変態ドライバー
さて翌朝。
南の島でああだこうだと色々な方法を試し、ああだこうだと議論をくりかえした。
アイリスどころかアイも、なんとケルベロス組まで参加してくれた。俺たちは結界やそのほか、いくつかの方法について模索することができた。
「よし、みんな準備はいいか?」
「いいよ!」
「わんっ!」
「うむ」
「オンッ!」
アイリス、ラウラ、オルガ、ササヒメが答えたところでアイがおじぎをした。
「では、わたしたちは向こう側に待機しております」
「うん、あちらの管理、それから洗濯物が乾いたら、とりこみを頼む」
「了解いたしました」
そういうとアイの姿がゆらぎ、形を崩しつつ煙のようにドアの向こうに消えていった。
「アイはすっかり馴染んだようだな」
「一人称が実に興味深い、先生の元では決してとらなかった行動らしいよ。
無理に人型をとらせていないのがいいのかもしれないねえ」
「え、そういうもんなの?」
「形態について指示はしたのかねえ?」
「いや、好きな形態で好きなようにさせてるよ」
ちゃんと指示通りにして、人を食べるような問題行動をしてなきゃ問題ないだろ。
人前に出るなら人間に擬態すべきだろう。
でも、彼女しかいない異空間で作業する以上、その必要性はないはずだ。
そうしているうちに、気がついたら一人称を持っていたのである。
以前のアイは、自分を一人称で呼ぶ事がなかった。もし呼ぶとしたら与えられた名称である『アイ』を使っただろうとはオルガの弁。
それが変わった。
俺たちとの会話の中で、ちゃんと自分を呼ぶようになったのだ……『わたしたち』と。
「ひとを模倣するというのは容姿だけじゃないからねえ。
特に指示したわけではないが、自然に人としての思考なども模倣していく事になる」
「……人間の姿をとらせたほうがいいと思うか?」
「いや、そのままでいいと思うねえ」
俺の言葉にオルガは首をふった。
「本来ひとではないのなら、ひとの姿にこだわる必要はない……ハチ、おまえは正しい。
ただし、おまえがオーナーかつ最上位命令者であるという部分は絶対に崩すな。
また、倫理観に関わるような命令権を、価値観の異なる他人に譲り渡したり、一時的にでも絶対与えないようにしておけ、いいな?」
「わかった、助言ありがとう」
「なんの、この程度いつでもかまわないとも」
それはそうだ。
極端な話、人間族的なやつの倫理観に支配されて、敵に回られたりしたら大変な事になってしまう。
「それにしても、おまえの『仲間』への扱いは本当に面白いねえ」
「そうか?」
「おまえは自覚ないだろうねえ」
クスクスとオルガは笑った。
「アイリス嬢の扱いしかり、アイの使い方しかりだ。
だいいち、おまえでないと絶対に発見できなかった事があるじゃないか」
そこまで言うとオルガの目が、研究者の鋭さを帯びた。
「……アイがラウラたちと会話できた件か?」
「うむ、ショゴスもどきとケルベロスの私的交流なんて、まさにこの一行でもなきゃ起こりえない事態だからねえ」
「……なるほど」
そうなのだ。
なんとなんと、アイはケルベロス組と普通に意思疎通し、連携までできそうなのだ。
「これは同様の原型生物を祖とするためというより、人型同様、異種形態を模倣し、馴染む能力の延長なのだろうね。おもしろい、実におもしろい」
「そうか?」
「うむ。
それにアイは分類上、魔導機械の一種でもあるんだ……つまり、わたしの専門分野にも抵触している」
へえ。
「というわけなのでハチ、わたしがいない時も含め、アイリス嬢に可能な限りのデータを残しておいてもらいたいんだが、かまわないかねえ?」
「ああなるほど、そりゃそうだな。アイリス?」
「うん」
俺の横でアイリスが大きくうなずいた。
「アイちゃんの活動データ、やりとりした内容、観察記録……できる限りとったらいいの?」
「それでいい」
「オルガさん、データの受け渡し方法は?どうすればいいかな?」
ああ、たしかに。
内容からして大量のものになるだろう、紙に書くわけにはいかない。
さて。
「いくつか手があるが……たぶん真竜どのなら、わたしのタブレットに直接送りつける方法を知っているはずだ。対価が必要なら支払うので頼めないかねえ?」
「あ、ちょっとまってね」
そういうと、アイリスが唐突に黙り込んだ。
……あ、これは出てくるなドラゴン氏。
『オルガ嬢』
「こ、これはすみません」
まさか、直接出てくるとは思わなかったんだろう。
あわてて礼をとるオルガに、ドラゴン氏(ただし身体はアイリス)は「かまわない」と手をふった。
『送りつけるタブレットはどれかね……ああ、ベスタ型のケラナマー・タブレットか。ちょっと見せなさい』
「はい」
オルガが渡すと、ドラゴン氏(以下略)は、それに何か設定を書き込んだ。
『これでデータ送付が可能になった、細かいところはアイリスと打ち合わせてくれたまえ』
「ありがとうございます」
『いやいや、ではな』
そういうとドラゴン氏(以下略)は鷹揚に手をふり……そしてアイリスに戻った。
「うまくいった?」
「問題ない、すまないがよろしくな」
「いいよー」
にこにことアイリスは笑った。
「そんじゃま、仕切り直しだ。出発しようか」
「はーい」
「うむ」
って、今度はケルベロス組の返事がない。
「ラウラとササヒメはどうした?」
「遊びにいったよー」
「あら」
どうやら二匹は連れ立って、アイのいる扉の向こうに遊びにいったようだった。
俺は運転席を降りると後部ドアにまわって開き入り、浜辺の空間につながるドアをあけた。
開いて顔を突っ込むと、温度差による強烈な熱気が顔を叩く。まるで温室かビニールハウスだ。
ただし温室等と違うのは土の匂いがしないこと。
天然の砂浜であり、潮の香がするくらいだ。
俺は大声をあげた。
「ラウラ、遊ぶなら元のサイズで遊べ!」
「わんっ!」
「ササヒメ!」
「オンッ!」
俺に続いてオルガも指示を出していた。
向こうの海辺で二頭のケルベロスが巨大化し、楽しく遊んでいるのを確認して、俺たちはドアを締めた。
「移動中は昼寝くらいしかできないからな、あの子らにはいい遊び場か」
「ふむ、わたしも研究中は窮屈な思いをさせているからねえ。ありがたいことだ」
停泊中は彼らの探知能力も生きるけど、移動中は必須じゃない。
むしろ元気に遊んでるなら、それはそれでいいだろう。
俺たちは顔を見合わせ、そしてドアを閉めた。
ハイウェイに沿ってキャリバン号を走らせる。
それ自体は今までと変わらないのだけど、ここからが違っていた。
「よし、始めてくれ」
「わかった」
「了解だ」
後部座席のところでオルガが、何かの魔道具をいじっていた。
「それが例のやつか?」
「うむ」
オルガは大きくうなずいた。
「専門的な説明は置いといて簡単にいえば、移動式の転移門のようなものだ。特定の魔力波動をもつ存在、つまり今回の場合だとこのキャリバン号を中身ごとまとめ、指定の場所に転移させることができる。
まぁ、行き先も同じ技術で作られた転移門でなくてはならないし、他にも制約が多々あるわけだが」
「なんとも……すごい、としか言いようがないな」
「行き先は例のとこなんだろ?」
「うむ、ガゾの近くにある、わたしの研究所に続く南大陸転移門だ……始めるぞ」
「おう」
オルガはそういうと、魔道具を起動した。
そしてその瞬間、
「うわぉっ!?」
俺は思わず、目の前の風景を見て目が点になった。
向こうまで続く雪景色のハイウェイ。
突然そこに風が吹きめくりあがり、まるで宇宙ものSFに出てくるような青い光のチューブが出現したからだ。
「おいおい……まさか、ワームホールかこれ?」
「言葉の意味はよくわからないが、空間を曲げて別の場所につなぐもの、という意味なら同じものだな」
はは……は……マジかよ。
ここ、ドラゴンも出てくるファンタジーな異世界じゃなかったのかよ。
……ワームホールだぁ?
いやまぁたしかに、反対側の国境であるガゾのそばに転移させるという結論では一致してたが。
「ハチ?」
「おう、いくぞ。
アイリス、シートベルトいいか?」
「いいよー」
「オルガは念の為、どこかにつかまっていてくれ」
「問題ない、いけ」
「よし」
俺はアクセルを踏み込んだ。
これはあくまで推測なんだけどさ。
もしかして。
いや、ひょっとして。
異世界で、改造車とはいえ元550ccの昭和のポンコツ軽四で。
よりによってワームホールに突入しようっていう変態はもしかして……俺が史上初にして最後なんではないだろうか?
迫りくるワームホールを見つつ、俺は顔がひきつる思いだった。




