領主と奴隷
免許試験とかのアレで間隔があいてしまいました。申し訳ありません。
まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ……。
「まだ足が痛むのか? なんなら回復魔法をかけてやろうか?」
「いらねーよ。つーかお前は一体どんな脛をしてやがるんだよ。身体強化魔法を常時かけてるのか?」
俺たちは領主邸に向かって暗がりの道を歩いていた。
領主邸はリリンの家からほぼ正反対の場所に位置する。
移動している間にすっかり日は沈み、夜の帳が下りていた。
「ひとつ気になっていたんだが、あの魔法を無効化させる粉はどこで手に入れたんだ?」
「ん? あれは領主が相談に乗った礼にくれたんだよ。商人からもらったけど自分は使わねえからってさ。珍しい代物なのにいらねえって変なおっさんだよな」
あれは一応、人間界でも珍しいのか。
なぜ領主がそんなものをあっさり譲ったのかは知らんが、ルートが限られている物品なら領主と繋がりのある商人がエルフの拉致をけしかけた可能性は高い。
これは早々に黒幕特定のチェックメイトで問題解決まで行けそうだ。
「おお、ルドルフ君。明日にも使いを出そうと思っていたんだよ。君のほうから訪ねて来てくれるとは手間が省けた」
ルドルフの顔パスによってあっさりと屋敷の中に通された俺たちは領主の出迎えを受けていた。
領主は一見すると裏表のなさそうなダンディーなおっさんだった。白髪交じりの髪をオールバックにした口髭が似合う壮年の渋いイケメン。それが領主を見て抱いた印象だった。
「ところでそっちの彼はどちら様かね?」
領主は疑わしそうな視線を向けてきた。
俺は万が一のことも考えてフード付きのローブを被ってエルフの耳を隠している。顔を隠している相手には当然の反応か。
「こいつはオレの連れだよ。フードを外すのは諸事情ってことで勘弁してくれ。けどこう見えてオレと並ぶ魔法の使い手だから安心してくれていいぜ。おい、なんか適当に見せてやれ」
ルドルフが『何か面白い話して』に通じる無茶ぶりをしてきた。
つーか、並ぶってなんだよ。ちゃっかりプライド覗かせてるんじゃねーよ。
だがしかし、どうするべきか。ここで怪しまれるわけにはいかないから、何かしらすべきだとは思うのだが……。
俺が判断に迷っていると、
「いや、別に構わんよ。魔法の使い手なら恐らく身分のある人間なのだろうからな。ルドルフ君の知り合いなら試すような真似をするのは無礼だろう」
ルドルフは随分と領主に信用されているようだった。やはり家柄や階級というものはわかりやすい身分証明になるのだな。
「そんでおっさん、オレに使いを寄越そうとしていたって何か用でもあったのか? また相談したいことでも?」
「いや、実は君に会いたいというお客様が来ているんだ。ルドルフ君が町に滞在していると知ってぜひ会わせてほしいと頼まれてね」
ルドルフは自分よりも年配の領主に対してタメ口全開だった。
領主もそれを気にした様子はない。これはつまりルドルフの実家のほうが格上だということになるのか。
権力とはすごいな。年長者を相手にしても容易く立場が入れ替わる。人間の世の中って世知辛い。やっぱりトラックがナンバーワンだ。
領主に案内されて通された部屋で待っていたのは御令嬢だった。
そりゃ領主の家に来てくれと言っていたんだから彼女がいないわけがないよな。正体がバレないように気をつけないと。
柔らかそうなソファに腰かけた彼女の脇にはゴリラな隊長と女騎士が控えていた。左右を固めてしっかり主を守護する万全の布陣。
あれ、イケメンのデリック君は……? ひょっとして一人寂しく屋外の見回りとかさせられているのだろうか。
「お前はテックアートの……なぜここにッ!」
部屋に入るとルドルフは御令嬢を指さしながら一歩下がって叫んだ。
「あら、ルドルフさん。こんなに早くお会いできるとは思いませんでしたわ」
どうやら御令嬢とルドルフが知り合いのようだった。
どういう繋がりなのだろう。正直驚いた。人の輪というものは意外なところで重なり合っているものよなぁ。
「お、お前まさかオレを連れ帰るためにわざわざこんなところまで来たのか!? ……帰らねえぞ、オレは戻らねえからな!」
さっきまで威風堂々としていたルドルフが脂汗を掻いて動揺していた。
一方で御令嬢は優雅な微笑みを崩していない。
「このたわけッ! お前のようなうつけを探すためにお嬢様がこんなところまで来るか! 自惚れるな!」
女騎士が横から激烈に怒鳴った。主である御令嬢よりもルドルフに手厳しかった。
つーか、こんなところって。そこを治めてるおっさんが目の前にいるんだから少しは気を遣ってやれよ。
領主のおっさん、心を守るために遠い目をして必死に聞かなかったことにしてるぞ。
「まあまあ。エヴィ、そんなに大きな声を出さずともいいじゃないですか」
御令嬢は柔和な言葉で女騎士を嗜める。そしてそのままルドルフのほうに向き直り、
「ルドルフさんのことは道中で見つけたらついでに頼むとあなたのお父様に言われただけですよ。本来の目的は別にありますのでご安心ください」
「こ、このオレ様がついでだとぉ……?」
「プッ」
「笑ってんじゃねえよ!」
思わず噴き出してしまった俺にルドルフが肩パンを入れてくる。当然俺は痛くもかゆくもない。ルドルフが無駄に拳を痛めただけであった。
学習をしない男である。
「それで、あの……あなたは……」
御令嬢が遠慮がちに呟いて俺に目線を寄越してきた。
うむ、俺が何者かということだな。手筈通り、不本意だがルドルフの友人という設定で行くとしよう。
「ええと、俺は――」
…………!?
よく見ると御令嬢陣営の視線が俺に一斉に集まっていた。なんか無言ですごい見られていた。三人ともすごいこっちを見ていた。
誰しもが『なにやってんのこいつ……』という感じの目をしていた。
……これ、明らかに正体ばれてるよね。言っていいのか迷っている雰囲気だもん。
そりゃフードでちょっと顔と耳が隠れたくらいならわかるよなぁ。
まったくもって、御令嬢たちへの対策を忘れていた。領主にエルフだとバレなければいいとだけ考えていたが迂闊だった。
なぜ御令嬢の名前を出さずにルドルフと一緒に来たのか。どうしてこんな時間まで訪れなかったのか。
向こうさんからすれば不審極まりない展開のオンパレードである。
グレン、愚かなり。やってしまった。どうしよう。
「初めまして! 僕はルドルフ君のお友達のブラックタイガーといいます!」
何も聞き出せていないまま領主に正体を知られるわけにはいかない。
誤魔化すため俺は咄嗟にトラック時代の旧名を名乗った。屈辱を堪えてルドルフの友人であると詐称した。
彼女が領主とグルでなければ乗ってくれるはずだ。俺が種族と素性をこの場で公開されたくない事情があるのだと。
グルじゃなくても悟ってくれなかったらアウトだけど。
「えっ、ルドルフさんの……? そうですか……。ならば初めましてですね。ブラックタイガー様」
御令嬢は俺の意図を読み取って茶番に付き合ってくれた。ほっと一安心。見た目に相当する聡明な頭脳だ。
ルドルフとの関係について驚いていたようなので後に訂正を入れないといけないな。俺の沽券にかかわることだ。
「ところで領主様、大切なご相談があると言っておりましたが、彼らも一緒でよろしいので?」
御令嬢が領主に訊ねる。ふむ、領主が大事な話を始めようとしていたところに俺たちが来訪してしまったのか。
「まあ、構わないでしょう。……ルドルフ君も実際に見ればまた違う意見をだしてくれるかもしれんしな」
意見とはなんのことだろう。独り言のようにつけたした言葉に俺含め、ルドルフや御令嬢も疑問符を浮かべる。
「ジンジャー、こっちへおいで」
領主が手を叩くと部屋の隅に控えていた一人のメイドが前に出てきた。メイドの首には奴隷の証である首輪が嵌められていた。
メイドが頭に被っていたヴェールを脱ぐ。
領主以外の全員がハッと息を呑んだ。
ふわふわな亜麻色のロングヘアー。陶器のようにきめ細かい白い肌。
――そして種族の特徴を司る尖った耳。
メイドはフランス人形を彷彿とさせる可愛らしい容貌をしたエルフだった。
領主に促されたメイドは無言で会釈をする。
俺はそいつの顔に見覚えがあった。だが、そいつは俺と視線が合ってもまるで動じることはなかった。
大きなブルーの瞳は感情を失ったように光をなくしていた。
一体どんな目に合えばこんな人形みたいな空虚な表情をするようになるのだ。
「……知ってるやつか?」
俺の反応を見てルドルフがひっそりと訊ねてきた。
「ああ……」
名はジンジャー。俺より一つ歳上で一年経っても里に戻ってこなかった近所のエルフだ。
てっきり人間界が気に入って戻ってこないと思っていたのに。そうであってほしいと思っていたのに……。
なぜジンジャーがメイド服を着せられているのだ。あんなヒラヒラで異様に短いスカートを履かされているのだ。
カチューシャなんかをつけているのだ。
男に媚びを売るような姿で挨拶なんぞさせられて……。
気持ち悪い。果てしなく気持ち悪かった。鳥肌が立つ。見てはいけないものを見てしまった嫌悪感で吐き気を覚える。
「エルフの奴隷ですか……」
御令嬢は渋い顔でそう呟いた。俺の反応を気にしているようにも思える。
「まるで精緻な人形のように美しいでしょう? 出入りの商人に見せられて一目で気に入って購入したのですよ。ほら、ジンジャー。挨拶をしなさい」
「『………………』」
「……もしかすると、彼女は喋ることができないのですか?」
御令嬢は一言も発さずに無表情でお辞儀をしたエルフのメイドに疑念を抱いたのか眉を顰める。
「如何にも。奴隷商によって設定された首輪の制限でしてね。契約の絶対条件として提示されたものです。感情表現にも一部規制がかけられています。なんでも呪文の詠唱を防ぐために必要な措置だとか。エルフは高位の術を操る者が多いからそのためでしょうな」
「……なるほど。ところで領主様はこちらのエルフをどこの商人からお買いになられたのでしょう?」
御令嬢がちょうど俺の気になっていたことを訊ねてくれた。しかしなぜ彼女がそれを知りたがる? もしや彼女もエルフの奴隷を……。
「おや、レグル嬢もエルフの奴隷に興味がおありですか? エルフの奴隷はその希少性から社交の場でも話の種になりますからな。」
「その商会の名は何と申しますの?」
御令嬢は愛想よく答える領主を受け流すように淡々と返す。
あまり奴隷に興味があるようには見えないのだが……。人は見た目によらないということなのか?
「『ヴィースマン商会』とか、あの男は名乗っておりました。市場に出回ることが少ない種族の奴隷を数多く揃えているそうで、なかなかのやり手だと思いますよ」
「知らない名ですね……。どこの街に店を構えているのでしょう? 貴重な種族を多く揃えていながら貴族に名が知れていないのは不思議ですね」
「それが店舗を持たない流れの商人のようでして。気まぐれで訪れた先でしか取り引きを行わないそうなので知名度がないのはそのせいでしょう。せっかくですから、次にやって来た時にはレグル嬢のことをお話しておきますよ」
「それはありがたいお話ですね」
「……そこでひとつ、お話があるのですが――」
領主は下種な笑いを浮かべて揉み手をしていた。御令嬢に取り入る口上が上手くいったと喜びを露わにしているようだった。
こちらからするとあまり御令嬢の感触が良いようには見えないんだが。まあそんなことはどうでもいい。
それより、もう我慢の限界だった。こんなエルフをアクセサリー感覚で語る会話を聞き続けるのは無理だ。
仲間が目の前で虐げられているのを見過ごすのは耐えられない。
――ミシミシィ!!
――バキベキベキィッ!!!!
「「「「!?」」」」
気が付くと俺は床の板を踏み砕いていた。
割れた床板から片足を引き抜くと、部屋にいた全員の視線が俺に集まっていた。
ああ、久しぶりにキレちまったよ……。
これほどの怒りはご主人に交際を断られた会社の同僚が腹いせに俺の車体に鼻くそを擦りつけてきた時以来だぜ。
「ヒュー。やるねぇ」
ルドルフが口笛を吹いてはやし立てる。うるさい黙ってろ。
女騎士とゴリラな隊長は敵意こそ見せなかったものの、さり気なく御令嬢を囲って警戒を見せる。
「君は一体何者だ……ッ!?」
領主は俺の行動に目を白黒させていた。俺はそんな領主のおっさんを睨みながら詰め寄っていく。
「おっさん。今すぐにジンジャーを解放しろ。さもなければ、あんたをこの場で轢くことになるぞ」
「ひ、轢く?」
領主は恐怖に震え、ルドルフに視線を向けた。
「ルドルフ君。彼は何を言っているんだ? 君の友達だろう!? 早く止めてくれ!」
「ハハッ、オレがこいつを止める? 馬鹿言うなよ。今の状況でこいつに手出しするメリットがねえよ」
「そ、そんな……」
領主はこの世の終わりを迎えたような顔になった。この場面で伸ばした手を笑いながら振り払われるとか軽く人間不信になりそうだ。
しかしルドルフが介入してこないのは助かる。
俺だってヤツとは二度と戦いたくない。何をしでかすかわからない輩と争うのはデンジャラスだからな。
「レ、レグル嬢! 騎士に私を守るよう命じてくれ! このままでは殺される!」
ルドルフに見放された領主は藁をも掴む必死さで御令嬢に助けを求める。
失礼な奴だ。殺すわけがないだろ。おっかないことを言うな。従順になる程度に痛めつけるだけだぞ。
「…………」
領主から救いを求められた御令嬢は瞑想するように目を閉じたまま微動だにしない。
ゴリラな隊長も女騎士も仕える主からの命令がないため動く気配はなかった。
どういうつもりか知らないが俺の邪魔をする気はないらしい。彼女たちとも、ルドルフとは違う意味で戦いたくなかったから安心した。
部屋にいる誰も助けに入らないと理解した領主は額に脂汗を滲ませ焦燥する。
「そうだ、落ち着こうじゃないか。むむっ、わかったぞ! ひょっとしたら君もエルフの奴隷が欲しいのかね? しかしだ、奴隷というのは奪い取るのではなく財産と地位を得て自らの力で手に入れるべきものであってだね――」
領主が何やら偉そうに語っている。不愉快極まりないな。無理やり奴隷にしたエルフを買ったくせに厚顔な男め。
「この俺がエルフの奴隷を欲しがってるとは笑えない冗談を言うやつだな」
俺はフードを脱いで傲慢な領主に素顔を――尖った耳を――晒した。
「なっ、赤い髪のエルフ……!? レグル嬢の話していた招待客と同じ特徴……!?」
やはり領主に話が通っていたか。フードを被ってきて正解だったな。
「俺がエルフとわかったならジンジャーを解放しろといった理由もわかるな?」
「ふんっ、同族を助ける義憤にかられたということか。しかし私は正当な手順を踏んでジンジャーと契約したのだ。いくら同種族だろうと、とやかく言われる筋合いはない」
何が正当か。手順か。ふざけるのも大概にしろ。そう怒鳴ってやりたかったが、ここには討論をするために来たのではない。
「御託はいいんだよ。解放するのかしないのか。さっさと答えろ」
俺は拳をパキパキ鳴らして脅しつける。この怯えっぷりならあと一押しで折れるはずだ――と思っていたのだが、
「解放はできない!」
領主は目に力を込め、ハッキリとした口調でそう言い放った。
なぜそこで強気になる!? さも道理の通った言葉であるかのような開き直り。一瞬向こうが正しいと錯覚してしまったぞ。
「……あまりやりたくないが、痛い目を見てもらうしかないようだな」
マジでこういうのはやりたくないんだけど。早くビビって解放を宣言してくれよ。なんならお漏らししていいから。ちゃんと清掃まで受け持ってあげるから。
「拷問をするならすればいい。それでも私の意思は変わらん。さあ、やってみるがいい!」
「……お前は本気で救えない輩らしい」
領主の意固地さには呆れるしかない。
なんでこの場面で意地を張るんだよ。誇りみたいなのちらつかせてるんだよ。俺が悪人みたいな空気をだすんじゃない。
御令嬢陣営は見て見ぬフリ、ルドルフは他人事で面白おかしく見物するのみ。
誰もこの愚かな領主を守ろうとしない。誰も止める者はいない。……はずだった。
「ジンジャー? お前どうして……」
唯一、俺の前に立ちはだかったのは奴隷の首輪を嵌められた美貌のエルフだった。
領主を庇い、両腕を拡げて立ち塞がる同朋。俺はただ驚くしかない。
「『…………』」
感情のこもらない能面が首を左右に振る。領主に手を出すことは認めないと、そう俺に強く主張していた。
なぜだ? なぜジンジャーが身を挺して領主を守ろうとする? 自分を奴隷として囲う中年貴族のため立ち上がる?
「そこをどいてくれ、ジンジャー。そうしなければお前を解放できない」
「『…………』」
ジンジャーは変わらず首を振るだけ。どくつもりは皆無のようだった。
そういえば聞いたことがある。犯罪被害者が犯人と長時間過ごすと犯人に対して同情や好意を抱く事例があると。
「ジンジャーよ、お前の忠義に感謝するぞ……」
庇われている領主がふざけたことを抜かした。何を感慨深そうに語ってやがる。俺が睨むと領主のおっさんは速攻で目を逸らした。情けないおっさんだ。
「ジンジャー、どうしてもそいつを庇うのか?」
「『…………』」
首を縦に振って頷くメイドエルフ。その意思は確固たるもののようだった。参ったな。これでは話が進まない。
奴隷の首輪で忠誠心を植え付けられているのかもしれない。だが、仲間を力づくで押し退けるのは躊躇われる。
「仕方ありませんね……」
俺が行き詰っていると御令嬢が見かねたように立ち上がった。
何を言い出すつもりなのだろう。俺が彼女の次の言動に注意を向けていると、
「ここまで極まってしまえば致し方ありません。わたくしがこの町を訪れた本当の目的をお話しするほかないでしょう」
「ほ、本来の目的……!?」
領主が目を剥いて恐れの対象を俺から御令嬢に変更させる。本当に人間というのは肩書きに弱い。どこの世界でも代わり映えしない法則である。
「わたくしは父上の命を受け、ここ数年で不自然に増加したエルフの奴隷の出元を調査するためにニッサンの町を訪れたのです」
「テ、テックアート伯爵の命で……!? 領地経営の見識を深める勉強にいらしたのではなかったのですか!?」」
「お嬢様がこんな規模の町へ学びに来るわけがないだろう。よく考えればわかることだ」
「こ、こんな……!?」
女騎士が容赦ない物言いはグッサリと領主に突き刺さっていた。おう、もうちょっと言い方を考えてやろうぜ……。町に罪はないんだからさ。
「……町の規模は置いておくとして」
御令嬢は咳払いをして話を進める。女騎士の言葉を否定しなかったところに彼女の本音が見えた気がした。
「グレン様、申し訳ありませんでした。万が一のことがあってはならないと安全な場所を提供するつもりで招待をしたのですが、まさか領主が加担していたとは……」
「善意のつもりだったんだろ? それだけわかれば十分だよ」
そもそも俺は危険性を承知で乗り込んできたのだから御令嬢が謝る必要などない。それでもこうして礼儀を尽くすのだから、彼女はきっといい人間なのだろう。
「そういってもらえると幸いです」
御令嬢の心底済まなさそうな顔を見て俺は頷く。これで合点がいった。御令嬢が奴隷商人に興味を示していたのは領主から情報を引き出すためだったのだ。
「……さあ、領主様。洗いざらい吐いてもらいましょうか。あなたの知っていることをすべて!」
御令嬢がビシィと指をさして領主に自白を促す。ええ……もっとこう、手練手管に絡めとる感じで追い詰めていくべきじゃないのか。せっかく焦ってるんだから。
「わ、私は知らん! 何も知らんぞ! 私はただ奴隷を流れの商人から買っただけだ!」
ほら。やっぱり、見苦しく抵抗を継続し始めたぞ。御令嬢は予想外の抵抗のように目を丸くしていた。
「お、多くのエルフ奴隷がこの町を経由して各地へ出回っているのは確認しているのです! 知らぬ存ぜぬは通りませんよ!」
「ハッ、この町からエルフの奴隷が? ありもしない言いがかりをつけるのはやめて頂きたいものですな!」
「とぼけないでください! こうやって現に奴隷を囲っているあなたが関知していないだなんて白々しいにもほどがありますよ!」
「私は連中がどういうやつらかなんて知らなかったんだ! よい商人を見つけたから紹介しようとしただけなのに、とんだ侮辱だ!」
「ぐぬぬ……この期に及んで言い逃れをするなんて!」
睨み合う領主と御令嬢。これでは先ほどと組み合わせが変わっただけである。
……失礼だが彼女には少々、駆け引きのスキルが足りていないのではないか。裏表のない狡猾さの欠片もない人間性には好感が持てるけれど。
満を持して目論みを明かしたのに御令嬢の立ち回りが下手すぎて完全に機を逃した感じだった。
どう収集をつけるんだ、これ……。
「まあまあ、ちょっと落ち着こうぜ。お二人さんよ」
泥沼になりつつあった状況にルドルフが割り込んだ。何をするつもりだ。こいつのやらかすことがまともなことだとは思えない。
「このまま知った知らないで水掛け論を交わしていても埒が明かないだろ。一向に話が進む気配が見えねえ。オレはそんなつまらない引き延ばし展開が嫌いなんだ」
「お前の好き嫌いはどうでもいいんだが……」
俺のジト目をスルーしてルドルフは続ける。
「だから知っているやつにゲロってもらおうぜ。そこのエルフの奴隷ならいろいろと知ってるんじゃねえか?」
「……ジンジャーには制限がかかっている。首輪の術式を変えない限り何も話すことはできんよ」
領主はつまらない提案だと吐き捨てた。俺もそう思う。そもそも、その首輪を外すか外さないかで揉めているのに。
「なら外せばいいだろ」
「「「「「!?」」」」」
俺含め、部屋にいた誰もがルドルフの発言に目を剥く。
「ル、ルドルフ君! 君が言ったんじゃないか、奴隷商の首輪は奴隷商にしか外せないと。それとも君には外せるというのか!?」
「いいや、オレには無理だ。オレは魔道具には詳しくねえし。それは王立魔道学園に引きこもっている
『才媛』の領分だ」
ルドルフは俺の知らない誰かの二つ名を口走り、否定した。
「……君にも解除できないものを誰がするというのだね? それとも君の伝手であの『才媛』に渡りをつけてくれるのかな?」
「あんな根暗を呼ぶまでもねえよ。最初に言っただろ。こいつも魔術が使えるってな」
ルドルフがそう言って指さしたのは俺だった。おい、マジかよ。
「まあ、グレン様はそんなこともできるのですか?」
「ふっ、任せておきな!」
そう答えたのは俺ではない。ルドルフだった。ふざけんな。
次話は半分くらいできているので来週には上げられるよう頑張ります。がんばルビィ!
元魔王のほうもちょくちょく書き進めてます。