出発[1]
レナさんとの話は短いけど、でも実りあるものだった。
あと迷惑ついでにレナさんに頼んだ事があった。
「現金がないんですが、これ物納になりますかね?」
「これは……異世界のお茶ね?」
「はい」
積んであった紅茶は封を空けているので、こっそりワンパック取り寄せて納入。
「バラサでもパックひとつ売ったんですが、あちらで結構お高いと聞いたので。流量なんかの問題があるようなら別のものでもいいんですが、今のところ高い査定がついているのがこれしかないんですよ」
キャリバン号の備品は出せない。この先使うかもしれないからだ。
かといって、他人の見ている前で色々ポンポン取り寄せるわけにもいかない。
というわけで現在、だいたいの価値が判明しているこの紅茶がいいと考えたわけだ。
まぁ、バラサで売ったために価格変動が起きている可能性もあるから、この選択肢が正しいとも言えないが。
でも結局のところ所詮はお茶だからなぁ。
おかしなハイテク製品を流して余計な争いの火種を生むよりは全然いいと思う。
「いえ、かまわないわ。相場が動く可能性は確かにありますけど、異世界茶を物納でいただいたという事自体は記録に残りますからね。それにお茶は嗜好品だし、現金化にしろ運用にしろ有効利用できるでしょう。
でも本当にいいのかしら?もらってしまって」
「はい。うちは消費量そんなにないんで、こんな持ってても飲みきる前に味が落ちますから」
これはウソでもなんでもない、本当のことだ。
物納で税金が払えると聞いた俺は、手持ちのアイテムや物品で支払えないかを相談した。
迷惑料ということもあるけど、もしいいお値段になるなら町の被害対策に使ってほしいと思ったからだ。やっぱり、派手にやっちまったのは事実だし。
でも高額なものはシャリアーゼとしても扱いきれないということで、相談の末に「何か異世界産の食料品があれば」という事になったわけだな。
「ありがとう、シャリアーゼの区政に携わる者として心から御礼を」
「迷惑をかけた皆様に、少しでも足しになれば」
「ええ、ありがとう。
そういえば、オルガ博士が同行なさっているようだけど、東に行くのかしら?」
「はい」
「そう。いつでもまた戻ってらしてくださいね」
「ありがとうございます」
戻っていらっしゃい、か。
納税者ウエルカムって意味かもしれないけど、それでも言ってもらえるのは嬉しいもんだなぁ。
しばらくしてオルガが戻り、レナさんは引き上げていった。
「よーおかえり」
「一晩泊まっていかないのか?」
「レナさんには言ったけど、今夜のうちにできれば動こうと思う」
現在もシャリアーゼの町には人間族の軍がいる。飛空艇はもうないらしいが、俺たちを探しているわけだ。
ならば。
「夜闇にまぎれて行くに限るだろ?」
「しかしここは森じゃない、市街だ。砂漠のど真ん中といっしょで結界の有無まで隠し切るのは難しいぞ?」
「それなんだが、ちょっと確認したい事があってな」
「む?」
俺はオルガに説明した。
「平たくいえば、この町全体を迷いの森にできないかな?」
「……なんだと?」
迷いの森という言葉にアイリスは首をかしげた。
でもオルガは何かを頭でめぐらし、そして何か結論づけたようだった。
うむ、さすが。
「もしかしてだが、撹乱戦法をしたいのかねえ?」
「うむ、そういうこと。
真正面から意識をそらしたり痕跡を消そうとするのは、森や海のように生命体がたくさんいない環境では難しいんだろ?
だったら逆に、隠さず撒き散らして混乱させるのはどうかと思ったんだけど?」
「……キワモノのたとえだが言いたい事はわかる。たとえば、あからさまに街中におまえの幻影を、しかも大量に徘徊させると?」
「ああ正解だ。どうだろ?」
「できるが……わたしひとりでは無理だな」
「……?」
「わたしは方法を知っているが、材料も実行するためのリソースも足りないということだ。当然、おまえが埋められれば実行可能ということになる。
ハチ。
ひとつたずねるが。おまえは紙を取り寄せられるか?」
「紙?どんな紙?」
「ちょっと待て……ああこれだ」
オルガはどこかから、しわくちゃの一枚の紙を取り出した。
「ん?もしかしてこれ和紙か?」
俺の知る和紙の感触にすごく似ていた。
「異世界の植物紙だな?うむ、その認識でかまわない。
この紙をとりよせてほしい。ただし大きなものだ。だいたい2メーター四方あればいい」
「そんな大きなものを?」
「魔法陣に必要なものだからな」
「うーん、いきなり言われても……いやまてよ?」
そんな大きな和紙なんて見たこともない、と言おうしたんだけど、ふと思い出した。
そうだ、見たことあるぞ!
絵画など特殊用途用の和紙だ!あれなら三メーター近かったはずだ!
「……これでいいか?」
ふわっと感触があったかと思うと、大きな和紙が空中にあらわれた。
なるべくシワをつけないよう、オルガとふたりで床に敷いた。
「さすがだな……よし、悪いがもう一度手を借りる事になる。今は休んでくれ」
「それはつまり、できた魔法陣を俺が起動すると?」
「そういうことだ。ただしソレでな」
「ソレ?」
「左手のそれだ。忘れていたか?」
「あ」
左手の樹精の苗か。
そういや、未知のアイテムチェックには便利だけど、それ以外には使ってないな。
「そいつは魔術触媒にもなるんだ。具体的には、ほれ」
「お」
小さな紙を渡された。開いてみたら発火の魔法陣が書いてある。
「ペンでなく、そいつで突いてみろ」
「お、おう?わかった」
蔓をコントロールして、先を魔法陣に近づける。
「う、細かくて触りづらいな……どれ、トンってウワッ!!」
刹那、ボウッと青い炎が吹き上がった。
「どうだ、ペンで触るより威力が大きいだろう?」
「ビビった……すごいな、これが触媒の違いってやつか?」
「そういうことだ。もっとも蔓草で魔法陣は描けんからペンは手放せないが」
「なるほど」
うなずいて、そして大きな紙の方を見た。
「このサイズの魔法陣を起動すんのか、とんでもなさそうだな」
「おまえの提案した効果を短時間とはいえ市街地全体に、しかも一般市民には影響ないように発動するものだからな。複雑にもなるさ」
「当然、魔力もたくさん使うと」
「そういうことだ」
「描くのにかかる時間は?」
「30分くれ」
「え?そんな時間でできるのか……って、なんだこれ!?」
オルガの周囲に突然、無数の魔法陣が湧き上がった。
どうやらその魔法陣は作業のための補助陣形のようだった。何本もペンのようなもの、塗料のようなものが飛び交いつつ、まるで機械式のプロッターで描くように魔法陣が描かれていく。
「すげ……速いな」
職人技だわこれ。
でも邪魔しないほうがよさそうだ。
「(パパ、お茶いれたよー)」
「(おう)」
とりあえずオルガにまかせて、俺は小声で呼ぶアイリスの元に引き上げた。
で、約四十分後。
「すまん、ちょっと余計にかかった」
「充分早いと思うぞ」
俺たちの前には、約ニメーター四方の紙にギッシリと書き込まれた魔法陣があった。
「すげえ」
「うっわー……プロのお仕事だねえ」
「ほう、アイリス嬢は読めるかねえ?」
「読めるけど、すっごい大魔道だよこれ。動かせるの?」
「わたしは無理だな。
そしてハチも起動しきれん。ただ大きいだけの魔力では不完全にしか起動しないからな。
つまり」
「パパが、樹精の蔓草を使った場合のみ起動できる?」
「うむ、そういうことだ。それを前提にかなり術式を省略しているしな」
「これでも省略してるのかよ」
まるでペルシャ織りみたいな複雑な幾何学模様なのに、よく見るとその一つ一つが意味をもつ式であり記号なのがわかる。
これが、経験を積んだプロの描いた魔法陣なのか……すげえな。まるで芸術じゃないか。
「さすがのこの規模はめったに書かんぞ。
だいいち起動も保守も面倒すぎる。このクラスになると使い手も多くて数名というところだろう」
「数名いるのかよ!」
思わず突っ込んだ。
「いるぞ。
一部の魔族もそうだが、帝国時代から生きているドワーフにも扱えるヤツがいるはずだ。千年以上昔に一度大流行しているからな」
「千年……」
そんな生きてるヤツがいるのか。はは、途方もないな異世界。




