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八日目

八日目



今日は朝から忙しい。


実は今日は、町から車で三十分ほど行ったところにある街で、わりと大きめの夏祭りがあるらしいのだ。


「せっかくだし見に行こうと思ってたのに」


私がぶちぶち文句を言うのも仕方がないとおもう。


「まあまあ、ほら、その祭りはテレビでも見れるし」


大丈夫、というハンにぜひ聞きたい。


祭りをテレビで見て楽しめるか?祭りは参加してなんぼだろう!花火だってテレビじゃ見た気になれないさ。


そう言うと、目を逸らされた……目、ないけど。なんとなくそんな感じがするのさ。


って、いつの間にかハンが理解できる?!なんてことだ。がっくり落ち込んでしまった。


「いやいや、いいことだよね?落ち込むとこじゃないよね?」


ナイス突っ込み。だが、妖怪(仮)をこれ以上理解なんかしてたまるか!


まあ、冗談はこのくらいにして、私は朝食をおえるとまたもやお弁当を持ってバス停へとやってきた。祭りを諦めてまでどこに行くのかとおもいきや。


ハンの要請でこれからバスに乗って山のほうまで行くのである。なんでもハンのお兄さんがいるんだとか。ビー玉に兄弟。ぶふっ。


いや、いいけど。あえてコメントはひかえます。


とにかく、ハンがいうには、七月最後の今日はぜひ会ってほしいらしい。別に今日じゃなくて明日でも明後日でもいいじゃん、とか思うんだけど、ダメらしい。面倒くさいやつ。


ちなみに今から行くところは、カタクリの花の群生地らしく、本当は五月くらいに行くのがお勧めらしいのだが。


そうはいってもね?五月はここにいないからね?


というわけで、なんとなくテンションも上がらぬまま、ハンに泣きつかれて私は山へと向かったのだった。




山へは、途中までバスがあるらしい。乗り遅れると次は昼になってしまうので、時間を確かめてからバス停へ。


行く前にはおばあちゃんからお弁当を受け取る。これを忘れるとお昼抜きだからね。


バスは順調に進み、私はハンに指定されたバス停でおりる。


今日も快晴、暑すぎる。こういう日に山登りってどうかと思うよね。特に真っ昼間なんて自殺行為かって感じっす。


私はまたもやハンに文句をぶつぶつ言いながらもなんとか山登りを続ける。ここまできてなにもないまま帰るのもなんかシャクだし。だが、文句はいう。そこはゆずらない!


どれくらい歩いただろうか?


やがてひらけた場所に出た。


今は時期が時期なだけに特になにもないように見えるが、五月の連休の頃には、それは見事な花が一面に咲くのだとか。一応ロープで囲いがしてある。それはいいが。


「登ってきたはいいけど、どこにいるのさ」


肝心のビー玉兄がいない。


「……あれー?」


私が聞くと、ハンは首を傾げて(?)辺りを見回した。って雰囲気的に。なにせ彼には目も首もないからね!さっきもそうだったけど、なんとなくそんな感じってやつだよね!


「あれーじゃないよ。もう疲れたし、これ以上山登りはムリだからね」


私の言葉に、ハンは「ちょっと待ってて」といいのこし、肩から器用に飛びおりる。


ころころころころ。


これまた器用にカタクリの群生地を転がり、どこかに行ってしまった。


「ええ?こんなとこに一人取り残されてもなあ」


私は持ってきたレジャーシートを広げ、ゴロンと横になって休憩することにしたのだった。



★★★★★



薄紫の花が、あたり一面を覆いつくすように咲いている。さわやかな風が吹いて、花を揺らすその光景は幻想的なほどに、美しい。


「きれいでしょう」


そういってほほ笑む男性の顔は、逆光で見えない。だけど、私は彼の顔をよく知っている。生まれた時からそばにいて、私を守ってくれている、守役の青年。


「ええ、とっても」


私は幼いうえに体が弱く、めったに屋敷から出ることができない。だからお父様の領地だというのに行ったことの無いところばかりだ。ここのことも友人から聞いてはいたが、来たのは初めてだ。


「連れてきてくれてありがとう」


そういうと、彼は慌てて首を振る。


「姫様、そう簡単に私などに頭など下げるものではございませんよ」


「そう?」


「はい」


私たちはそれっきり黙り込んで、美しいカタクリの花を見ていた。沈黙が心地よい。


「会えてうれしいわ」


青年に聞こえないようにこっそりとささやくと、肩に乗っていた丸い玉のような友人がにまっと笑う。


「僕も会えてうれしいよ、お姫」


綺麗だろう、という彼に素直にうなずく。


「いつかここもなくなってしまうかもしれないから、今のうちに見せておきたかったんだ。この綺麗な風景を大好きな君に」


「こんなに綺麗なのに無くなってしまうの?なぜ?」


「無くなるとは限らないけど、でも僕らの力が弱まったらきっと人間たちに荒らされてしまうよ」


悲しげに言う、友人。こんなきれいな景色が無くなってしまうなんてそんなこと、許せない。


「大丈夫、きっとお父様が守ってくださるわ」


「……そうだといいけど」


煮え切らない返事に、私ははたと気づいた。


「そもそもあなたたちの力が弱まらなければいいのではない?」


「それは……無理だよ。時の流れとともに弱っていくのは避けられない」


淡々としたその言葉は、まるですべてを見通しているかのようで。


「どうしたらいいの?」


「今は大丈夫。お姫が僕たちの力を増幅してくれているし。夏のお祭りがあるからね」


「夏の?」


「そう、あれは僕たちのための祭り。人の力を僕たちが受け取るためのものなのさ」


「だったら祭りがずっと続けばいいんだわ」


「そうだけど……」


「だったら約束するわ。わたくしは、わたくしが……」


それは、小さな小さな約束。


「だったらお姫、君が大きくなっても約束を忘れないように。僕たちを覚えているように。いつか、約束が果たされるように、あの花を」


友人が示したのは、薄紫の花々の中、たった一輪だけ咲いていた、真っ白なカタクリの花。


私はその花を摘んで、にこりと笑った。


「うふふ、ありがとう」


それは、遠い遠い日に交わされた小さな小さな約束。



★★★★★



「……樹、樹」


呼ばれて、私ははっと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


Tシャツがびしょびしょになっている。寝汗をかいたせいか、暑さのせいか。


相変わらず暑いのに、なぜか寒いような。汗をかいたせいだろうか。


「すっごいうなされてたよ。なんか嫌な夢でも見たの?」


いつの間にか傍らに来ていたハンに問われて、私は首をかしげて夢の内容を思い出そうとする。


「ううん、よく思い出せないけど、すごくきれいな夢だった気がする。でも何かとても大事なことを忘れているような」


「今は思い出せなくてもいいんだ。祭りまでに思い出してくれれば」


ハンより半オクターブ低い声が聞こえて、私はようやく、もう一つ、ビー玉がいることに気づいた。しかもこのビー玉、ハンと違って顔がある。目つきの悪い三白眼に、ビー玉に真っ赤な線を引いたような口。


「えっと」


「僕はタマ。ハンの兄だよ」


ですよね。こんなのが赤の他人だったらその方が怖いわ。


「私は樹。で、どこにいたの」


どうせハンから聞いているだろうとさっと名前を言ってから、ハンに問う。


「温泉に入ってたんだよ」


「温泉?」


ってどこの。温泉なんてあったっけ?


「ほら、山の入り口のところに大きなタンク、あっただろ」


タンクが温泉かい!あれかなり大きかったけど、溺れたりしないんだろうか。というかどうやって上まで登ったんだろう。突っ込みどころだらけでもう、どこから突っ込んでいいのかわからない。帰ってもいいですか?


「ようこそ、カタクリの野へ」


二マッと笑って言うビー玉。笑うとなぜか目つきの悪さが倍増である。ちょっと気持ち悪い。ハンの方がまだましかも。


こうして私はタマと出会ったのだった。





「残念だな、連休の頃には見事に咲き誇るのに」


そんな不本意そうに言われても、私の方が不本意だよ!ハンに引きずられるようにして来てみたら、花は咲いてないし、肝心のビー玉兄はいないし。うっかり昼寝したら変な夢見るし。やっと出てきたビー玉兄は目付き悪いし。うん、いいことないなあ。やっぱ帰ろうかな。


「まあ、仕方ない。今度来るときは花が咲いているときにしてほしい」


いやいやいや、この町にいるのは一月だけのことですから。来年はいないから。……まあ、ちょっと見てみたいから来年の連休の時にまた泊まりに来てもいいかなあ、とか思うけどね。


「あと弟にも早めに会っておいて欲しいな」


「……弟?」


今なにやら聞き捨てならない言葉が。思わず、いつの間にか肩に乗っていたハンを見る。


「やだなあ、三兄弟だってはじめに言ったじゃないか」


そういえば、そうかも?そんなどうでもいいことすっかり忘れてたさ!


「うん、なんか思い出したような、思い出さないような。で、なんでその弟とやらに会わなくちゃいけないのさ」


これ以上ビー玉いらないんですが。三つもあったら見分けつかないよねえ?このさい合体しないかな?


「もうそろそろ祭りだから」


「本当だ、あと十七日しかない。兄の言う通り早めに会っておいてほしいところだね!」


短くタマが言うと、ハンも糸のような細い手を叩いて同意する。まったく意味が分からない。祭りってこの町であるあのお祭りのことかしら?それがなんの関係があるんだろう。


「そうそう、それに早いところ桂様のところにも連れて行かないといけないし」


「にゃいぜんさんには会ったんだろう?だったら桂様はにゃいぜんさんにお任せしたほうがいい」


「そうかな?」


「ああ。それよりアラタに会わせておかないと。まだたくさんいかないといけないところもあるだろ?そうなると時間がない」


「そうだな~、あそこは近いからね。明日とかでも行けるんじゃないかな?」


「だったらそうしろ」


ってちょっと待てい!


何やら本人抜きで予定が決まってますよ?私置いてきぼり。さっぱり理解不能。おかしくないか?


「勝手に人の予定決めないでくれる?」


きっちり抗議はしとかないと!私だってうら若き乙女。花の女子高生である。手帳には予定がびっしりと……。


「でも樹、明日特に予定ないだろ?」


「……ないけど」


バレバレだ!悔しいが、確かに手帳は真っ白だ。


だって仕方ないよね?いきなり夏の長期休暇にこんな知り合いもいない片田舎に来させられて、出会うのは妖怪ばかり。予定なんて入れようがないさ!


こうしてなんだかうやむやのうちに、ビー玉たちの手によって明日の予定まで決まってしまった私なのだった。


非常に不本意であるということだけは、記しておこう。




不機嫌な私は、不機嫌なままバスに乗って山を下りた。


「あれ?ねえ、樹、降りるところ違うよ」


「へ?」


ハンにいわれて、慌てて辺りを見回す。


家の近くのバス停で降りたはずが、なぜか湖のほとり、赤い鳥居のある所に立っていた。


「どこ、ここ」


呆然とあたりを見回すも、人っ子一人いない。ここがどこなのか、私には見当もつかない。


「うーん、ここは多分ダムの近くだと思うけど」


ハンが自信なげにつぶやく。って、どれくらいかは知らないが長いことこの辺りに棲んでるくせになぜそんなに自信なげなんだ、ハンよ。


しかし、ダムね……そういえば、家から山の方へ向かったところに大きなダムがある、とおじいちゃんが言っていたのを思い出した。だが、なぜ、こんなところでバスを降りてしまったのだろう。家まではまだ大分ある。歩いていたら日が暮れる、のは大げさとしてもかなりかかるのは間違いない。


「それはわしが呼んだからじゃ、娘」


突然聞こえてきた甲高い声に、私は首を傾げる。……誰もいないが。


「ここじゃ、娘」


もう一度注意深く辺りを見ると、鳥居の真ん中辺りに淡く輝く小さなキツネが。


「娘、付いてくるがよかろう」


「え、いや」


なんかまた面倒事っぽいし。即答で断った私を、変な顔で見つめるキツネ。


「一考もせぬとは。だがそなたの意思など、どうでもよい」


「なんですと?!」


さりげなく鬼畜なこと言いましたな。どうでもいいとかひどくない?!


反論のスキもなく、さっと身を翻すキツネ。そして私の意思など関係なく勝手に動き出す私の足。どういうことだろう、怖すぎる。


「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」


なぜ私はキツネのあとを追って走っているのか。


「逆らわない方がいいよ」


耳元でハンが囁くが、逆らうどころか私には何一つ決定権がないんですが。


キツネにムリヤリ導かれ、私はまた不思議な体験をすることになったのだった。……うん、不思議体験はもうお腹いっぱいよ?





キツネについて走っているのに、全く疲れない。そもそも走るのは苦手な私なのに、今までにない速度で走っている気がする。その割には風は感じない。一体どういうことなのだろう。


などと考えていると、いきなり足が止まった。


「娘、あれがダムじゃ。どう思うな」


「どうって」


一言でいえば、大きい。発電所も兼ねているというからなおさらかもしれない。とはいえ、私は他にダムを見たことがあるわけではないので、比べようもないのだが。


「そうじゃな。このダムができて人の暮らしは豊かになったのであろう。変わることが悪いわけではないのじゃがな……」


キツネは何か思うところがあるのか、しばらく迷っていたが、それ以上言うことはなく、ただ寂しげに湖面を見つめていた。ダムがあったあたりに昔は何かがあったのか、それとも、ダムができたことで何かを失ったのか。私にはわからないが、なんとなく声をかけづらい雰囲気。


「行くか」


ケーンと鳴いて、また走り出すキツネと、やっぱり意志に反してついていく私。


どこをどう走ったのか。どこからかカンカンカン、という音が聞こえてくる。


「何の音?」


ハンに聞いてみるも「さっぱりわからないよ」と言われる始末。役に立たないな、ビー玉よ。


「あれはな、槌を打つ音じゃ」


「槌?」


「そういえば、この辺りは昔たたらがあったね」


「たたら?」


何、それ。


「刀剣などを作る場じゃ。さあ、行って受け取ってくるがよいぞ」


「はあ?」


ささっと背後に回ったキツネにドン、と背中を押されて三歩ほど前に出る。


「お待ちいたしておりました、われらが姫君」


髭もじゃのいかついおっさんがいつの間にか目の前にいて、私に何かを差し出している。よくよく見ると、美しい桜色の小袋に入った細長い物体。うん、いやな予感しかしない。


「お求めの懐剣でございます。どうぞ、お納めくださいますよう」


手が勝手に動き、袋から中身を引き抜く。それは美しい短い剣。


「ありがとう。とても美しいわ」


勝手に口から、幼い少女のような声が漏れる。


「光栄でございます」


髭もじゃのおっさんがそう言って頭を下げたところで一気に視界が暗くなる。一瞬意識が遠のき、気が付くと自分の部屋の真ん中に立っていた。


「は?」


今のは夢だったのだろうか。だが手には先ほどの懐剣がある。このずっしりとした重量感、本物だよね?これって銃刀法違反ってやつになるのかな?警察とか来たらどうする?!


うん、よくわからないけど、とりあえず押し入れに隠しておこう。


とりあえず、懐剣を袋ごと押し入れのタンスの奥に隠すとほっと一息。


「いやいやいや、おかしくない?懐剣なんだから常に懐に忍ばせておきなよ。お守りでもあるんだからさ」


ハンよ、君は何もわかっちゃいない。


「一般的女子高生がそんなもの懐に隠し持ってたら明らかに不審者だよ。警察に連行間違いなしだ!」


濡れ衣で警察に連行とか、ありえない。


とにかく、今日は異常に疲れたので、何かわめいているハンの相手をする気には全くなれない。もう何もする元気もないよ。


さっさとお風呂に入って晩御飯を食べて寝ることにしよう。


おやすみなさい。

























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