魔力と精霊分[1]
「……何だこれ?」
鏡に写っているのは、俺じゃなかった。
いや……正しくは、今の俺じゃなかった。
それは。
二十歳かそれ以下の、お馬鹿な若造だった、あの頃の俺の顔だった。
いやまて、なんだこれ?
「……そういえば」
そう言えば、ハンドルにぎる手も若々しい。おっさんの手じゃねえ。
どういう事だ?
「あー、気づいてなかったんだ」
ん?気づいてなかった?
「アイリス、何か心あたりあるのか?あったら教えてくれ」
「パパ。もしかしてだけど若返っちゃった?」
「ああ、そうだ」
「だったら簡単」
アイリスはうなづくと、それはねと言い出した。
「それはね、魔力の影響だよ」
「……どういうことだ?」
「わからない?つまり、この世界に来て、いきなりどっかーんって魔力が全身を駆け巡った結果なの」
「よくわからんが、魔力には若返りの効果でもあるのか?」
「ちがうよ。単に今の顔が、パパの歳相応の顔ってだけの事だよ」
「……なんだと?」
思わず、ミラーの中の昔の顔をまじまじと見てしまった。
「地球だっけ?今までパパのいたとこには魔力も精霊分もなかったわけだよね?」
「ああ」
「で、この世界にくる時に大量の精霊分に汚染されたんだよ。たぶん、ふたつの世界の境目に溜まってるんだろうけど、それを巻き込んでね」
「汚染された?なんで?」
「理由はわかんない、グランドマスターも知らないって。ただ、若返った理由はもうわかるでしょ?」
「……まあ、なんとなくな」
イメージとしてはな。
「前のパパの顔ってある?」
「これだ」
左手で札入れをあけて、そこから免許証とだしてやる。
「ああ、おじさんだねえ。こんなだったんだ」
「もしかして、お前に会ったときにはこっちだった?」
「うん、今の顔だったよ?」
「……そうか」
きづいてなかったってことか。なるほどな。
しっかし、いきなり若返るとはね。まだこっち来て2日ってとこなんだけど。わけわかんないや。
「ま、まあいい、話をもどすぞ。
アイリスはつまり、あいつ……オルガが俺にコナかけてきたと言いたいんだな?」
「うん」
「いまいち信じられないんだが?」
ちょっとくらい若返ったって、いきなりモテ期もないだろ。
中二病のガキじゃあるまいし、勘弁してくれよと。
でも。
「パパ」
「ん?」
「この世界にはね『魔力でかいはマダムキラー』って言葉があるんだよ?」
「……なんじゃそりゃ」
なんか、微妙に下品な響きだけど、まさかね。
「要するに、魔力のでっかい人は、枯れた未亡人すらも若きにもどって股間が」
「こ、こら!子供が何いってんだ!」
「えー」
「えーじゃない!」
あれか。地球にも「マラのでかいは七難かくす」って言葉あるけど、あれみたいなもんか。
異世界にもあるのか、そういうの。
まあどっちにしろ。
見た目だけだろうと、幼女が言っていいセリフじゃないだろ。
いや、オーケーだったとしてもダメ、ぜったい。
「つまりね、この世界のひとにとって、魔力がでかいっていうのは、それだけでこう、アピールするものがあるわけ。わかる?」
「……納得はできないけど、とりあえずは」
でないと話が進まないからなあ。
「けど、オルガ・マシャナリ・マフワンが現時点でパパに興味を示したのはびっくりかも」
「……どういう意味だ?」
「魔族の中でも活動領域広いタイプだから、出会う可能性が高かったんだけど……いくらなんでも早すぎるよ。パパ、この世界にきて二日目?三日目?」
「……たしかに」
しかし、うーん……。
悩んでいたら、アイリスがこっちを見ていた。
「なに?」
「パパは脈アリと。うん、わかった」
「……おい、何がわかったんだ?」
アイリスの発言が不穏だった。
「パパ。わかっていると思うけど、アイリスは合成精霊だから、パパのアシスタントにはなれるけど、恋人にはなれないの。
それにパパ。
この世界に、信用できるおともだち、ほしくない?」
「それは……確かにほしいが」
「そういうことだよ」
友人探しを手伝ってくれるってか。それはありがたいが。
「……合成精霊?」
なんだそれ?
「え、わからない?」
「あー……そういえば魔族とか精霊分とか、そのあたりも知りたいんだけど」
「なるほど、そういうこと。じゃあ説明するね?」
そういうと、アイリスは淡々と説明をはじめた。
『精霊』
濃厚な魔力を秘めたエネルギーのようなもの。
固有の意思をもたないが、生命体の組織と結びつき、これを強化することで自分たちもろとも生き延びさせようという性質がある。単独では海底や森などで気体として淀んでいることが多く、一気に吸い込むと猛毒でもある。そのため濃さや量をあらわす習慣から『精霊分が濃い、薄い』などという言い方をすることが多い。
ほう。物質というよりエネルギーなのか。
「この世界の生き物は、大きく分けると3つになるの。
まずは通常生物ね。これはパパのふるさと、チキュウのいきものと同じもので、いわゆる人間族はこっちに属するの」
「ほうほう」
「次に、精霊分が混じって変質した混在生物。これは通常生物が精霊分に汚染されて、それがある程度すすんで変質した生き物なのね」
「変質?」
「んー……たとえば」
アイリスはタブレットを操作して、魚の写真を二枚表示した。
おお、もう使いこなしてるし。
「このお魚は同じ種類だけど、こっちは通常生物で、こっちが混在生物なの。精霊分を取り込んで変化したわけ。魔物って言い方もあるけど」
「魔物……」
タブレットの写真を見た。
ふむ。
あまり変わらないけど、魔物?になってるほうが、いかにも生命力強そうだ。
「で、最後が精霊生物ね。真竜族と樹精王族、あとはその眷属だけがこれに属するの」
え?
「だけ?他にいないってこと?」
「うん。だって、精霊分だけでできた生命体なんて、この世界には存在しないし、できないから」
なんだそれ?
「まてまて、じゃあ真竜族と何だっけ?」
「樹精王族?」
「そう、その2つはどうして存在するんだ?変だろ?」
精霊分だけでできた生命体は存在しない。まあそれはわかる。
だけど、真竜族と樹精王族だけは例外で、その精霊分だけで出来た生き物だと。
ならば、この2種族は何者だ?
「2つの例外種族は遠い昔、この世界の精霊分と生き物たちを見守るために作られたの。自然の生き物じゃないの。
で、アイリスみたいな眷属は、その一部なわけ」
「作られた……か」
その言葉の意味するところにもいろいろありそうだけど、とりあえず気になった事を言ってみた。
「なんというか……不自然な気がする」
「え?」
不思議そうな顔をするアイリスに、気になる点を指摘してみた。
「あのなアイリス、自然界っていうのは循環するものなんだよ。
例えば雨がふるだろ?
でも天空に無限に水があるわけじゃなくて、それは蒸発という形で地上や海から持ち去られたのが循環しているわけだ。
しかも、そうやって全惑星に循環を作り出すことで大気の層を撹拌し、特定箇所に熱が集約しないようにもしている。
事実、太陽系がそうだった。
地球とほとんどかわらない場所にある月だけど、大気があるかないかで温度は全く変わる。ひなたと日陰の温度差は数百度にも達するらしい」
「……そうなんだ」
興味あるようなないような、微妙な反応をするアイリス。
ま、そうだろな。
この惑星ならともかく、見ることもまずない異世界の恒星系の話じゃ、ドラゴン氏ならともかく眷属のアイリスにとっては対象外にちがいない。




