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領主邸と決戦

今回は久々の更新なので、お昼か夕方にもう一話、夜に短めの閑話をひとつ投稿する予定です。

これからも、あるいはこれから拙作をどうぞよろしくお願いします。



 順番を考えず入り口でミチミチ詰まりながら押し入ってくるゴブリン。


 待ちきれず壁を破壊して乗り込んでくるオーク。


『ウガアアアッ!』

『ギビィィィィィ!』

『ギギギギィィイッ!』


 うじゃうじゃ沸いたゴブリン、オークで埋まる廊下が壊れた壁の向こうに見えた。


 実に気持ち悪い。これが世紀末か。




「最後にお前の声が聞けてよかったよ、ジンジャー」


「領主様……」


「あわわわ……」


「くっ、せめてお嬢様だけでも!」


「エヴァンジェリン、オレが隙を作る間にお嬢様を連れて……」



 すっかり諦めムードに入っている一同。


 そんな中で笑っているただ一人の男。


 ルドルフだった。


「キヒヒ……。なあ領主のおっさんよ。こいつらは敵だよな?」


「当たり前だ。これは貴族に対する明確な敵対行為だからな」


「だったらよぉ! 遠慮なく殺れるってわけだ! エルフ野郎とのいざこざで溜まった鬱憤晴らしにちょうどいいぜッ!」


 あれはお前らが一方的に突っかかってきたんだが。


 ……どう考えても嫌な予感しかしない。


「おい、ちょっと落ち着け――」


 俺が声を発したときにはもう遅かった。


 やつの周りには無数の小さな魔法陣が浮かび上がっていた。


 少しばかり風圧を感じる。風系の魔法だろうか?



「ウインドボール! おらおら、弾け飛べ!」



 ルドルフの高笑いと共にゴブリンやオークの頭がパンパンと音を立てて破裂していった。


 うわ、吹き飛んだ脳漿や血液が部屋中に撒き散ってすごく汚いことになっているぞ。


「くっ、ウインドボールを無詠唱で乱発だと……!? しかもこの正確さ、これが神童と謳われた魔導士か……」


 複数のオークやゴブリンの陰に身を隠しているダイアンの声。


 ふむ、よくわからんがルドルフはすごいことをしているらしい。


「お前、俺と喧嘩したときは呪文を長々唱えてたよな?」


「あん? あの時は神級魔法だったからな。中級や上級魔法程度なら無詠唱で十分だ」


「お前は往来の喧嘩で何を繰り出そうとしてたんだ……」


 呆れる俺を無視してルドルフは舌打ちをする。


「ちっ。キリがねえなぁ!?」


 いくら倒しても沸いてくるゴブリン、オーク。


 気の短いルドルフは苛立っていた。


 こいつ、地道な作業とか絶対嫌いそうだもんな。


「こ、こんなところで何をするつもりだ貴様!?」


 オークの背後からダイアンが叫ぶ。


 偉そうに出てきたくせにずっと隠れてるなお前。


 それはさておき。


 見ると、ルドルフの頭上には直径十、二十、三十……いやそれ以上に巨大な魔法陣が現れていた。


「ちまちまやってもしょうがねえから一掃してやるよ」


 ルドルフはいわゆるヒャッハー状態だった。


 完全に戦闘にはまり込んでいる。


「上級魔法のエアロハリケーンだと!? ふざけているのか!」


 ゴリラな隊長までそんなことを言う。


「何かまずいのか?」


「あれは広範囲に渡る上級攻撃魔法。こんな付近で発動されては我々も巻き込まれる!」

見境なしかよ。やっぱり歯止めが利かなくなったか……。


「ジンジャー……あの世で末永く幸せに暮らそう」


「はい、領主様……必ず向こうで会いましょう」


 種族どころか性別の壁を越えた二人は手を繋ぎあって今世での別れを告げていた。


 あきらめるなよ。あのジンジャーに対して見せた往生際の悪さはどこいったんだよ。


「お嬢様! お嬢様がああああっ!」


 女騎士の腕の中で御令嬢は失神していた。


 残酷な戦闘だったからな。仕方ない。


 彼女の真下にできていた黄色い水溜まりは見なかったことにする。



「おい、チンピラ! 周りを考えろ!」


「心配いらねえ、黙って見てろ! 任せとけ!」



 おお、こんなにも安心できない『任せておけ』が未だかつてあっただろうか。


「吹き飛べ、クソ雑魚ども」


 ルドルフを中心に暴風が巻き起こり、それは激しく円状に拡散した。


 これはいかん。魔法で御令嬢たちの身体強度を上げ……ダメだ間に合わない。


「ぐおっ……」


 肌にピリっとした痛みが走る。風圧で目を開けることもできない。


 ベキバキと何かが壊れるような轟音が頭上で響く。


 ゴブリンたちの悲鳴と断末魔が遠くに聞こえる。



「…………」



 風の勢いが止み、見上げると屋敷の天井がなくなっていた。


 パラパラと散る木片、石材。


 すっかり外の景色が見やすくなってしまった屋敷の成れの果てがそこにはあった。


 吹き飛んだのは二階部分だけだが、もう住むことはできないだろう。


 立て直しは確定だ。ひどすぎる……。


 まあ、自分の家じゃないので所詮他人事だが。


「みんな無事か!?」


 俺は振り返って御令嬢たちの安否を確かめる。


 オークとゴブリンはすっかり殲滅されていた。


 威力は相当なものだったはず。


 まさかオークどもと同じ肉片になってないだろうな。


「い、生きてる……生きてますよ……お嬢様」


 御令嬢を抱きしめて涙する女騎士。


 なんか水溜りが二倍に広がってる気もするが知らないふりをしておく。


 誰かのが追加されたとか、そんなことはないだろう。


 お漏らしなんてなかった。そうだろ?


 ちなみにデリック君は尻を高く突き出したみっともない格好でうつ伏せに転がっていた。


「わ、私の屋敷が……」


「領主様、しっかりしてください!」


 一同、呆けているものの命に別状はなく怪我を負っている様子もない。


 安心したが、どういうことだ?


「あらかじめお前以外には魔法障壁をつけておいたんだよ。テックアートや領主を巻き込んだらまずいだろうが」


 ルドルフはふんすと鼻を鳴らす。


「…………」


 さり気なく俺が外されていたのは些末なことだ。


 どうせ必要なかったしな。





「畜生、畜生! まさか上級魔法まで無詠唱で発動させるなんて……。しかも屋内で堂々とぶっ放すなんてイカれてやがる……」


 べちょっと肉塊になったオークの死体を投げ捨ててダイアンが姿を現した。


 鎧は血に塗れて汚れているが、本人は無傷のようだ。


 あれでくたばってくれれば楽だったんだが。いや、死んだらまずいのか。


 情報を吐かせるには生け捕りが望ましいよな。


「おい、寝てないでさっさと起きやがれ! このウスノロ!」


 ダイアンはゴブリンの死体に紛れるように倒れていた相方を蹴り飛ばす。


 うーん、あれは仲間なのか? まるで奴隷みたいな扱いだ。


「あの大馬鹿魔導士のせいで機密も何もなくなった。目立ってもいいから強力なやつを呼び出せ! せめてこいつらを皆殺しにするんだ!」


「…………」


 ダイアンが苛立ちの声を上げて指示を出す。呼び出す? 一体何をするつもりだろう。


 ローブのやつがブツブツと呪文を唱えだした。


 まずい気がするな。唱え終わる前に始末するか。


「もう手遅れなんだよ!」


 動き出そうとした俺に向け、ダイアンは勝ち誇った顔で笑った。

 終わった? 何をした? 



「な、なんだあれは――ッ!?」



 女騎士の叫び声が聞こえる。



『グルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』



 地鳴りのような怒号。ビリビリと全身が震えた。


 振り返ると屋敷を見下ろすサイズの巨大なオーク――ハイオークが庭に佇んでいた。


 屋根がなくなったおかげでその全長がはっきり確認できる。



「なんだと! さっきまでどこにもいなかっただろう!」


 隊長が唾を飛ばしながら言う。


「いきなり現れたんです! 庭に大きな魔法陣が浮かんだと思ったら、そこから生えるように出てきて……」


 始終を見ていたらしい女騎士が声を震わせて言う。


「ふん。召喚魔法の使い手か。どうりでこれだけの魔物を町中に連れてこれたわけだ」


 ルドルフ、魔法に関しては詳しそうだな。天才って本当なんだな。


 ふむ、召喚魔法か……。里でも希望者に教えてたな。どんな術だったっけ。


 何かを召喚をする魔法だったことくらいしか覚えていない。


 真面目にやってたら俺も習得できたのかな。



『ゴオオオオオオオッオオオオオオオ――ッ!!!!!』



 ハイオークが所持していた棍棒を屋敷に振り下ろしてくる。



「甘いぜ」



 ガツンと硬いモノにぶつかった音が響き、ハイオークの振りは空中で押し止められた。


 まるで見えない壁があるように。ドヤ顔のルドルフ。こいつはもしや……。



「くそっ、ハイオークの一撃を受け止める魔法障壁……。神童め……。並みの魔導士とは術の練度が違うか」



 ダイアンが悔しがっている。


 ルドルフの魔法障壁か。 


 俺の体当たりであっさり砕けたアレってすごかったんだな。



「おい、エルフ。お前も少しは働けよ。あいつに突っ込んで跳ね飛ばしてやれ。後方から障壁くらいは張ってやるからよ」


「いらん。代わりにデリック君を治療してやってくれ。あの程度ならお前でも治せるだろ」


「言ってくれるじゃねーか。そこまで言うなら絶対に援護しねえからな」


 むしろお前が後ろにいたら騙し討ちされそうで不安だ。さすがにこの状況でそんなことはしないだろうけど。しないよな?


「何をしている! 魔法障壁だって永久じゃないんだ! もっと激しく攻撃してとっとと壊すんだ!」


 ダイアンはローブの召喚士に罵声を浴びせていた。相当焦ってるな。やつは周りが見えなくなっている。


 現に剣を持って近づいている隊長にも気が付いていない。


 こっちは俺がハイオークを片づけてる間に終わりそうだな……。





「さてと――」


 ガツンガツンと魔法障壁を壊そうと棍棒を振り下ろしているハイオークを前にして、俺は果たしてどのように攻めるべきかと考えていた。


 翻弄、陽動、地道なヒットアンドアウェイ……。


 体格差を考えて慎重に行くか? などなど。


「まあ、やれることはひとつなんだけど」


 突撃して跳ね飛ばす。


 鋼より硬いと言われるドラゴンでない限り、俺が強度で負けることはない。


 そう信じて突っ込むだけ。


 考えるフリをしたのは気分だ。


 エルフになってから、たまに考え事をして頭がいいフリをしたくなる。


 これは知性がある生き物の宿命なのかもしれない。


 自分は賢いんだぞってな。


 自業自得で高校を退学になったご主人も時々、運転席で新聞を拡げながらよくわかっていないはずの政治批判をしていた。



「行くか……」



 ハイオークは未だにルドルフの魔法障壁をガンガン殴っている。


 俺が間近に迫っているのにひたすら繰り返している。


 行動を変える気配はない。召喚された魔物には自我がないのか?


 命令が与えられるとそれしか行えなくなるのか?


 どちらでもいいか。


 おかげで俺は回避せず一直線に向かっていける。



「騎士の恥さらしめ! 上官としてオレが直々に成敗してくれる!」


「こ、こっちに来るんじゃねえ!」



 背後から争いのやり取りが聞こえてくる。屋敷のほうもクライマックスだな。


 俺は脳内でアクセルを踏み足元を強く蹴って走り出す。


 時速百キロ超え。遠慮はなし。全力でぶつからせてもらう。


 体格差から考えて、これまでのようにはいかないだろうからな。



「どりゃああああああっ!」



 俺はハイオークの腰にタックルして押し倒した。



『ブ、ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!!!』



 ハイオークの巨体が地面の上を数メートルほど滑走する。


 骨が軋む音、臓器がいくつか潰れたような音。


 聞いていて不快な音がハイオークの身体から鳴り響く。


 ハイオークは血を吐き散らしながら大の字に転がった。


「次は止めを……ってあれ?」


 ハイオークの腹に乗って見下ろすと、ハイオークは白目を剥いてとっくに息絶えていた。


 ……おいおい、あっけねーじゃねーか。


 何がこれまでのようにはいかないだ。


 俺の戦いは数秒で終わった。敗北を知りたい。なんてな。





 ハイオークの始末をつけて屋敷に戻るとこちらも決着がついていた。


 血だまりに沈むダイアンと回復したデリック君に押さえつけられている召喚士。


「……え、なんで? 殺しちゃったのか?」


 てっきり情報を吐かせるため、生かして捕らえるのかと思っていたが。


 デリックが復活して、女騎士もルドルフもいたのだから圧倒する戦力はあったはずだけど。


「オレたちも殺さないように追い詰めていたんだよ。ところがやつめ、勝てぬと見るや首筋に刃を立てて自害しやがった」


 ゴリラな隊長はダイアンの亡骸を見て忌々しそうに言った。


 組織の機密を漏らさないために自ら命を絶つとは。


 そんな殊勝なやつには見えなかったが……。


「召喚士のほうはダイアンが死んだあと、無抵抗で捕まったよ。ダイアンが指示しなければ何もできないようだ」


 まるで操り人形だと隊長は言った。


 デリックによって俺たちの前に連行された召喚士。


 顔を覆い隠していたフードが外される。


「え、ダークエルフとか……」


 俺は思わず息を吐く。長い笹穂耳に褐色の肌。


 召喚士は紛れもないエルフ……ダークエルフの特徴を持つ少女だった。


 見た目からすると十二、三歳くらいか? 


 確かに小柄だとは思っていた。


 だが、こんな年端も行かない子供でおまけに女だったとは。


「ふむ、この子は奴隷だな」


 ゴリラな隊長が少女の首元を確認して首輪の存在を見つける。


 ボサボサで長く伸びっぱなしの黒髪や感情の見えない虚ろな瞳。


 自我なく付き従う行動から想像はついていたが、やはりか。


「この様子だとかなりの期間、隷属させられているな。それに制限もかなり強めにかけられていそうだ」


 ルドルフが分析しつつ、ダークエルフ少女の顔の前で手を振る。


 少女のバイオレットの眼球はぴくりとも反応を示さない。


 感情や意思を完全に抑えつけられているのだろう。


「……酷い」


 同じ境遇にあったジンジャーが悲痛な面持ちを浮かべ、領主は静かに彼を抱き寄せる。見ていて複雑な気分になる光景である。


 ジンジャーといい感じだったマルチダと再会したときに俺は真顔でいられる自信がない。どうすりゃいんだ?


「なあ、グレン殿」


 見ないようにしていたのに領主のおっさんが話しかけてきた。


 やめろ、ジンジャーの腰に手を回したままこっちくんな。


「……なにか?」


 恐らく真面目な話だろうから無視するわけにいかないのが困る。


 とりあえず対応するけど視線は極力合わせないでおこう。


「こんなことをお願いできる立場にいるとは思えないが、あの少女の首輪も取り外すことはできないだろうか」


「ああ、そうだな、やってみるか……」


 俺としてもダークとはいえエルフの名を持つ同種族を救済したいという気持ちはある。


 どうせロクでもない方法で囚われていたはずだし。


 エルフにはダークエルフを嫌う者もいるが、俺としては肌の色が違うくらいで日焼けしたらどっちも同じようなモンだろとか思っている。


 根深い確執の歴史を習った気もするが、正直覚えていないので判断材料になっていない。


「大丈夫か? こいつの制限はかなり頑強にできてるぜ。多分、製作した魔導士のレベルが領主のメイドより数段上だ」


 ルドルフが見立てを述べる。お前すっかり解説役だな。


 とりあえずジンジャーに施したのと同じ準備をするか。


 どうせ術式の解除とか細々しいことをするわけじゃないんだ、何だって一緒だろう。


 大事なのはこっちの強度なのだ。


「待ってろよ。今自由にしてやるからな」


 聞こえているかは不明だが、優しく声をかけてダークエルフ少女の頭を撫でてやる。


「ほう、子供の扱いに慣れているんだな」


 感心したように隊長が呟く。


「昔、妹にやっていたからな」


 自然に手が動いたんだよ。


 俺が変態疑惑を持たれてからは拒否されるようになってしまったが。



 ――お兄ちゃんってさ、椅子にされるのが好きなんだよね……?



 それは違う。違うんだ。


 過去の思い出をフラッシュバックさせながら俺は首輪を引っ張った。



 ――パキンッ!



 またもや指先にビリッとした刺激が走る。


 しかしそれによって俺が怪我をすることはない。


 もちろんダークエルフの少女もだ。


 よし、首輪は無事に壊れた。


 ダークエルフ少女の瞳に生気の光が戻ってくる。


 無表情なのは変わらないが、きょろきょろと眼球が動いて視線が定まりだした。


「どうだ? 意識はあるか? 自分が誰かはわかるか?」


「……っ……ぅ……」


 ジンジャーのときよりも変化が乏しい。声も上手く出せないようだ。


 長期間の隷属で後遺症の類があるのかもしれない。


「あ……あう……ろ…しう……」


 掠れた声がダークエルフ少女の口からひゅうひゅうと漏れる。


 なんだ? 何を伝えようとしている?


 彼女がぎこちなく震えながら示した指の先を目線で追っていく。



「なっ……危ねえ! 逃げろ!」



 俺はそこにあった光景に目を見張った。



「こうなったら領主とエルフだけでも殺してやらあぁ――っ!!!!」



 視線を向けた先では、死んだと思っていたダイアンが剣を抜いて領主とジンジャーに斬りかかろうとしているところだった。


 ……オイ、あの野郎生きてるじゃねえか! どうなってんだ!?



「そんなバカな! 脈の確認はしたはずなのに!」


 隊長とデリックが慌てて剣を抜くが間に合うわけがない。


 くそっ、どうしてこうなった? 


 そういえばやつは言っていた……。自分は死んだふりが得意だと。


 きっとダイアンには死亡したように見せかける何かしらの手段があるのだ。


 それを使ってさっきまで一矢報いる機会を伺っていた。


 隊長を欺くほど巧妙な偽装……一体どんな方法だ?


 いや、そこについて考えるのは後だ。今は二人を助けなくては。


 丸腰の領主とジンジャーでは立ち向かえない。


 ジンジャーは魔法を使えるが、あの距離まで詰められては詠唱を唱える暇もない。


 ダメだ。助けられるビジョンが見つからない。



「領主様、危ない!」

 


 振り下ろされる凶刃。ジンジャーが領主を庇って前へ出た。



「ジ、ジンジャーアアアアアァァァァァ――ッ!」



 おっさんの絶叫。


 ダイアンは邪悪な笑みを浮かべ、ジンジャーを肩口から一刀両断に……。



 ――バキンッ



「なあっ?」



 ダイアンが振り下ろした剣はジンジャーに当てた部分からポッキリ折れた。


 折れた剣先は宙をクルクルと舞い、屋敷の床にサクッと突き刺さる。

 


「剣が折れた!? たかがエルフの軟弱な体ごときで!? どういうことだッ!」


「ふぇっ?」


 喚きだしたダイアン、きょとんとするジンジャー。


 想定外の展開にルドルフ、隊長、デリックと部屋にいる連中の視線がなぜか俺に集まる。


「なんだよ、俺は何もしてないぞ。ルドルフ、お前の魔法障壁じゃねえのか」


「オレの魔法障壁はとっくに解けてるよ。そもそも魔法障壁ってのはあんなふうに身体そのものが硬くなるわけじゃねからな?」


「でも俺は本当に何も……」


 ……ん、待てよ。


「そういやさっき、首輪を外すときに魔法で身体強度を上げたな」


 ルドルフが何もしてないならきっとそれだ。


 まだ効いてるとか驚きだよ。意外と長続きするもんだ。おかげで助かったぜ。


「魔法!? 補助魔法にしても振り下ろした剣を跳ね返す強度なんてありえん!」


 まだダイアンが騒いでいる。


 ありえないと言うが、現実に起こってるんだから認めればいいのに。


「と、とにかく今のうちだ! 捕まえろ!」


「ダイアン、今度は逃がさないぞ!」


 デリックと隊長はどうにも締まらない感じでバタバタとダイアンの身柄を拘束する。


「おかしい……ありえん……」


 両脇を抱えられて膝立ちになったダイアンは俺を睨んでブツブツ言っている。


「まだ言ってんのか。まあ、割と気合い入れたからな。そういうこともあるさ」


「気合いの問題で済む次元じゃない! どう考えても異常な……ひっ」


 ダイアンは威勢よく言いかけ、途端、恐怖で顔を引きつらせた。


「貴様ぁ! 私のジンジャーに剣を向けやがったな!」


 領主は華麗な右ストレートを反逆の騎士に叩き込んだ。


 うお、マジか。


 このおっさん、ジンジャーに庇われた挙句、抵抗できない相手を全力で殴りおったわ。


「ジンジャー、無事でよかったぞ……」


「領主様……」


 どう考えても格好良くない仇討ちなのに二人はいい雰囲気を出して抱擁していた。


 もう勝手にしてくれ。


 つか、ジンジャーお前、『領主様……』ってばっかり言ってるよな。





「領主様! 大丈夫ですか! 爆発音や魔物の声が……」

「一体何事が! 屋敷が滅茶苦茶になってる!」

「うわっ、見張りのやつらが全員やられてるぞ……」

「なんだ、あの転がってるデカいオークは!?」



 門の付近に人が集まっていた。


 ルドルフの魔法やハイオークの叫び声などを聞きつけた衛兵が続々とやってきたようだ。


 この惨状を説明するには骨が折れそうだが、そういうのは他の奴らが引き受けてくれるだろう。



「うっ……」

 


 ―――ぐうううぅ……



 俺は視界の端に映る【empty】の文字を見ながら、そういえば朝からヘルシーなエルフ飯しか食ってなかったなと思い出した。


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