二日目
2日目
町に来て2日目の今日もまた、いい天気だ。最近は猛暑日が続いていて暑いのなんの。もう家でごろごろしていたい。すでにビー玉もどきのことなどどうでもよくなってきた。
「樹、なあ樹。どっかに行こうよう。暇だよう」
うざい。暑さが倍増し、いや三倍ましだ。やっぱりお祓いしよう。今日一日頑張ればこいつとおさらば出来るかもしれないからね。
「ねえ、お婆ちゃん。昨日言ってた神社ってどうやっていくの?」
朝ごはんを食べながら祖母に聞く。田舎暮らし必需品の車が家にはない。免許も誰ももってない。……あれ、どこかに行こうと思ったらどうしたらいいんだろう。歩きか?
「そうさねえ、電車かねえ」
「そうだよね」
基本的にバスか電車か歩きが交通手段なのだ。良かった、せめてバス停も駅も歩いていける距離にあって。
「電車って三十分に一本くらい?」
田舎だしなあ、と思いながら聞くと、笑われてしまった。
「そんなにあるはずないわあ。なあ、じいさん」
「そうだなあ。二時間に一本くらいだな」
……田舎舐めてました。車ないと不便極まりないな!
仕方なく時間を調べてみる。三十分後にちょうどよく電車がくるようだ。まあ、ぶっちゃけ町に出たはいいけど、帰りの電車の時間までどうするって話だよね。どっか時間つぶせるとこあるかなあ?というか、同じ町なのに町に行くって変な感じだ。そういうもんかなあ?
部屋に戻って出かける準備をしながら頭を悩ませていると、ビー玉、もといハンが話しかけてきた。相変わらずコロコロ転がっている。ホントにいらないんじゃないかな、その手足。
「町に行くならオススメ観光スポットあるよ!」
「オススメ……」
ハンの妙に浮かれた空気が気になる。なんか、やだと思った私は悪くないだろう。
「ふはははは、実はこの辺りは昔はお城があったんだよ!」
どうだ、凄いだろう、と自慢気なハン。確かにこの小さな町にお城。それは凄い!だがしかし。
「……いまは?」
「え、ない」
どこがオススメなんだよ!
「いやいやいや、跡地があるよ?行ってみたらいいことあるよ?」
嫌な予感しかしないのはなぜだろう。まあ、とりあえず神社でこいつのお祓いが出来ればそれで問題は全て解決だよね。そしたら行ってみてもいいかも。
お祓いにいくらかかるか分からないので、おこづかいを財布に多めに入れて、自由を夢見つつ私は家を出たのだった。
自宅から最寄りの駅まで徒歩五分。一駅で下車。駅から駅まで五分。下車してから神社まで徒歩五分。
「近いわ!」
総所要時間十五分。あっという間に着いた。朝九時に家を出て、まだ二十分にもなっていない。ハンが案内してくれたので道に迷うこともなかった。意外とお役立ちなビー玉である。
こんな珍妙なイキモノ、町中を堂々と闊歩していたら悪い意味で一躍有名人!と思ったら、どうやら彼の姿は私以外には見えないらしい。……そりゃそうか。見える人がたくさんいたら、今頃この町は観光客が殺到しているだろうから。思い返してみれば、祖父母にも見えていなかった。
などとどうでもいいことを考えながら神社に入ると、私は目の前の光景に目を見開いた。
「おおおおおお、すごい!」
神社には、都会では滅多にお目にかかれないくらいの巨木が二、三本あった。思わず目を奪われる。
「ふふん、凄いだろう!」
ははは、と高笑うハン。なぜこいつが自慢気なんだろう。
特に神様を信じているわけではないが、何となく厳粛な気持ちになった。
「いけそう?何となくいけそうな気がする!」
ちらりとハンを見て、むふふふふ、と笑い声がもれる。いや、しかし昨日の今日なのに何となく愛着が……気の迷いだ!お祓いに弱気は禁物である。
「……なに考えてるの?」
「なんでもない。宮司さんはどこかな」
辺りを見たわすが、人影はない。とりあえず拝殿に上がってみるか、と階段に向かったところで私はまたもや珍妙なイキモノに遭遇した。
……なんなんですか?お祓いに来たはずなのにここでも変なものに遭遇するなんてどれだけ呪われてるの??なんかもう、ホントにどうしたらいいのか。誰か教えてくれないかな!とか考えていると、珍妙な生き物第二号が口?を開いた。しかしやはりこいつも目鼻口があるようには見えないんだが。どうやって発声しているんだろうね。
「おお、久しぶりッス、ハン兄貴」
「久しぶりだね、コウ。元気だったかい?」
「自分ら病気なんかしませんよ」
あはははは、と朗らかに笑う彼らはしかし、人ではない。
片方はビー玉もどき。片方は木である。
そう、階段の下から出てきたのは木だったのだ。背丈は三十センチ程度。太い幹に葉っぱがわさわさついた手のようなものと、やっぱり葉っぱがわさわさの頭部(?)に、足は根っこのようなものが五本、器用に動いている。もちろん、先ほども言ったが顔の部品と思えるものはない。
なんというか、可愛くもなく、気持ち悪いというほどでも、不細工というほどでもない、絶妙かつ表現しがたい具合。
「ハン兄貴のお知り合いッスか。なら自分が案内するッス」
「はあ、いや、宮司さんに」
「ここには宮司は常駐してないッス」
爽やかにいい放つ木。常駐してない?なんてこったい。来た意味ないじゃないか。
ガックリ落ち込む私を手招きする木。こういう場合はどうすべきか。
選択肢その一 ハンと一緒にサーカスに売り払う(コンビで高く売れるかも!)
選択肢その二 看板娘ならぬ看板妖怪にして、喫茶店を開いて一儲け
選択肢その三 仲良く友達付き合い
選択肢その四 町内イベントに参加して子どもたちの人気者
「うん、四が妥当かな」
一人頭の中で妄想を繰り広げ、悩む私の横でなにやら手をわさわささせてアピールしている木。
「姉さん、姉さん、自分、名前をコウいうッス。よろしくッス」
姉さん?!
目があったら間違いなくキラキラ耀いているに違いないと思わせる浮かれた空気を感じる。否応なしに選択肢その三を選ばされている。なんで毎回一番初めに消去したはずの選択肢なんだろう。
「え、ナニコレ。やっぱり呪い?」
いえいえ、抵抗するよ?私は最後まで珍妙なイキモノには屈しない!……こんどはちゃんとアポとってこよう。
宮司さんのいない神社で、さてどうしようかなと考えてみた。が、何もいい案が浮かばないまま、結局押しきられるようにハンとコウに奥へ連れていかれてしまった。気分はドナドナされる牛だねえ。
「自分は拝殿の下に住まわせてもらってます。姉さんはここは初めてッスか?」
「ああ、うん。お母さんもあんまり里帰りしないしね。おじいちゃんの家はともかく、この辺りは祭りのときくらいしか来ないかな?」
それも子どもの頃の話で、ここ七年ほどは全くこの町を訪れていないのだが。
「そうッスよね。おかしいと……」
「え?」
「コウ!」
コウが何かをいいかけたとき、ハンが大声をあげたのでききとれなかった。だが、呼び掛けたくせに、特に用はないらしい。
気にしなくていいから、と続きをうながしたが、なんでもないと頭の部分の枝をばっさばっさとふる。
「ごめんなさいッス。ホント、なんでもないッス。それより、姉さんはこの町に昔お城があったこと、ご存知ッスか?」
「まあ、一応。でも詳しくは知らないなあ。お城も残ってないんでしょ?」
見た目のせいか、コウはハンより断然話しやすい。無視するのもなんとなく気持ち悪いので、つい応えてしまう。話逸らしたな、と思ったが、重ねて追及するほど関心があるわけではないので、いいか、と流す。
「残ってないッス。でも跡地に行ってみると良いことあるッス」
「良いこと?」
本当だろうか。いや、どうせろくでもないことだろうと、予測はつく。だが、電車が来るまでまだまだ時間がある。他に見学するようなところもないため、しぶしぶ「脳内この後行くところメモ」にメモっておく。
神社はコウが一通り案内してくれたが、一番インパクトがあったのは入口のところにあった大きな木だったというのが、少し残念。
ちなみに、お稲荷さんは目の前のお寺にあるらしい。理由は不明。お寺なのになぜおキツネさまが?とは思ったが、ちらりとハンとコウを見て、考えるだけムダか、と諦めたのだった。
目の前にファンタジーを体現しているイキモノいれば、大抵のことは「そういうもの」って受け入れられるよね!うん。
神社はキレイにしてあったが、特にかわったものはない。コウ以外。
まだまだ電車が来るまで時間がある。
私は少し考えてお城跡地に行ってみることにしたのだった。
甘かった。
私の考えは砂糖菓子よりも甘かった。
何がってこの坂である。
いや、ぶっちゃけ駅から神社までも坂をえっちらおっちら登ったよ!でもまた坂って、この町、坂多すぎない?運動不足の一般的女子高生には厳しいものがあるよ。
しかも、町中狭いし。なのにバスが町中通ってるってありえなくない?車二台すれ違うのもギリギリのうえ、場所によっては狭すぎてすれ違えないんだよ。それも主に坂で。結構勾配のきつい坂なのに、すれ違えないからどちらかバックしないといけないんだ、繰り返しになるけど、坂なのに。……一方通行にすればいいじゃん!
などとくだらないことを考えつつ、何とか坂を登りきる。
「文化部一筋にしては頑張ったよ、私!」
とりあえず、自分で自分をほめておく。人間、ほめるって大事だよね!
「姉さんは頑張ったッス」
「そうそう。息切らしすぎだけどね」
素直にほめてくれるコウと、一言よけいなハン。
「ありがとう、コウ。ハンはそういうのはいらないの。コウみたいに素直にほめなよ」
「むう」
表情がわかるわけではないが、なんとなく不本意そうな空気を醸し出しているハン。不本意なのは私だ。色んな意味で。
ともあれ、なんやかんやいいながら、漸く目的地にたどり着いた。
「……」
「姉さん?」
「なんにもない」
コウに案内されたはいいが、うん、ほんとになんにもない。いや、一応あるにはある。お城の石垣みたいなのは残っている。
だがしかし。だからなに、と声を大にしたい。コレ見て喜ぶのはマニアだけだ!汗だくになりつつ猛暑の中ここまでやってきて、これはないだろう。
「まあ、跡地ッスから」
わさわさと手(?)を動かすコウ。
「うん、そうだね」
それ以外に言うべき言葉も見つからない。なんでこんなとこ来ちゃったかな。やっぱりろくでもないな、こいつら。つまらないし、さあ、そろそろかえろうか。
このまま、ここでボンヤリしていても仕方ない。
さて、無駄足だったかと、帰ろうと踵を返した時に、ソレはでてきた。
なんかつい数分前似たようなことあったな、と思わず遠い目になったよ。
なんなんですか、この町。
お化け屋敷か?!
歩く度に、サーカスに教えてあげなくちゃ?!という謎セイブツと出会うとか、それはどうよ。
けれど、このお城の跡地で出会ったのは、変なビー玉や絶妙な動き具合の木とはまた一線を画していた。
それは、美しい少女だった。
整った顔立ちに白い肌、紅い唇。腰まである長い艶やかな黒い髪。年の頃は六歳か、七歳か。いや、八歳くらいにはなっているかも。子どもの年齢はよくわからないけど。ひまわりの柄の綺麗な着物を着ている。足にはいているのは草履だろうか、紅い鼻緒が印象的だ。
地元の子供だろうか?戸惑っている私になんの躊躇もなく近寄って来る。
「こんにちは、あなたはだぁれ?」
鈴を転がしたような、美しい声で、小首を傾げて問いかけてきた。
「あ、えっと……」
警戒心の欠片もない。
「あら?ハン、コウ。貴方たちのお友達かしら」
「はい、姫様」
「彼女は名前は樹ッス、姫様」
見えてる?!しかも、知り合いっぽい。なんだかイヤな予感。
「いつき……そう、では貴女がそうなのね」
愁いを帯びた、大人びた表情。その時ようやく気づいた。少女の姿が透けていることに。つまり、幽霊?なに、この町はこんなんばっかなのか!しかも何やら意味深な台詞やめてもらえますか。どんな関係とか、私を知ってる意味とかもちろん、聞かないよ?ええ、聞きませんとも。
いますぐ帰りたい。
私はなにも見なかった。そうそう、目の前にはナニもいませんとも。
「ねえ。貴女は知っているかしら?この場所にはお城があったの。もう、ずっと昔の話だけど」
だというのに、まるで独り言のように少女の幽霊が語り掛けてくる。小さな少女がくるくる回りながら楽しげに話しているのだが、別に帰って問題ないはずなのだが、足が、動かない。まるでその場に縫い付けられているかのように、一歩も動かすことができないのだ。
「ふふふ、屋根には金のシャチホコもあったのよ。すごいでしょ」
今はもう何も残っていない、ただの空き地。なのに、少女の言葉を聞いていると、まるで見たことがあるかのように、情景が浮かぶ。
「ここは、美しい町よ。とても美しい。お父様が愛した町」
ふと、真顔になって少女が私を見る。表情の消えた黒い瞳はまるですべてを覆い隠す夜の闇のようだ。小さな少女が、とてつもない怪物に見える。
「樹、どうしたの」
ハンに声をかけられて、私ははっとした。頭を振ってバカな妄想を振り払う。いくら幽霊(仮)とはいえ、こんな小さな少女が怪物とか、あり得ない。
「何でもない」
かすれた自分の声に、思わず小さな笑いがもれる。
「ねえ、わたし、名前を言ってなかったわね」
私の態度などまったく気にすることなく、少女が笑いかけてくる。
「わたしはしず。かつてここにあったお城がわたしのおうちよ」
小さな姫君がクスクスと笑う声がいつまでも私の耳に残ったのだった。
城跡で、幽霊というものを初めて見た私は、頭真っ白、魂が抜けたような状態だったようだ。自分ではまったく覚えていないが、ふらふらと夢遊病者のようにハンに導かれるまま、家に帰ってきたらしい。
ちなみに、コウはあのあと神社に帰ったらしい。モノノケが住み着いてる神社か。嫌だなあ。お祓いとかまったく効果なさそうなのが。
っていうか、なんか用があるらしくて宮司さん、一週間ほど家も留守らしい。ナニかの作為をかんじる、と思うのは私の被害妄想だろうか。
夜、部屋でごろごろしながらなんか疲れたなあ、とため息がでてしまう。
いかんいかん。
こんなことではダメだ!
ため息をつくと幸せが逃げるっていうしね。
というか、田舎に来てまだたった二日目なのに、なぜこんなに疲れているのか。人外ばかり遭遇し過ぎたせいか。
明日は一日家でごろごろしよう。散歩にでたり、神社に行ったりしたせいで、変なイキモノや幽霊なんか出会ったのだ。明日は一日大人しく家でテレビでも見て、いったんリセットするのだ。
「明日はどこ行くの?」
私が明日の行動を決めたとみるや、ウキウキした空気を纏い、聞いてくるハン。期待にはそえないぞ!
「どこもいかない」
「え~、一日家にいるとか女子高生としてどうなの?不健康だよ。散歩でもいいからでようよ」
「いや。たまには家でごろごろも大事だよ。夏休みはまだあと三十二日も残ってるんだよ」
毎日外に出て、毎日変なイキモノに出会っても困るし。もう出かけるのも面倒だし。このまま引きこもっててもいい気もする。
とにかく、明日は家でゆっくりするのだ。というわけで、どこか行こうとしつこいビー玉もどきは庭に放り出した。
「よし、今日はもう寝よう」
明日は家でたまっている本でも読破しよう、と一人頷く。
こうして、二日目の夜は更けていくのであった。