ここをキャンプ地とする
昔の地球の旅行記で、灼熱の砂漠を渡るのに昼に休み、夜に歩いたというものがあるそうだ。
確かにその選択肢そのものはおかしくないと思うんだけど、あくまでそれは例外的なものだと俺は認識している。
なぜなら、やっぱり人間という生き物は基本、昼動いて夜は寝る種類の生き物だと思うからだ。
世の中には夜行性だったり、朝晩の明け暮れのみ活動する生き物は確かにたくさんいる。
だけど俺は、同時にこういう話も知っている。
野生なら夜行性のはずの動物であっても、人間の飼育下では夜に寝るようになり、さらには無防備に昼寝するようになるケースが報告されている現実だ。
……それらのことを考慮したうえで言おう。
人間はやはり、基本は夜寝るべき生き物なのだと。
まぁ、そんな俺のひとりよがりは置いといたとしても、やはりこの世界の旅人もあまり夜間移動はしないようだ。
事実、陽がかげりはじめると、気の早い隊商はもう、ぼちぼち停車場に隊列を停めはじめた。
ああ、うん。
あれは元から停泊場が決まっているか、次までの距離といろんな要素で決めたかだな。
「ねえパパ」
「ん?」
唐突なアイリスの声に目を向けると、不思議そうに窓の外を見ている。
「あの人たちどうしたの?まだこんな明るいのに?」
「……ああ、そういうことか」
うちは俺が車中泊中心だし、オルガの天幕もワンタッチに等しいヤツだからな。
普通の野営にかかる時間なんて、アイリスが知るわけないか。
オルガは……面白そうな顔で注目してる。俺がどんな言い方をするのか興味があるんだろう。
「なぁアイリス、たとえば外で食事を作るとして、もし真っ暗だったら明るくしないとダメだろ?」
「え?あ、うん」
「それに食事だけじゃない。
彼らはたぶん、俺たちみたいに車中泊できないだろうしな。
するとテントを張らにゃならんわけだけど、彼らはたぶん、オルガの天幕みたいに一瞬でズバッと張れるすごいテントも持ってないだろう。
そうするとだな、時間がかかるわけだろ?
だから、それを前提に早めに野営地を決めるのさ」
「……」
む、わからないかな?
もう少し押して見るか。
「これはあくまで俺の見解だけどな。
野営地の決定から停車、そして食事の準備にかかる時間となると。
そうだな、場合によっては小さな集団でも一時間以上かかるだろう。
ましてや腰の重い大集団だと、その何倍もかかると思うぞ」
「え、そんなに?」
驚いているアイリスに続けた。
「まぁ考えてみろよ。
俺たちは便利道具もあるし、全員がそれぞれに野営に使える能力を持ってるから、とても快適かつコンビニエンスにキャンプができているわけだけどさ。
裏返すと、彼らはそうはいかないって事だろ?
いいことを教えてやろうか?
オルガの天幕に似たやつで、地球の遊牧民が使うゲルって移動住居だが。
手慣れてる現地の人間でも、本体一棟建てるのに一時間はかかるんだぜ?
彼らは人海戦術で、ばばーっと建てちまうらしいが」
「……」
アイリスは絶句していた。
「オルガ、ここまでの俺の説明で、この世界の人間の感覚とズレてるところはあるかな?」
「あー……時間の長さはわからないが、設営や炊事に手間がかかる点はハチの言う通りだねえ」
「だ、そうだ。わかったかい?」
「へぇ……そうなんだ」
アイリスは興味深そうに俺とオルガを見て、そして停泊のために列を離れていくクルマたちを見た。
「あの人たちが、どれだけの強さの明かりを持っているのかは俺も知らないよ。
もしかしたら超絶明るいのを持っているかもしれん。
でもね。
どんなローコストでも明るくても、明かりを灯すというのはつまりコストだ。
無料で使えて手元まで明るい、太陽の輝きのあるうちにすませたほうがいいだろうね」
「そっかぁ」
ふむふむとアイリスはうなずいた。
「そんじゃ、パパは今日はどうするつもりなの?」
「んーそうだな、正直なところを言うと彼ら商隊のいるところに停めたい気持ちはあるが」
そこまで言って、俺はオルガとアイリスを見た。
「……今日のところはやめとこうと思う」
「そうなの?」
「ああ」
「わかった」
アイリスは素直にうなずいて、オルガはちょっとむずかしい顔をした。
結局。
その日の俺たちのテント場は、彼らからも道からも少し離れた丘の上にした。
決めかねていたら、オルガが唐突に「ここがいいかも」と言い出したのだ。
「なんか理由があるのか?」
「これだねえ」
「む?」
オルガの指し示すものを見ると、小さな杭のようなものがあり、そこに何かのマークがあった。
なんだこの、片目を閉じた猫みたいな、どこか懐かしいマーキングは。
「なんだこれ?」
「サイカ商会のマーキングだよ」
「ほう?」
シャリアーゼの方でお会いしたサイカ・スズキだっけ……黒猫の女商会長さんを思い出した。
「おそらく、ここはサイカ商会の野営地の可能性が高い」
「安全は確保されてる?」
「問い合わせは必要だがな」
「今すぐできるか?」
「できるぞ」
「頼む」
「わかった」
するとオルガは、ポケットから小さな石を取り出し、それを耳にあてた。
「……ああ、わたしだオルガだすまない、今大丈夫か?
実は今、北クリネル山脈の南大陸側からの踏破初日なんだが、商会のらしい野営場を見つけたんだが。
うん、うん、そうだ。使って問題ないか?……わかった了解した。
……は?いや、それはない、ないというか想像に任せよう。
ああうん、ではな」
そういうとアクセサリをポケットに戻した。
「伝声石……サイカさんたちか?」
「うむ」
「へえ……だいぶ離れてるだろうに音声通話できるのか」
学者のタブレットは、あくまで文字や図形がベースで音声通話機能はない。しかも魔族のように強い魔力のない種族には扱えない。
それでも、大陸間通信ができる時点ですごいものだが。
なのに音声通話を可能とするとは。
「伝声石がもともとわたしの発明という話は覚えてるかねえ?」
「ああ」
「じゃあ、こいつのアイデアについて話はしたかねえ?」
「……すまん、覚えてない」
「ひとことで言えば、元のアイデアは地球で言う伝声管というやつなんだ。……伝声管は知っているか?」
「伝声管?そりゃ名前は知ってるけど」
むかしの戦艦なんかで使われてたアレだよな?
「あれは名前通りの管だろ、それがどうして?」
「前に、金属の筒を使って伝声管を再現し、その動作原理を調べていて気づいたのさ。
もしかして、途中の管を魔法で代用できないかってことだねえ?」
「……すげえこと考えるもんだな」
まぁ、こいつは天才ってことなんだろうな……マッドがつく方かもしれないが。
「魔力波動を一種の波として、音声の振動で歪ませる形で音を入れ込み、反対側で復調させる術式を考えたわけなんだが」
「絡ませる……」
あ。
「何か気づいたかね?」
「そうか、振幅変調だ!」
「振幅変調?」
ああ、わかんねえか。
「地球で電波に音声を乗せる時に使う、一番原始的な方法さ」
ラジオの中波放送、通称AM放送で使われてるやつさ。
通信の世界では大昔に廃れた方法ではあるけど、技術的にはよく枯れてる。
「それで、その方式でどれだけ届くんだ?」
「一対一でしか使えないし遠くなると送受信に結構な魔力がいるんだが、代わりに大陸間通話すらも可能になったぞ」
「そりゃすごい。
あれ、でも猫人族って魔力あまりないよな?どうしてるんだ?」
サイカ商会は、猫人族だけの商会だからな。魔力は問題だ。
「あそこは通信に関していえば、最初から魔石前提で組み上げているからな。部署ごとに専門の通信士がいるぞ」
「へぇ」
国をまたがる商隊なら、素早い情報共有は生命線なんだろう。
なるほどなぁ。




