閑話・凶刃(笑)の顛末
タシューナンとコルテアの国境では手続きに少し時間がかかるという事で、キーンは町をぶらつく事にした。
女を連れて行こうと思ったが、拘束状態で連れて行くのは無理だと女官にとめられた。ゴリ押ししても良かったが、そこまでして女連れで行きたいわけでもない。女は現地で確保して遊ぶ事にして、キーンは外に出た。
護衛は断った。
それでもついてこようとした者がいたので、睨んで黙らせたので一人だ。
ところが。
国境の町タナ・タナは予想外に賑やかな町で、いろいろなものが混沌としていた。
「へぇ……」
いい風景じゃんと眺めてから、今さらのようにキーンは思い出した。
「あれ?あー……そうか、オレもしかして」
そう。
実はキーン、多種族混在の町の単独行は初体験だった。
そもそもそういう町は敵地であり作戦行動中だったわけで、のんびり周囲なんて見てなかったからだ。
キーン本人すらも意外なことに、彼はそれだけマジメに仕事していたという事なのだろう。
「ふむ……いいんじゃねえか?」
活気にあふれた町。
しかし、まるでファンタジー映画そのものの混沌とした町は、そういうのに無縁だったキーンすらもワクワクとさせる力を持っていた。
「なんだよ、いいじゃねえか。すげえな映画みてぇだ」
屋台を冷やかして歩き、そしてウサギの店主から買った串焼きに食いつくと、これがまた美味い。
設置された休憩場所に座る頃には、キーンはすっかりごきげんだった。
少し肌寒いが、これもまた食い物の旨さをかきたてる。
買い食いなんて貧乏人かバカのやる事だと思っていたけど、これも悪くない。
「あら、すっかりごきげんねお兄さん?」
「お」
ふと気づくと、目の前に真っ黒な猫女が立っていた。
すらりとした見事な黒猫で、おもわずキーンは見とれた。
「どうしたの?」
「いや……美人、いや美猫といえばいいのか?」
「あらお上手。隣空いてるかしら?」
「おう」
完全に毒気を抜かれていた。
実のところキーンは、獣人族が嫌いなわけではなかった。
むしろ普通に好きだった。
元々はむしろネットのケモノコンテンツなどが好きな少年であり、異世界に来たと知らされた時には真っ先に獣人族はいるかと尋ねてしまったほどだった。
もっとも。
いわゆる獣人系の人が、いわゆるケモノ好きとファーリー・コミューンの住人を区別する時、彼らに質問することがある。
つまり。
──あなたは獣人を愛でるのが好きか?
それとも、あなたが獣人になりたいのか?
キーンはこの質問に首をかしげ、モフモフは愛でるもんだろ、自分がモフモフになってどうすんだと返した。
ちなみにこの答えにより、ファーリー・コミューンは彼を受け入れなかった。
さて、話を戻そう。
隣に座った黒猫女性は、見ればみるほど美しかった。
ほっそりとした体型はキーンの趣味ではないが、好みがどうのという以前に全体から漂う雰囲気があまりにもセクシーだった。
我ながら信じられなかった。
気持ちを冷ますのに、首から上の……つまりネコ科の動物そのものである頭部だけを見るようにして、ようやく気持ちを鎮めたのだけど。
「どうしたのかしら?」
「いや……すまん、言葉がない。ほんとうに綺麗なんだな、あんた」
「……あなた見たところ異種族よねえ。
こんなに見た目違うのに、それでも美人に見えるの?」
「種族と美醜は実のところ、あまり関係ないみたいだな……正直、俺も知らなかった」
正直なところをキーンは言った。
どうして自分がそんなにムキになっているのか、それにも気づかないまま。
「結局、広い意味ではヒト族って事なのか?
俺はそんなにたくさんの人に出会ったわけじゃないけど……もしかして、頭とか尻尾とかもろに違う部分に目が行き過ぎてたのかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ、今、あんたを見てて思ったことだけどな」
キーンはためいきをついた。
実際、ラバースーツかぶせてしまえば、あとは体型だけであり、それにキーンは興奮するわけで。
そして……『女』としての『使い心地』となると、実は変わらないというのが男としてのキーンの正直なところだった……まぁ当然、目の前の猫女に言える事ではないが。
そんなことを考えていたら、何に気づいたか猫女はちょっと寂しそうに笑った。
「そう、そうなんだ、あなたってそういう人だったのね。
……もっと早く出会えばよかったかもね」
「え?」
その言葉に含まれるわずかな不穏さに、キーンは思わず腰をあげかけたのだけど。
「じゃ」
「!?」
その瞬間、キーンの意識はスイッチを切るように消えた。
「あら、おやすみかしら?」
「……」
「しょうがないわね、よいしょ」
猫女は優しくキーンをベンチに寝かせた。
一瞬、女の影に顔が隠れたが……再び現れたキーンの顔は、ただ静かに眠っているようだった。
「おやすみなさい……次に会う時は、もう少しいい子で会おうね?」
「……」
そういって猫女は微笑むと、そのまま立ち去った。
そして。
「……」
いくつかの気配が、音もなくどこかへ消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆
猫女が立ち去って数時間後。
キーンを探しに来た女官たちが、寝ているキーンの後頭部に何かが刺さっているのを発見、ただちに本国とタシューナンの官憲に通報した。
そしてニュースが飛び交った。
【多くの獣人を殺し、虐待を繰り返した異世界人『凶刃』ことキーン暗殺さる】
【喜びに湧く東および南大陸、一部の国家では祭りも開かれる】
【保護された獣人族の少女、度重なる虐待に心身ともに弱りきっており保護施設へ】
これに対し、人間族国家の方では。
【キーン殺される、悲しみに沈む中央国家・対テロ対策部】
【やはり亜人勢力の放置は危険、各国に野放しの亜人種に隷属の首輪をつけるよう求める】
人間族国家の反亜人勢力が一気に支持率を伸ばしはじめた。
そしてこのニュースが世界を駆け巡る時、なぜかひとつの噂もばらまかれた。
それというのが。
『おじさま、本当に違うんですか?』
「しつこいのう、わしではないぞシオリ」
某所の通信設備の前で、ウエストが聖国の『聖女』を相手にぼやいていた。
「ったく、皆がわしを疑いよる。解せぬわ」
『おじさまがそれだけ有能という事ですわ』
「は、ほざけ」
『フフ……まぁ中央大陸国家の皆様は、わたしやエミにも首輪をつけたいようですけど』
「異世界人脅威論か。
くだらぬ事じゃが、用心はしておけ。本気になった人間はおそろしい、わかっておるな?」
『はいもちろん』
「うむ」
通信の向こうとこちらで、ふたりは意思を確認しあった。
「それにしても、まだ真犯人がつかめておらんのか?」
『あら、おじさまがそれおっしゃいま……え、つかめてるんですか?』
「やれやれ、二百年も何をやっとったんじゃ馬鹿娘が。
この状況でヤツを暗殺した事、そして使われた暗器の種類。
どう見ても獣人族、それも猫人族のサイカ・スズキの手の者じゃろうが、違うか?」
『……いえ、可能性としてはわかっているのですが決め手がないのです。
おじさま、降参です。その根拠をお教えいただけますか?』
「暗殺ニュースとほぼ同時に、凶刃の使っていた移動事務所にタシューナン政府からの非公式の接触があったんじゃ。それは知っとるか?」
『凶刃の囲っていた獣人奴隷の解放交渉ですわね、妙に早いのが気になっていたんですが』
「あれはコルテア経由の依頼じゃよ」
『え……どういうことです?まさか』
「今代のサイカ・スズキはコルテア首長とつきあいがある、知っておるな?
そして……凶刃が飼っていた獣人娘の種族は公開されておらんが」
『……猫人族という事ですの?』
「正解じゃ。
牙が全部抜かれて、それはもう酷いありさまだったそうじゃ」
『そうですか……では噂は?』
「なんらかの裏取引じゃろうな……ったく、あの化け猫女めがやってくれるわ」
『うふふ』
「なんじゃお嬢」
『おじさまでも苦手なものがあったのね、ご愁傷様』
「やかましい」




