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願いを叶える魔女と恋した少年

作者: わさび

目を覚ます。

辺りは木が生え、草が生い茂っている。

いわゆる森だ。

こんな所に何で寝ていたんだろう。


「ここは……どこ」


ガサッ!

草が揺れる音がした。

咄嗟にその方向を見ると、少女がいた。

燃えるように赤い髪を腰の辺りまで伸ばしている。

ボロボロのローブを纏い、手には山菜や実が入ったバスケットを持っている。


「えっと、君……大丈夫?」


少女はゆっくり歩み寄り、僕の近くに座った。


「……だ、大丈夫ですけど。ここは……?」


何を言ってるのか分からないと言いたげな顔で答える少女。


「ここは、魔女の森よ。私みたいな魔女が暮らしてるの。だから、あんまり人は寄り付かないんだけど……」


チラチラとしきりに僕を見る少女。


「人間の男の子なんて、初めて見たのよ。だから……上手く話せるか分かんなかったけど、君なら大丈夫そう」


そう言ってニッコリ微笑んだ。

ドキッ

胸が高鳴ったのが分かる。

顔が熱い。

これは……一目惚れってやつだ。


「森の出口まで案内してあげるね。さ、おいで」


「あ、あの。僕、何も覚えてないんだ。だから……連れてかれても、どこへ行けばいいか……」


少女は指を顎に当てて少し考える。


「じゃあ、家においで。私一人暮らしだから、大丈夫!」


少女は僕の手を取って森の中を歩き出す。



少女に腕を引かれて歩く。

森の空気は澄んでいて美味しい。

頭の中で必死に考えて自分の事を思い出そうとしたけど、やっぱりダメだった。

唯一分かったのは自分の名前だけ。


「ねね、トータ君!好きな食べ物とかは思い出せないの?」


「んー、思い出せないかな」


そう。

トータっていうのが、僕の名前。

それ以外は、本当に何も思い出せない。

どうして魔女の森の中で眠っていたのか。

自分が何をしていたのか、どこにいたのか。

何も分からない。


「リリィの好きな食べ物は?」


この娘、リリィと一緒に居れるならそれでいいかなぁって少し思う。


「私はぁ、甘いのが好きかな。山で採ったベリーとかで作るケーキとか、すっごく美味しいよ!今度一緒に作ろうね」


「うん」


笑って答える。

リリィと居ると、凄く落ち着く。


「そろそろ着くよ」


進む先は少し森が開けていて、小高い丘になっている。

丘の頂上に、ウッドハウスが建っている。

ウッドハウスの中央には大きな木が立っていて、家を貫いている。


「おぉ、木が生えてる」


「あの木の近くに住みたいってお母さんが言っててね。お父さんが、あの木をど真ん中にして家を建てたの」


「へぇ、凄いなぁ。いいお父さんだね」


あれ、でも一人暮らしって。


「うん、お父さんは凄いよ!……ふたりとも、死んじゃったけどね。あ、気にしないでね!」


そんな事言われて気にするなって方が難しい気がする。

でも、僕が気にした所で何が変わる訳でもない。

気にしないようにしよう。

家の前に辿り着く。

扉を開けて中に入ると、


「……わっ!凄い!」


内装も当然木目調で、綺麗に整頓されている。

壁には収納箱が大量にあり、そのひとつひとつに様々な物が入っている。

鮮やかな色の鮮度の良さそうな野菜から、謎の真っ黒な固形物まで、ほんとに様々。

見ていて全く飽きない。

そして何より、中央を貫く巨木。

遠くから見た時より、ずっと大きく太い。

生命の神秘を感じさせるような木だ。

木には螺旋階段が取り付けられていて、そこを登った先にはロフトが付いているみたいだ。

リリィはロフトに上がって行った。

少しすると、リリィがロフトから顔を出して


「ねね、ちょっと来て!」


呼ばれるままにロフトへの螺旋階段を上がっていく。

着くと、案外広い空間に出た。

そこには大きなベットがひとつ置いてあり、毛布とまくらも一緒にある。


「えっと、この家……ベットひとつだけなんだけど。その……ほら、下は寝られる場所無いから、今日から一緒に寝るんだけど……いいかな?」


少し顔を赤くして聞いてくるリリィ。

その顔を見て僕の方も赤くなってしまう。


「えっと、うん。僕は……全然、むしろここに置いてくれるだけでもありがたいよ」


リリィは「なら良かった!」と微笑むと下に降りて行った。

僕はそれについて行き後から下りていく。

リリィと会ってからまだ数時間だというのに、この娘はどうしてこんなに笑うんだろう。

初対面の男が怖くないんだろうか。

そんな事を考えながらリリィの赤い瞳を見つめていたら、チラッと僕を見たリリィと目が合う。


「……っ!」


「ど、どうしたの?私の顔に何かついてる?」


「い、いや。その……僕のこと、怖くないの?」


リリィはそれで僕の言いたいことを察したらしく、


「トータはね、なんか大丈夫。うん、ほんとに何となくだけどね、そんな気がするの!」


にっこり微笑んだリリィに見蕩れる。


それから、僕はリリィの家で一緒に暮らし始めた。

森に群生する食べ物を採りに行ったり、湖で魚を釣ったり。

一緒のご飯食べて、一緒のベッドで眠った。

リリィはたくさんの人の願いを叶えることを仕事にしている。

この丘の家には毎日人が訪れる。

その人の願いを、リリィは叶えて、お金を貰う。


「魔女って凄いね……」


「ふふ、でしょ!たくさんの人を笑顔に出来るんだよ!」


そう言って笑うリリィは左腕をぎゅっと握っていた。


ある日、鎧を纏った騎士が訪れた。

なんでも、国王が不治の病にかかり、風の噂を辿ってここに来たそうだ。


「お願いします。報酬はいくらでも払いますから、王を……救ってください」


頭を下げる騎士に、リリィはおどおどしながら対応する。


「わっ、分かりました!……不治の病ですね。王様に直接会うことは出来ますか?」


「……。分かりました。それで治せるのなら、どうにかしましょう」


騎士はそう言って立ち上がり、リリィを馬車に招いた。

僕は何も出来ないからね、騎士は最初から僕なんて見ていなかった。


「あ、トータも早く!」


リリィが無邪気に手招きする。

その時に、長い袖口から覗く腕は、包帯が巻かれていた。

騎士は嫌そうな顔をしたが、リリィがどうしてもと言うので、渋々了承してくれた。

リリィと一緒に馬車に乗り込む。

騎士は自分の馬に乗り、護衛をするようだ。

王族が遣いとして出した馬車なだけあって、内装も外装も豪奢だった。

それだけでなく、座り心地も触り心地も抜群だ。

キツネの尻尾のようにふわふわとした座席に座りながら、リリィと話をする。

他愛ない、いつも通りの話をする。

小さな窓から見える景色は次々と流れて行く。


「おーきて、トータ!ほらほら、見えてきたよ!」


リリィの声で目を覚ます。

窓に頬をくっつけて前方を見るリリィの視線の先には、巨大な城壁に囲まれた国が見えた。


「うわぁ……、すげぇ!」


「ね、すごいねぇ……」


ふたりで小さな窓から外を覗いていたから、互いの顔がとてつもなく近くにある事に気づかなかった。


「ほえっ!ちちち、近い……よ。トータ」


「わわっ!ごめん……」


何とも言えない空気になり、ふたりとも俯いて黙ってしまう。


それから程なくして、馬車は城壁の検問に辿り着いた。

僕たちを護衛していた騎士が、検問の騎士に説明している。

検問の騎士は、護衛をしていた騎士の話を聞くと顔色を一気に変えて、すぐに通してくれた。

それもそうだ。

不治の病に倒れた国王を助けに行くんだから。

城壁を潜るだけでも、ちょっとしたトンネルくらいの距離がある。

城下町を中央の城まで一気に貫く大通りを、真っ直ぐ駆けていく馬車。

窓からは賑やかな城下町の様子が見える。

活気に溢れ、人々の生活が根付く町並。

それら一切を置き去りにして駆け抜ける馬車は、すぐに城についた。


「リリィ様、到着しました。こちらへどうぞ。そちらの少年も、こちらへ」


「ありがとうございます」


「ど、どうも……」


馬車が止まり、扉が開けられる。

騎士がリリィと僕を呼んで馬車から連れ出す。

僕に対しての態度がリリィのと異なるのは、当然のことなので別に何とも思ってない。

でも、もしも。

リリィにそんな風な態度を取ったとしたら、僕は絶対に勝てないと分かっていても殴りかかろうとしてしまいそうだ。


「ふぁー、すっごい広いね、トータ!」


「うん、凄いや……」


身の丈の四倍はあろう巨大な門を開けて中に入ると、そこは別世界だった。

否、ここは確かにいつもと何一つ変わらない世界だ。

でもこの空間は違う。

正面にある高く続く階段。

シミ一つ、ほつれ一つ、塵の一つすら存在しないと錯覚するくらいの美しいレッドカーペットが敷かれている。

階段の手摺や柱、隅々に至るまで、豪華で絢爛な装飾が施され、輝いて見える。

そんな城の中をカツカツと音を鳴らしながら進む騎士。

その後ろをおっかなびっくりついて行く。


「あのぉ、どれくらい歩くんですか?」


数分歩き、リリィが声を漏らす。


「もうじき王の間です。もう暫し辛抱を」


「分かりました」


騎士の返事を聞いた後に顔を近づけてくるリリィ。


「わっ、どうしたの?」


「うん。あのね……魔法を使う時にね、その……手を握ってて欲しいの」


「う、うん。分かった」


リリィはその返事を聞くと顔を僅かに赤く染めて顔を逸らした。

それから程なくして先程までとはまた違った部屋に辿り着いた。


「ここは王の寝室です。どうかお静かに」


コクリ

頷くと、それを見た騎士が扉をノックする。


「陛下、只今魔女を連れて帰って参りました」


扉の奥からすぐに声が返ってくる。


「エルスタッド殿、陛下は今お休みしておられます。目覚めるまで待てないだろうか。魔女様には客間で待ってもらおう。そうだな……二時間もなれば起きるだろうさ」


「……了解した」


エルスタッドは振り向くと、申し訳ないという気持ちを少し出しながら言った。


「申し訳ない。王は今お休みなさっているらしい。目覚めるまで、客間で待ってもらえるだろうか」


それを聞いたリリィは少し悩んで返す。


「えっと……じゃあ。城下町を見て回りたいんですけど……それはダメですか?」


「ふむ……」


エルスタッドは顎に手を当てて少し考える。


「分かりました。では私が一緒に向かいましょう。二時間で城に戻って貰いますが、いいですか?」


「はい!ありがとうございます!」


パアッと表情を明るくしたリリィは僕の手を勢いよく取った。


「わわっ!リリィ……!」


エルスタッドの案内で僕とリリィは城下町を回った。

リリィは僕の手をずっと握っていた。

出店が並び活気が溢れた通りの中を行く。


「そこのお嬢ちゃん、彼氏さんとデートかい?うちの買ってかないかいっ!」


「そこの僕ー!彼女と回るなら何かプレゼントでも買ってあげなよ!」


様々な方向から声を掛けられるが、多すぎて反応出来ない。


「わぁ、デートだって。私たちカップルに思われてるのかな」


「そ、そうだねっ!」


恥ずかしさに顔が熱くなる。

リリィは握る手に力を込めてきた。

見ると、少し震えている。


「あー、リリィ様、トータ殿。こちらのお店などは若い国民からの人気が高いですよ。あとは、あちらのお店もですね」


エルスタッドが丁寧に案内と説明をしてくれる。

先程教えてくれた店は、若い男女が多く見られるカフェだ。

多分、エルスタッドが気を遣ったんだとおもう。

でもリリィは首を横に振った。


「んー、私は……あ、あそことか良いかも」


そう言ってリリィが向かった店は、古びた雑貨屋だった。

他の店と違って活気がある訳ではなさそうだ。


「なるほど、では私はここで待っています」


エルスタッドが店の外で待つ。

僕とリリィは店の中に入る。

店の中はテーブルに小さな宝石があしらわれたアクセサリーが並んでいた。

手に取ってそれを見ると、ひとつひとつが丁寧に、想いを込めて作られていることが分かる。


「うわぁ、綺麗だね……トータ」


「うん、凄く丁寧だ……」


「ほほっ、ゆっくりして行ってくれ」


店の奥から老人が現れる。

恐らくこの店の店主だ。


「お爺さんがこれを作ったんですか?」


「その通りじゃよ。こんななりの店だからなぁ、人は全然来んけどな」


お爺さんがケラケラ笑うが、笑えない冗談だ。


「む、そこの小僧。ちとこっちへおいで。お嬢ちゃんは好きに見てな。少し借りてくぞい」


お爺さんに呼ばれリリィの手を離して向かう。


店の奥にそのまま連れていかれ、工房の様な部屋に通される。


「あの、お爺さん?」


「小僧。気付いておるか?」


……このお爺さんは何に気付いたのだろう。

予想はついている。

それでも、それを言葉として紡ぎ出し、確かな形にするのが怖かった。


「あのお嬢ちゃん……。そうだな、これは儂のお節介だからな。教えてやるから何かひとつ作っていきなさい。お代は要らない」


お爺さんが少し鋭い、真剣な眼差しを向けた。

お爺さんの提案は又と無いチャンスだった。

僕は働いているわけではないからお金はない。

リリィに何か買ってあげたくても、お金なんて一文もないんだ。

それをタダで作らせてくれるという。

それだけじゃない。

お爺さんは恐らく気付いているんだろう。


「……。ありったけの想いを込めろ、小僧」


ありったけの、リリィへの想いを込める。

細部まで手を抜かず、丁寧に、お爺さんの教えの通りに作っていく。

そうして出来上がったのはルビーがあしらわれたペンダントだ。

ペンダントを持って店の奥からリリィがいる店内へ向かう。


「あ、トータ!……それは?」


「あの、これは……プレゼント。リリィに」


リリィは目を丸くして驚く。

すると、涙を零し始めた。


「リリィ!何で泣いて……」


「嬉しいの。ありがとう、トータ。大切にするね」


リリィはそう言ってペンダントを首にかけた。

窓から差し込む光を反射して赤く輝くペンダント。

僕がここでペンダントを作っていたせいで時間を結構取ってしまった。

店からでた僕とリリィを見たエルスタッドは、リリィの首にかかったペンダントと、リリィの涙のあとを見て察したらしく、


「いい時間を過ごしたみたいですね。ここから城まで何か食べ物でも買いながら戻れば時間通りなのですが、それでいいですか?」


「はい!」


リリィの元気な返事にエルスタッドが笑った。

エルスタッドの案内の元、僕とリリィは城下町の名物料理を食べ歩いた。

お金はリリィが出してくれてるのが、かなり気が引ける。


「久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらいました。リリィ様、トータ殿、私は騎士に戻ります」


エルスタッドは僕たちと城下町を回った時に大分砕けた話し方になっていた。

それは肩の荷がある程度降りていたからだろう。

自分の仕える王を治してもらえる。

そう信じているんだ。

リリィは願いを叶える魔女。

言葉通り、城下町を回る前と同じ騎士に戻ったエルスタッドと再び扉の前に来る。

ノックをする前に、扉が開いて通される。


「エルスタッド、か。よく戻ったな……ゴホッ!」


大きな天蓋付きのベッドの中央に眠る老人。

彼が王だとひと目でわかる。

状況的にもそうだが、彼の纏う雰囲気が、そう思わせた。

部屋の中には、初老の男がひとり。

恐らく、身の回りの世話をしていた人だろう。


「陛下、こちらが魔女リリィでございます。陛下の病を治すことが可能だという次第で連れて参りました」


「リリィと、言ったか。……頼むぞ。我はまだ死ぬわけにはいかぬ」


王はそう言ってリリィに「不治の病の完治」を依頼した。


「トータ……」


リリィにお願いされていた。

魔法を使う時は、手を握っていて欲しいと。

リリィの手を優しく握る。


「ん。ありがとう」


リリィは右手で王の胸に触れる。

触れた先から赤い光が溢れる。

赤い光は部屋を満たし、この場の全員を優しく包む。

その時、リリィの手を握っていた僕は確かに感じた。

リリィの中に、リリィではない何かを。

それの力が、あらゆる奇跡を可能にする。

その力が、リリィの願いを叶える魔法の正体。

光はやがて細くなり、消える。

リリィがそっと王から手を離す。

震えるリリィの手を僕は強くぎゅっと握りしめた。


「これで、病は完治しました」


王は毒気を抜かれたような顔をしている。

軽く腕を回したり、体をペタペタと触る。


「……本当に治っておる。体の怠さも、痛みも、何も無くなっている」


リリィが強く握り返してくる。

震えているのが分かる。


「それは良かったです。その笑顔が、一番の報酬ですから!」


明るくそう答えるリリィ。

王はエルスタッドに支払い金を用意させた。

深く感謝の言葉を述べた王の部屋を後にして城を出る。

そこにはエルスタッドがいて、隣には巨大な袋が三つあった。


「リリィ様、王を助けて頂き……本当にありがとうございます。これは報酬です」


リリィは歩み寄って袋の中から金貨を三枚取ると、


「これだけあればしばらくは私とトータは生きていられるので、十分ですよ。貴方たちが笑ってくれるなら、それが一番です!」


「リリィ様は、……いえ。何でもありません、気にしないで下さい。それでは、ご自宅までお届けします」


そう言って馬車の扉を開ける。

リリィに続いて乗り込む。

行きはリリィの正面に座った。

でも帰りはリリィの横に座る。

震えるリリィの手を優しく包んで、眠りに落ちる。


目を覚ますと、まだ走る馬車の中だった。

まだリリィの手を握っている。

リリィはまだ安らかに眠っている。

だが、握る左手はずっと震えている。

包帯に包まれたその手が震えから解放されることは恐らく無いのだろう。


「……んぅ、いやぁ……殺しゃちゃ、だめ」


リリィの口から声が漏れた。

気づくと、冷や汗を額に浮かべている。

握る手に力を込める。


「リリィ、リリィ!大丈夫っ?」


何度か呼びかけると、リリィは目を覚ました。


「んぁ、トータ?……良かった」


そう言うとリリィはまた眠りについた。

僕は眠れそうにない。

揺れる馬車の中でリリィの手を握りながら、ただ窓の外を眺めていた。


リリィが王の不治の病を魔法で救った事は瞬く間に全国に広がった。

この世界に困っていない人はいない。

誰かに助けを求めている。

リリィの元に訪れる人の数は激増した。

前までは日に数人来ればかなり多い方だった。

それが今では連日丘の上まで長蛇の列が出来ている。


「リリィ、無理しちゃだめだよ」


「ん、大丈夫だよ。救える人は、みんな救いたいの」


リリィの真っ直ぐな瞳に、何も言い返せなくなる。

覚悟を持って人々の願いの叶えるリリィに、過去の記憶も何も持たない僕が何を言えよう。


「…………リリィ、これ以上は」


僕はただ、並び助けを求める人の願いを叶えるリリィを見てるしかなかった。


リリィと一緒に作り食べる料理はあれから変わらず、いつも美味しい。

記憶は無いけど、感覚はある。

今まで食べてきたどんな食べ物よりも、ずっと美味しい。

リリィの左腕の包帯を巻き直すために解いていく。


「……トータ、私自分で出来るからいいんだよ?」


「僕何も出来てないから。これくらいしか出来ないから……」


丁寧に解き、あらわになった肌。

黒い鱗のようなものがところどころに見られる。

ほんの少し、全体的に大きく太くなっているように見える。


「ん、やっぱり進んでるね。あんまり見せたくないんだよ?」


「……うん。もういいよ。もう……誰かの願いを叶えるのは、」


つい口走ってしまった。

このままリリィが人の願いを叶えること。

それはリリィの死を意味する。

自分の体を代償に超常の奇跡を起こし、願いを叶える。

それが、リリィの魔法の正体。

決して万能ではない、呪い。


「……トータ。それだけは出来ないって、分かってるでしょ?」


リリィの左腕に包帯を巻いていく。

何度も解いて、何度も巻いて、何度も見たこの腕。

うん、完璧に綺麗に巻けた。

それから、それから。

僕はゆっくりと扉を開けて外に出た。


「トータっ!」


追ってくる足音が聞こえたから、森に向かって駆け出した。

扉が開く音がした。

名前を呼ぶ声がした。

それでも、走り続けた。

止まりたくなかった。

リリィの顔を、見たくなかった。


「はぁ、はぁっ!」


どれくらい走ったんだろう。

ここはどこなんだろう。

魔女の森の中だということは確かだ。

木の洞に身を預けて座り込む。

リリィ、もういいのに。

これ以上は……ダメなのに。


「……んん」


鳥のさえずりで目を覚ます。

まだリリィの元に帰ろうとは思えなかった。

朝ごはん……木の実でも採るか。

適当に周辺を歩き回って食べられる物を探す。

日中になって周囲の状況が分かりやすくなったから分かった。

ここはかなり深い場所だ。

木々は高く太く伸び、少し暗く、ひんやりとしている。

僕とリリィが出会った場所に生えてたものよりずっと大きな木の間を宛もなく歩く。

頭の中で考えるのはリリィのことばかり。


「そうだ……リリィの魔法を自分にかければ」


リリィの魔法の力をリリィ自身にかければ呪いは解けるのではないか、そうふと考えついた。

そう気づいてリリィの元に走り出したのは、逃げ出した日から3日ほど経ってからだった。

自分が来た方向はもう分からない。

でもただひたすら、リリィの元に走った。

暗くなり、視界が悪くなる。

茂みに突っ込んで怪我をした。

それでも足は止めない。

早くリリィに会いたい、逢いたい。


「……あった」


視界がぼやける。

日が登り始めた。

夜通し走り続け、ようやく戻って来られた。

パンパンになってろくに動かない足を必死に動かして丘を登る。

扉に手をかけて開く。

中はガランとしていて暗い。


「り、リリィ」


少し怯えながらその名を呼ぶ。

家の奥で何かが動いた。

暗くてよく見えない。


「……リリィ?ごめん。ひとりにして、ほんとにごめん」


頭を下げて謝る。

ひとりにしてしまったから。

大切な、大好きな人をひとりにしてしまったから。

こんなんじゃ足りないけど、謝った。


「……トータ」


リリィの声、ではない。

太くしゃがれた、まるでそう。

化け物の声がした。

頭を上げると、窓から差し込む陽の光に目を細めた。

光は家の中を照らしだし、家の奥にいる何かをも照らした。

キラリと赤い光が反射した。


「…………リリィ、なの?」


真っ黒な龍がそこに居た。

体躯は五メートルはあるだろう。

天井ギリギリの体を必死に丸め込んでいる。

尻尾の長さは体に巻き付けているから分からない。

瞳はリリィと同じ、真紅。

首には僕がプレゼントしたペンダントがかかっている。

その瞳は僕を捉えると、ごちゃ混ぜの感情を映した。

恐怖、怯え、嬉しさ、愛しさ。

僕はゆっくりと歩み寄る。


「来ないで、トータ」


リリィのハッキリとした拒絶。

でも、それは出来ない。

僕がリリィを置いて逃げ出したから、リリィがこうなった……そんな傲慢なことは言わない。

でも、僕には出来ることがあったはずだ。

人の願いを叶える度に内側から変わっていく恐怖に耐えるリリィの傍に寄り添うことが、出来たはずだ。


「リリィ、ごめん。僕……傍に居てあげられなかった」


リリィは後ろに下がろうとするが、これ以上は家の壁が邪魔して下がらない所まで来た。

リリィの元に歩み寄り、その顔に手を添える。


「リリィ。僕は、リリィのことが大好きだ」


真っ直ぐに、リリィの目を見てそう言う。


「私は、こんな姿の化け物なのに?」


「そんなの関係ない。僕はリリィのことが大好きだ。出会った時から、ずっと。ずっと変わらず、今も」


頭だけで僕より大きなリリィを抱きしめる。


「……こんなの、ずるいよ」


リリィは涙を流していた。


「私も、トータのことが大好き」


それから、リリィの元に来た人は僕が全部追い返した。

願いを叶える魔女はもういない。

自分たちで解決して下さい。

そう言って引き返してもらった。

リリィとふたりで森に食料を採りに行ったり、今までと変わらず、ふたりで眠ったり。

姿形は変わっても、間違いなく僕の大好きなリリィがここに居る。

手を伸ばせばすぐ触れる場所に。


そして、その日は突然訪れた。


「総員、構えーーーーっ!!!!」


突如響く大声に僕とリリィは目覚める。

僕か窓から外を確認すると、丘の周りに大量の武装した騎士がいる。

先頭に立っているのは、エルスタッドだ。

扉を開けてエルスタッドの元へ向かう。


「な、これはどういうことですかっ!!」


「君は、以前の。あの家に邪龍が住み着いて、魔女殺したと、通報があったのでな。至急討伐隊を編成してここに来たわけだ。君はあの家から出てきたが

……邪龍はいないのか?」


そんな……。

みんなの願いを叶えて、笑顔をにして。

そのせいで龍になってしまったリリィを。

この人たちは殺そうというのか。

僕は家に向かって一目散に駆け出した。

後ろでエルスタッドの呼び止める声がしたが、止まる気はない。

今度は逃げるためではない、大切な人を護るために、止まれない。


「リリィ!!逃げよう!!!」


「……見てたよ。トータは逃げて。私が殺されれば、それで済む話でしょ?」


リリィはさらっとそんな事を言う。

リリィは僕を手で制すると、扉を開けて出ていく。

閉じた扉。

僕は……。


「リリィっ!!!!!」


駆け出す。

扉を体当たりでこじ開けて、少しでも速く。

丘の下ではリリィが騎士達に滅多刺しにされている。

リリィは抵抗しない。


「……なんでっ!リリィっ!!!だめっ!!!」


丘を全力で駆け下りる。

リリィがチラリとこっちを見た。


「トータ、愛してる」


そう言って、リリィは崩れ落ちた。


群がる騎士たちを強引にかけ分けて駆け寄る。

傷だらけになって血が溢れるリリィを抱き寄せる。


「リリィ!リリィっ!ねぇ、だめだよ……こんなのっ!」


「トータ殿……その龍は、リリィ様なのですか?」


エルスタッドが驚愕に目を開きながら聞いてくる。

でも、そんな言葉に反応する気などなかった。


「リリィ、リリィっ!!!!!」


何度読んでもリリィは目を覚まさない。

その時、声がした。


「おい、龍を庇ってたやつだ」

「反逆者だ」

「反徒は殺せ」

「殺せ!」


「おい!お前たちっ!やめるんだ!私の話を聞けっ!」


エルスタッドの声は圧倒的な数の前にかき消され、


「トータ殿!逃げろっ!!!!」


その声が届いた時には、僕の体には無数の剣が刺さっていた。


「こふっ……」


血が大量に口から溢れる。

傷から信じられないくらいの血が零れる。

内蔵はズタズタ。

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

涙が溢れてきた。


「り、りぃ……僕も、愛してるよ」


抱き寄せたリリィだけは、死んでも手放さない。

動かす度に血が溢れるが、必死にリリィに顔を寄せる。

リリィの額にキスをして、僕の意識は無くなった。


あったかい。

ここはどこなんだろう。


「トータ、行こっ!」


リリィが赤い髪を振り乱しながら手を振って呼んでいる。

ペンダントの赤い輝きも一緒に揺れている。

僕は真っ直ぐにリリィの元に向かった。

そして抱きしめた。


「もう、離さないから」


「うん!」



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