無人の村の夜
ブブローブ:
日本のキンメダイに相当する魚。
無人の村についた夜。
俺たちはアイリスの作った結界の中で、まったりとした時間を過ごしていた。
もちろんその時には、扉の向こうにいるアイも連れ出してきて、食事に誘った。
ただし。
『一緒にお食事、ですか?』
『うん』
『わたしたち、人間の食事は食べませんが?』
『嗜好品として飲食は?』
『それでしたら可能ですが、しかし意味はありませんが?』
『それでもだ。
俺の基本として、食事どきは団らんの時間という事があるんだよ。
少なくとも皆が食事してる時、ひとりだけ仲間はずれってのはありえない』
『そうですか』
『それとも、今しなくちゃいけない問題はある?』
『ありません』
そんな問答をしてアイを誘い出した。
誘いながらも、ふと思ったことがあった。
近年の日本でよく言われている「呑みニケーション」批判のことだ。
確かに、飲み会をコミュニケーションの場にするのは21世紀の最適の手段とは言いがたいかもしれない。よくない悪習もいろいろ付随しているのかもしれない。
だけど正直いうと、もともとその風習は『同じ釜の飯を食う』という言葉が象徴するように、仲間意識を高めるために行われてきたものだ。つまり、対人コミュニケーションが得意とはいえない日本人コミュニティが編み出した意思疎通法のひとつであり、ぶっちゃけると酒は、そこに投入されたツールのひとつにすぎないはずだ。
つまり。
別に酒を呑みたくないヤツが多いなら、お食事会にしてしまうという選択肢もありうるはずなのだし、実際飲み会でなくお食事会を定期開催している職場もあるそうだ。
実際、俺が過去にいた職場では、お食事会……それもアフター5でなく昼食時に行うように切り替えてうまくいっていた。
そう。
ぶっちゃけ交流会なのだから、そこのスタイルで自由にやればいいのだ。
にもかかわらず、やたらと執拗に社内コミュニケーションそのものを切り捨てようという態度が蔓延しているのはどうかと思う。
日本人は欧米人のように個人主義が根付いていないこともあるし。
俺自身、おっさんになってからそれに危機感を覚えていたからこそ、意図的に外出を増やしてきた。
外出したからって別にコミュニケーションが増えるわけではないけどね。
だけど。
ただ個室でひざを抱えている人生よりは、ちょっとはマシじゃなかろうか?
そんな破滅的な、でも切実な気持ちもあった。
おっと話がそれた。
実際問題、キャリバン号は会社ではないし皆も社員ではない。俺という漂流者がいて、そこに縁やら偶然やらでひっかかったメンツが集まっているだけと言えるだろう。
で、そういう寄せ集め世帯とわかっているからこそ。
別にメシに限らないが、皆の顔を見て話せる時間は必要だろうと考えたんだ。
食事が終わると作戦タイムに移行する。
オルガとアイリスは何か話をしていたようで、俺に言った。
「ハチ、隣国タシューナン国境までの距離が200km切ったぞ」
「国境か……」
日本人の俺にとり、国境とは不思議なものだ。
何しろ海外って言葉があるように、現代日本人にとって……樺太の南部が日本領だった時代は別にして、外国とは海の向こうなのだから。
「国境って、やっぱり柵があってゲートを通ったりするのか?」
「柵?いや、そんなものはないぞ」
不思議そうな顔でオルガに否定された。
「だがまぁ、言わんとする事はわかる。勝手に国家間を移動する者がいると、問題が出るのではって話だろう?」
「ああ」
旅人の俺はちょっと特殊だが、市民として庇護を受けている者にとって国家間移動は重大時だろう。
どこの国に属しているのかというのは、どこの国の庇護を受け利益を享受しているのかということになる。
考えてみればわかると思うが。
このへんを曖昧にすると、あまりいい事はないんだよ。
たとえば、仕事や生活の都合で二国間を頻繁に動いていたとしよう。
極端な話、どっちの国民かを曖昧にしていた場合、両方から徴税される可能性があるし、片方では模範市民なのに片方の国から脱税で逮捕されても文句を言えないって事も冗談でなく起こりうることだ。
それに、たとえば民主国家なんかだと、どちらの国籍か曖昧にしたまま国政に関わったりすれば、スパイとみなされても文句は言えない。
そういう悲劇を防ぐという意味でも、君は、あなたはどこの民かを明確にし、さらにきちんと入出国の手続きをするというのは大切なことなんだ。
なお、これは厄介事ばかりではない。
たとえば一例だけど。
冬場に仕事がない等の理由で出稼ぎ者の多い地域の場合、出稼ぎ者むけの優遇制度をとるような国もあるわけで。
こういう国ではもちろん、国境を越えて異国で仕事をしたという事はひとつの証明になるだろう。
さて、問題の国境に話を戻そう。
「別に国境ラインはないが、双方の国にきちんと庇護を受けたいのなら、国境の町で手続きをする必要があるぞ」
「俺みたいに、市民として庇護を受けていない場合はどうなる?」
「今から出国します、入国しますと示したほうがいい。最悪、両国の事情により都合よく扱われるぞ」
「なるほど、そりゃ手続きしたほうがいいね」
ぶっちゃけスパイだって逮捕されちゃたまらんからな。
「ではきちんと手続きして抜けよう。国境の町はなんていうんだ?」
「タナ・タナだな」
「……棚?」
「意味はよくわからないが、ちなみに命名者は異世界人だそうだ」
「……なんだかなあ」
「ハチ、タナ・タナとはちなみにどういう意味なんだ?」
「知らないのか?」
「極秘とされているんだ……わたしの調べた限りでは、家具の棚のように思えるが、まさかだしねえ」
「俺にもそう思えるんだが?」
「……何かの暗示かもしれないねえ?」
「そうか?」
「うむ」
「……俺個人としては、何かの嫌がらせでつけた可能性もあると思うが」
「というと?」
「だって、多くの異世界人は名前を縛られ奴隷にされてきたんだろ?
名付けをしたやつの立場はどうだったんだ?」
「一時期は奴隷にされていたはずだな、後に保護されたが」
「……やっぱり棚なんじゃないか?」
俺たちはお互いの顔を見て、そして苦笑した。
「さて。タシューナンまでくると、そろそろこの後のルートを考えなくちゃならなくなるわけだが」
「この後のルート?」
「南大陸から東大陸に渡る方法さ。
大きくわけると3つあるが、現在利用できるのは二点だ。それぞれ解説していいかねえ?」
「頼む、できれば利用できない3つめも頼む」
「よろしい」
オルガはコホンと咳払いをした。
「ではまず、使えるルートからだ。
ひとつは運河コース。
タシューナンの東のはしにオルテガという土地があるが、このオルテガは中心に運河を通していて、これ自体がタナ・タナ同様に国境の町になっている。
向こう側はエマーン国の西オルテガで、こちら側はタシューナンの東オルテガだが」
「なるほど」
基本的にこの世界、境界線上にある町は同じ名前で東西とか南北に分かれているみたいだな。
コルテアのジーハンも事実上はそうらしいし。
「ただこのルートには少し問題がある」
「というと?」
「タシューナンとエマーンの仲が近年微妙でな、運河の渡しの便数を制限しているようなんだ。
おそらく、最低でも一週間とか待ちが入るだろう」
「……それはイヤだな、なんか」
政治的な意味で待ちが多いというのは、どうだろう?
「次のルートは山岳ルートだ。
水棲人の里になっている大きな湖の横を迂回して、ガゾという町から国境に入る。
実は目的地のクリネルはこのガゾから国境超えした隣町にあたるんだ」
「近いな!」
「ただしこの北クリネル山脈はこの世界随一の厳しさでな、千キロ以上の長さに渡って続く山道を走らねばならないんだ。
しかも、最も標高の高いところは海抜で……うむ、6000メートル近くになるぞ」
「……それは山の高さか?」
そうだよな、まさか道がその高さじゃないよな?
だけど答えは。
「いや、峠の標高だが?
山の高さでいうと、最高峰はロドム・ロ・クリネル山だな。
標高は……ちょっとまて」
ああ、メートル法に換算してるのか。
「うむ出た。9980メートルだそうだ」
「……はいぃぃぃ!?」
9980メートルって、標高ほぼ10キロメートルってか!?




