五日目
五日目
昨日は疲れたので、あっという間に寝てしまったなあ。うーん、今日も一日ゆっくりしたいんだけど。
今日は図書館にでも行って、ゆっくりしようと思ったところで昨日にゃいぜんさんに言われたことを思い出した。
「ねえ、おじいちゃん。なんか、拝むと美人になれる岩があるって聞いたんだけど」
やはり、女であるからして。美人になれるとかいわれたら聞きのがせないよね。でもあんまり歩くならちょっと止めとこ。にゃいぜんさん、顔に似合わずオニだったからなあ。
というより、田舎のヒトの「もうちょっと」はあてにならないよねえ。よくよく思い出してみれば、おじいちゃんも「あと少し」とかいっていつまでたっても目的地につかないんだもんなあ。
「む?ああ母さんから聞いたのか?そりゃあ……今日も野菜を直売所に持って行くから付いてくるか?付いてくるなら、岩があるところによってもらうがな」
「え、うーん、じゃあ行こっかな」
車で行けるなら。私はあっさり頷いた。どうやら直売所にいく道筋にあるらしい。
野菜を用意したら、おじいちゃんが車を出してくれる知り合いに岩を私に見せたいと頼んでくれた。
「ほほう。いいじゃないか。あそこに興味あるとは樹ちゃんも女だな」
まだまだ子供だと思っていたが、なかなかどうして、とわははははと笑って了承してくれる。なかなか気のいいおじさんなのだ。
「ついでに元発電所のとこも通ってやるよ。外からちらっとみるだけだがな、ありゃあ大正時代に建てられた建物でレトロっつうんか、なかなか趣のある建物があるからよ」
おじさんのおすすめらしい。レトロな建物か。いいかも。
「ついでに昼もおごっちゃるで。樹ちゃんはラーメンは好きかいな」
「いや、さすがにそれは悪いわ」
おじいちゃんが断るが、おじさんはちらっと自分の家を見て苦笑した。
「まあ、気にすんな。こないだはうちのばあさんが世話になったからな、その礼だよ」
「そうか」
黙って笑ってたらなんかお昼も奢ってもらえることに。どうやら、町に安くて美味しいラーメン屋(?)があるらしい。
野菜を積み込んで、いざ出発。案外今日も楽しい日になりそうだ。……肩に乗ってるビー玉がじゃまだけどね!
野菜をのせた軽トラの荷台に野菜に埋もれて乗せられる。……うん、ホントは駄目なんだよ。警察に捕まるよ!と言ったら笑われた。なんでだ。田舎のヒトってやりがちだよね。
家から車で五分。この間は渡らなかった橋を渡って少し行くと、なるほど、確かにレトロな感じの建物が見えた。
「へえ、なかなかいい感じだね」
中で大正琴とか弾きたいかも。やったことないけどね!
外観をチラッと見て、考える。レトロっていうか、幽霊でそう。これ以上近づくのはよしとこう。うん、べつに、怖いとかそんなんじゃないからね。
少し引き返し、今度は山のほうへ入っていく。なんか、隠れ里みたいだ。どんどん細い道を登っていく。……帰れるよね?
暫く行くと、車が止まった。
「あれだあれだ。ちいと木に覆われて見づらくなっとるが、ほら、あの岩んとこだ」
女の顔に見えるだろう、とおじさんに言われたところを見てみる。言われてみると、何となくそうかも?木が多くて見づらいけど、どうやら、岩のとこには祠もあるらしい。
だがしかし!むふふふふ、しっかり拝んでおくのだ!これで私も美人さん。
しばらく拝んで満足したら、野菜をおろしに直売所に向かう。
「なんか同じような野菜ばっかりだね」
「そうだなあ、言われてみれば特産っちゅうもんはないかもしれんなあ」
おじいちゃんが真剣に考え込んでしまった。いや、そこまで深刻にならんでも。
「まあ、今はいいじゃないか。それよりそろそろ昼だ。飯を食いに行こうか」
おじさんおすすめの食堂は、なんとラーメンにご飯、おつけものがついて、ワンコインなんだとか。さらに時々は煮物まででるらしい。安いわ!
いや、この直売所、実は隣の道の駅にレストランあるんだけどね。おじさんは町の食堂のラーメンが好きらしいのだ。ちなみに、理由は安くて美味しいかららしい。さもありなん。
そんなこんなで、私たちは町にあるという食堂へと向かったのだった。
食堂はぶっちゃけ、入るのをためらう外観だった。
うん、なんか食堂って感じじゃないし。確かにラーメンの旗がいっぱい立ってるんだけど。おじさんが言うには、ちょっと前まではガラスに手書きでうどんとかラーメンとか書いてあったらしい。はっきり言って、私みたいな女子高生は入りづらい。
だけど、おじさんはためらう私に構うことなく慣れた様子でずかずか入っていく。チラッとおじいちゃんを見ると、おじいちゃんもすたすた行ってしまう。いやいや、女子高生の心理をもう少し考えておくれよ!
と思っていたら、見てしまいました。
「……あれって」
「にゃいぜんさんじゃないか。あのヒトって美味しいもの大好きだからなあ」
にゃいぜんさんがいるなら美味しいのは間違いないと、ない胸を張るハン。おじいちゃんたちも行ってしまったし、にゃいぜんさんもいることだし入ってみるかな。
ためらいながらも店内に入ってみた。
「おや~?樹じゃにゃいか。昨日の今日で奇遇だにゃ」
「ホントだよ。まさかこんなに早く再会するなんて」
「なにいってるにゃ。ご町内に住んでる上に外食するところは限られてるんにゃから、出会うのは必然にゃ」
……言われてみればそうかも?
おじいちゃんとおじさんが、何を思ったのか知り合いなら相席して話したらいいと、離れたところにすわる。とはいえ、狭い店内のこと。離れているんだか、いないんだか。
にゃいぜんさんと話していると、ラーメン定食(?)がやって来た。
「……にしても水美味しいね~」
ラーメンも美味しかったけどね!
ラーメンを食べたあと飲んだ水は何気に美味しい。そういえば、おじいちゃんの家の水道水も美味しかった。
この町にきて思ったのは、両親のいる都会とは比べ物にならないくらい水が美味しいということだ。だって、浄水器つけなくても水道水飲めるんだよ?びっくりするわ!
「そりゃそうだよ。この辺りは山からいい湧き水がひかれてるからね」
ハンが昔からここは水に恵まれているんだ、と自慢げにいえば、にゃいぜんさんもうん、うんと頷く。
「ああ、山の水かあ」
たしかに、山の湧き水ってだけで美味しいかもと思うね!
「ここの山の水は地下から汲み上げて、ペットボトルにして売ってるにゃ」
「え、そうなの?」
「そうにゃ。水工場は見学もできるにゃ。近くには美しい渓谷もあるから、一度行ってみるといいにゃ」
「へえ」
水工場なんて滅多にないし、話のネタに一度行ってみるのもいいかも。あとにゃはははは、と笑うにゃいぜんさんかわいすぎ。もふってもいいかしら。
「ワシはしばらく忙しいから付き合えないにゃ。代わりにクエに話を通しておくにゃ」
……なぜ、あのウザイ鳥に。というか、別ににゃいぜんさん以外のお供はいりませんが。ははは、もふもふ要員は大歓迎デスヨ。
私の視線から無言の抗議を汲み取ったにゃいぜんさんが、幼児体型のくせに器用に肩を竦めて笑う。
「あそこに行くには交通が不便にゃ。クエに頼むのが一番にゃ」
「……そう?」
せっかくのにゃいぜんさんの好意。断るのも悪いかと、しぶしぶ了承した私なのだった。
「そろそろ帰るぞ、樹」
おじいちゃんによばれて、私はにゃいぜんさんに別れを告げると車に乗った。
「そういや、樹ちゃんはあゆは食べたことあるかい?」
荷台に乗る前、おじさんに聞かれて首をふる。
「うーん、養殖ものならね」
天然のあゆは清流にしかいないらしいし。高いしね!あゆを食べるために旅行に行く気にはなれないな。ついでならいいけど。
「そうだったか?なら、帰りに買って帰るか」
な、聞いてみるもんだろ、とおじさんがおじいちゃんに笑う。おじいちゃんもはははは、と笑って頷く。……ん?
「買って帰るって?」
「帰る途中に道路脇に野菜なんかを売っている店があるんだがな。そこで今の時期だけあゆも売っとるんだ」
なんですと!?
よくよく聞いてみると、どうやら道路にそって流れている川にはあゆがいるらしい。解禁されると、釣り人があゆをつり、お店とかに売るようだ。
「へえ~」
「食べるなら買っていくぞ」
「食べる、食べる」
おじいちゃんの言葉に即座に頷く。
あゆか、川魚ってあんまり食べないなあ。想像を巡らせていると、ついたらしい。早いな。
お店は、ホントに道端にあった。いつか、車がつっこんできそうだな。とか考えてたら、どうやら昔そんな事故があったらしい。そうだよねえ。
「おお、野菜がいっぱい」
野菜、果物、それに花や苗、思ったよりも色々おいてある。なぜかお菓子とかエプロンとか靴下とか。なんでさ。
「あ、おじいちゃん、スイカがあるよ!」
食べたいです。
アピールすると、苦笑しながらも買ってくれた。ありがとう!
「あゆはあるかい」
おじいちゃんが店のおじさんに聞くと、冷凍庫から出てきた。大きめのあゆは五、六匹入って二千円。高いのか、安いのか?天然のあゆだし、高くはないのかな。今一相場がわからないな。
こうして、三人分のあゆとスイカを買って、私たちは帰途についたのだった。
夜は美味しいあゆの塩焼きにデザートはスイカ。変なイキモノにも会わなかったし、なかなか有意義な一日だった。
明日はにゃいぜんさんおすすめの水工場と景色がいいという渓谷に行ってみるかな~とか思っていたが、残念。クエが忙しいから明後日になった。
……というか、にゃいぜんさんもクエもいったい何が忙しいんだ?仕事なんてあるのか?そういえば、にゃいぜんさんとかお店に支払うおカネはどうやってかせいでるのかな。私的に見た目幼児のにゃいぜんさんが働くとか考えられないよ。奢ってもらっておいてなんだけどね。
まさか、葉っぱにはならないよね!
でも何となく聞けない。うん、世の中、知らなくていいことってたくさんあるよ。
「うーん」
「どうしたの、樹」
「明日はどうしようかな、と思って」
一日家にいても退屈だし。まあ、朝はおばあちゃんと一緒におつけもの漬ける予定だけどね!いまの時期はきゅうりと茄子が美しいよね。
「ふーん、あ、だったらとなり町の図書館いかないか?町の図書館にしては結構本が充実してるよ。ビデオやDVDもみられるし。中庭ではコーヒーを飲んでのんびりできるし」
そういえば朝は図書館にでも行こうと思ってたんだっけ。
「へえ、それはいいね」
ゆっくりじっくり本が読めるなんて、本好きにはたまらないからね!ぜひ行ってみなくちゃ
明日の方針も決まったことだし、日記を書いたら今日はもう寝るとしよう。
もぞもぞと布団に潜り込む。
おやすみなさい。