クマ退治顛末
「こりゃまた見事なリリンだねえ……見事すぎる」
タブレットを何か操作しながらオルガが言った。
「見事すぎると何かあるのか?」
「このサイズの個体になると、自ら街道に近づく事はあまりないはずなのさ。
結界を結界であると認識した上で、わざわざ警告している場所には近づかないという態度をとるんだねえ」
へぇ。
そういやクマも、人間にわざわざ手を出すのは若い無鉄砲なクマだけだと聞いた事がある。
……人の味を覚えてしまったやつ以外は。
「でも、こいつは入ってきてる……何か理由があると?」
「あいにく根拠はないけどねえ」
「合理的な理由はないけど、気になる?」
「そんなとこかねえ……すまないねえ、学者にあるまじき言い方で」
「いや、いいさ。
そういう違和感がもとで発見されることもあるかもしれないじゃないか」
「妙に確信的だねえ……それは何か根拠みたいなものがあるのかねえ?」
「だって、歴史的発見ってそうじゃないか?
データの積み重ねた上、さらにその上で、従来説を完全に覆すような結論にたどり着いて、それが新発見になるんじゃないのか?」
たとえば、大陸移動説をとなえたアルフレート・ヴェーゲナー。
それを主張するきっかけになったのは、気象学者として各地の気候や地形のデータを集めていたからだったという。
彼は大西洋を挟んで遠く離れた地形がよく似ている事に気づき、そこから、かつてこのふたつの陸地はつながっていたのではないかという着想にたどり着いた。
だがそれは、当時の常識を真正面からかなぐり捨てる代物で……当時の学会からは笑いものになり、まともに相手にもされなかったようだ。
それは彼の葬式の時「偉大な気象学者」と語られ、大陸移動説のことはガン無視されていたほどだった。
その話をすると、オルガは「ほほう?」と興味深そうな顔をした。
「まぁ、過去の常識が新発見でひっくり返るのはよくある事だから仕方なかろう。
ちなみに当時、その分野の常識はどうなってたのかねえ?」
「んー、よくわからないけど層序学っていうのかな?
ほら、地層っていうのは古いものの上に新しいものが積もっていくだろ?」
「地球の学問分類はわからないが、まぁ言いたいことはわかるねえ。
つまり大地は動くことなく、ただ火山の噴火や侵食、河川などによる土砂の流れの積み重ねのみが歴史を作るという考え方で間違いないか?」
「うん、たぶんそんな感じ……よくわかるな?」
「この世界も同じような歴史をたどっているからさ。
ついでにいえば、大地が揺れ動いて当然という考えが受け入れられるには時間がかかり、最初の発案者は物笑いの種になったはずだねえ」
「……そりゃまた、笑えないほど似ているな」
「まるで地球の話みたい、かねえ?」
「ああ」
俺の反応にオルガは笑った。
「おまえともあろう者が何を驚く?
そもそも、この世界にも火山がある話はしたろう?」
「あ?ああ」
何が言いたいんだ?
「いいかいハチ、マグマがあるという事は大地の底が熱いわけだ。
ならば、熱いものは浮かび、冷たいものは沈むのが道理だろう?
そこには対流が生まれ、その上に乗っかる地上も突き動かされるわけだな。
わかるだろう?
それはただの物理現象なのだからねえ」
「……あーなるほど、たしかにそうだな」
そうか。
惑星内部とか小難しいことを考えても、結局はそこなのか。
……うーむ。
なんだかんだいって、俺は地球ってやつを特別視しすぎているのかもしれないな。
「実はホラ、惑星内部から動力をとっているような話もしてたろ?てっきり動いてないのかと」
「内部といっても、別に対流している部分の下まで伸びてるわけではないからねえ。
それに、多少の異変で壊れるようなものでもないしねえ」
「なるほど」
さて、話を戻そう。
ラウラを張り付かせたアイリスが化物ヒグマを検分していたけど、うーんと唸った。
「パパ」
「なんだ?」
「これ、アイリスだと解体に時間かかっちゃうけどどうする?」
「そうか……まぁそうだよな」
冗談でなく化物サイズだもんなぁ、無理もない。
けど、アイリスってウチのメンツで一番解体が得意なんだよな、実は。
俺も習ったけど……そもそも俺の場合、血肉に慣れるためのカリキュラムだったからね。実用的な手伝いには向かないというか、そもそも何していいのかわからない状態だ。
話しているうちに後続の魔獣車が止まりはじめた。たぶん降りてくるつもりなんだろう。
彼らに押し付けてしまおうかと思っていたら、アイリスが言った。
「ねえパパ、アイちゃんにまかせていい?」
「アイに?あいつ解体できるのか?」
「解体っていうか分解らしいけど、たぶんできると思う」
「そりゃ面白そうだ、できれば頼む」
「おっけー、呼んでくるよ」
そういうとアイリスはキャリバン号に駆け戻り叫んだ。
「ねーアイちゃん、ちょっと手伝って、解体するの……わっ!」
「っ!?」
アイリスだけでなく俺も驚いた。
何か霧のようなものがキャリバン号から吹き出して、こっちに向かってきたからだ。
「……おいおい」
よく見ると、それは無数のオレンジ色の蜂だった。
それは、わんわんと音をたてながら蚊柱のように集まると、急にCG合成のようにカタチをかえた。瞬時にすべてのカタチが崩れて組み代わり、たちまちメイド服を着たミニラ博士の姿に変貌してしまった。
……おぉ、なんと。
ビックリしたけど、なんかファンタジーっぽくてカッコいいな!
「お呼びですか、ハチ様、アイリス様」
「……へぇ、なかなかすごい登場だな」
「分離・集合する演出についてアイリス様に教えてもらいました。それで応用してみました」
「……」
アイリスの方を見たら、なんか、必死によその方向を見ていた。
……何を教えてるんだかなぁ。
ま、いいけどさ。
「えっとな、このクマを解体してほしいんだが、できるか?」
アイはクマを一瞥すると言った。
「皮・肉・内臓など用途別に解体しますか?」
「ああ、それでいい」
「了解しました、では少しお下がりください」
「下がる?」
「手でやっているときりがありませんので、戦闘用の触手で解体いたします」
「わかった、みんな下がってくれ!あんたらも!」
集まりつつある野次馬にも声をかけ、車一台分くらいさがってもらった。
「いいぞアイ、やれ!」
「では」
そういった次の瞬間、アイの身体が唐突にはじけた。
……気がつくと、なんか目の前にきれいに整理され、解体されたらしき肉の山があった。
あー、うん、その、なんだ。
俺は何も見てない、見てないぞ、うん。
……思い出したらSAN値が下がりそうなんで、ええ。
見れば、魔獣車から降りてきた面々もドン引きしていた。
……ははは、ま、そうだろうな。
「アイ、ありがとうな」
「これでよろしかったでしょうか?」
「うむ、問題ない。
ところで、好きな部位をやるがどうだ?」
「いえ、解体時に出る細かい細胞や老廃物などいただいておりますので、お気になさらず」
「そうか……じゃあ、一度ここの者たちで分けるから、余ったらケルベロス組とおまえで分けるとしよう。それでいいな?」
「はい、ありがとうございます」
「よし、いきなり呼んですまなかったな、作業に戻ってくれ」
「はい、では」
そういうと、再びアイの姿は幻のように崩れた。
で、再びハチの群れになって、ブンブンとキャリバン号の中に戻っていった……。
……隊商の皆さんの視線が痛いなぁ。
とりあえず声をかけた。
「あーすみません、そちらの商隊の中に、リリン討伐の連絡飛ばせる方います?」
「お、おう、ウチができるぞ!」
あ、空気読んでくれたらしい。
「すみません頼めますか、俺たちは個人旅行者でそういうツテがないんですよ」
「おう任された!」
その会話を皮切りに、いつのまにか遠巻きに見ていた人たちが集まってきた。
「いやーすごいもん見たな!」
「殺したのは兄ちゃんかい?」
「あ、俺です。専用の護身武器があるんで」
「へーそれで倒したのか、見事なもんだ」
「頭に一撃、心の臓に一撃ってとこかい?」
「はいそうです。心臓だけだと即死しないだろうと思って」
「そりゃ違いないが、よく一発で撃ち抜いたなぁ。リリンの頭はボアより硬いんだぜ?」
さすがプロだけあって、どうやって殺したかも速攻バレた……まあさすがに武器の詳細はわからないようだけど。
ところで。
「こいつは魔物化してるから内臓は食えないが、別の使いみちがある。知ってるか坊主?」
「いえ、知りません。できれば教えてほしいんですが」
「魔除けさ、車の屋根に置いとくんだ」
「え、内臓を屋根にですか?」
「とりあえずはな。ま、最寄りの町で売るか干物にしてもらうといいぞ」
まさかウソだろと思っていたら、なんとオルガから合いの手が入った。
「おや、内臓飾りの習慣かい?もっと東のものかと思ってたが」
「内臓飾り?」
「強い魔物の内臓を乾燥させてお守りにするのさ。
乾かしてもニオイは残るから、そいつを苦手とする魔物は近寄らなくなるんだ」
「へぇ」
一種の魔除けか。
感心してたら、商隊の人たちが反応した。
「おや、魔族の譲ちゃん知ってるのかい?」
「ああ、これでも学者だからねえ……ここを通るのは二百年ぶりくらいだと思うんだが」
「……たしか百年くらい前に東方の猟師から伝わったらしいぜ。
最近じゃ、タシューナン東部からエマーンの一部まで広がってる」
「なるほどねえ」
しかし、内臓を屋根に飾るって……どんな趣味だよ。




