魚と魔法
「これが偽装草?」
「そだよ?」
「クローバーそっくりなんだが」
そっくりというか、見ても触っても完全無欠にクローバーに見える。
「クロ……なに?」
「シロツメクサともいう。ようするに日本にもそっくり同じ花があるのさ」
「ふうん」
きけば葉っぱを使うという。幸運のおまじないか?
「結界には、これか桜を使うんだって。
だけど桜は強すぎるし危険もあるんだって。安全パイをとるなら偽装草の葉、それも三つ葉のがいいって書いてあった」
「書いてあった?」
何に?
「タブレットに出てたよ?」
「……」
いい加減、あれもいろいろおかしいな。あとで調べないと。
ん?三つ葉?
「もしかして四つ葉バージョンもあるのか?」
「うん」
「……そうか」
まるっきりクローバーだな。
クローバーって結界の材料になるのか。そうなんだ。
あと、桜もこの世界にあるのか。ま、桜って名前のついた別の植物かもしれないけど。
いや、じつはね。
日本でも桜って、神事とかに縁があったりするんだよねこれが。
うん……いろんな意味で興味深い。
「これで結界ってやつを使えるのか?」
「うん」
「そうか、じゃあ浜辺か磯か、海にでてから使おうか」
「わかった。パパ、袋かなにかある?」
「葉っぱをストックするのか?」
「うん」
「よし、ちょっとまて」
葉っぱを確保して再出発。
細い土の道路を横切ると狭い林があり、その向こうは浜辺だった。
浜辺の手前に少し広場のようになった場所があり、見晴らしもいい。
「ここに停めるかな」
「うん」
キャリバン号を停止した。
「結界ってやつを張ってくれるか?有効範囲はどのくらいだ?」
「直径400メートルくらいの円形になる」
「充分だな。たのむ」
「わかった」
そう言ってアイリスは何か始めようとして、ふと止まった。
「どうした?」
「忘れてた。パパって魔法つかえるの?」
魔法?あるのか?
そう言ったら、アイリスが何故か、残念な子を見る視線を向けてきた。
え、なんだ?
「パパ、これも魔法なんだけど」
アイリスが偽装草の葉っぱを掲げて見せた。
「おお」
「おおじゃないよう」
ぴらぴらと二枚の葉っぱを振りながら、アイリスはため息をついた。
「そう言われてもな。俺のとこじゃ魔法なんて物語の中のもんだぞ、使えるわけがない」
年齢でいう魔法使いなら、とっくに上級者だけどな、ははは。
まあ、ウイッチクラフトレベルなら無数にかつ世界中にあったと思うけど、その中に本物があったかどうかなんて、そもそも確認のしようもない。
なかったでいいだろ。
「そっか」
ふむふむをアイリスはうなずいた。
「もしかして、俺も使えるのか?魔法って?」
「使えるよ」
アイリスは頷いた。
おお、使えるのか!
「やっぱりあれか?こう、ファイヤー!みたいな」
思わず右手を突き出して叫んだ。
しかし何もおこらない。
「……」
「いやアイリスさん。ここで沈黙されるときついんですが?」
「……」
「ため息つかんでほしいんですが?」
そ、そんな、本当に残念なアホの子見るような目で見るなよう。
くそう。幼女に軽蔑のまなざしで……いやいや、変な趣味とかないから!
「あ、そっか」
アイリスは少し考え、そして俺がこの世界の人間でないことを思い出したらしい。
「じゃあ、あとでパパの魔法の使い方を教えるから」
「お、おう?」
魔法ね。
まじで使えるのか、ふむ。
クローバーの葉を両手にひとつずつ持ち、ぶつぶつと小声で何かつぶやきだす。
それが30秒も続いたろうか。唐突に何か、周囲の空気が変わる。
「できたよ!初歩だけど偽装草の結界!」
初歩、ね。
ということは、もっと上の結界もあるわけか。
「お疲れ。で、これ、いつまで有効なんだ?」
「この葉っぱがすり減ってなくなるまでだよ」
「ほう。……もしかして、あまりもたない?」
空中でジジジ、と音をたてる葉っぱ二枚。
「これで半日くらいかな?夜だと念のために三枚がおすすめかな?」
「そっか」
葉っぱを切らすと効果も消えると。まじで触媒か何かなのかな?うーむ。
「効果の確認はできるか?」
「ほら、あれ」
「お」
アイリスが指差した先には、灰色の一匹の狼……でかっ!
「何か探してる?」
「パパを探してるの」
「は?」
「あれ、魔獣だから」
アイリスは涼しい顔をのたまった。
「魔力帯びた者は、同じく魔力帯びたものを好んで食べるの。
だから、あれにとってのごちそうはパパ」
「勘弁してください」
「あはは」
しかし、これはすごいな。
狼は俺がわからないみたいで、すんすんとニオイをかいでいた。そして結界のところまでくるとバッと飛び下がり、そして確認するかのようにニオイを嗅いで。
そして、諦めて去っていった。
「アイリスさん、解説ヨロ」
「ニオイがするけど変だなって近づいて、結界で追い出されて。おかしいなって確認したら結界があって、これはダメだとあきらめた、と」
「なるほど、ありがとう」
「いえいえ」
効果はあるようだな。
「そんじゃ、釣りすっか……って、ここはちょっときついかな?」
「え?」
アイリスが首をかしげた。
「いや、ここよく見たらずーっと砂浜じゃん」
「うん」
「俺の釣り装備は防波堤とか磯、船上で使うものでな。砂浜には向いてないんだ」
「……そっか」
うーんとアイリスが唸った。
「ねえパパ」
「ん?」
「あの、焼いたお魚みたいなのがいいんだよね?」
「おう、そうだが?」
「じゃあ捕るよ」
「え?とる?」
「うん」
そういうとアイリスは立ち上がり、海に向かって手を広げた。
「いた……パパ、三匹でいいの?」
「お、おう」
ちなみに日本語で釣った魚、つまり獲物としての魚は『尾』で数えるんだ。生き物としてだと『匹』でもいいんだが。
だけどここは異世界、わざわざ指摘する意味もないだろ……って!?
な、なんだ?
「……」
アイリスが何かブツブツ唱えると、アイリスの周囲から何か半透明の光みたいなのがチロチロと漏れ出した。よくわからないが。
で、それもすごいんだけど。
「お……おおぉ!?」
海の中から、3つのでっかい魚が。
まるで見えない力で宙吊りになるみたいに持ち上げられていた。
約一分後。
キャリバン号の後ろを開けて簡易テーブルをつくり、解体を始めていた。
「いやいやびっくりした、こりゃすごいな!」
「そう?このお魚、そんなにすごいの?」
違う。
「あーいや、こいつらもたしかに凄いが」
川で獲ったのと同じ魚。つまりクロコ・クマロ三匹。
その注文はたしかにまちがってないし、アイリスもばっちりやってのけたわけだ……ただし川でとった幼魚でなく、たぶん成魚だけどな。
でかい。
カサゴとかオコゼのたぐいでブリサイズって、初めて見たわ。こんなもんが砂浜の海からも捕れるとは……すげえな異世界。
まあその、トゲが槍みたいで凶悪さも増してるが。
っと、話がそれたか。
「こいつらも立派なもんだが、あれ、魔法で獲ったんだろ?」
「うん」
「そっちがすごいと思ってな。俺もアレ、使えるのかな?」
使えたら便利だろう。釣り道具がいらなくなるぞ。
だけど。
「あれは無理。パパには使えないよ」
え?
「そうなのか?でも魔法は使えるって」
「使えるよ。でもパパには、この世界の魔法は無理なの」
「???」
どういうことだろう?
「よくわからんけど……才能とか属性みたいなものがあるのか?」
「そうじゃないの。パパの場合、異世界人だから使えないの」
「……それって」
少し考えた。
そんな話をしている間にも、一匹目のクロコ・クマロの内臓を出し終わった。
「真っ二つにするか……って、こまったな」
「?」
「いや、刃物が小さすぎるんだ」
今使っているのはキャンプの友達、ステンレスの安い折りたたみナイフ。
くそ、せめて自宅に置きっぱの包丁があればなあ……?
「あれ」
なんだか、またクラっときた。
なんなんだろ、どこか調子悪いのかな?
でも。
「……ねえパパ、今、何したの?」
「ん?」
アイリスが何故か、とても厳しい顔をしていた。




