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逃走と治療

「どうするよ。お仲間はもう誰も戦えないみたいだが。まだやるかい?」


「当たり前だ。仲間だけに戦わせて、けしかけたオレが何もせず降参なんかできるわけないだろ」


「…………」


 ほう、クズのくせに身内には義理堅いんだな。


 一名ほど戦わずに逃げた仲間もいたようだが……。そこは触れないでおいてやろう。



「〇▲◆*※♢……――」



 たった一人になったルドルフは何やらブツブツと呟きだした。


 見ればやつの頭上には塵が舞い、空気の渦が巻き起こっている。信じられん、こいつ本当にやりやがったぜ!


「ルドルフ、こんな町中で攻撃魔法を使う気なの!? あんたバカなの!?」


 平たいビッチがドン引きしていた。


 町中で魔法をぶっ放そうとするルドルフに心底呆れているようだった。


「うるせえ! お前はオレがこのエルフを圧倒するところを見ていればいいんだよ!」


 平たいビッチを助けに来たのに怒鳴りつけるとか本末転倒になっていませんかね……。目的が俺を倒すことに成り代わってますよ。


 わざわざ助けに来て評価を下げるとか希少なことをしやがる。


 あのチンピラが誰に嫌われようと構わないが、この暴走は阻止しなくてはならない。


 俺は時速六十キロでルドルフの懐に飛び込み、鎖骨付近にトラックストレートをお見舞いしてやった。


 ところが、



「なぬっ!?」



 遠慮なく叩き込んだ俺の拳は見えない何かに弾かれてしまう。


 ルドルフは人間離れしたスピードで接近してきた俺に一瞬だけ慄いた顔を見せたが、攻撃が通らないことを理解するとすぐさま余裕ぶった表情を取り戻した。


「ふ、ふははっ……。バリアの存在にも気が付かないとはなぁ! お前、エルフのくせに魔力探知能力が低すぎるだろっ!? そんな雑魚っぷりでオレに歯向かおうとしてたってのかぁ!? こいつは傑作だぜ!」


 ……実にイキイキしておられる。他者を見下すことで潤うとか相当歪んでるなぁ。


「――――」


 それから何発か連続で殴ってみたがバリアの向こうには届かなかった。その間にもルドルフの作り出す魔力の渦はどんどん拡大していく。


 うろ覚えだが、これは広範囲に渡る風属性の魔法だったはずだ。


 それも結構威力が高いやつ。


 すでに野次馬の何割かは危険を感じて逃げ出しているが、それでもまだそれなりの人数が周囲には残っている。


 屋台を出している商人は魔法の行使を見てから慌てて荷物をまとめているし、このまま術を行使されれば被害は大きめなものになるだろう。



 ドゥルン……ドルゥン……。


 俺は脳内でエンジンを吹かした。


 時間がない。ここは全身を使ったトラックアタックを解禁するしかない。


 これくらい頑丈なバリアを張ってるならきっとミンチにはならないはず。


「ふんっ!」



――パリィィィンッ!



 俺が突撃をかますとガラスの割れたような音が響き、ルドルフを覆っていたバリアが砕け散った。


 ……日本の現代技術が異世界の魔法に勝利した瞬間である。すごいぜ、I○UZU。



「ぐああああああああああっッ!!!!」



 撥ね飛ばされたルドルフは宙を舞い、地面に叩きつけられる。


 やり過ぎてしまっただろうか……。まあ、即死でなければ別に構わんが。


 ゴブリンたちのときよりも若干抑え気味のスピードだったが時間差で死なれても困るし、抵抗してこない程度に回復魔法をかけてやるか。


 俺が回復魔法の用意を始めると、



「くっ……、あばらが二、三本いっちまったか……」



 地面に大の字に倒れていたルドルフが吐血しながらむくりと上体を起こした。



「!?」



 むしろ二、三本で済んだの!? 


 自分で言うのもアレだが、トラックと正面衝突してそれってかなりの軽傷だぞ。


「事前に防御力上昇の魔法をかけていなかったら恐らく即死だったな……。さすがオレ様は天才だ。常に先の先まで読んだ行動をすることができる」


 なんか自画自賛しているのが最高に気持ち悪かった。


 しかし魔法の効力がなければ即死だったのか……。


 あれでもまだ加減が足りていなかったらしい。人間の肉体というものは扱いが難しいな。


「それにしてもお前、なぜあの粉を浴びて魔力が無効化されていない……! この体の硬度は普通じゃねえだろッ」


「別に魔法を使っているわけじゃないからな」


「魔法じゃないだと……? そんな馬鹿なことがあるか! お前は一体何者なんだ!」


 自分の常識外のことを話されて喚き散らすルドルフ。落ち着けよ。先の先まで見通せるんじゃなかったのかよ。


 俺はクールこう返答してやった。



「俺はただのトラック……エルフのグレン。里の掟で外の世界を旅する者だ」



「トラックエルフ……。なるほど、お前は新種のエルフということか……。道理でいろいろ規格外なわけだ」


 ルドルフは空を仰ぎながら意識を失った。


 ……いや、違うから。


 間違えてうっかりトラックって言っちゃっただけだから。


 噛んじゃっただけなんだよ。そこの部分を足し合わせるなよ。


 それに俺はちゃんと道路運送車両法の規格内だからな。


 そうじゃないと販売されないんだからな? おかしなクレームはつけてくれるなよ。


「お兄さんは、トラックエルフ……」


 ほら、さっそく平たいビッチが間違えて覚えやがった。






「ほらほら、どいたどいた! 暴れてるのはどこのどいつだ?」


 ルドルフ一派を撃退し、ようやく本来の目的に行きつけると思った矢先である。


 鎧を装備した衛兵らしき風体の男どもが野次馬を押し退けて道の向こう側からやってくのが視界の先に映った。


 住民から通報があったんだろうな。そりゃあれだけ派手にやってりゃ来るよなぁ。


「またこのクソガキどもか!」


「キメラの目撃情報が出て警備を強化しないといけないのに騒動を起こしやがって!」


「これだから貴族のボンボンは困るんだ!」


 衛兵らは道端で意識を失っているルドルフ一派を見ると口々に不満をぶちまける。


 連中は騒ぎを起こす常連のようだった。


「……おい、確か喧嘩の相手は赤い髪のエルフだって話だったよな?」


「……ああ」


 衛兵たちはそんな会話を交わすと俺に視線を向けてきた。


 まずいぞ。俺の外見的特徴がばっちり伝わっているではないか。


 正直、ここで捕まるのは困る。


 一度拘束されたらどれくらい身動きができなくなるのかわからない。


 ルドルフは権力者の息子らしいし、下手をすればこちらが全部の責任を負わされてあらぬ罪を着せられてしまうかもしれない。


 どうするべきか……。


 物理無双のトラックも司法機関が相手ではまるで無力と化す。


 現代でも道交法の言いなりだったしな。


 罰金に切符。ああ、恐ろしや……。


 俺が衛兵たちにたじろいでいると、そっと何者かに手を握られた。


「お兄さん、こっちだよ」


 俺の手を掴んだのは平たいビッチだった。彼女は俺の手を引いて裏路地まで導いていく。


「お前、どうして……」


「言ったでしょ。お兄さんに付き合ってもらいたいところがあるって。衛兵の知らない裏道を使って逃がしてあげる」


「ふむぅ……」


 他に選択肢のなかった俺は平たいビッチに引っ張られるがまま、裏路地に逃げ込んだ。



=====



 夕焼けが眩しく空をオレンジ色に染めている。衛兵からの追跡を避けて裏路地をぐるぐる巡っているうちに結構な時間が経っていたようだ。


 御令嬢たちもニッサンの町に入った頃だろうか?


 輩に襲われたりゴブリンを倒したり。チンピラから喧嘩を売られたり、喧嘩をしたり、衛兵から逃げ惑ったり……。


 信じられるか? これ、一日で起こった出来事なんだぜ? 


 田舎者のエルフに対する人間界の洗礼はとても厳しいものだった。


 俺じゃなければ確実に詰んでたね。いや、ネタじゃなくてマジでそう思う。






 平たいビッチの先導で俺は舗装されていない地面やひび割れの多く目立った建物が並ぶ町の外れの区域に立ち入っていた。


 商業区域とは異なり、上品に整頓されていない雑多な町並み。


 恐らく、貧民層の暮らす地区に相当するのだろうなと俺は察した。


 通りを歩いていると、サイズの合わない服を着たガキどもが笑い声を上げながら走り抜けていく。


 俺たちが無言であるからガキどもの声が余計に大きく感じた。


「…………」


「…………」


 惰性で繋がれたままの手の平にじんわりと汗がにじんでいる。とっくに衛兵たちの追跡は撒いて平たいビッチに手を引かれる必要はないのだが。


「なぁ、この手さぁ……」


「…………」


 平たいビッチは聞こえないふりをしているのか無反応を貫いて振り返らない。


 まるで俺を絶対に逃がさないために繋ぎ止めているようだった。


 捕まえたカブトムシをカゴに入れておくような、犬にリードをつけるような。そういう思考に不安のある生物と同等の扱いを受けていた。


 放っておいたらどこかへ飛び去ってしまうと思っているのかね。


 どうしてそんなに俺を留めさせておきたいのだろう。このままついて行けば明らかになるのだろうか。


 それが俺にメリットのあることとは思えんが。






「着いたよ」


 繋いでいた手を離し、平たいビッチはとある二階建て家屋の前で立ち止まる。


「ここは?」


「わたしの家」


 頬を強張らせ、唇を固く結ぶ平たいビッチ。


 ……そんな表情をされて、どう対応すればいいのだ。


「何のために俺を自宅に? 夕飯でも御馳走してくれるのか? それとも家族に挨拶とかすればいいの?」


「うん? まあ挨拶はしてくれたほうがいいと思うけど……」


 平たいビッチは意味がわかってないようで、反応は鈍かった。



「家族に挨拶だとッ!? 認めねぇ、そんなことはオレが認めねえぞ!」



 振り返るとそこにやつがいた。


 くすんだ金髪男ルドルフ、本日三度目の推参であった。


 頑固親父みたいなこと言ってやがる。


「またお前か……」


 俺はあまりのしつこさに絶句する。ほとんどストーカーの域だった。


 何が彼をそこまで駆り立てるのか。まったく恐ろしいね。


 ところでこの場合、俺と平たいビッチ、どちらのストーカーに分類されるのだろう。


 審議が待たれる展開である。


「さぁ、第二ラウンドと行こうじゃねえかエルフ野郎。決着をつけようぜ?」


 彼の服装と髪型は若干乱れていた。加えて仲間を伴わない単騎での出没。こいつも力技で逃げ出してきたのか? 


 ギルドに顔が利くこいつなら権力を行使すれば無罪放免にしてもらえそうだが。


 そんな交渉すら惜しいほど焦っていたのか。


 しかし、決着ならもうついたはずなんだがなぁ。


 四対一で挑んでおいて延長戦を所望とか往生際が悪すぎんぜ。


 往生しながら転生先で未だトラックを引きずっている俺が言うのもアレだが。


「ルドルフ、お願いだから今は何もしないで。この人の機嫌を損ねることはやめてよ」 


「リリン、もしかしてお前、こいつにマリサさんを診させるつもりじゃないだろうな?」


「……だったらどうだっていうの?」


「こんな得体の知れないエルフに任せるなんて正気じゃねえよ! 回復魔法ならオレがかけてやるって言ってるだろ!」


 俺の知らない事情について俺が話について行けないまま俺が参入すること前提で討論が進められている。


「この人の回復魔法は次元が違った。ひょっとしたら完治するかもしれない」


「こいつなんかにできるわけがねえだろ! 大体、あの病気は完治なんか――」


「……それ以上は言わないでよ」


「……すまん」


 ふっ、勝手に盛り上がって勝手に気まずくなりおったわ。しょうがない。ここは第三者の俺が間に入ってやろう。


「平たいビッチよ。それでお前は俺に何をさせようというのだ?」


「――ねえ、平たいビッチって何?」


「あっ……」


 うっかり心の中の呼び名で呼んでしまい、気まずい空気の仲間に取り込まれた。






 平たいビッチの本名はリリン。


 彼女の母親は不治の病にかかっていて定期的に回復魔法で症状を緩和しなければ生きていけない身体だった。


 回復魔法は専門の術師に依頼すればそれなりの金額になる。命に関わるとはいえ庶民がいつまでも払いきれるものではない。


 なのでこれまではルドルフが金をとらず無料で回復魔法をかけてやっていたらしい。


 だが結局はその場凌ぎにしかならず、数日おきに具合の悪さはぶり返してしまう。


 完治する見込みもなく苦しみながら生き長らえるのは酷なことではないのかとリリンは思い悩んでいたらしい。


 しかし俺の回復魔法を見て、俺なら病を完治させられるのではと考えて直前の因縁があったにも関わらず接触を図ってきたのだった。


「お願い、都合のいい話だとは思ってる。でも治るならなんでもするから。お金なら後に必ず払うから、たとえどんなことをしても……」


「いいや、金ならオレが出す。もちろん実家の金じゃねえ。ちゃんと新米冒険者から強請って稼いだオレ自身の金でだ」


 リリンの必死さに思うところがあったのかルドルフも方針を一転、喧嘩腰の態度を仕舞い込んで頭を下げてくる。


 いや、強請って稼いだ金はお前の金じゃないだろ! ふざけんなよ!


 酷いジャイアニズムを垣間見た。


「まあ、ギルドのブラックリストから削除してくれるんならやらんこともないが……」


「ありがとう、お兄さん! 大好き!」


「ぐぬぬぬ……」


 俺にしがみついてきたリリンを見て、ルドルフは歯軋りをして睨んできたのだった。






 階段を上って二階の部屋へ立ち入るとベッドに横たわった妙齢の女性がいた。


 女性の目はくぼんでおり、頬は扱けて顔は不健康に青白くなっている。


 一目で病を患っているとわかる風貌。きっとこの女性がリリンの母親だろう。


「……あら、ルドルフ君。いつもありがとう。でも治療はこの前やってもらったばかりじゃなかったかしら?」


 女性はルドルフの姿を見ると弱々しい声でそう言った。


「今日はオレがするんじゃないんだとさ」


「えぇ?」


 ルドルフの言葉に女性は困惑気味の表情を見せる。


「オラ、エルフ野郎。やってみろよ。少しでも変な真似しやがったら背中から火炎魔法をぶち込むからな」


「家が燃えちゃうからやめてね?」


「おう……」


 ルドルフとリリンの不毛なやり取りを背に俺は前に出る。こいつらのパワーバランスってイマイチ掴めねえよなぁ……。


「あなたはエルフなのね?」


 リリンの母親は俺の姿を見ると感慨深そうに呟いた。


 ひょっとしてエルフの知り合いとかいたりしたのかね。


 この母親、だいぶやつれてはいるが人間基準だと結構な美女っぽいし。町に訪れたエルフと過去にチョメチョメしててもおかしくはないな。


 などと腹の内で失礼な推察を行いつつ、


「どうも、お初になります。通りすがりのエルフです」


 適当に挨拶をしてリリンの母親の容態を脳内で分析する。回復ができない器官というと、腎臓とかその辺りかな。


 具合の悪そうな弱々しい表情。不治の病が俺の初級魔法程度でどうにかなるのだろうか。


「おい、大丈夫なのかよ」


 ルドルフが沈黙する俺に不安を感じたのか声をかけてくる。


「まあ見てろや。気合い入れるから」


 気合いを込めれば威力が上がったりするものなのかは不明だが。


「むんっ!」


 どこが悪いのかわからなかった俺はとりあえず腎臓に絞って全力の回復魔法を注ぎ込んでみた。


 これでダメなら原因として考えられる器官に一個ずつ照準を当てていくだけだ。


「あっ……」


 リリンがはっと息を呑む。


「おおっ」


 俺も思わず声を上げる。


 リリンの母親の顔色はみるみるうちによくなっていき、生気がみなぎる顔つきへと変わっていったのだった。


「こ、この反応は……!」


 ルドルフは口を開けて間抜け面を晒して驚いていた。


「嘘……まさか本当に……!?」


 しかしながらリリンは嗚咽を漏らして歓喜していた。なんか知らんが、スゴイ喜んでる。これっていい兆候なの?


「むむむむ?」


 健常者の顔色になったリリンの母親は懐疑的な唸り声を出しながら毛布を跳ね除けて起き上がる。


 両足で立ち、現実であることを確かめるように自分の身体をぺたぺたと撫でる。



「お母さんが立ち上がったァァァアァァァァアァァッ!」


 リリンが歓喜の咆哮を上げた。



 俺は二人に涙ながらに感謝をされたのだった。






 喜びの抱擁を交わし合う母娘を部屋の隅で眺めつつ俺たちは男同士の語らいをしていた。


 していたというか、勝手にルドルフが始めた。


「くそったれが。オレは認めないからな」


 のっけから喧嘩腰で睨みつけられた。


 穏やかじゃないね。カルシウム足りてる? とか適当なことを思っていると、


「だが、リリンのお袋さんを治してくれたのは感謝する。オレはその場凌ぎの延命しかできなかったからな……」


 聞いたところによると、これまでの治療では苦痛と怠さが緩和する程度でここまで回復したことはなかったらしい。


「まだ完治したと決まったわけじゃないと思うが」


「そうだな。経過観察は必要だ。だが、どちらにしてもオレはもうお役御免だろう。仮に一時的でも、あそこまで回復させられるのはきっとお前だけだ」


 彼の表情は少し寂し気だった。


 いやいや、さり気なく俺に引き継がせるみたいな空気出すのやめてくれない? 俺は後続のエルフたちの安全を確保したら全国行脚のドライブに赴くつもりなのだ。


「そうならないように頑張れよ。お前は天才なんだろ?」


「へっ、気軽に言ってくれるぜ。だが、違いねえから困る」


 俺が奮起を促すために煽るとルドルフは鼻を鳴らして笑った。


 よくわからんがやる気を出してくれたみたいでなによりだ。


 しっかり頼むぜ。さすがにここまで関わって放置だと見殺しにしたみたいで後ろ髪をひかれた気になるからな。


「しかし回復魔法に限るとはいえオレ以上の魔法の使い手がいるとは驚いたもんだ」


 ルドルフが人間の中でどれほどの使い手なのかは知らんが、エルフを含めても自分が一番だと考えていた自信は大したものである。


 でも申し訳ないけど多分、他の魔法でも俺のほうが上回ってると思うよ。


 まあ、俺の力はあくまで女神様に貰ったインチキだから偉そうなことは言えないのだが。


 自力で掴んだ力ならギルドでの仕返しも兼ねて目一杯馬鹿にしていたところだ。


「それより、約束は果たしたんだからギルドのブラックリストについては頼むぞ。人里に出てきてまで自給自足とかはしたくないからな」


「しょうがねえな。話はつけといてやるよ。言っとくが、貸しイチだぜ」


 なんでだよ。謎のマッチポンプ理論はやめろ。


 普通にお前らが俺に多額債務状態だろうが。






「まさかエルフが助けてくれるとは思わなかったわ。最近のエルフは人間を毛嫌いしているみたいだったから」


 回復したリリンの母親が改めて礼を言ってきた。


 ハキハキした口調に生気の灯った瞳の色。


 やつれ具合を除けば見違えるようになったな。食事が摂れるようになれば体型も元通りになるだろう。


 改めて自分の回復魔法の威力を思い知った。女神様がくれた才能、正直やばすぎるよな? どう考えてもちょっとどころじゃないと思うんだが。


 女神様、力の加減を間違えたんじゃないの。比較対象がルドルフしかいないので断定はできないけど。


「ルドルフ君もありがとう。今日まであなたが命を繋いでくれたおかげで私はこうしてまた元気に立って歩くことができたわ」


 リリンの母親はつまらなそうに壁にもたれかかっていたルドルフに言った。


「……っす」


 ルドルフは照れ臭そうに頬を掻いて小さく頷く。こいつ、クソチンピラのクセにリリンの母親の前だとやけに大人しいな。


 年上の熟女が好きなのか、それともリリンの母親が実は恐ろしい人物だったりするのか。


 どっちもありえそうな気がする。


「そういえばエルフさんはうちの娘とはどこで知り合ったの?」


 人間関係について考察をしているとリリンの母親は再び俺に視線を向けて訊ねてきた。


「ギルドの酒場ですね」


「ギルドの居酒屋で!? それはまあまあ……!」


 俺が答えるとリリンの母親は満足そうに目尻を下げる。何がそんなに嬉しいのだろうか。


「私も昔、エルフの友人とギルドの酒場で出会ったのよ。フフッ」


 いじらしそうに身をくねらせて熱っぽい顔つきをする人妻。


 十六歳の娘がいる割に若く見えるリリンの母親だが、うら若き少女のような動作を見せるとやはり違和感があった。


 ごめんなさい、鳥肌立ちました。


「…………」


 どうしたもんかと俺が呆けていると、


「そ、そういえばエルフのお兄さんはエルフを襲って無理やり奴隷にする奴隷商人のことを調べてるんだって! お母さん、何か知らない?」


 リリンが唐突に間に割り込んできた。


 なぜここでその話になるのか。そんな会話の流れをぶった切ってするほどお前にとって重要な話ではあるまい?


「エルフを奴隷に……?」


 一方、リリンの母親は初耳だったようで驚きの表情となって口を押さえ、黙り込んだ。


「ごめんね、お母さんがあの話を始めると長いからさ」


 こそこそとすり寄ってきたリリンが小声で耳打ちしてくる。なるほど、母親の長話を阻止するために利用されたのか。


「ちなみにあの話とは?」


「若い頃にエルフの友達と3pしたって話」


「…………」


「リリン、聞こえてるわよ。お母さんの遠い青春の思い出を下品な言い方で脚色しないでちょうだい」


「でも結局は三人でヤッたんでしょ?」


「違うわ。三人で変わらない愛と友情を誓い合ったの」


「だから一緒じゃん。そう思うよね、お兄さん?」


 どっちでもいいし、反応に困るからそういう生々しい話を母娘で俺に振ってくるな……。


 エルフが人間を嫌っているという話について訊ねたかったのだが、蒸し返すことになりそうだしやめとくか。



――ここで訊いておけばと俺が後悔するのはもっと先の話である。






 俺が明日の奴隷商訪問に照準を合わせて切り替えようとしていると、


「お前、エルフを扱う奴隷商を探してるのか? それなら耳よりの話があるぜ」


 空気を読んで空気に徹していたルドルフがタイミングを見計らったように口を開いた。


「耳よりな話? 心当たりでもあるのか?」


 厳密にはエルフを扱う奴隷商ではなく、エルフを襲って奴隷に貶める悪徳奴隷商を探しているなのだが。


「実はエルフの奴隷を多く取り扱ってる奴隷商人が領主の家に出入りしてるみたいでよ」


「……なぜお前がそれを知ってるんだ」


 こいつ、そういえば輩どもと同じ粉を持っていたな。


 まさか俺に罠を仕掛けてきてるんじゃなかろうな。


「領主のおっさんに呼ばれて奴隷の首輪についていろいろ訊かれたんだよ。どうやら最近新しい奴隷を買ったみたいでな。首輪の設定を奴隷商に内密でいじるにはどうすればいいのか、かなり食い気味に訊いてきたぜ」


 こいつは結構なボンボンという話だったっけ。それでいて魔法の才能に優れているのなら領主からそういう相談をされてもおかしくはないか。


「首輪の設定ってなんだ?」


 エルフの里で危機管理のために習った気もする。


 しかしながら今や記憶の遥か彼方である。呪文もそうだが、いろんな知識の抜け落ち具合がやばいという自覚がでてきた。


 こんなに厄介なことに首を突っ込むとは思ってなかったんだよ……。気ままにドライブをするだけの旅で終わると思ってたんだよ……。


 これはどっかで一度勉強し直したほうがいいのかもしれん。魔法に関しても威力の高い呪文とかを覚えておいたほうがいざというときに役立ちそうだし。


「設定ってのは奴隷に対する制限だよ。視力や聴力を封じたり、感情を抑えるようにしたりとかな」


「どうしてそんな制限をかける必要があるんだ? 耳が聞こえなかったり目が見えなかったりしたら満足に働けないじゃないか」


「そりゃ都合の悪いことを見られたり聞かれたりしないようにするためだろ。奴隷を買うのは裕福じゃないとできないからな。立場を守るためにいろいろ黒いことをやってる連中もいるんだよ」


「奴隷商に内密にっていうのはどういうことなんだ? 設定をいじるのは持ち主ができるわけじゃないのか?」


「基本的に術を施すのは奴隷商に雇われてる職人が客に要望を受けて事前に行うもんだ。もちろん設定が変えたくなったら奴隷商に行けば後から変更もできる」


「なら、どうして領主は奴隷商に秘密にしたがってるんだ?」


「そりゃ知らねえよ。でも怪しいだろ? オレも変なことを訊いてくると思ったもんだぜ」


 領主といえばゴブリンの群れから助け出した御令嬢との約束だが、もしルドルフの話が本当なら彼女の誘いは狼の巣に羊を呼び寄せたのと同義だ。


 いや、きっと領主の素性を詳しく知らなかっただけだろう。そう信じたい。


「気になるならオレが領主に渡りをつけてやるよ。あのおっさんには顔が効くんだ。貸しってことにしておいてやるぜ?」


 ルドルフが逡巡する俺にそんな提案を持ちかけてくる。『どうだありがたいだろう?』という態度が透けて見えるのが気に食わない。


 隙あらば俺に貸しを作ってやろうとする精神はなんなんだよ。


「どうしてお前が俺に協力してくれるんだよ。胡散臭すぎて奴隷商と組んで罠にかけようとしてるとしか思えないぞ」


「でっかいもんをぶっ潰すとか、最高にアウトローで格好いいじゃねえか。それに領主のおっさんが黒いことやってんならたくさん強請り取れそうだしな」


 恐らく後者が本音だろう。そうだね、確かに君ってそういうやつだったもんね。


 新米の冒険者を狙って金をむしり取ろうとするクズだったもんね。


「まあ、いっか……」


「決まりだな」


 握手を求めてきたルドルフを俺はスルーした。


 リリンとリリンの母親は吹き出して笑いルドルフは俺の脛を蹴り飛ばした。



 いろいろ遠回りした感じもあるが――今宵、攻め入るは領主邸なり。


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