空間と狩り
村を出て東に走り始めた。
空はあいにくの曇り空で、おまけに進行方向である東には重い雲が垂れ込めていた。なんか雪雲みたいだなと思っていたら、ついには雪がちらつき始めた。
「お、雪か……オルガ?」
「暖房のパワーを上げるのだな?」
「頼む」
「わかった」
何度も言うようだがキャリバン号は古い車だ。かろうじて暖房機構がついているものの力が弱く、本来の倍以上の車内空間を温める事はできない。
オルガが魔法陣で暖房増強してくれたおかげで助かっているが、もしなかったら今頃寒さで大変なことになっていたろう。
「さてと、では本題に戻るかな?アイ?」
『はい、なんでしょうオルガさん』
「ものは相談なんだがな……」
お、いよいよオルガが何か始めるらしいな。
しばらくあれこれ話しているのをミラーごしに見ていたが、そのうちオルガが「ウム」とうなずいてこちらを見てきた。
「ハチ、質問だがその中央上部にある鏡は本来、車の後ろを見るもので間違いないか?」
「ルームミラーな。
んー、そうかもしれないが最重要ではないな、別に見えなくてもいいぞ」
「いいのか?」
「ああ」
俺に運転のイロハを教えてくれたのはバイト先の農家のおやじだった。
トラックやワゴンといった乗り物では積荷等で後方視界が確保できないというのは普通にある事で、ルームミラーに頼る前提の運転をしてはいけないと教わった。
だから俺は、ルームミラーを後方視界用に使う習慣がない。
「サイドミラーの視界が遮られるのは困るから、それは気をつけてくれ」
「わかった。
ちなみに、後方視界が必要な場合はどうしていたんだ?今はアイリス嬢に頼むだろうが」
「自分で一度確認していたよ。
最近の車では鏡じゃなくて映像……死角になる場所を機械で撮影し、ここの情報パネルやタブレットに表示するようなものもあったぞ」
「ほほう」
前に所要で最新型のワゴンを借りたことがあったけど、バックに入れるとカーナビ画面が後方カメラに切り替わるのが面白かったな。
「それはそれで興味深いが……では、この荷室空間を拡張してもいいだろうか?」
「具体的には?」
「手持ちの古代アイテムのひとつにな、森林ひとつぶんほどの空間を手のひらサイズに閉じ込めたものがあるんだ。
これを左後ろ、または後方の窓の位置にとりつけて稼働させ、常時出入りできるようにしたいと思う。
アイの能力なら、その中で環境を整え、森林を作らせる事ができると思うんだが」
「それはすごいが、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「貴重なアイテムなんだろ?なぜキャリバン号につけるんだ?」
俺たちは一緒になるつもりでいるけど、オルガは研究者で俺は根っこが風来坊、つまり常にそばにいるとは限らない。
だったら。
研究対象なら、俺が乗り回すキャリバン号でなく別のものにつけるべきじゃないか?
しかし。
「もっともな意見だが問題ない、使おうとしているのは死蔵していたものだからね」
「む?」
「これは古代のアイテムでもいわば汎用品でな、そこまでの希少性はないんだ。わたしもまだ持っているし、同じものが魔族領のわたしの研究所で稼働してもいる。
ひとつくらい使っても問題ないのさ」
ほほう。
「もうひとつの理由は、まぁ興味かね」
「興味?」
「ショゴスもどきの彼女がどういう管理をするのか、そして、異世界人である君がこれをどう利用するのかね」
「なるほど」
そういうことか。
「で、どうかな?」
「車が修理できないほど破壊されると困るが、そうでなきゃいいよ」
「わたしにはそもそも、修復不可まで破壊はできないと思うが……わかった、注意しつつ作業するとしよう」
「頼む」
確かにオルガの言う通りだろう。
だけどこの世界に軽四を直せる場所はないと思うので、まぁお約束ってやつだ。
作業を見物してみたい気もするが、あいにく俺は運転中なので手が離せない。
だからここは信用して任せよう。
そんなこんなしているうちに時間が過ぎた。
いつのまにか周囲はすっかり雪景色になった。
「雪が続くなぁ」
ぼやいていたらオルガがコメントしてくれた。
「タシューナンに入るとだんだん温暖になってくるが、このあたりはまだ無理だな」
「そうなのか?」
「このあたりは隣接する海流の都合で、西方の海辺が寒いんだ。
いくらか南下すると寒気は和らぐが、南大陸の中央部は巨大な溶岩台地で標高が高くてな。
もともと南半球という事もあり、ある程度進むとやはり雪の世界になる」
「なるほど……海流や色々な要因が気候を複雑にしているって認識でいいか?」
「ああ、それでいい」
そういうとオルガは席に戻ってきた。
「もう終わったのか?」
「ああ終わったぞ、ほれ」
キャリバン号の荷室は森でなく元の荷室に戻っていた。
そしてオルガの指し示す方を見れば、左後ろにあった窓の代わりに冷蔵庫を思わせる白い扉が追加されていた。
「……なにあの扉」
「あとで入ってみるがいい。
とはいえ、まだ作業開始したばかりだから殺風景だがな」
「……よくわからんけど了解、じゃあどっかで休憩すっか」
「休憩?」
「うん」
俺はアイリスに顔を向けた。
「アイリス、手近な丘を探してくれ。ラウラやササヒメが遊べて、できればそのまま野営できそうなとこがいいな」
「わかった、ちょっとまって」
アイリスが探し始めるのを確認して、再度オルガに顔を向けた。
「ここんとこ、わんこーずの散歩をしてないからな。今夜は開けた場所にしねえ?」
「ああ、なるほどそうだな」
そういうとオルガは微笑んだ。
休憩に向いた丘はすぐに見つかった。
ただし。
「積雪がすごいけど、これ下は大丈夫か?」
実は吹き溜まりで、なんて事になると止めてから大惨事だ。
「ちゃんと丘になってるよ。
パパ、指示する通りに停めてくれる?」
「わかった」
「オルガさん、結界頼んでいいかな?できればひと目で『この中から出ないように』ってわかる感じのやつ」
「危険なポイントに近づくなという事だな?やってみよう」
メンバーが増えてからアイリスの成長が目覚ましい。精神年齢もみるみるあがっている気がする。
「パパどうしたの?アイリスのこと見て」
「ん?いや、なんでもない」
「パパ、正直になっていいんだよ?アイリスはセクシーでたまんないって」
「あほ」
運転しながらチョップくれてやった。
「いたいよぅ」
「やかまし……よし、止めるぞ」
「はーい」
キャリバン号を停止させた。
「よし、アイリス安全確認」
「まって……うん、いいよ。キャリバン号を中心に半径200m以内は平坦だよー」
ほう、ずいぶん広いな。
「オルガ」
「うむ、忌避結界を作動させるぞ」
懐から樹精のらしき葉っぱを数枚取り出すと、キャリバン号の外に出て術を発動した。
光がゆっくりとキャリバン号の屋根の高さに上がり、そして結界が稼働した。
「いいぞ、これで明日の朝までは安全圏だ」
「おう、おつかれ」
キャリバン号のエンジンを止めた。
ドアを開けて外に出ると、肩にある空間ポケットに手をいれた。
ラウラは爆睡していた。
「おーい、おきろー」
「……?」
やがて、ぽんぽんぽんと3つの首が並び、そして外である事が気づいたようだ。
「「「わんっ!」」」
何も言わずとも勝手に飛び出した。
ははは、元気でいいや。
「ラウラ、元のサイズで遊べ!」
「「「わんっ!」」」
そういうと、ラウラは子犬サイズから瞬時に中型犬サイズになった。
「おー、また少し大きくなったな」
「育ち盛りだからねえ……よしいけ!」
オルガもササヒメを解き放ったようだ。
黒くてデカくて精悍なササヒメが、まだちょっとチビ助な感じのラウラにかまいだす。
「仲のいいこった」
「あれでもササヒメはセーブしているようだな」
「そうなの?」
「うむ、ラウラの成長を待っているようだな」
ほうほう。
「いつ頃まで待つんだろ?」
「さすがにワンシーズンとはいかないな。来年じゃないか?」
「ふむ」
そこまで考えて、ふと思った。
「とりあえずオルガを魔大陸まで送ったら、ソリューズに行ってみたいかな」
「……は?」
「え?いや、その、ほら、酒処なんだろ?有名な」
「……」
オルガは少し考え、そして俺の顔を見て。
「ハチ」
「なに?」
「そんなに君は、ササヒメにラウラをやるのがイヤかねえ?
あれか?
おまえに娘はやらーんってタイプかねえ?」
「え、いや、そういう話じゃなくて!」
「ふふふ、そうかそうか、ハチはそういうタイプか、はははっ!」
なんか、すんげえ笑われた。
YetAnother異世界ドライブ旅行記をいつもお読みくださり、本当にありがとうございます。
お知らせです。
ラマナテイルの方を先にケリをつけたいと思います。
つきましては、しばらくこちらの更新が停止いたします。
(完全停止はしませんが、平日毎日更新はしなくなります)
もうしわけありませんが、しばらくお待ちいただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。




