四日目
四日目
清々しい朝だ。天気も良く、お出かけ日和である。
「……そんな、無理しなくても」
私の呟きに反応したハンをじろりと睨む。
「うるさいよ。無理でもしないと出掛けるなんてできないよ。かといって一日中家の中にいてもカビ生えちゃう!」
今日はなんとしてもブルーベリー農園に行くと決めている。事前に立てた予定が消化できない、というのは私にとって納得のいかないことなのだ。
「そ、そんなもの?」
人間って分かんないなあ、と首を傾げているハンはほっといて、私は外出準備に余念がない。
昨日も一昨日も暑かったが、今日も暑い。とにかく暑い。家の中にいても、暑い。しかも外は雲ひとつない上天気。いま出たら干からびるかもしれない。最近の夏は暑すぎる。一体どうなってるんだ、本当に。
ぶつぶつ文句を言うのはこの際仕方がないだろう。本当に今年の暑さときたら異常だからね。しかし毎日毎日暑いので、結局いつ出かけてもたいして違いはない、というのが私が出した結論である。
とりあえず、日焼け止めを全身にぬる。隙間なく、ムラなくぬる。服は半袖にジーパン。だが、腕には肩から手のひらまでばっちりカバーでき、紫外線カットのうでぬきを装備。水色で、見た目もさわやかだ。
「いや、すごく暑苦しいよ!さわやかさゼロじゃないかな!」
なんか隣で喚いている妖怪がいるが、無視だ。いちいち相手をしていたら、バスの時間に間に合わなくなってしまう。
さらに、首には紫外線カットプラスひんやり機能付きスカーフ。こちらは桃色だ。麦わら帽子にサングラス。あとは、日傘装備でカンペキである。でもって、背負ったデイバックにペットボトル飲料(この町の特産品?だという水)と汗拭き用タオル、おばあちゃんから借りた扇子をいれる。首から提げたがま口財布にお小遣いをいれたら、お出かけ準備完了だ。
「若さがなくなった。怪しいオバサンじゃないか!まだ高校生なのに……」
細い手で頭(?)を抱えるハンに、私は首をふる。
「なにいってるの?若いからこそだよ。今ケアを怠ると三十過ぎてから泣きを見るんだからね!」
拳を握り、力説する私を見て、ナゼか深いため息をつくハンなのだった。「人間ってわからない」という小さなつぶやきが聞こえたがもちろん無視である。
家から徒歩十分のとこにあるバス停にたどり着くとすでに汗だくになってしまった。殺人的日射し。年々暑くなっていく気がする。なんとかならんかなあ。
「そうだねえ、そういえば、昔はこんなに暑くはなかったな」
ハンの言葉に驚いた。まさか、暑さとか寒さとかがわかるなんて!
そんなハンは、当然の如く私にくっついてきて、私の肩に乗って移動という、楽な移動手段を使っている。いいけどね?私がいないときはどうやって移動してるんだ?やっぱり転がってるのかな?あえて聞きはしないが、気になるのは気になる。
ほどなくしてやって来たバスに乗り込む私とハン。
……ここって一番始めのバス停じゃないよね?何で客がゼロなんだろ。
こそっとハンに聞くと、ハンもさあ、と首を傾げている。
「そういえば、僕が乗る時もいつもヒトの姿はないなあ。たまにみかけるけど、多くても五人くらいだし。あとは学生さんとか乗っているかな」
それ、ワゴン車とかでこと足りる人数だね!こんな大型バスの意味全くないよね。
田舎は謎が多いなあ、と思わず遠い目をした私なのだった。
バスは特に他のお客を乗せるでもなく、いくつかの集落を経由すると、目的のブルーベリー農園前にたどり着いた。ちなみに、終点のブルーベリー農園まで乗るお客は一人もいなかった。
私は一人分のお金を払うとバスを降りてブルーベリー農園へと向かったのだった。
ブルーベリー農園は思ったよりも大規模だった。バギーのような乗り物もあり、農園の収穫可能地点まで乗せていってくれる。
受付で入園料をはらって、六百円でお持ち帰りのパックも買う。食べ放題のうえに、このお持ち帰りパックいっぱいに詰められてこのお値段ならかなりお得な気分だ。
早速ブルーベリー狩りに繰り出す。
「ふへえ、すごいねえ」
「広いだろ。この規模のブルーベリー農園はそうはないよ」
ハンが自慢気に胸を張る。だからなぜおまえが自慢げなんだよ。
「甘い!」
目の前にあった樹から熟した実をちぎると、口に放り込む。売ってあるものよりも甘くて美味しい。
夢中になって食べまくってしまった。
「……よく食べるねえ。太るよ」
「それは女性には禁句だよ!ブルーベリーなんていくら食べたって太らないでしょ」
「おおう、やめてくれよ」
ガクガクとビー玉もどきを振り回す私に、細い手足をバタバタさせて抗議するハン。いやいや、女性に太るはないよ。酷すぎる。言っても所詮ブルーベリーだしね!美容と健康にいいはずさ!
「うーん、でも結構お腹ふくれるなあ」
割りとすぐにお腹いっぱいになったが、またあっという間に空きそうな気もする。食べながらパック詰めも抜かりなくしたが、お腹が空いたからと言ってもすぐまたブルーベリーを食べる気になるかというと、そんなわけはない。やっぱり観光園って損なのかな?まあでも自分でもぎ取れるのともぎたてを食べれるってことでプライスレス、って感じはするよね。
「だから近くに喫茶店があるんじゃないの?」
「……あ、なるほど」
ハンに言われて思わず納得。確かにブルーベリー農園をでて、ちょっと小腹が空いたなあ、みたいなときとかいいに違いない。でもビー玉のくせによく分かるな!……色々食べてるけど、どこにはいってるんだろう。ちょっと解体してみたいかも。そもそも口もないのにねえ。ビー玉の前で食べ物が消えていく光景ってちょっとシュール。気持ちわるっ。
「何考えてんのさ!」
不穏な空気を感じたらしく、コロンと転がって少し距離をとるハンだった。もちろん冗談だよ?トンカチで割ってみたいなあ、とか手足に骨あるか確かめてみたいなあとか、考えてないよ、ホントに。
ともあれもうすぐ昼頃だし、私もあとで喫茶店に寄ってみようと一人頷くのだった。
さて、そろそろ農園を出て喫茶店に行こうかとした私を呼び止めたのは、極彩色の鳥だった。
……自分、しっかり!
鳥か呼び止めるとかなくない?ハンたちに毒されすぎだな。たとえ鳥が小学生の子供くらい大きくても、南国の鳥もビックリな極彩色でも、所詮は鳥。話すなんて出来るハズないよ。
「あ、紹介するね。友人のクエだよ」
「クエと~いいます~よろ~しく~です~」
もちろん、私は何も聞こえないし、見えないってことで。
「ねえ、ちょっと、無視するとかどうなのさ!」
出口に向かってスタスタ歩きだした私に、ハンが話しかけてくるが、ここはココロを鬼にして、無視である。これ以上人外の知り合いは要りません!
「ひど~いで~すね~。わた~しな~のりま~したね~。キチ~ンと挨拶~でき~ないのは~だめ~で~す~ねえ~。れいぎは~だ~いじ~で~すね~」
非常にイラつく話し方の鳥である。田舎に来て四日目、よもやハンよりイラつく生き物に遭遇しようとは夢にも思わなかった。しかも、妖怪に礼儀を諭されるとは。なんか悔しい。
「いや、僕ら妖怪じゃないし」
「心読んだの?!」
恐ろしい子!
「……全部口に出てたよ。大きな独り言だね、樹」
呆れたようにため息をつかれた。何だか理不尽。
というか、妖怪じゃなかったのか。……だったら一体何なんだ!
うーんと考えてみたが、幽霊でもないし、妖怪でもなく、かといって妖精というにはちょっと……。やっぱり妖怪でいいんじゃないかな、と結論付けた私なのだった。
「いや、聞こうよ!目の前にいるんだからボクらに聞こうよ!」
なんとなくそれは嫌なんだよ、ハンよ。結論を出したくないんだよ。珍妙謎生物でいいんだよ。むしろ私の妄想的な?病院でも行こうかしら。
「いるから。ボクらちゃんとここに存在してるから!」
グダグダといらないことを話しながら、私たちはブルーベリー農園を後にしたのであった。もちろんなぜか極彩色の鳥、クエもついてきている。目がちかちかするなあ。
ブルーベリー農園の近くには、ハンが言ったとおり、少しおしゃれな喫茶店があった。ブルーベリーを使ったスイーツとかを出しているらしい。楽しみだ。
ウキウキと喫茶店へ向かう私について、ハンとクエも喫茶店にはいる。……ハンはともかく、存在感抜群のクエは非常に邪魔である。極彩色のせいか見ていると目も痛いし。農園に帰ってくれないかな?
だが、無情にも席までついてきた。
もうこうなったら、なるべく視界に入れないようにしよう。いや、冗談じゃなく、何度も言うが彼の色彩は目に痛いのよ!本当に。
クエから目をそらし、何気なく店内を見回した私は、ある一点を二度見してしまった。
「……ん?」
誰もその客を気にしてはいない。だが、明らかにおかしい。いや、店員さんが普通に話しかけている。私の目がおかしいのか?
「どうしたの、樹。あっ」
「おや~あ~れは~」
……この二人(?)の反応からするに、彼らのお仲間か。私の目がおかしいわけではないようだ。となると、店員さんがおかしい?
「にゃいぜんさん!」
ハンがよびかけると、ソレは振り向いた。
可愛らしいネコの顔。細い目。人の体。服装は戦国時代か、江戸時代の武士が着ているような裃。ナゼか背中には刀の代わりに大きな筆を背負っている。背丈は幼児だ。一歳か二歳くらいの。頭がデカいし。三分の一は頭だし。うん、幼児ってこんな感じだよねえ、確かに。
「フム?ハンにクエではにゃいか。久しいにゃ」
にゃにゃ、とヒゲをピクピクさせて笑うと、こちらにやって来た。手にはブルーベリーのソフトクリームを持っている。あ、ちょっと美味しそう。あれ注文しようかな?
「これはキレイなお嬢さんにゃ。相席してもよろしいかにゃ」
語尾はにゃ、なんだ。あまりの愛らしさについ、頷いてしまう私。くっ、可愛いって恐ろしい!なんてかわいい生き物なんだ。これなら選択肢はお友達一択である。撫でまわしたい。このねこの顔をモフモフしたい。
「ここは初めてにゃ?このブルーベリーソフトクリームはおすすめにゃ。バランス的にはブルーベリーのみより、バニラとの二色がいいにゃ」
おすすめに従い、ソフトクリームを注文。ついでにブルーベリージュースも。
「ワシはよこたにゃいぜんにゃ。よろしくにゃ」
「はあ、私は三沢樹です。よろしく?」
つられて思わず自己紹介する私。……名字まであるんすね、ネコさん。何となく遠い目になった私なのだった。
「フムフム、樹っていうにゃ?ハンがついてるにゃら、……にゃるほど」
何やら一人(一匹?)で納得中のにゃいぜんさん。なんなのさ。
ちなみに、おすすめのソフトクリームは美味しいです。
「樹は花は好きかにゃ?」
突然何を言い出すのか。まあ、好きだけど。戸惑いながらも頷くと、にゃいぜんさんはにゃはははははと笑う。いま流行りのゆるキャラもビックリな可愛さだ。ちらりと隣にいるクエを見て、思わずため息をついてしまった私は悪くないと思う。
「それなら良いとこがあるにゃ。これから時間はあるかにゃ?」
「……時間はいくらでもあるけど」
ぶっちゃけブルーベリー狩りが終わった今、今日の予定といえるものはもうありはしない。
然り気無く私のブルーベリージュースとともに、店員さんからにゃいぜんさんに手渡されたブルーベリーソフトクリーム(ミックス)に目をみはる。まだ食べるんかい!
「お腹壊すよ」
うん、なんか敬語とかいらない気がする。おこちゃまみたいな外見だし(ネコだけど)。
「にゃはははは。人間とは違うにゃ。大丈夫にゃ」
いくらでも食べられる、というにゃいぜんさん。なんて羨ましい!女の敵だな!
「ところで、なんで他の人にも見えるの?」
しかも騒ぎにもなってない。意外とにゃいぜんさんみたいな生き物がたくさんいるのだろうか。……まさかね。
「にゃはははは。樹以外には人間の紳士に見えてるにゃ」
……まじでか!妖術?
ちらりとハンをみる。視線を感じたらしいハンが、体(?)を揺らす。
「出来るけど、ボクやコウは滅多にしないかな。幻術は結構力を消費するんだよ」
あんまり必要ないし、と細い手をフリフリ。
「未熟なだけにゃ」
にこやかながら、手厳しいにゃいぜんさんであった。
喫茶店のメニューを食べれるだけ食べたら、お会計が凄いことになった。
「食べ過ぎだよ、樹」
「うっさいな。ハンも少しは遠慮したら?あと、鳥食べ過ぎ!」
ぶっちゃけ、ハンとクエは二人(?)合わせて私と同じくらい食べたのだ。とくにハンとか、いつも思うことなんだがこのビー玉体型のどこに入るんだろう。いつか割ってみてもいいかしら。
「ちょっと樹、また変なこと考えてるでしょ」
警戒されてしまった。冗談だってば。
それはそれとして、財布に大打撃なのは間違いない。なんでこんなに食べたのか。後悔先に立たずとはまさにこのことか。
がっくり肩を落として財布を見ていた私に同情したのか、にゃいぜんさんが、然り気無く伝票を掴んで、止める間もなく支払いを終えてしまう。
「にゃははは。女性に奢るのは紳士としてのつとめにゃ」
にこやかに笑って気にするな、というにゃいぜんさん。なんて男前なんだ!体は小さいが心は広くて大きいようだ。見習え、ビー玉に鳥め!
そんな男前のにゃいぜんさんは、これから良いところに案内してくれるという。むーん、断れない。まあ、にゃいぜんさんはハンと違って可愛いし、教養あるし、話してて楽しいからいいんだけど。
「少し遠いけど、歩いて行ける距離にゃ。話ながら歩くにゃ。帰りは近くにバス停があるからバスで帰るといいにゃ」
帰りの心配までしてくれるなんて、さすがですね。
「よし、じゃあ行こうか!」
「そ~です~ね~」
だから、見習えよ!特に私の肩に乗って楽してるビー玉!というかクエまだついてくる気なんだ。いい加減農園にかえれば?
ともあれ、私達は喫茶店を出て、にゃいぜんさんおすすめの場所に向かうのだった。
「……遠いよ?驚きの遠さだよ。まだかかるの?」
日頃運動不足の私は、三十分も歩くともうダメだ。休憩したい。むしろもう帰りたい。歩くの疲れた。
「……体力無さすぎにゃ。若いくせに情けないにゃ」
「そうだよ、樹。さすがに情けないよ。もっと基礎体力つけなくちゃ」
呆れたようににゃいぜんさんとハンに言われてしまった。だが仕方ない私は文化系なのだ。あと、ハンよ。常に私の肩に乗って移動している君には言われたくないな!歩け!幼児体型のにゃいぜんさんは私の倍は足を動かしていてちょこちょこ可愛らしく歩いている割には汗ひとつかかず、息も乱していない。ムウ、さすが人外、恐るべし。ちなみにクエは空、飛んでます。飛べたんだねえ、あの羽で。一応鳥に分類されるんだろうか、あれは。
ブツブツ言いながらも、歩くしかない。目的地にバス停もあるからだ。それからさらに三十分ほど歩くと、ようやくついた。
「着いたって……何にもないじゃん!」
一時間近く歩いて、一体なにをしにきたのか。あるのは、目の前に一本の巨木だけ。……まさか、これが目当てとか言わないだろうな!
「失礼にゃ。目の前に大きなサクラがあるにゃ。素晴らしい名木であるし、一見の価値はあるにゃ」
やっぱりこの樹が目当てだったか。いや、まあ言われてみれば一見の価値はあるだろう。だがしかし。
「今七月だよ!サクラってのは花を見てこそでしょうが!」
春の花の盛りならともかく。このくそ暑い中歩いてきて、いくら名木といえど、何故に花の咲いていないサクラを見なくてはならないのか。
「にゃはははは、心配いらにゃいにゃ」
ヒゲをふるわせて、にゃはにゃは笑うにゃいぜんさん。うん、モフモフしたい。
モフモフ心をくすぐられている私に構うことなく、にゃいぜんさんが樹に話しかける。
「久しいにゃ。出て来て欲しいにゃ」
にゃいぜんさんの言葉に反応して、樹から現れたのは、夢のように美しい一人の少女だった。
サクラ色の美しい着物を着た、十八歳くらいの少女。本で見た天女のように結った腰まである長い桃色の髪に、真っ赤な瞳。私より二十センチくらい高いところにぷかぷか浮かんでいる。
「初めまして、じゃな娘。わしは、この天神桜の精じゃ。名はカヤという。今後会うことがあるかないかわからぬが、まあ、よろしく頼む」
美しい容姿に似つかわしくない口調で話しかけてくるサクラの精(自称?)に、どう反応していいのかわからない私である。
「しかし、おぬしら何をしにきたのじゃ?」
カヤは不思議そうに私達をみまわす。
「今はわがサクラは葉桜じゃ。葉桜も悪くはないが、来るなら花の盛りに来るがよい。花を見てこそサクラであろうが」
そうですよね~。呆れたようなカヤの言葉に、思わずしみじみ頷く私である。
「仕方がないにゃ。彼女はこの夏の間しかこの町にいないにゃ」
「ほう?して、ワザワザ時期外れにわしのところに連れて来るとはそれなりに理由があるのじゃろうな」
美しい少女の鈴がなるような綺麗な声で、この口調。驚くほどに違和感が!
「もちろんあるにゃ。彼女の名前は樹というにゃ。大樹の樹にゃ」
にゃいぜんさんの言葉を聞いて、何か思うところがあったのか、得心が言ったようにうなずくカヤ。
「ほほう。それでハンがおるのか」
「そうにゃ」
なにやら通じあっているらしく、ふふふふ、にゃははははと笑い合う二人(?)。なんなのさ。
「それは、連れて来たのは感謝せねばならぬな、にゃいぜんよ」
「いい仕事したにゃ」
どや顔でサムズアップするにゃいぜんさん。かわいすぎ!
「では樹よ。せっかく来てくれたのだから花を見ていくがよい」
優しい顔で、笑いかけるカヤ。その瞳は私の向こうにあるなにかを懐かしんでいるように見える。
「でもこんな時期外れにサクラが咲いたら騒ぎになるんじゃない?」
ハンのもっともな言葉は、カヤに鼻で笑われた。
「わしを侮るでないぞ。そなたらのみに花をみせることなぞ造作ないわ」
自信満々に胸を張ると、手を大きく一ふりした。
「うわっ、なにこれ!」
ふわっと花びらが舞ったと思ったら、葉桜があっという間に満開の花に覆われていた。花は美しく、花びらが雪のように舞っている様は幻想的ですらある。あまりの現実離れした美しさについぽかんと口を開けて見いってしまう。
時間にしてホンの十分くらいだろうか。短いが夢のような時間であった。
「どうであった?わしのサクラは見事であろう」
「凄い!凄いよ!めちゃめちゃキレイ!」
つい、興奮してしまった。
「ふふふふ、もっと褒めるとよいぞ」
まんざらでもなさそうだ。可愛いぞ。
「樹は~、よっぽど~気に~入った~みたい~。写真に~とり~たい~くらい~まぬけ~顔~だった~」
オマエは黙れ!
「和んでるとこ悪いけど」
いやいやハン。和んでないよ。カヤはともかくクエとは一生分かりあえないな!
「そろそろバスの時間じゃない?」
「それはマズイにゃ。バスは一本逃すと下手すれば次はないにゃ」
……ちょっとまて。次がないとか意味わからんから。
「そうだ、樹」
「なに?」
「樹の家から近いとこに拝むと美人になれる岩があるにゃ。樹は今でも可愛いけどもし興味あるなら行ってみるといいにゃ」
美人になれる岩とは気になる。帰ったらおじいちゃんに聞いてみよう。
「ありがとう、にゃいぜんさん。思ったより楽しかったよ。また、会えるといいね」
ハンやコウはともかく、にゃいぜんさんにはまた会いたいかも。ちなみに、クエとは二度と会えなくていいです。
「まあ、ご町内だからにゃ。すぐにまた会えるにゃ」
そう言ってにゃはははははと笑う。
その後、やって来たバスに乗って無事家に帰りついた私なのだった。