魔族について
地図上はだんだんと海がちかづいているが、風景は相変わらずの野原だった。
天候も特に変化なし。平和な時間だった。
そんなキャリバン号の中、話は続いていた。
「とりあえず精霊とかそういうのは理解できた、ありがとな。危険情報のほうはどうだ?」
「グランドマスターもありがとうって。とりあえず今のところは警戒するだけかな?」
「そうか……ああ、そうだな」
情報としては正しく、警戒すべきなんだろう。
でも、まだ何も動き出してもいない、感知もできないうちから警戒しすぎるのもまずいだろう。アンテナを広げて警戒しておく必要はあるだろうけど、何もないうちから不安で胃を痛めていてはよくない。
俺なんか、けっこうクヨクヨ悩むタイプだもんな。気をつけないと。
「そういや結局、全体像はいいけど魔族そのものについて聞いてないな。詳しくはおいおい知ればいいとして、予備知識はほしい。教えてくれる?」
「わかった」
『魔族』
人間族の中でも魔法・魔術にこだわり、研究や実践に明け暮れていた者たちが変化したのが魔族。
大きな魔力をもち、またその大きな魔力を使って何かを研究したり作ったりすることを好む。また、そういう者に強い関心を抱く。
機械や自然科学に没頭するドワーフとは双璧をなす種族で、膨大な精霊分を取り込み、魔力が大きい。だがその反面、生命体としての強靭さは得られておらず、しかも個人主義、せいぜい家族主義で孤立しやすい。このため、あやうく人間族に奴隷として狩り滅ぼされかけた時代もあった。
現在、ほとんどの魔族は魔族の領域である魔大陸にいる。
この地は魔族とドワーフによる強大な結界に守護されており、人間族の侵入は不可能。ここ数千年にわたり人間族が不定期に侵略を企てるが、東大陸との間にある海を無事渡ることすらできていない。
魔獣の扱いに長けており、彼らは人間が犬を飼うように魔物を飼い、防衛にも組み込んでいる。
おー、なんかファンタジーな感じじゃないか。
「魔大陸って?」
「ここが中央大陸でしょ?で、南に南大陸があって、東には東大陸があるの。えっと、地図はこれね」
「おう」
ちらっと横目でタブレットを見た。
で、あることに気づいた。
「地球の世界地図に似てるな」
「そう?」
「細かい地形とかは当然違うけどな。雰囲気というか配列というか」
まあ俺の気のせいなんだろうけどな。
昔やった洋ゲーとかでも、あきらかに全然違うマップなのに北欧っぽい世界観だってだけで世界地図見比べてたのを覚えてる。地図だけじゃなくて国旗とか文字とかもね。
よくわからないけど、こういうのって無意識に自分の知るものをあてはめようとするのかもしれないな。
うん、ちょっと興味深いね。
ちなみに。
この中央大陸は地球で言うとヨーロッパからアフリカ中央部みたいな感じらしい。中央部から南部にかけて、砂漠からサバンナ的になっていくのも実にそれっぽい。
で、その南には、南極大陸とオーストラリアをくっつけたみたいな南大陸がある。あっちは寒いようだ。
南大陸の東には東大陸なんだけど……これがまた、中近東からアジアまでを思わせる。
そして最後が。
「魔大陸って、日本あたりの位置にあるのか?でも」
このあたりと書いてあるけど……詳細がまったくないな。地形すらわからない事になってる。
「くわしいデータが開示されてないの。地形もふくめて全て」
「なるほど」
測量がどうのって話じゃないな。だって、他の地域の地図が地球なみに詳しいんだから。
つまり、セキュリティーの概念も現代地球顔負けにもってる?
これは興味深いな。
そんな会話をしていたためか、気づくのが遅れた。
地平線がいつしか本当に平らになり、さらに球形の弧を描き始めていることに。
「お、海近い?」
「え?えーとね」
アイリスはタブレットを地図に切り替えて、そして教えてくれた。
「あと20キロ切ってる」
「よし、ぼちぼちいこう」
目的地が近いけど、だからって速度をあげたりはしない。
え?どうしてかって?
そりゃもちろん、知らない土地だから。
そして、となりに話し相手がいる。
急ぐ必要がどこにある?
「あ、そうだアイリス」
「なあに?」
「警戒するのはいいんだけどさ、実際に危険な者が現れたらどうするんだ?」
「どうするって?」
「俺は戦う力がないし、武器もない。それに飛び道具とか使われた日にゃあ、どうしたもんか」
そう、これは大問題だった。
できればそんなトラブルとかないに限るけど、現実は理不尽だ。親しくなった人を人質にしたり、数にまかせて襲われたら逃げることすらできないかもしれない。
基本は非殺傷。殺し合いとか勘弁してくれ。
だけど、きれいごとで守れるほど世の中甘いわけがないのもまた事実だろ。
「あー、それもそっか。パパ戦闘手段ないもんね」
「おい」
いや、間違いないんだけどさ。そうはっきり言わんでも。
しかも。
どう見てもせいぜい低学年の子供に「ああ、ダメな人だっけ」って目で見られるのって、微妙に心が痛いんですが?
悪かったな、俺は勇者さまでもチートもちでもねえよ。
まあ、なぜかキャリバン号もタブレットも、そんでアイリスも……みんなチート臭いのがまた、悲しいものがあるんだけどね。俺は凡人なのに。
まあ頼もしいからいいんだけども。
「パパ」
「ん?何かアイデアあったか?」
「あったよ。材料いるけど」
「材料?」
「結界使うの」
「結界?」
「とりあえず偽装草の葉っぱがいるの。このあたりで採れるから」
「……よくわからんけどわかった、見つけたら言ってくれ」
「うん」
「スピード落としたほうがいいか?」
「いい、このままで」
いよいよ海が見え始めた。
今走っているところは人工物のかけらもないただの原野だ。
ただし、なだらかすぎる平原がやたらと広いところがどこか不自然で、もしかしたら過去に何かあつたのかしらん、なんて事も思ってみたり。
ほんとう、よくも悪くも何もない。
地図によると海辺には道があるらしいんだけど?
「お、あれか?」
海の近くに少し小高いところが続いていて、そこに道らしきものが見えてる。
「あれが海?」
アイリスは、遠くに見える水平線を凝視している。
「おう、でっかいぞー?」
「うん……」
興味しんしんって感じだな。まぁ、そりゃそうか。
こんな風におめめキラキラしてるとこ見ると、はは、こっちまで嬉しくなるね。
「海の近くには何かあるのか?」
「えーとね……」
タブレットをまたいじくって、ふむふむとアイリスはうなずいた。
「街道沿いに北に100kmほどで、ツァールって港町があるね」
「港町につながってるのか。道は広いかな?」
「んー、馬車の広さ?たぶん、この……キャリバン号?なら大丈夫」
「なるほど」
あまり広くないってか。
確かに、ここから見える道もあんまり太そうじゃないもんな。
「輸送の基本は馬車なのか?」
「このあたりはそうだよ」
「というと?」
「南大陸や東大陸では馬を使わないの。魔獣車だね」
「おお」
魔獣を使ってるのか!すげえ!ファンタジーだ!
ま、それはそれとして。
「このあたりにも大型生物とかモンスターいるんだろ?馬車って大丈夫なのか?」
「えーと、それはね」
アイリスはタブレットの上に指を走らせると「ああ、これこれ」と頷いた。
「道には結界があるの」
「ほう」
「うん。それと馬車にも結界があって、それぞれ動物やモンスターが近寄ってこないようにしているの」
「そうか……いやまてよ?」
するってーと?
「俺たちもその、結界って使えるのか?釣りしたり野営する時に」
「もちろん。そこでさっきの偽装草なわけ」
「ふむ、くわしく頼む」
「結界って色々あるけど、偽装草を使った結界は忌避結界というの」
「忌避結界?」
「たとえば、いやだなぁ、近寄りたくないなぁって思わせるものなんだよ。それで寄ってこなくなるわけ。
もっと強力になると敵対者を強制的に追い出す結界としても動作するけど、いまのところ、それは単純な効果しかないの」
「単純な効果?」
「んー、たとえばパパを食べようとする動物は追い出されるの。獣とか魔獣とか。
でも、パパを奴隷として使役したい人に対しては、ここにいたくない、ここから去ろうって具合にしか効かないんだって。わかるかな?」
「んーつまり、捕食とか殺害とか、動物的に直接危害を加えたいものにはズバッと効くけど、誘拐して利用したいとか、そういうソーシャルな悪意まで強制排除はできないってことか?」
「うん、正解!さっすがパパ!」
「ははは……って待て、すると魚も釣れないんじゃないか?」
「え?」
「だって、釣り餌を捕食させて捕まえるんだぞ、釣りって」
「……ありゃ」
「ありゃじゃねえって」
アイリスは、ぽりぽりと頭をかいた。
ま、その、なんだ。
人間的な失敗して頭をかくとことか、ずいぶんと可愛くなってきたな。
しかし、すさまじい学習能力だな。もう宇宙人のコンピュータなんて言えないぞ。
そんな会話をしていたら。
「パパ、ごめんストップ!」
「はいよ」
停止させた。
「偽装草ってやつか?」
「うん、あった!」
そういうとアイリスはベルトを外し、ドアを開けて飛び出した。
どれ、俺も見てみよう。




