夢
夢ってやつにはいくつかの種類がある。
俺は専門家じゃないから詳細な分析ってやつは苦手なんだけど、ひとつだけ気になることがある。
それは、続き物の夢。
あるんだよなあ、これが。たまに見る。
同じ設定、同じ環境、同じ世界。
その中で同じ自分が、しかし現実の自分とは違う生活をしている夢。
今回の夢も、その一つのはずだったんだけど。
何か今回はちがっていた。
『……』
異分子、いや知らない女性が混じっていた。
えらい美人だった。
黒髪なんだけど日本人ではない……いや、俺の知る地球のどこの国ともしれない、不思議な感じの美女だった。
見たことのない民族衣装を着ていて、そして。
『これはおどろいた』
なぜか俺を見て、困った顔をした。
こっちに気づいた顔も、またきれいだった。
ああ、これはたまらない。ドキドキする。
しかし、それより彼女、何か困っているようだ。
『どうしたんだ?』
『どうしたもこうしたもないね。夢を通して君を見に来たつもりだったんだが……まさか君の魔力にあてられて縛られてしまうとはね……おまけに本人に見つかってしまうなんて』
『え?縛られた?』
『見ての通りさ。助けてくれないかい?』
見れば、確かに拘束されている。
よくわからないが、とにかく助けよう。
幸いにも拘束はすぐに解けて、あっけなく彼女は動けるようになった。
これ、べつに俺が助けなくてもよかったんじゃ?
『君が助けたという事実そのものが鍵になるのさ。ここは君の夢なんだからね』
『?』
『わからなくていい、それより助かった。この礼は必ずする、約束しよう』
『いや、お礼って』
何もしてないに等しいと思うんだけど?
『他人の夢の中で捕まったら、自分ではどうにもならないんだ。そして身体の方は衰弱していって、ついには死んでしまう。わかるかい?つまり君は、わたしの命の恩人なんだ』
『……』
なんというか。
『質問なんだけどさ』
『何かな?』
『そもそも君、どうして俺の夢の中なんかに?』
『そりゃあ決まってる、君は異世界からの客人で、しかも強大といってもいいほどの魔力もちじゃないか』
『魔力もちって……それだけで?』
『それだけ?』
彼女は眉をよせた。
『そうか、君は異世界人だものな。
わたしの種族は魔族といってね、この世界でも、とりわけ魔というものにかかわりがあるんだ。
その魔族のわたしが、途方もない規模の魔力の持ち主を見つけた。見たくなるのは当然じゃないかねえ?』
へぇ……魔族ねえ。
『そういうもんなの?』
『そうとも』
そういうと、美人さんは胸をはった。
この人、いわゆる豊満なタイプではない。どちらかというと細身だろう。
だけど非常に均整のとれたエロい、いやいや、きれいな身体なのが俺の目にもわかる。
うん……ムラッと……いやいやいや!
『ほう、わたしが欲しいのかねえ?』
『!!』
見抜かれた!
『ふむ、それはそれで光栄な話ではあるが……』
美人さんは少し考え、そして言い切った。
『そうか、そうだな。
よしわかった、約束しよう。近いうちに、かならず君をたずねようじゃないか!』
『そうっすか』
いや、その、なんというか。
嬉しいんだけど、その。
どうしてこの人、こんなに初対面の俺に好意的なんだろう?
その疑問が、おもわず口をついて出た。
『あの、なんで?』
『ん?なんでって』
少し首を傾げた美人さんだったが、やがて『ああ』と手を叩いた。
『もしかして、突然得体のしれない女に言い寄られて困惑してるのかい?』
『そこまでは考えてないですが』
即座に否定した。
『いやだって俺、そういう人間じゃないし』
モテたこともないし、とりえもない。ごりっぱな人格者ともいえない。むしろ小物のクズが近いだろ。
なのになぜ?
そういうと、美人さんはクックッと笑った。
え、これ笑うとこ?
『いいとも、簡潔に説明しよう。
まず異世界から生き物が越境してくるとね、この世界に魔力の揺らぎがおきるんだ』
『揺らぎ?』
『原因はいろいろ推測されてるけど、正直良くわかってない。ただここで重要なのは、異世界からの客人はたいていの場合、世界の外から大量の精霊分を持ち込んでくるってことだね。そして持ち込んだ本人も、その精霊分に汚染されている事が多い』
『汚染?』
精霊分?どういうことだ?
『まあ、詳しくはおいおい。それで君なんだが』
そこで美人さんはいったん言葉を切った。
『君が出現したと思われる瞬間、冗談でなくこの世界が揺らいだんだ。はっきり言ってシャレにならない規模でね。膨大な精霊分が、ほとんど同時にこの世界に持ち込まれたんだと思う。
わたしはそれを、君が何か大きな宝物を呼び寄せたため、と推測しているわけだが……心当たりはないかねえ?』
『……なくはない。でも、そんなとんでもないものじゃないんですが』
言葉通りに流れだと、キャリバン号のことだろ。
でも、キャリバン号はたしかに俺の宝物に等しいが、ただの古い軽四だぞ?アーティファクトとか、そんな御大層な代物じゃないよ。
女性の話は続いている。
『ちょうどわたしはその時、仕事中だったんだが、いやあ驚いた驚いた。で、すぐにその原因調査にとりかかって、それで君にたどり着いたってわけさ』
『うーん……よくわかったような、さっぱりわからないような』
『ははは、だろうね』
苦笑すると彼女は肩をすくめた。
『ああそうそう、この世界では、魔力の大きさも顔の美醜同様に異性の魅力になるんだ、おぼえておくといい』
『え?』
今何か、とんでもない事言われたような?
美人さんはニコニコ笑うと、俺を見て大きくうなずいた。
『いやほんと、途方もない魔力だ……夢ごしなのに魅惑されそうだよ……素晴らしい』
『え?え?』
『ちょっとつまみ食いを……♪』
『……』
うわあああ、ちょ、ちょっとぉ!
え?なにが起きたって?
ば、ばか、内緒に決まってるだろ!
くちびるが離れていく時、つばが尾をひいた。
うわ、エロい。
『……どうやら君も、わたしを悪くはおもってないようだねえ。光栄だ』
『あー、それは、まあ』
まあ敵意はなさそうだしね。魔力がどうのは不穏だし、このままだと逆に襲われそうではあるけど。
『まあ、正直に言おう。
わたしは君と親しき者になりたいと思っている。それに遠き異郷の話も聞いてみたいし、何かわたしにできる事があれば、役にもたちたい。そう思っている。
でも、だからこそ。
だからこそあわてずに、まずは君と友人になりたいとも考えてるんだ』
『友人?』
『うむ。だって、そうだろう?
私は君を利用したいわけじゃない。
だったら、君をとらえて道具にしたい者、搾取したい者たちと同じと思われるような事はしたくない。
連中の仲間とおもわれるなんて、まっぴらごめんだね』
『なるほど』
それは理解できる。
うん。
すくなくとも彼女からは「仲良くなりたい」以上の打算は感じられないな。
『そうだ、一度ゆっくり話してみないかねえ?酒でもくらいながら』
『え』
酒あるの?
それはありがたいな!
『おや、もしや君はイケるくちかい?それは楽しみだねえ!』
クスクスと彼女は笑った。
『おっと、遅くなってすまない。
わたしの名前はオルガ。オルガ・マシャナリ・マフワンだ。オルガと呼んでくれ。君の名前を聞いていいかい?』
名前、としか言わなかった。そして、どこか挑戦的な目。
ははぁ、ためしてるんだな?
『俺は異世界人ハチ、友人知人はそう呼ぶよ。この答えでいいかい?えーとマフワ……』
『それは家名だ、オルガでいいと言ったろう?』
『あ、はい。オルガさん』
『オルガだ。さんはいらない』
『……了解オルガ』
『よろしい』
即座に訂正された。
いや、でもさ。女性を名前で呼ぶってほとんどないもんでさ。
『しかし、ちゃんと本名でなく通名を名乗ってるんだねえ?』
『ああ』
どうやらそっちは合格だったらしい。
『こちらこそよろしくねえハチ。
しかし、名を隠すことをよく知ってたねえ。アクセスかけたのは、そのことで釘をさしたいってこともあったんだが。名を奪って支配しようって輩は多いからね。
それとも、まさかもう誰かに出会ったのかい?』
『あーうん。でっかいドラゴンに』
『え』
その途端、彼女が驚いたような顔をした。
『そ、そうかい、もう真竜族に会ったのかい。早いね、ちなみにどこで?』
『真竜の森ってとこだよ。ラシュトルだっけ、彼らの襲撃を勘違いしてね、助けてくれたんだ』
『真竜王どのの森?……では君がいるのは中央大陸、バラサの近くなのか』
ふむふむと女性……オルガは腕組みをした。
『えっと、オルガ?』
『ああすまない。情報ありがとう。
お礼にこちらも情報を渡そう。どうせ真竜に出会ったなら眷属にも出会ったんだろう?』
『うん』
『ちなみに出会っただけかい?』
『同行してくれるって』
『そうか……まあそれはそうか』
オルガさんは、何か考え込むようにしていたが、やがて顔を上げた。
『じゃあ、眷属さんに伝えてくれるかい?中央大陸のほとんどの国がきみの出現をもう知ってて動き出してるって。厳重注意よろしくって』
『えっと……それ危険情報だよね?』
『そうだ、それも第一級のだ。だから確実に頼むよ?』
『わかった』
そういうと、さらにオルガさんは言った。
『今後君に接触し、親切の押し売りをして、言葉巧みに本名を聞き出そうとしたり、君を異世界に返してあげると言って従わせようとする輩が出現すると思う。それもたくさんね。
だが、その全ては君を隷属させ、道具として一生使い潰そうという輩と考えて間違いない。
とにかくそういう輩には気をつけるんだ、いいね?』
オルガさんの言葉は、まさにドラゴン氏の警告と同じものだった。
で、おもわず口がすべった。
『……それは、オルガさんにも気をつけろってこと?』
『へ?』
一瞬オルガさんは絶句して、そしてケラケラと笑った。
『アッハハハハ、そうだねえ!うん、それくらいでいい!
ま、わたしはわたしで、その警戒をほぐせるよう、地道に君と友誼を深めていくとしよう。人と人との信頼とは結局、そこから来るものだからねえ』
『うん、そうだね。改めてよろしくオルガ!』
『あー……』
思わず親しみを込めて返事したんだけど、それを見抜いたかのようにオルガは眉をしかめた。
『そこまで信頼してくれたのは光栄だし嬉しいけど、ちょっと君は人を信用しすぎじゃないかねえ?』
『そうかい?でも、自分もふくめて信用するな、なんて本気で言っちゃえるオルガは信用できる、そう思ったんだけど?』
『!?』
オルガは絶句した。そしてなぜか赤面した。
あーうん、赤面したところがまたキレイだなあ。
『オーケーオーケー、わかった、ようくわかった。そこまで信用してくれるなら、わたしもその信用に全力で答えよう。わかったとも』
ふうっと、オルガさんはためいきをついて、そして微笑んだ。
『それじゃ、また会おう。
いいかい忘れるなハチ。君に本名を尋ねようとする者、何かを求める者、それらには悪意がひそんでいると。決して心を許すな、いいね。約束だよハチ?』
『お、おう』
悪意は感じない。
だまされちゃいけないよといい、自分自身ですら疑ってもかまわないと。
それを言える彼女は、信用していい存在だと。
だけど、ただひとつ。
ああ。
彼女がもう行っちゃうのかと思ったら、それだけが無性に寂しかった。




