七日目
七日目
「迎えに~来ました~」
甲高く、耳障りな声が聞こえて私は唸った。
なんなんだ、いったい。もう朝なのか?
夜更かしし過ぎたせいか、いまだに眠たくて仕方がないんだけど。
布団のなかで寝過ごしたかな、と思いつつうごうごし、布団の外へと手を伸ばして目覚めしをひっつかむ。
眠い目を擦りつつ時刻を確認すると、なんとAM5時。
思わず二度見しました。
おい、ふざけをなよ。
思わず声のした方向に目覚めしを投げつけた私は悪くない。断じて。安眠妨害する悪の化身め、滅びるがいい!
「あ~危ない~です~よ~」
バタバタ音がしたが気にしない。
目覚めしを投げ捨てもう一度夢の中に……とか思ったが、甘かった。
「朝~です~よ~」
うっさいわ!
どうやら起きるまでいい続けるとみた。迷惑な!
いやいや、クエさんや。爽やかな朝にムダに耳に残るウザい口調。一発で目が覚めることうけあいだ。しかし、目覚ましの代わりにはなるかもしれないが、遠慮したい。ココロから。
「うるさい~!もう少し寝るの!」
「ひど~いで~すね~。せっかく~おこ~して~あげま~した~のに~」
くっ、朝からウザい。頼んでないし!あきらかに小さな親切大きなお世話だよ!計画ではあと三時間は寝れたのに。うるさすぎて二度寝もできやしないじゃないか。腹立つわ~。
仕方なく起きて、着替えや洗顔をおえて台所に行くと、おじいちゃんもおばあちゃんも起きてました。朝御飯の支度もバッチリです。うん、偏見かもしれないけど、年寄りって割と朝早いよね。
「おや、樹。今日は早かったねえ」
おばあちゃんに早起きはいいことだね、と笑顔で言われてはなにも言えなくなってしまう。
「まあ、そんな日もあるよ」
非常に不本意デスガ。視界の隅でどや顔する鳥を張り倒したい。
朝食をたべながら二人には、今日は知り合い(?)と水工場に見学に行ってくる旨をつげる。家のなかにこもっているよりはいいと二人とも笑顔で送り出してくれた。おばあちゃんは手早くお弁当まで作って持たせてくれた。……外食するとこもないんですね、わかります。
こうして私はクエとハンと水工場に出発したのだった。……人間の友達欲しいなあ。思わず遠い目をしてしまったのはご愛嬌である。
「うほー、うおー」
みなさま(?)私は今、空を飛んでおります!!
うん、なんか知らんが、だれかにいいたくなったよ!叫びたくなるよね!
今、私はクエの背中に乗って空を飛んでいる。……なんでって?それは私が聞きたいね。
もちろん私はバスで水工場に行くつもりだったのだが。今朝になって衝撃の事実が発覚。
バス、今日は十時にならないと来ないんですと。まあね、私は十時でもよかったけどね。ただ、早起きした意味はないよね!とか鳥鍋にでもするかな、と朝っぱらから無意味にたたき起こしてくれた鳥をジト目で睨んでいたのだが。
ナゼか朝からハイテンションな鳥が背中に乗れと言ってきたのさ。なんですと?
鳥の背中に乗って空を飛ぶなんて、一度は夢見るよね?ってわけで鳥のテンションにつられてなんも考えんとうっかり乗ってしまった。そして今に至る。
景色はいい。それは間違いない。
風が気持ちいい。はじめのうちはね。
だがしかし。
落ちそうで怖いわー。風圧スゴいわ。風が痛いとかはじめて知ったよ。ずっとクエの意外に短い毛を掴んでるから手が痛い。そろそろ限界。落ちる、落ちる!
「そんなに気張らなくても大丈夫だよ」
「……ん?」
そういえばなんでハンは飛ばされないんだろ?妖怪(?)だからだろうか。
「ん?それは、ほら」
示されてハンのほっそい線のような両足を見ると、何やら光る紐のようなものが巻き付いている。ビー玉的胴体(?)にもだ。おや?
「ナニソレ」
「危ないから命綱。樹もやってもらったらいいのに」
「そんなのあったの?」
「あ~りま~すよ~」
「なんでしてくれない。というより言えよ!」
「?きか~れ~なかっ~た~ので~」
そういう問題か!
思わず脱力して、落下しかけた。怖っ!
水工場についたら、もちろん殺る勢いでクエをシメときました。
でもって、あっという間につきました、水工場。
私の足元には、怒りのままに私に首をグイグイ絞められたクエが転がっている。たいしてダメージないくせに、おおげさなんだから。
「ひ~ど~いです~」
涙声で訴えてくるが、無視である。ただのパフォーマンスであるということをすでに知ってしまったのだ。これでもはじめはやりすぎたか、と心配したのに意味なかったわ。妖怪(?)は存外丈夫にできているらしい。
スタスタ歩きだした私のあとを、驚きの素早さで起き上がってくる。やはりか。さくっと無視した自分をほめてやりたい。
ともあれ、こいつのことはどうでもいい。
やってきました、水工場。世界ひろしといえど、空を飛んできたのは私がはじめてではないだろうか。
中は、案内のお姉さんが立っていてある程度見学ができるようだ。きれいでお水美味しい。満足です。
空気はきれいだし、景色もいい。隣では氷も作っているらしい。将来はこういうとこで案内のお姉さんもいいかも?
「どう~しま~したか~」
将来に思いをはせていたが、クエの声にはっと我に返った。
いやいや、こんな妖怪がわんさかいる町に定住とかありえないでしょ。真夏なのにちょこっと涼しいからって……危なかった!
名残惜しくも危険(?)な水工場をあとにし、ついでだから、と私はクエに案内されて近くの資料館に足をのばした。
「へえ、色々とあるね」
昔の日用品からかまどや着物など、実に様々な物品が展示されているなか、私はふと足をとめた。
「これ……」
それは、今は珍しくても、当時は特別でもなんでもない機織りの道具。
「そうだ、私はこれで布を織って……」
「思い出したの?!」
布を織ってどうするんだっけ?考え込んでいたら、ハンが大きな声をあげたので分からなくなってしまった。いや、そもそも私は機織りなんてできないし。なにを考え込んでいたんだっけ?
なんだか消化不良で気持ち悪いなあ、と首を傾げながらも資料館をあとにしたのだった。
「とこ~ろで~、この~近くに~すご~くきれ~いな~渓谷が~あり~ますが~いき~ませ~んか~」
「え、うーん」
その辺の景色のいい場所でお昼を食べた私は、さてこれからどうしようかと、もう帰るかな~と思っていたが、クエに提案されて心が動く。
ぶっちゃけ、田舎といえば景色だよね!都会にはない、きれいな景色を見てこそ田舎にきたかいがあるといえる。まあ、ソレ以外ないしな。うん。
クエに乗って空から見下ろすと最高の眺めだということで、どっちにしても帰りはまたクエに乗らないといけないわけだし、少し寄り道するくらいいいだろう。
私は今度こそ命綱をつけ、クエに乗る。ちょっと慣れてきた。
クエがゆっくり渓谷を飛んでくれたのだが、それはなんとも幻想的で美しい光景だった。都会ではまず見られない。日本昔話とかにでてきそう。ここなら、妖怪がたくさん出て来ても納得してしまうかも。
「樹。何度も言うけど、ボクら妖怪じゃないから」
どうやら声にでてたらしい。
どっちかというと妖精かな、とまたもやない胸をはるハン。ふざけんな。妖精はもっときれいで幻想的な生き物だよ!見たことはないですが。
図々しいビー玉に、私は呆れて肩をすくめたのだった。
渓谷をじっくり堪能したあと、クエに家に連れ帰ってもらった私は、夕飯の席でおじいちゃんとおばあちゃんに景色の素晴らしさを滔々と語ってしまった。
「そうかい、良かったかな」
「それは良かったねえ。住んでいると案外いかないからねえ」
二人とも話には聞いたことはあっても行ったことはなかったらしく、私の話を楽しげに聞いてくれた。
でも確かに住んでいると意外と行かないかも?特におじいちゃんたちは車がないぶん行けるところが限られているから尚更だ。
うれしそうに町の話を聞いてくれる二人。おばあちゃんの言葉に、私はなるべく色んなところに行ってたくさん町の話をしてあげよう、と思ったのだった。