封印されし道の話
「50年ほど前だが、この地域に人間族国家が攻め込んできたのさ。
タシューナン大隧道……問題のトンネルだが、あれを押さえると東大陸側、クリネルの市街までそのままスルーになるんだ。
しかも目と鼻の先は、噂の大図書館もある。
彼らが狙った理由はわかるだろう?」
「……ああ」
「それで当時、東大陸で保護されていた異世界人の結界師が封印をかけたんだ」
ああ。話がわかってきたぞ。
「で、その封印が解けなくなっちゃったと?」
「そういうことだ。
彼は、恩には義をもって応えると殿をつとめ、多くの人々を東に逃がした上で一人で隧道を封印、そのまま亡くなったそうだよ」
恩義?それは?
「もともと人間族国家にとらわれていたんだ。当時のエマーン人がそれを助けた。
それ以降彼は、東大陸を防衛の手伝いをしていて、当時は友邦だったタシューナンにも時々来ていたそうだ」
「なるほど」
そういうことか。
「気になるかねえ?」
「なるっちゃあなるほど、封印されているんじゃあ仕方ないだろ」
「おや、同じ異世界人のかけた封印だぞ?興味わかないかい?」
「興味はあるよ、でも今すぐどうこうできないだろそれ」
俺は首をふった。
「防衛のために封印したんだろ?
それに、同じ状況……人間族の侵攻が再び起きる可能性はあるんだろ?」
「あるだろうな」
「だったら、今触るのは危険すぎると思う」
俺は言った。
「もし俺が封印解除を試みる可能性があるとすれば、その状況が変わってからがベストだろう。
少なくとも、何も変わらない現状でやるのは危険すぎるんじゃないかな」
「ふむ」
「あとは、そうだな。
非常時に責任者による封印のかけ戻しができるかどうか、その道の専門家と共に調べるって手もあるか。
最悪なのは、現状うかつにそれに触って、閉じられないカタチで封印解除してしまうことだ。
これだけは絶対さけるべきだろ?」
「なるほどねえ」
オルガは少し考え、そして言った。
「実はハチ、ひとつだけおまえに頼みたいことがあったんだけどねえ」
「……というと?」
「大隧道の封印方式だが、実はわたしは何であるか、ほぼ把握しているんだ。
それはまぁ、おまえにわかりやすくいえば一種の音声信号のようなんだが」
「音声信号?」
頭の中に、大昔のUFO遭遇映画に出てきた特別な音階が鳴った気がした。
そこまでオルガは言うと、眉をしかめた。
「日本語の長文だと思うんだが、わたしでは難易度がわからないんだ」
「難易度?」
「つまり、偶然誰かに解かれてしまう可能性がないかって事さ。
音声を用いる限り、こうして解かれる可能性があるわけだろ?……オーケー?」
「お」
「!」
アイリスの手の中で、タブレットがピッと音をたてて音声入力モードになった。
「つまり、こういうことさ」
「……そうか、第三者が簡単に見つけてしまうような音声パターンだったら不味いってことか?」
「そうだ。
わたしが知っているのも偶然ではないんだ……ある種の音声パターンだろうという推測はすでに出されている。
まぁ、何語かわからないようだがね」
「何語かわからない?」
今度は俺が首をかしげた。
「日本人がやったんなら日本語じゃないのか?」
「そういう意見は確かに多いんだ。そして、一部だけだが推測されている部分もある。
だがまるで暗号だ、全然意味がつながらないんだ。
方言なのか古い言い方なのか、それとも地球の詩的表現なのか」
「……なるほど」
そういえば、日本語学習が難しいという理由のひとつに、擬音語の異常な多さが挙げられてたっけ?
もしかして、わざと難解な言い方や直訳できない言葉を多用したり、おかしな韻をふんでわかりにくくするみたいな事はしてる可能性があるか。
「それの確認をしてほしい、と?」
「うむ」
オルガはうなずいた。
「確かに興味深いが……たとえ正体がわかっても俺は解かないぞ?」
「それはむしろ、わたしから頼みたいねえ。
現在のタシューナン政府には面倒な俗物が多いんだ、ハチに接触して無理やり解かせようって考える輩が出るかもしれない。とても厄介なんだ」
「……それはまた。
とはいえ、素人の俺が警戒しても限度があるな。
オルガ、いい知恵あるか?」
「もし接触された場合、対話的な部分はわたしが何とかしよう」
オルガがうなずいた。
「ただタシューナンが厄介なのは、それだけじゃないんだ。
王族にひとり、研究者がいるんだよ。プリニダク姫といって王位継承権は放棄ずみだが。
彼女が出てくると面倒なことになる」
「え、王族で研究者?」
なんか日本の天皇陛下みたいだな。
「プリニダク姫当人は、研究者としてまっすぐな女性で全く悪くない。
だがなハチ、彼女の専門は古代遺跡、それも古代道路網と古代鉄道網なんだ」
「うわぁ……」
思わず声をあげちまった。
「それまずいだろ……つけこまれるんじゃね?」
「推測でなく、すでにつけこまれてるかもしれないねえ」
「というと?」
「ハチ、ちょっとこれを見てくれ」
オルガは自分のタブレットを俺に見せた。
「なんだこれ」
それは新聞記事に似ていた。
文字が読めないが、何かプリンセスって雰囲気の山羊人のお姫様の写真らしきものも見える。
「これは?」
「実は、気になって大学に問い合わせをかけていたんだが……プリニダク姫、どうやらタシューナンに帰国してるようだねえ」
「……なんだって?」
おいおい。
オルガはタブレットを自分の手元に戻した。
「彼女はたしか、中央大陸北部の現場に詰めているはずなんだ。
しばらく前に向こうで大型ハイウェイの遺跡がみつかったんだが、彼女はその筋のベテランなんだ。当然呼ばれているし、行ったら最後、現場の博士どもが彼女を放すわけがない。
なのにタシューナンに戻っている。
……かけてもいい、タシューナン政府の緊急召喚による帰国じゃないかと思う」
「……最悪じゃねえか」
頭が痛くなってきた。
「そういう状況があるなら、なおさら今すぐの調査はやめるべきじゃないか?」
「問題はそこなんだよねえ。
かりに今すぐの調査をやめるとして、いつまで伸ばせばいいのか、どうすればいいのか。
……だけど危険度だけは何とかみておきたい。
せめて感触だけでも掴んでおきたいんだがね」
オルガの言葉に俺も考えた。
で、思いついたので言ってみた。
「オルガ質問」
「何かねえ?」
「それって、タシューナンから調査しないとダメなのか?エマーン側からは?」
「なに?」
オルガは俺の顔を見たけど、少しして腕組みをしてうなった。
「それはわからない。
エマーン側の出口も閉じているが、連動しているのか別なのかは判別がつかないんだ」
「じゃあ、とりあえずエマーン側から見てみるのはどうだ?そっちなら邪魔は入らないんだろ?」
「入らないわけではないが……少なくともタシューナン側よりはマシだろうな」
「じゃあ、そうしないか?クリネルにはどうせ寄るわけだし」
「なるほど……いいのか?」
「いいさ。
それと、あともうひとつ。
タナタナだっけ?国境の町をスルーした場合に出る問題はどのくらいだ?」
「……なに?」
オルガは本気で驚いた顔をして、そして少し考え込んだ。
「おまえは各国から注目されている存在だからな……間違いなく騒ぎ出すだろうな。
最悪、タシューナン側の警備隊なり国軍が、国境破りの名目の元に捕まえに来る可能性がある」
「厳しいねえ、適当な国境を運営しているわりには」
「適当だからさ。
運用者任せってことは、為政者の都合よく運用できるって事だろう?」
「ああ、なるほどな」
俺は笑ったけど、たぶん乾いた笑いになっていたと思う。
「でもそれって、居場所が察知された可能性だよな?」
「それはそうだが、どちらにしろ運河の出入り口、それからゲゾの町の手前で張られている可能性が高いぞ」
「うーむそうか……ん?ゲゾの町の手前?」
オルガの表現に何かひっかかるものを覚えた。
「オルガ、ゲゾの町で待つのでなく、ゲゾの町の手前で待ってるのか?」
「ケゾの町はエマーン側だからな。
タシューナンとエマーンがギクシャクしてる話はしたろう?タシューナン国軍や警備隊は入れない」
「……そういうことか」
俺は考え、そして決断した。
「オルガ」
「なんだ?」
「明日一日、ここで移動をお休みにしよう」
「……は?どういうことだ?」
眉をしかめたオルガに俺は続けようとしたが。
そこにアイリスが突っ込んできた。
「どうやってタシューナンをパスするか、一日でいろいろ試すってこと?」
「そうだよ、さすがアイリスだな!」
「えへへへ」
ニコニコ笑いのアイリス。
「ああ、結界術やその他をいろいろためそうというわけか。
しかしハチ、試すといっても……?」
そんなオルガの視線は、俺の視線を追いかけていた。
そしてそれは、キャリバン号後部にある、追加された謎の扉に向いていた。
「ははぁ、なるほど」
「あの向こうなら、いろいろ試せるだろ?」
「できるねえ……しかも、どんな派手な術や仕掛けを使っても、近隣諸国の調査網にもひっかかりようがない」
ウムウムとオルガはうなずいた。
「というわけなんだが、どうかな?」
「いいのではないか?わたしは賛成だ」
しかし、そこまでいってオルガは少しだけ眉をよせた。
「しかしその場合、キャリバン号側で警戒する者がいるな。そちらの解決がまだだからねえ」
「だね」
東大陸側に出てから、どこかでやるつもりだったからなぁ。
と、そこまで考えてから気づいた。
「とりあえずインターホンでもつけるか」
「インターホンだと?」
「うん、有線のやつ」
どうせドアに穴あけてるしな。




