはそれで彼女の選んだ道というわけだ。
そんな姉貴なのだが。
母が老いてくると心配になったのか、もっと帰省して母の料理を受け継げと無茶を俺に言い出したものだ。
だがあいにく、俺はそれをするつもりはないし、そんな経済力もない。できるとも思わない。
だけど、それを姉貴に理解してもらえるとも、もらおうとも思わなかった。
だから、ただ肩をすくめて「無理」のひとことで拒否したものだった。
そんな、ちょっと胸の痛い思い出。
つーかね。
かりに母の料理を受け継いだとしても、母がいなくなったあとに姉貴に振る舞うわけがないのに、何いってんだか。
彼女の料理は日常の料理だった。
それは俺が行く場所で、俺が出会う人々に振る舞うものになっただろう。
たまに墓参で戻るだけの土地で、もはや余所者にすぎない俺が誰かに振る舞う事はない。
「ハチ」
「ああすまん」
いけない、思考の海におぼれていたか。
「ちょっと昔のことを思い出してたんだ」
「ほほう、母か?それとも彼女か?」
「彼女はいた事がないな」
「……ほんとかねえ?」
「ほんとだって」
なんか微妙に疑われてるな。
やれやれ。




