海底トンネルにて - Fantastic Voyage -
「床面が見えているが、それがどうしたんだ?」
「入り口からずっと続いてて気になってたんだが、やっぱり間違いない。一定間隔と一定の広さで穴が開いてるな」
「穴?」
「ほれ、ここから入り口を見たら一目瞭然だろ?」
俺が座ったまま、その小さな穴が続いているのを指でたどってやると、オルガはそれをずっと目で追っていった。
「……たしかに定期的に続いているな」
「ついでにいうと、砂漠の遺跡の方にはなかった。覚えてるか?」
「……そうだったか?すまない、覚えてないな」
「そっか」
ふむ、とオルガは考え込んだ。
「ハチ、おまえはこれを何だと認識したんだ?」
「こっちの施設を俺は知らないから、あくまでも地球基準、俺の勝手な見解になるけどいいか?」
「もちろんかまわないとも」
「じゃあ言うけど。
軌道、つまり鉄道の跡に見えるんだよ」
「……ほう?」
地球の鉄道は路盤の上に砂利を敷き、その上に設置するので痕跡はあまりない。せいぜい、踏切のところが残るくらいだ。
だが線路というのは、下からいくとこういう作りになっているんだ。
まず、路盤の上に敷いた砂利。
次に、軌道と直角に、櫛の歯状にズラーッと並べられた枕木。木というけど近年は硬いコンクリートで作られている事が多い。
で、その大量の枕木に支えられた上に、鉄の軌道をボルト止めしてあるわけだが。
目の前に見えている穴。
それも一定間隔で、ずーっと続いてる穴。
「これ、何かをリベット止めみたいな感じで打ち付けてた跡じゃねえのか?」
「……うむ、わたしにもそう見えるな」
「こっちに鉄道があるのか知らないし、鉄路の仕組みもわからない。砂利を使ってないから方式が異なるのは間違いないが、そもそも砂利は撤去可能なものだろうしな。
それで聞くんだが。
ここに鉄道みたいなものを通した可能性はあるか?」
「あるぞ」
オルガがうなずいた。
「以前、人間族国家で大戦と呼ぶ動乱があったことがある。その際に一度、この海底トンネルは崩落しているんだが、当時、今のシャリアーゼと対岸のコルテアの間には、資材と人を運ぶ小さいトロッコ列車を走らせていた」
そういうと、オルガは床面に続く痕跡に目を戻した。
「しかし、これが軌道跡とはな……なるほど、現存する鉄道を見たことがなくて資料でしか知らないわたしには、どうあがいてもこの発想は出ないな。
うむ、現物を知っている者の所感は実に興味深い」
「おいオルガ」
「わかっている、もちろん素人発言をそのまま結論にする事はないさ。
それよりアイリス嬢、すまないが」
「なあに?」
「中央大陸の四型トロッコの絵を出せるか?もしできたらハチに見せてやってくれないか」
「わかった……はいパパ、これ」
アイリスに見せられたのは、なるほど簡易的で小さな機関車っぽいものだった。
「なんだこれ、林鉄の機関車か?」
あ、林野鉄道って知ってるか?
むかし日本で林業が盛んだった頃、木材や資材を山から運び出す鉄道が各地にあったんだよ。狭い山を走らせるから小さなものが多かったが。動力源は人力や馬車を使う地域もあったけど、小型の機関車が用いられた地域もある。
なんとなくそれを思わせるものだった。
ただし蒸気機関とは違うと思う。おそらくディーゼルでもない。
「なあオルガ、これって動力はやっぱり」
「うむ、魔道機関だ。サイカ商会の車と原理的には同じだな」
「おお」
昔からあったということか。
「ただし、この時代の魔道機関は問題の崩落の時に失われているんだ」
「失われた?」
「うむ。
元々これらは飛空艇のように発掘した魔道エンジンを用いていたんだが、それが崩落で失われてな。心臓部の再現はできなかった」
「あー……それで崩落を機に廃線しちゃったのか。
で、オルガはそれを、わずかな資料から再現を試みたってことか?」
「うむ、そのとおりだ」
「なるほど、ある意味車輪の再発明ってわけか……しかし、現物も資料もないのによくやるなぁ」
「フフ、まぁな」
林鉄みたいな用途限定の鉄道は、目的を果たすか採算割れしたら即、消える運命だからな。
俺はリアルタイムな林鉄の時代を知らないけど、確か母方の実家の町がもともと、林鉄景気で湧いてた町のはずだ。今は見る影もないただの田舎だけど、戦前は労働者むけの歓楽街に、それから映画館まであったんだときいた。
まぁ、栄枯盛衰ってやつだな。
「さてハチ、とりあえず先を急ごうじゃないか」
「ん?」
「ここは入り口からそう遠くない。人間族たち自身は中に入れなくとも、ろくでもない事をやらかすかもしれないからねえ」
「げ」
たしかに。
「わかった、先を急ごう」
「うむ」
昔、潜水船を乗組員ごと縮小して人体の中に入る映画があったのを知ってるだろうか?古い古い映画だが……えっと、Fantastic Voyageって作品だったっけ?すまん、邦題を忘れちまった。
このトンネルの風景はどこか、あの体内空間の異郷の映像に似ている。たぶん壁面を覆う海藻のせいだと思うけど。
さらにいうと。
小さなキャリバン号がその中を浮上飛行しているような状態なのもまた、その感じを助長していた。
ところで。
「クゥン」
「ウォン」
「おおよしよし、ハチ、何か食べるものないかねえ?」
ああ、わんこーずが腹を減らしたか。
「これでいいか?俺のお手製ジャーキーなんだが」
ジャーキーというと聞こえはいいけど、実はただの干物だ。
ラウラたちに食わせるために塩を使わず、代わりにアイリスに軽く湿気を抜き取ってもらった。で、キャリバン号の屋根の上に、青い干しかごに入れて少し干したもんだ。
中央大陸の砂漠の日差しとキャリバン号の走行による強風にさらされたそいつらは、それでもちゃんと干物もどきになってくれた。排気ガスもないからきれいなもんだ。
ただし、味はその限りにあらず。
ま、いいさ。
そもそも、わんこーず向けに塩抜きで作る時点で人間様の味覚は二の次なんだ。こっちはせいぜい、スルメイカのごとく噛んで風味を出す事しかできないさ。
で、その、味の足りない干物をわんこどもは。
「うまうま食べてるねえ」
「うむ、左肩がよだれと油で大変だけどな」
「あはは」
オルガは隣の座席で食わせているが、運転中の俺はそうはいかない。
ケルベロスは綺麗好きなんで、寝床で食事をとらない。だから肩口の空間ポケットから3つの子犬の首がならんで、はむはむ食ってるわけで。
器用なんだよな、こいつら。
左右の口でガブッとホールドして真ん中の首で食ったり、あるいは順番を変わったり。おもしろい。
だけど当然、よだれとカスが俺の左半身を汚しまくりなわけで。
まぁ、アイリスがせっせと掃除してくれているが。
「いいぞアイリス、あとできれいにしてくれ。きりがないだろ?」
「でも」
「ガキと動物は汚すもんだ。邪魔にならなきゃいいさ」
「ん、わかった」
なぜかやさしい顔で微笑んだアイリスは、再びナビ用のタブレットに戻った。
「ふたりとも、何か食うなら摘んどけよ。食事は遅くとも向こう側に出てからにするから」
「わかったー」
「わかったねえ」
トンネルの中で寝泊まりも悪くないが、ここでやると海底で寝泊まりすることになる。
それはちょっと避けたい。
あと、人間族側がどう出るかわからない事を思えば、さっさと南ジーハン側に抜けておきたい。
まさかとは思うが、出口で待ち構えられてたらたまらんしな。




