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解放と敵襲

日曜の29時……なんとか約束通り今週中に投稿できました! 

……放送業界かな? はい、嘘です。ごめんなさい。遅れてしまいました。


お前の遅れましたは何度目だ! と言われそうで怖いです。

言われずにブクマを外されるのはもっと怖いです。((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル

====



「くそっ、離せ! やめろ! 勝手に外そうとするんじゃない! 私の奴隷だぞ! なにかあったらどうしてくれるんだ!」


 俺の首輪撤去作業を妨害しようとした領主は女騎士とゴリラな隊長に両腕を掴まれて拘束されていた。


 そんなにエルフの奴隷を手放すのが嫌なのか。色欲にまみれたおっさんだ。


「うーん。どうするかなぁ……」


 とんでもない無茶ぶりをされた俺は領主の喚き声をバックミュージックに成功までの筋道を立てる。


 まったくふざけたパスを回されたものだが、これはチャンスでもあった。


 ここで時間を置くと領主に言い逃れの隙を作ることになるし、下手をすれば証拠隠滅を図ってジンジャーに危険が及ぶ可能性がある。


 そういう面では俺の手で解決する機会を強引ながらも与えてくれたルドルフには感謝すべきなのかもしれない。認めるのは悔しいけど。


 ちなみに勝算はある。


 この首輪、無理やり外そうとすると即死レベルの爆発を起こすらしいのだが、ぶっちゃけ俺からすると『それだけなの?』という感じだった。


 まず、第一段階として俺は身体強化の術をジンジャーにかけ、さらに首輪に魔法攻撃の威力を低下させる術をかけていく。


 いずれも呪文の暗記が簡単な初級魔法だが、気合いを入れたのでそれなりの効力はあると思う。あってもらわないと困るが。



「じゃあやってみるか」



 第二段階。ここは単純な力技だ。回復魔法をジンジャーに唱え続けながら首輪を左右に引っ張るだけ。


 こうやって絶え間なく回復魔法をかけていれば、いつ首が吹き飛んでもその場から回復が始まる。即死を防ぐことができるのだ。


 身体強化もしてあるから爆発に耐えられる体にもなっているし、爆発自体の威力も抑えてある。俺の危機管理対策は完璧だった。しかし――



『おい、やめろッ! そんなことをしたら――』



 周りは俺の何重にも及ぶ予防など知る由もないから騒ぎ立ててくる。



 うるさいな。これならきちんと説明してから行うべきだった。集中が乱れる……。


 ミシミシと音を立てる奴隷の首輪。ちょっと硬いな。もう少し力を込めて――



「よし、やったぞ……!」


 パキンという音を立てて首輪は外れた。光を失っていたジンジャーの瞳に輝きがみるみる戻っていく。


 へへん、ざまぁ見ろ。解放してやったぜ! と思って領主を見ると、なぜか彼はほっとしたような表情をしていた。


 ……どういうことだ? 解放された悔しさよりも、ジンジャーが無事だったことに安堵しているのか?


「……あれ? おかしいですわね」


「ば、爆発はしないのか?」


 腰を抜かした御令嬢とそれを支える女騎士が言った。


 彼女らは俺とは違うところに疑問を感じていたようだ。そういえば確かに爆発すると聞いていたのに指先が微かに痺れた程度しか何も起きなかったな。


 不発だったのか、不良品か何かだったのか。それとも俺のかけた魔法のせいで威力が低下したのか。


 ……きっとこっちだろうな。


 確かに意図した通りの効果だが、上手くできすぎだぜ。


「お前、本当に規格外な野郎だな……」


 ルドルフがドン引きしていた。おい、後退るな。


 お前まで引いたらなんだか自分が怖くなっちゃうだろ。




 ……女神様のくれた才能はやっぱり行き過ぎたものなのではないかと思った。


 女神基準の『ちょっと』って結構やばい?




 ちなみに御令嬢や領主も最初はありえないと驚いていたが、しばらくするとエルフだしそんなものかと納得したらしい。


 ここだけは女神様の見込んだ通りなんだなぁ。






 さて、無事に奴隷の身分から解放されたジンジャーであったが……。



「グレン、ダメだよ! 領主様をいじめないで!」



 開口一番、口にしたのはそんな言葉だった。



「いじめるなって、お前、こいつに奴隷にされてたんだろ?」


「確かに奴隷として僕は領主様に買われたけど。でも違うんだよ!」


 ハスキーに響く女性的な声で矢継ぎ早に発せられるのは領主を庇う台詞ばかり。おかしいな、もう首輪は外れたはずなのに。


「奴隷の首輪って壊したら効力がなくなるもんじゃないのか?」


「普通はそのはずですが……」 


 御令嬢に訊ねるが、彼女も首を傾げている。実際、言語能力や感情の制限は解除されているのだ。


 忠誠心だけが未だに根強く食い込んでいるというのか? それともこれはジンジャーの本心なのか? もっと深く聞き出す必要があるな……。


「お前は領主に酷い目に合わされていたわけじゃないのか?」


「酷い目なんてとんでもない! 領主様は僕を使用人として……ううん、それ以上に大事にしてくれたよ」


 感情を失っていたときには気がつかなかったが、言われてみればジンジャーの顔色は実にいい。やつれた様子もないし、むしろ里にいた時より肉付きがよくなっているようにも見える。


 少なくともエルフのヘルシーな食事よりかは充実した食生活を送っていたのだろう。


 髪もさらさら、肌もつるんとしていて全身から石鹸の甘い香りを漂わせているし……。なかなかの好待遇で迎えられていたことが窺える。


「でも、お前その恰好は……」


 俺は丈の短いメイド服のスカートを見やる。


 あからさまに実用性とはかけ離れた趣味趣向に寄り添った一品。どのような意図で作られたのかは明白なデザインだ。しかし、


「……えへっ、かわいいでしょ?」


 ポッと顔を赤らめてジンジャーは上目遣いで裾を摘まみ、はにかんだのだった。


 ああ、お前……。里にいた頃とはかなり趣味が変わったのね……。幼馴染みのマルチダが知ったら愕然とするだろうな。


 ……彼女も無事だといいけれど。


 それはともかく。刷り込み的な作用もあるかもしれんが、ジンジャーは本当に領主に対して悪感情がないらしい。


 事実を解明しようとしてますますわけがわからなくなったぞ。俺が頭を悩ませていると、


「ジンジャー……解放されてしまったのだな……」


 拘束を解かれて自由になった領主がふらふらと歩み寄ってくる。


 結局、このおっさんは何がしたかったんだ? 奴隷商人とは関わりがなかったのか?


「ジンジャー、お前は不当に捕まって奴隷にされていたんだよな?」


「そうだよ! グレン、聞いてよ! 森の出口でいきなり奴隷商人のやつらが捕まえてきたんだよ! 領主様が買ってくれなかったら酷い連中のところに売られて大変な目にあっていたかもしれないんだ!」


 今度は領主に訊いてみる。


「領主サマよ。あんたはジンジャーが不当な手段で奴隷にされていたことを知っていたのか? 知ったうえで正当な手順を踏んで手に入れたと言ったのか?」


「いいや、知らなかった。ジンジャー……そうだったのか……?」


「はい、その通りです」


 ジンジャーの肯定に領主の顔は驚愕に彩られる。演技だったとしたらアカデミー賞ものの出来栄えだな。


 彼の言葉に嘘はないのかもしれん。少なくとも俺はそう感じた。


「……ならばジンジャー、お前はもう自由だ。好きなところへ行くがいい」


 領主はあっさりと解放を認めた。あんなに抵抗していたのが嘘のようだ。


 首輪がなければ繋ぎ止められないとわかっていたのかね。潔いのか悪いのか、読めないおっさんだ。


「はい、好きなところへ行こうと思います」


 ジンジャーが言うと領主はくしゅっと顔を歪ませる。そんなにジンジャーがお気に入りだったのか……。


 軽く引くな。しかし、次の瞬間、もっと衝撃的な出来事が起きる。



「だから、僕をこれからも領主様のお傍に置いて下さい」



「はぁ!?」

「なっ!」

「へっ!?」

「ははっ」

「…………」



 驚きの声を上げる一同。いや、ルドルフは笑っていた。あと隊長は無言だった。



「お、お前を奴隷として手元に置いていた私を許してくれるのか……?」


「領主様が僕を大事に想っていてくれたことは喋れなくてもわかっていましたから」


「ジンジャー……」


「領主様……」


 二人だけの世界を作り上げ、見つめ合う二人。誰も入り込めない雰囲気を突如展開させて今にも抱擁を交わしそうな勢い。


 ……これってやっぱりそういう関係なのかなぁ。嫌だなぁ。見たくないなぁ。だってジンジャーは……領主は知っているんだろうか。


「男女の愛は種族を超えるのだな……」


「素敵ですわね……」


 御令嬢と女騎士が二人の姿をうっとりと眺めている。先ほどまでの剣呑なやり取りが嘘のようだ。


 やはり人間の女性はこういう色恋には胸をときめかせるものなのだろうか。


 だけどここにはときめくような要素はひとつも転がってないのだ。



「言っておくけど、ジンジャーは男だぞ」


「「!?」」



 女騎士と御令嬢はなかなか面白い顔をして驚いてくれた。



=====



 領主はジンジャーの性別を知っていた。知ったうえで購入していた。


 少女と見まがう少年奴隷を溺愛する独身の中年男性。ヤツは当初のイメージとは違う意味で救えない男だったらしい。


 まあジンジャーも幸せそうでウィンウィンっぽいし、趣味性癖は人それぞれだ。口に出して否定することはしないさ。


 ただ、マルチダのことはどうする気なのだろう。


 彼女とジンジャーは里を出る前は割といい感じの関係だったはずだが……。いや、これは俺の考えることではないか。


 いずれ再会したら当人同士で領主も含めた三者会談でも開けばいい。俺のいないところで勝手にな。


 修羅場になることは確実なので絶対に巻き込まれたくないと思った。






 領主とジンジャーのわだかまりが解消されたところでひと段落。


 俺とルドルフと御令嬢は同じソファに腰かけ、テーブルを挟んだ対面のソファには領主とジンジャーがぴったりと寄り添い合いながら座っている。


 騎士の二人は俺たちの後ろに控えて目を光らせていた。不審な動きをすれば領主の首を撥ねることもいとわないという構えだ。


「捕まったときはもう一生辛い思いをして生きていかないといけないかと思ったよ」


 ジンジャーは今日までに至った経緯をつらつら語り始めた。


 里を出た直後に輩どもに襲われ、この町で店を構える奴隷商人に引き渡されたこと。


 数か月の間、奴隷としての立ち振る舞いを教育されて領主のもとに連れていかれたこと。そして領主に優しくされ、愛というものを知ったこと。


 最後のやつはどうでもいい。


 できることならそういう愛は知らないでいて欲しかった。なんか気まずいじゃん。


「まさかニッサンの町の奴隷商人が……? ヴィースマン商会は店舗を持たないと話していたが、町の奴隷商人がそうだったのか……?」


 ジンジャーの話を聞いた領主は口元を押さえながら神妙に考え込んでブツブツ呟きだす。こうしていると仕事のできるダンディーな男に見える。


「えーと……。領主様は本当に奴隷商人との繋がりはないのですか?」


 領主を嘘つき呼ばわりしたことに気まずさを覚えてきたのだろうか。御令嬢はどこか遠慮がちに訊ねる。


 まあ、あの状況じゃ疑う以外になかったと思うけどな。


「領主様はただ僕の首輪の制限を外せる魔導士を探しただけだよ!」


 ジンジャーは領主を弁護するため身を乗り出して叫んだ。


「首輪の制限を外せる魔導士、ですか……?」


「ええ、実は……」


 領主は御令嬢の父親に首輪の制限を変えられる有能な魔道士を紹介してもらう目論みがあったことを白状した。


 王都で有力な貴族である御令嬢の父親は王都にある魔法学校に多大な寄付をしていて顔が利く大物らしかった。


 領主の段取りでは、ジンジャーを紹介して、そこから学院の魔導士を紹介してもらえるよう交渉に進むつもりだったらしい。


 その際、御令嬢がエルフの奴隷に興味があるように見えたので、心象をよくしようとリップサービスのつもりで調子よく『次に来たら奴隷商に紹介する』などと口走ってしまったのだとか。


 本当に御令嬢がエルフの奴隷を欲しがっていたらどうするつもりだったんだろう。


 実際のところは次に奴隷商が来る保障なんてないし、どこに行ったかも見当がつかないそうなのだから後先考えないにもほどがある。


 おかげで余計な誤解をされて拗れたわけだし。このおっさんには『口は禍のもと』ということわざを送りたい。


「……確かに我がテックアート家は王都の魔道学院に多大な寄付を行っていますからね。有能な魔導士の伝手は多くあるでしょう」


 御令嬢が一理あるといった表情で頷いていた。彼女からしてもそれなりに納得の行く理由だったようだ。


 まあ、先ほどの光景を見ていれば領主がどれだけジンジャーにお熱なのかは一目瞭然だからな。


 それにしても王都には魔法の学校があるのか。ちょっとだけ気になるな。あとで詳しい話を訊いておこうかな。


「訪問してきた商人には契約後、何があっても首輪の制限を変えることはしないと言われていたので奴隷商人とは無関係な第三者を探す他に手がなかったのです」


 よそで売られた奴隷の首輪の設定を他の商会がいじるのは法律違反ではないが、業界のマナー違反にあたるのでどこの商会も引き受けてはくれなかったそうだ。


 王都の学院にいる魔導士なら業界の縛りも受けず能力も高い(らしい)。


 こうして当初の御令嬢にヘコヘコ揉み手をするおっさんの姿ができあがったわけだ。


 領主の腹の内は概ね理解した。しかし、解せないこともある。


「やつらは十年くらい同じことをしていると話してたぞ。それだけの長い期間、無法行為に気が付かないってどういうことなんだ? 奴隷商と繋がりがないっていうのなら少々怠慢がすぎるんじゃねえのか」


 領主が野放しにしていたせいで何人のエルフが犠牲になったかわからないのだ。ここは物申さぬわけにはいかない。


 これは俺だけの言葉ではなく、エルフの総意にもなると思う。


「それは私の不徳の致す限り、申し開きもできない事実として謝罪する。だが、自分でもどうして不自然な奴隷の出入りに気が付かなったのか不思議で仕方がないのだ……」


 領主は自責の念に駆られたのか、苦しそうに表情を強張らせた。さっきまでの強情さが嘘のようである。


 自分に非がある場合には頭を下げられるのか。それとも、ひょっとしたらこっちが彼本来の姿なのかもしれない。


「この地が不当な奴隷の産出地になっていたことは私の落ち度。贖罪のため、できることはなんでもするつもりです」


 領主は俺と御令嬢の目を見てはっきり宣言した。


「では領主様は此度の暗躍している組織を捕える調査に全面的協力してくださると考えてよろしいのですね?」


「はい、私にできることならば何なりと申しつけ下さい」


「なら、そちらのエルフの方には奴隷商人に関することを訊かなくてはなりません。ご協力していただけますか?」


「それで領主様の助けになるなら話すよ」


 ジンジャーが肯定する。


 御令嬢が曰く、疑惑自体は今までもあったが被害にあったエルフの証言を得られたのはジンジャーが初のケースなのだとか。


 今まで何人も捕まっていながら御令嬢たちがそのエルフたちにまで行きつかなかったというのはまた奇妙な話だな。


 奴隷商人が足跡を消すのが巧みなのか、御令嬢たちが無能なのか……。




「疑惑だけでしかなった事件が事実として明らかになった今、後手後手に回っていた調査がもっと踏み込んで行えるようになります! 早くお父様に報告しなくてはなりませんね!」」




 鼻息荒く御令嬢が言う。凄まじい使命感に燃えていた。


 正義感を持つのはいいが、拗らせたりはしないでくれよ。自分が絶対に正しいと思い込んだ人間ほど恐ろしいものはないのだからな。




「とりあえず町の奴隷商人を呼び出しましょう。ジンジャーが預けられていたのならヴィースマン商会と何らかの繋がりがあるはずです」


 領主がそんな提案をすると女騎士が前に出て発言する。


「呼び出すなんてまどろっこしい真似は必要ない。この町の奴隷商にはうちのデリックがすでに赴いている。そろそろ調査を終えて戻ってくるはずだ。疑惑があればすぐに兵を向けて下手人を捕える段取りで行こうと思う」


 ああ、いなくなっていたデリック君はそっちに行ってたのね。


 ルドルフの妨害で俺は踏み込めなかったが、代わりに行ってくれたのなら手間が省けた。


 いい感じの手土産を持ってきてくれることを願うとしよう。




 なんやかんやあったが、話も上手くまとまり『とりあえずお茶でも飲む?』みたいな和やかな空気が一時的に訪れかけたその時である。




「ぐあああアァァァアアァァァあぁっ――――ッ!!!!」



 突如、部屋の外、廊下の向こうから男の叫び声が響いてきた。


 そして何かに吹き飛ばされてきたように一人の男がドアをぶちやぶってダイナミック入室をしてくる。


 飛び込んできた男は部屋の床をゴロゴロと転がり、大の字で仰向けに倒れた。


 突然の出来事に呆気にとられる一同。やがて一呼吸の間を空け、



「「デ、デリックゥゥゥウウゥゥゥゥッ――――ッ!!!!」」



 女騎士とゴリラな隊長が叫んだ。注視するとそいつは俺の見たことのある人物だった。


 部屋に飛び込んできたのは美形の脱糞騎士――デリック君だった。


 デリック君は頭や口から血を流し、意識を朦朧とさせていた。身に纏う鎧はあちこち砕けてボロボロ。


 明らかな戦闘の跡だった。一目で重体重傷であることがわかる有様。これは酷い……。女騎士が慌てて駆け寄っていく。


「デリック、一体何があったのだ! 意識をしっかり保て!」


「ぐっ、エヴァンジェリン……あいつが、賊が館に……ッ」


 女騎士エヴァンジェリンに声をかけられたデリックは震える指先でドアを示した。


 コツンコツンと靴音を響かせて二人組の男がぶち壊されたドアの向こうから姿を現す。


 一人は騎士の甲冑に身を包み、もう一人は顔から体すべてをすっぽりとローブで覆い尽していた。


 人間の常識に疎い俺でも怪しいと直感できる組み合わせの連中だった。


「ふっ、どうも皆さまお久しぶりで。赤髪のエルフもその節は世話になったな」


 怪しいメンズの片割れ、鎧の男が兜を脱ぎながら馴れ馴れしく知り合い面をしてきた。


 ……誰だ? 顔を見てもさっぱり思い出せん。まったく覚えがないので気持ち悪い。


「そんなバカな……ッ」


「…………」


「どういうことですか……ッ?」


 ところが御令嬢たちは彼のことを知っていたようで、声を震えさせてその男を見ていた。


「ダイアン、生きていたのですか……?」


 生きていた……? その言葉でピンとくる。ああ、そうだ。多分そうだ。


 きっとこの男はゴブリンに頭をパカーンされて死んだ騎士だ。


 目鼻立ちが整っていない平べったい人間の顔って識別しにくいんだよな。


 人間でも御令嬢くらいはっきりした顔立ちならどうにか見分けられるのだが。


 エルフの里に長年いると、こういう面でも世間とズレが生じてしまう。


 社会で生きていくのに人の顔が覚えられないというのは致命的だというのに。


 トラックの前世があってもこれなのだから、普通のエルフだともっと大変だろうな……。


「ほう、奴隷の首輪が外れてやがる……。こいつは驚いた。領主が首輪を外そうと画策しているのは知っていたが、まさか成功させるとは」


 謎の復活を遂げた男ダイアンは困惑する御令嬢や女騎士、隊長らを無視して泰然と部屋の中央まで進んでくる。


「なるほど、貴様がこれをやったのか……。さすがは王立魔道学園の神童というわけだ」


 ダイアンはルドルフに視線を向けるとニヤっと口元を釣り上げてそう言った。


 どうやらダイアンは首輪を外したのをルドルフの仕業と思ったようだ。


 これはちょうどいい。なんか神童とか言われてるし、ここでの功績はすべてルドルフに押し付けてしまおう。


 変な連中に目をつけられたら堪らないからな。俺が都合のいいスケープゴートを見つけてホクホクしていると、


「貴様は何者だ! 一体どうやって屋敷に入った! 誰の許可を得たのだ!」


 領主が唾を飛ばしながら怒鳴っていた。確かにもっともなことである。一応、この屋敷には門番のような人間がいたはずだ。


「オレはあなたもご存じ、ヴィースマン商会の者ですよ。屋敷には死体のフリをしていたら勝手にそちらが入れてくれたんじゃないですか」


「死体のフリ……だと?」


 困惑する領主にダイアンはククッと不敵に笑う。


「オレは死んだように見せかけるのが得意なんですよ」


 死体はあの後どうしたのか不明だったが、この屋敷内に持ち運んでいたようだ。


 恐らく、埋葬するためであろう。だが、やつはこうして生きて動いている。


 どういうことだ? ダイアンが死んだのは俺も確認している。


 回復魔法を使っても戻らなかった頭部の損傷もすっかり修繕されているし……。さっぱりわけがわからない。


「ダイアン! どういうことですか!? あなた確かに死んだはずです! それに奴隷商側の人間とは……? わたくしたちはその奴隷商の存在を調べるためにこの地に赴いたのですよ!?」


 御令嬢は若干冷静さを欠いているようで不用意に自分の騎士だった男に詰め寄っていく。


「お嬢様、危ない!」


 ガキィンッと金属のぶつかり合う音が鳴る。


「え……?」


 呆然とする御令嬢。


「ダイアン、貴様! お嬢様に――ッ!」」


 ダイアンは御令嬢に剣を振り下ろしていた。


 そしてそれに誰よりも素早く反応した女騎士は御令嬢の前に立ち塞がって自身の剣で凶刃を防いでいた。


「ククッ。調べられちゃ困るからこうやって処分しに来たんですよ。まったく、あそこでオークやゴブリンに殺されてくれればよかったものを。余計な邪魔が入ったせいでこうやってオレ自ら出張らないといけなくなっていい迷惑だ」


「ダイアン、お前は……お嬢様を守って死んだ立派な騎士だと思っていたのに!」


「フッ。エヴァンジェリン、お前はくだらないこと言う女だ。主人のために死ぬなんて愚かなことだというのに、それを美徳とするとは。ちょうどいい。お前の理想の騎士ごっこは常々見ていて腹立たしかったんだ。偽善者のお嬢様ともども目の前で消えてくれよ」


 ガチィンッと剣を弾き、飛び跳ねるように距離を取る逆臣ダイアン。


「貴様、私だけでなくお嬢様まで愚弄するのか!」 


 激高する女騎士。


 しかし無暗に飛びかからず御令嬢のそばを離れないのはさすがというべきか。怒りながらも的確な状況判断は鈍っていない。


「最初の予定ではどちらか一方のつもりだったが、こうなったからにはこの場にいる全員に消えてもらおうかね」


「なっ、全員!? 私もなのか!?」


 領主のおっさん、そこに反応するのかよ……。小物臭いなぁ……。ジンジャーもちょっとがっかりした目で見てるぞ。


「当然でしょう。困るんですよ、領主様。許可もなくウチから出荷した奴隷を解放してもらっては。守秘義務っていうんですか? 契約時に話をされたでしょう?」


「い、言われたのは奴隷商側では解放の処置を行わないということだけだ。勝手に外すなとは言われていない」


 領主は屁理屈みたいなことを言った。このおっさん、ジンジャーが絡むと途端に道理を無視するようになるな。


「そりゃあ、普通は外せませんからね。外そうとすれば爆発もするし。まったく、このエルフの首輪を担当したのは誰だ? ……無能で使えない魔導士として報告しておかないと」


 ダイアンは悪そうな顔つきで苛立つように呟いた。


 使えないと判断された魔導士はどうなるのだろう。悪に与したので自業自得だが、ご愁傷様である。


「……ふん、報告だと? ダイアン、貴様はこの場から無事に帰れると思っているのか?」


 女騎士の言葉に合わせてゴリラな隊長も剣を抜く。すごい威圧感だ。道端で尿を漏らしていた人物たちとは思えない。


「ここで全員に消えてもらうのは確定事項だ。即ち、ここで勝つのはオレだということ。少々乱暴だが、商会の存在を公に悟られるわけにはいかないんでね」


 ダイアンがパチッと指を鳴らすと唸り声を上げて幾体ものオークやゴブリンが部屋になだれ込んできた。


 明らかに御令嬢たちを救った時よりも数が多い。


 こいつら一体、どこに収納されていたんだ?


「バカなッ!? これだけの数のオークやゴブリンがどうして屋敷にいる!?」


「ああ、終わりだ。一巻の終わりだ……」


「りょ、領主様ぁ……」


「た、大変です……あわわわ……」


 圧倒的な数のモンスターを前に狼狽える御令嬢たち。


「ファッハアッハ――ッ!」


 彼女らの慄く姿に優越感を覚えたのか、ダイアンはいかにも悪人的な面構えで高らかに笑い始める。


 彼はすでに勝利を確信しているようだった。


 数の上では圧倒的にこちらが不利。


 だが、俺にはまったくもって脅威には感じられなかった。


 なぜなら、近くにもっと悪どい表情をしている男がいたから。


 先ほどから不自然すぎるくらいに大人しく、まるでマグマの噴火前のような静けさを見せていた男。


 神童もとい悪童。町中で高位の攻撃魔法を平気でぶっ放すキチ〇イ。


 ルドルフが『キヒヒ……』と不気味な含み笑いをしていた。




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