探索者と言語理解
「オルガ、単独旅行者とか、少人数で騎乗の旅行者が見えないようだけど」
「ん?」
「もしかしてだけど。
乗り合いバス、じゃねえか、よくわからんけどそういうモノでもあるのか?
それとも、そもそもそういう単身旅行者はいないのか?」
ファンタジーものならそういう旅人は定番だと思う。
だが、ここは異世界とはいえ現実だ。
安全確保の意味で単独旅行はしないとか、そういう原則があるのかもしれない。
そしたら。
「ご指摘の通り、乗り合い便があるぞ。
あと、隊商に混ぜてもらう事もある。
ここの山越えは難所だからな」
「ほう」
それを聞いて、俺はあることに気づいた。
「やっぱり、途中で危険とか、食料確保の難しさか?」
「うむ、あたりだ」
オルガが微笑んだ。
「まず、ある程度の標高までだとかなり強い魔獣や猛獣もいる。
結界が張られているといっても、やはり心配だろう。
そして高いところになると村落なども少なく、あっても余分な食料や水がない。
そして距離も長く、少人数で携行できる資材では危険すぎる」
「なるほど」
昔の紀行本で、サハラ砂漠やオーストラリアのナラボー平原をオートバイで単独走破した人の話を読んだ事がある。
だが、わかると思うけど、車やオートバイで単独、これらの道を進むのは危険も大きい。
乗り物が危険というより、そもそも単独行が危険なのだ。
これらの地域には数百キロに渡って水も食料も燃料も、全く手に入らない道もあったりするし、悪路が多くてトラブルも起こりやすい。
そして、ひとりで持てる水や食料にも限りがある。
安全に旅したいなら、いざという時に相互に助け合える者とふたり以上、できれば2つの乗り物で二人ずつというのが理想だろうか?
そして。
そういう合理性を、ある方向に突き詰めた合理的な形が、いわゆる隊商……キャラバンという形態なんじゃないだろうか?
この俺の仮説を聞いたオルガは「そうだな」とうなずいた。
「おそらくその仮説で正解だろうな。
わたしはひとりで大陸を渡り歩くが、それは両親の遺産のおかげで転移ができたからだからねえ。
実際に長旅をするなら人を雇うなり、ハチみたいな腕利きを探す事になっただろう」
「……はい?」
なんか今、妙な言葉が聞こえた気がしたが?
「えっと、俺みたいななんだって?」
「ん?腕利きか?」
「あ、それ……腕利き?」
「まさか自覚がないのかねえ?」
なんだかオルガの目線に、残念なものを見る目が混じった気がした。
「おまえは充分に腕利きの探索者だと思うが?」
「まさか」
さすがに苦笑した。
「俺はただ、地図見てキャリバン号転がして物見遊山するのが趣味のおっさ……もとい、男だぞ。
旅のエキスパートとはとても言えないし」
本当のエキスパートってのは、車なんかなくても、いつでもどこでも寝場所を確保できるエキスパートだろう。
俺はテントもなしにサハラを旅できる冒険家じゃないし、さすらいの野宿ライダーでもない。荒野の用心棒でもない。
宿代わりに車に寝泊まりしているだけの男だ。
そういったらオルガに笑われた。
「そんなこと言っていたら、徒歩や騎乗で旅するものは高等で、隊商を組む者は素人だという事になってしまうぞ?そんなバカな話があるものか。
確かに集団で動けば一人あたりの危険度は下がるわけだが、今度は移動コストの問題もあるし、速度も上がらなくなる。おまえのように数日で中央大陸の南端近くまで移動する事など絶対に不可能になってしまう。
結局、それはどういう旅をするかによるのではないか?」
「……」
「だいいち、おまえは異世界人だ。この世界の者と旅の仕方が違うのは当然だぞ」
「……でもそれって結局、むこうの経験がこっちで生かせないって事じゃないのか?」
たとえばフランス語しか知らない・話せない、使えない天才的詩人が、突然に室町時代の日本に投げ出されたらどうなる?
おそらく彼は、ただの哀れな流れの異人扱いだろう。
だけどオルガは。
「それは確かにその通りだな。
だがおまえはどうだ?自分の経験や能力を、しっかり活かしているのではないか?
向こうで使っていた乗り物を、こちらで使えるように改造して。
そして、向こうで培った探索の技術を活かしてこの世界を見ている。
違うかねえ?」
「……たしかに違わないが、車は俺の能力じゃないだろ」
「ほほう」
オルガは面白そうに笑った。
「それは元の世界のお前という事だろう?」
「え?」
「元のキャリバン号を作ったのが職人なのか、機械による生産なのかは知らないさ。
だが、それはあくまで製造時の話だぞ?
それに……機械であるからには、おそらく整備が必要だったはずだが。
自分の能力でないということは、整備もある程度は専門家に任せていたという事かな?」
「ああ」
俺ができるのは冷却液の追加とか、本当に軽整備だけだった。
だがそう言うとオルガは笑った。
「だが今は違うねえ」
「え?」
「え、じゃないだろう。
今、このキャリバン号はおまえの魔力で動いている。
消耗や破壊に対する修復もすべて、おまえの『かくあるべし』という認識の元におまえの魔力がやっているんだ。
……まぁひとことで言えば、こいつは事実上、すでにおまえの一部なんだぞハチ?」
「え、そうなの?」
ちょっとまて、それは初耳なんだが?
そしたらアイリスまで「今さら何いってんの?」って顔で俺を見ていた。
え。
ちょっとまって、ええぇ?
そんな話をしているうちに、順番が近づいてきた。
コンコン。
控えめに窓ガラスを叩く音、アイリス側だ。
職員らしき人がいる。
帯剣してるようだし、金属製らしい部分鎧を着ているけど、おそらく兵士じゃないだろう。
え、なんでかって?
明らかに飲んでるっぽい顔と態度だからだ。
思うんだけど。
職務中の兵隊なら、さすがに酒のんで仕事しないと思う……勤務態度がどうのでなく危険だろう。
剣で戦うのか、魔道具みたいなのがあるのか知らないけど。
まさかの時に反応が遅れるとまずかろうしな。
「アイリス、頼む」
「うん」
アイリスが窓を開くと、耳慣れない言葉で職員が話してきた。
ちなみに、人間族かと思ったが……違うな、新顔らしい。
お?言葉がわからない?
でも違和感に首をかしげた次の瞬間、
「ああすみません、今聞こえなかったのでもう一度」
『デーダ、これカムワ──記入シて、書くものはある?』
「これでいいですか?」
「ほほう、これは変わったコラる……」
うわ。
何かのチャンネルが合ったように急速に意味をもっていき、途中から理解できるようになった。
すげーなこれ。
そんなこと考えていたら、脳裏に音声以前のイメージみたいなものが一瞬広がった。
その意味は。
【東大陸北山岳語・設定完了】
……ああなるほど。
やっと、自分の体で何が起きているか理解した。
「ハチ」
「ん?」
窓が閉じたところで、後ろからオルガに声をかけられた。
「なんだいオルガ?」
「おまえ、今の言葉聞き取れたかねえ?北山岳語というエマーン系方言だが?」
ああ、エマーン語系の方言なんだ。北京語に対する上海語みたいなもんか?
「最初ダメだったけど、急に頭の中で切り替わって聞こえだしたよ。『こんなふうに』」
最後のフレーズだけ北山岳語で返してやったら、オルガはすぐ理解したらしい。
「ほほう……アイリス嬢、これはもしかして?」
「うん、アイリスの言語理解部と同期させてるから大丈夫だよ」
「やはりか!すばらしい!!」
うわ、オルガの目がキラキラ輝き出した!
「では、ハチは地域ごとに翻訳魔術のかけかえなども不要なのか?」
「すべての言語を設定しているわけじゃないから、今みたいに突然話しかけられると困るんだけどね」
「だが今の感じだと、最初の数秒でかけかえているのだろう?
ふふふ、まるで夢のような機能だな。
ちなみに現時点で中央大陸共通語や南大陸語はどうなってる?」
「まだ普通に話せるよ。一年くらい未使用だったら利用頻度の低い枠に回されると思うけど」
「ほほう」
なんだか楽しげなふたりの会話に、俺は悪いと思いながらも割り込んだ。
「楽しそうなところ悪いんだけどアイリス」
「なあに?」
「前に中央大陸で、エマーン語学習のためにディーブキスやらかしたのはなんでだ?」
「ん?あの時に同期させたんだけど?」
「……ホントにそうか?」
「……うん」
「本当は別の方法で同期できたんじゃないか?」
「……」
なんで目をそむけるんだよ。
ったく、こいつは。
「ま、いい。それでアイリス、その書類は?」
「タシューナン側の出国書類だよ、代表としてパパの名前と所属国、それと渡航目的を書くの。
パパの名前はハチ、所属国はコルテア、目的は大図書館と東部への移動でいい?」
「それでいい、すまん」
「いいよー」
アイリスは俺のかばん……もともと電子機器と筆記用具を入れていた俺の通勤カバンなんだが……から鉛筆を取り出していて、それで書類にカリカリと記入していった。
……ん、いやまてよ?




