大仕掛けは冒険ものの華
「アイ、これ翻訳できるか?」
「『主電源との接続が再開されました、カウント120後に補助動力炉が停止いたします、必要な関係システムのうち切り替えが必要なものに対応願います』と言っています」
「おーわかった」
オルガにも確認してみよう。
スマホの方でメッセージを飛ばす。
【アナウンス流れてる?】
少し待つと返事がきた。
【アマルティア語で太陽炉停止のアナウンス】
うんうん。
【今、先生がシステムチェック中だが、おおむね問題なし】
【既存への影響は?】
【あわせて調査中】
【了解これから戻ります】
【待ってる】
スマホをポケットにいれると俺は言った。
「オーケー、こっちはどうだ?」
「問題ないよー」
ありゃ。
ドラゴン氏でなくアイリスに戻ったのか。
「帰っちゃったのか?」
「うん、もう大丈夫だろうって」
「そっか、おつかれ」
「え?アイリスは何もしてないよ?」
アイリスはドラゴン氏の眷属、つまり下位の存在。
自分の身体を上司に使わせて、それをただ見ているだけ……それがどういう気持ちなのか知らないけど、俺に言える事はひとつだけだ。
「いや……何もできず見てるだけってのもな、疲れるもんだろ?」
「……うん」
なぜかアイリスは目を細くして微笑んで、そして俺に抱きついた。
俺はただ、その頭をなでてやった。
「さて、と。
こっちが解決したから上に戻るか……ごめんな、またゴーレムの上で待機だ」
「ううん、いいよ……戻ろ?」
「おう」
これだけ機械だらけのところにいると改めて実感するけど。
そう、この世界はファンタジー世界じゃないんだってこと。
都合のいいダンジョン脱出魔法みたいなもんはないわけで。
足で行くしかないんだ。
この世界には魔法があるけど、それは後付けで追加されたもの。
異星人であるアマルティア人が来訪する前は、この星は大昔の地球同様の世界で。
そして異星文明との交流、さらに精霊分の出現。
そうして世界観とか文明とか、そういうのを変化させてきた過程で魔物が、魔法が生まれてきたわけだけど、それは元々この世界にあったものじゃないんだ。
「だけど」
「?」
「いや、ひとりごとだ」
オルガの話だと、転移の技術は存在するらしい……ファンタジーによくある転移魔法みたいな便利なものではないらしいが。
たしか、オルガはこう言ってたよな。
『そもそも魔法とは意思をもって為なすものだが、ただ意思で動かすだけでは効率が悪いし、何より不安定だ。
たとえば、ハチのように膨大な魔力がある場合、正しく手続きをふめば発動には問題ない。
しかし、たとえば「三分間同じ火力で燃やし続ける」みたいな用途には向かない、ハチの意思が揺れれば炎もゆらいでしまうからねえ』
うん、確かこんな感じだった。
おそらくだけど、転移というのは衝動的にパパッと使うには問題があるんだろうな。
そしておそらく。
オルガの使っている転移門は、二点間をつなぐ一種のワームホールみたいなもんじゃないのだろうか?
もう少し簡単にいえば、ペアになっている二点を有機的につなぐもの。
つまり行き先の座標位置を示すような性格のものではないと。
……意味がわからない?
心配すんな、俺もさっぱりだ。
「調べてみるしかないか」
「パパ?」
「ん?ああ、世の中わからないことだらけだなって言ったのさ」
俺は苦笑した。
「よくわからないけど、なんか楽しそうだね?」
「そりゃそうさ」
アイリスに言われて、思わず顔がほころんだ。
「知らないことを知るってのは、とても楽しいことだ。そうだろ?」
再びゴーレムで移動中。
俺は気になる事をスマホで調べていた。
ああそうだ、スマホの現状について軽く説明しておこうか。
スマホはこうして使用できるんだけど、地球側の情報はもう更新されていない。
どういう理屈かはわからないけど……俺が転移したあの日のデータまではあるんだけど、以降のデータが更新されていないようだ。
見た目上は、検索などができるように見える。
だけど検索結果で地球のコンテンツは古いもので、バナー類も含めて全く更新されていない。
そして。
そのかわりにひっかかるものは。
『こりゃ辞典かな……へぇぇ』
どうやらこっちの世界側のコンテンツのようなんだけど、見られるようになっている。
どうやら謎の中継サーバが設定されていて、そこがフィルターのようになってこの世界側のコンテンツを地球のスマホで参照できるようになっているようだ。
これはたぶん……ファンタジーな不思議現象ではないだろう。
むしろこれは。
『アマルティア側のネットシステムの機能ってことだな……ったく、よくやるよ』
オルガの話だと、彼女らの使っているタブレットもいろんな時代、いろんな文化の産物らしい。共通するのはせいぜい、似たような使い方をする無線ベースのシステムというだけ。
使用周波数、プロトコル、その他……。
とにかく、全く異なるそれらの出す波長をつかまえ、解析し、変換ロジックを組み上げ、そして普通にコンテンツも整備して相互接続をしてしまうらしい。
どんだけ超絶システムなんだよ。
監視技術、解析技術、そして接続ロジックの組み上げにそれの既存システムの組み込みまで。
やれやれだぜホント。
だけど、おかげでこの日本の富○通製スマホで、この世界のコンテンツが見られるわけだ。
入力システムはないけど、音声入力で聞き取れるようだし……いやホントよくできてら。
『感心している場合じゃないな、転移魔法ってやつについて調べてみよう』
『転移魔法』
座標を指定する、条件を指定する、あるいは、それぞれに触媒を設置することで始点と終点を特定し、その間を転移する魔法の総称。
さまざまな方式があるが現在、実績があるものは以下の2つに限られる。
ひとつは『召喚法』。
これは物体引き寄せを限りなく強化したもので、世界間召喚すらも可能とされているが研究中の分野。
ひとつは『転移門』。
精神界研究者リーマ・マフワン・オックスと空間魔法研究者エゴチ・マシャナリの共同開発によるもので、ふたつのポイントの間を転移するもの。ふたりは試作段階で行方不明になってしまったが、現在、娘であり比較魔導学と魔導機械学の権威であるオルガ・マシャナリ・マフワンが解析と実地試験の続きを行っている。しかしオルガ・マシャナリ・マフワンいわく、現時点では設営コストもああり消費エネルギーも大きすぎ、実用化までは長い時間がかかるであろうとの事である。
異世界召喚があるのか!
ちょっと蛇足になるけど見てみよう。
『世界間召喚』
原理的には可能であるが、現状では実行しても座標指定ができず、また意味もない。
そもそも観測できない別の世界の座標を指定できたとしても、先方宇宙のどこかにつながってしまうだけである。
ゆえに別条件での召喚が試みられ始めているが、目立った成果は上がっていない。
なるほど……そりゃ確かに無理だ。
別条件というのが気になるな、今度オルガにでも聞いてみるか。
【パパー】
【なんだ?】
【おしっこ】
【わかった、止めるからそのへんでしなさい】
【わかったー】
『アイ、止めてくれ』
『了解』
ゴーレムの全身が止まった。
【パパー】
【なんだ?】
【みててね】
【やかまし、さっさとせんと置いてくぞ】
【ちぇー】
そんなアホな話をしながら、俺たちは上に戻っていった。




