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チンピラと徒手格闘


「ねー? やっぱりエルフ基準だと、あれくらいの回復魔法は当たり前にできちゃうもんなの?」


 ギルドを出て歩いてしばらく、俺は馴れ馴れしい口調の女に話しかけられていた。


 見ればルドルフ一派にいた女だった。


「にへへへっ」


 ショートカットの茶髪を揺らし、八重歯を見せて少女は笑う。


 こいつ、どの面下げて……。


 なぜ追いかけてきたのか知らんが、こいつらのせいで俺のギルドデビューは最悪なものになったんだが?


 むかつく笑顔だ。


 こいつの属するクラスターを考えるとそういう感情しか沸かない。


「いやぁ、エルフのお兄さんはすごいねぇ。無詠唱であれだけの回復魔法は初めて見たよ」


「…………」


 少女の格好はチューブトップとベストを羽織っただけ。スカートもうっかりすると下着が見えてしまいそうな短さ。


 腹巻みたいな面積の服を着やがって。


 慎ましい女性が多いエルフ里では絶対に見られない破廉恥な軽装である。


「……どうしてついてくるんだよ。仲間のところに帰って酒でも飲んでろよ」


「それでもいいんだけどね? ちょいーっと、お兄さんに個人的な興味が出ちゃってさ。ルドルフと同じくらい……ううん、それ以上の回復魔法なんてそう見ないからさぁ」


 俺の迷惑そうな態度を汲み取らず、少女は軽いノリを崩さない。


 それどころか品定めするような上目遣いで俺を見つめてくる。


 エルフと比べると平べったく感じるが、人間にしては目鼻立ちのハッキリした端正な顔立ちだった。


 きっと人間基準では結構な美人に入るのだろう。エルフ規格では及第点くらい。


 彼女はくすんだ金髪に俺を監視するよう命令されたのか?


 それとも田舎の男をからかってやろうというビッチ精神に基づく行動なのか?


 彼女の腹の内側を推察するが、現時点で真意はまだ推し量れない。


「ルドルフっていうのはあの金髪野郎のことだろ? あのチンピラ、魔法を使えるのか?」


 このまま邪険に追い払ってもいいのだが、今後また連中に絡まれないとも限らない。


 俺は探りを入れて少女からくすんだ金髪についていろいろ聞き出してみることにした。


「ああ見えてルドルフは魔法の才能に関しては相当なもんだよ。おまけにいいところの坊ちゃんだから割と上等な教育を受けてるみたいだね」


「ふーん、あいつが魔法をねぇ……」


 エルフは誰もが当たり前のように魔法が使える。


 だが人間では一部の者に限られていて、魔力の素養があればそれだけで身を立てられるほど貴重な才だと聞かされていた。


 だから、当たり屋のような真似をしているチンピラ紛いのあの男も人間社会では才能あるエリートということになる。


 納得がいかないぜ。


「じゃあ仕込みの仲間の怪我もあいつは魔法で治せたのか?」


「まあ、そういうことだね。慰謝料を請求して後からルドルフが元通りに治療する。いつもの初心者狩りの手口だよ」


 結構搾り取れるんだよ、と悪びれもせず少女は言う。


 隠すこともしないのはいっそ清々しい。はり倒したくなるけどな。


 どうりで仲間の怪我にも動揺が少なかったわけだ。


 その気になればすぐ治せるのだから焦る必要なんかない。


 元の世界にいた当たり屋よりもたちが悪い。本当にくたばればいいのにと思った。


「でもお兄さんはエルフなのにすごい力持ちだよね? 足首をへし折るなんてなかなかできることじゃないよ。あ、それとも身体強化の魔法が得意とか?」


 やたらと積極的に話しかけて絡んでくる少女。


 エルフの男は里の外でモテる法則が発動中なのか?


 いや、だがファーストコンタクト的にその可能性は限りなく低く思えるが……。


「今回は壺を取り落としたお兄さんから弁償代をむしり取るだけの楽な作戦だったのにさ。お兄さんが力持ちだったせいでいつもの作戦に路線変更しなくちゃいけなくなって調整が大変だったんだから」


 そんなん知るかァ!


 この女、ぺらぺらと裏事情を喋ってくるが、包み隠さず語れば帳消しになると思っているのか?


 カラッとした調子で話してくる態度には違和感しか覚えない。悪事を語るときのテンションじゃねえだろこれ……。


 こいつと話しているとモラルが何なのかわからなくなる。思考回路が汚染されていくような気がする。


 エルフの大人たちよ、社会経験ってこういうことだったの?


 もうわけがわからんよ……。


 頭痛がしかけた俺は歩くスピードを上げて少女を引き離すことにした。


 もっといろいろ聞き出してもいいんだが、体調に異変をきたしそうなのでギブアップだ。


「あ、待ってよ、お兄さぁん」


 少女は駆け足で追いついてきて俺の腕を掴む。


 ええい、触れるな。平たい顔のビッチめ! 体つきは平たくないけど。


「お兄さん。このままだとギルドで仕事するの大変なんじゃない? あそこのトップはルドルフの実家にビビってるからだいぶ厳しい感じになると思うよ?」


 手を払いのけようとした俺に平たいビッチは揺さぶるような台詞を放ってくる。


「あたしに付き合ってくれたらルドルフに手打ちにしてあげるよう口利きしてあげてもいいんだけどなぁ?」


「…………」


 この女、人の足元を見るような真似を……。


「お前らは信用ならん」


 俺はペシッと少女の手を叩き落とす。


「えぇ!?」


 悪女だと直感した俺の勘は間違っていなかった。流石だと自分を褒めてやりたい。


「ど、どうして? このまんまじゃお兄さん、まともに働けないよ? わたしの提案に乗ったほうが絶対に得だって――」


「知ったことか」


 損得よりも自分の提案は断られないだろうという彼女の上から目線の態度が気に食わなかった。


 舐め腐った長いものに巻かれる生き方は俺のトラック道には存在しない。


 長いものが巻き付いてくるのなら、どこまでも走り抜けて断ち切るのが真のトラックというものだ。


「いやいや、そんなこと言わずにね? ほら、着いてきてくれたらいいことあるよ?」


 俺が拒絶の意志を明確に示すと少女の余裕に綻びが見え始める。


「いや、ほんと冗談じゃなくて。お願いだから一緒に来てよぉ! なんでもするから! ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからぁ!」


 少女はなりふり構わず腰にしがみついて俺を引き留めようとしてくる。気取っていた態度も形無しだ。


 うーん、この優位な立場からしか強気に出られない小物具合。


 だが俺は歩くことをやめない。これくらいで俺を足止めできると思うてか?


 なんなら引きずったまま何キロだって走り抜けられるぜ? 多分、お前が先に根負けして振り落とされるのが早いぜ?


 俺は縋りつく少女を腰にくっつけたまま町中を闊歩することにした。




 実は誰かを乗せている重量感に過去を思い出して落ち着きと据わりの良さを感じていたのは内緒だ。



=====



「すいません。この町の奴隷商の場所を訊きたいんですけど」


 ギルドで屈辱を味わった俺だったが、気持ちを切り替えて奴隷商について調べることにした。


 適当に声をかけた道行くおっさんに奴隷商の所在地を訊ねてみる。


「奴隷商の場所かい……?」


 声をかけたおっさんは俺と目が合うと視線をスッと下に落とす。そして、


「あんたまさか……」


 おっさんは声を震えさせながら顔をしかめた。なぜだ?


 奴隷の話をストレートに切り出したのがまずかったのかね。


 通りすがりの他人に軽々しく訊ねるには不適当な話題だっただろうか?



「…………」



 おっさんは場所を教えてくれたものの、終始けったいそうな目で俺を見ていた。


 去り際にも『まだ若いっていうのにねぇ……』と表情を曇らせていた。


 理由は知らないが、どうやら彼に悪い印象を与えてしまったようだった。


 まあもう二度と会わない赤の他人だし、気にしない方向で行くとしよう。


 俺はおっさんに訊いた場所に向けて足を踏み出した。





「さっきのおじさんにいろいろ勘違いされちゃったみたいだねぇ?」


 人々とすれ違いながら町中を歩いていると、おかしそうに響く陽気な笑い声がした。


 未だに俺の腰にしがみついている平たいビッチだった。


「勘違いって何の話だ?」


 意味深な台詞の意図を訊ねると、平たいビッチは『別にぃ?』と勿体ぶった態度ではぐらかして笑い声を漏らす。


 しかし、こいつはいつまで付き纏ってくるつもりなんだろう?


 俺に何やら要件があるみたいだったが。


 興味がないのでこちらから訊ねたりはしないけど。


「むぅ……」


 俺が無反応でいると平たいビッチはつまらなそうな声を上げる。


「……お兄さんってさぁ、女慣れしてる感じあるよね。何をしても動じないっていうか、達観してるっていうか。やっぱりエルフってモテモテなの? 人間の女を食いまくってるからそんなに冷静なの?」


「…………」


 平たいビッチは俺が振り落とさないのをいいことに再び調子に乗っていた。


「俺は今朝里を出てきたばかりだ」


「じゃあまだ未使用なんだね」


 こいつの話は下劣なものばかりだった。


 町の人間がこんなやつばかりでないと信じたい。






「エルフのお兄さんは奴隷に興味があるの? 奴隷って高いし、養うのも割と負担になるもんなんだよ?」


 奴隷商の店に向かっている途中、ウエストバッグのようにくっついたままの平たいビッチがまともな忠告してきた。


 見当違いではあるが、こいつもこんなことを言えるんだなと俺は密かに驚嘆した。


「奴隷を買うつもりはないよ。だが、奴隷を扱っている連中には興味がある」


 知り合いが売られていたら買い取ることも考えるが、基本はノータッチでいくつもりだ。


 それよりも黒幕の実態をよく調べて、必要なら残らず轢いておかないといけない。


「奴隷商でバイトでもするの? ノコノコ出向いたら逆に奴隷にされちゃうかもよ?」


「お前の心配は無用だ」


「お兄さんのために言ってあげてるのになぁ」


 ……そういえばこの女、なんて名前なんだろうな。覚える必要なんてないんだけど。


「というか、さっきからそのお兄さんってなんだよ。そんなに年は変わらんだろ。むしろお前のほうが年上じゃないのか?」


「えー? そんなわけないじゃん。わたし、十六歳だよ?」


 何気なく年齢の話を振ると平たいビッチはケタケタ笑い飛ばして言った。


 普通に年上です。本当にありがとうございました。


「俺は十五歳なんだが」


「えっ、年下!? エルフって外見と実年齢が伴わない種族って聞いてたんだけど!?」


「十五歳の時は普通に十五歳だよ。人間と違って年を重ねて行けば乖離していくけどな」


 見た目と年齢が釣り合わないのはエルフの成長が人と比べて遅いわけではなく、若い期間が長いだけのこと。


 ただ、精神の老成は人間よりも緩やからしいが。


 見た目に引っ張られてそうなるのかどうかは知らない。


「うっわー。じゃあ三十年後はわたしだけおばさんになってるのか。嫌だなぁ……」


 ため息をついて陰鬱そうに呟く平たいビッチ。


「心配するな。その頃には俺とお前は無関係になっているから比べることもない」


「随分冷たい反応をするんだね?」


「…………」


 なぜそういう対応をとられるのか、胸に手を当てて自分たちがしたことを思い出してみろと言いたくなった。



=====



 商店が並んで賑わっている町の中心地に奴隷商の店はあった。


 大通りに面した良好な立地。清潔感のある外装とオシャレな看板。


 奴隷を売っているというからもっとジメジメした佇まいを想像していたのだが、遠目に見れば意識の高いカッフェのようにしか見えない。


 荒くれ者がたむろしていたギルドより、よほど品のよさそうな落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「こんなに堂々と店を構えているとは……」


「奴隷商は金持ちを相手にしてるから儲かってるんだよ。奴隷を買うのは基本的に貴族とか成り上がりの商人とか、生活に余裕のある連中だからね。外装も綺麗でしょ? 店が汚いと文句を言う客も多いから気を遣ってるんだよ」


「なるほどね……。ところで貴族はエルフの奴隷を欲しがったりするものか? エルフは貴族に高値で売れると聞いたんだが」


「えっ! お兄さん、まさか身売りするつもり? ギルドでブラックリストに載ったからって自棄になったらダメだよ?」


「おい、ちょっと待て。ブラックリストに載ったってマジかよ」


 聞き捨てならないことを聞いた俺はすぐさま問いただす。


「うん、お兄さんが出て行った後に偉い人たちが話してた」


 平たいビッチはあっけらかんとした調子でのたまうのだった。


「…………」


 おいおい、ちょっと面倒なやつと思われたくらいだと考えていたのに。


 ブラックリストってなんだよ……。


 俺がショックを受けて黙り込んでいると平たいビッチは背中をポンポンと叩いてきた。


「困ってるなら相談に乗るよ?」


「いや、原因はお前らだろ?」


 マッチポンプで善人アピールしてくるんじゃないよ。


「……参考までに訊くけど、お前らは平気なの?」


「ルドルフがついてるからね」


「不公平だ……」


 あのクソ金髪、何が慰謝料だ。こっちが請求してやりたいわ。






「で、身売りじゃないならどうしてお兄さんはエルフの価値を訊いてきたの?」


 平たいビッチは話題を露骨に戻してきた。


 きっと自分に責任が向けられるのを避けるためだろうな。こいつは本当に……。


 まあいい。その気になればギルド以外でも働き口はある。多分、いやきっと。


 俺は前向きに考えて目前の問題と向き合うことにした。


「この町に来る途中で俺を襲ってきた連中がそういうことを言ってたんだよ。どうやらそいつらは奴隷商の下請けでエルフを狩りに来ていたみたいでな」


 俺は里の出口付近で張り込んでいた輩どもの話を掻い摘んで説明した。


 なぜ平たいビッチに説明したのかはわからない。


 ひょっとしたら短時間とはいえ乗せて運んだことで情が沸いてしまったのかもしれない。


「――というわけで、俺は大本の奴隷商を突き止めてこれ以上の犠牲者を出さないようにしたいと考えている」


「その奴隷商がこの店なの?」


「それを調べるために来たんだ」


 俺はそう答え、ドアノブに手をかけた。そしてノブを捻った瞬間――



「オラオラオラァッ! やっと見つけたぞ、この赤髪エルフ野郎!」



 やたらと巻き舌の入った威勢のいい怒声が往来の彼方から響いてきた。


 振り返り、その声の正体を確かめる。


「……ちっ、しつこいやつらだな」


 くすんだ金髪の一派がそこにいた。


 一方的に絡んできた挙句、俺の社会的地位を貶めたくせにこれ以上何を奪おうというのか。


 ひい、ふ、み、よ――数は全部で五人。


 俺を転ばせようとしてきたスキンヘッドと眼帯の男が同行している辺り、完全に開き直ってやがる……。


「ル、ルドルフ? なんであんたらがここにいるの!?」


 呆れる俺の一方で、平たいビッチは慄きの声を上げていた。


 くすんだ金髪の男、そういえばルドルフって名前だったっけ。


 俺と一緒にいるビッチを見て、ルドルフは鋭い目つきで舌打ちをする。


 あぁ、これは怒ってる感じかもしれんね。ご愁傷さまである。他人事のようにそう思いながら平たいビッチの冥福を祈っていると、



「リリン、お前はそいつに騙されているんだ! 目を覚ませ!」



 ルドルフは失礼千万なことをのたまってきたのだった。


 おい待て。俺が加害者みたいな言いがかりはやめろ。どうしてそうなる。



「お前が急に出て行った後、ギルドにきた連中から聞いたんだよ。お前がエルフ野郎に抱き着いて奴隷商の店に向かったのを見たって……! お前がなんでもするってエルフ野郎に縋りついていたって……」


 まるで俺が平たいビッチを引っ掛けてお持ち帰りしたみたいな言いぐさだ。


 確かに説明に嘘はないけど、事実でもないぞ。いや、事実だけどあっていない?


 ええい、ややこしい! 言葉って難しい。


「あのね、ルドルフ? なんか勘違いしているみたいだけど……」


 平たいビッチも困惑気味である。


 というか、そもそもお前は本当に何の用があって俺に付き纏ってきたんだ?


 この諸悪の根源め。とっとと失せやがれってんだ。



「そいつに何を吹き込まれたか知らねえが考え直せ!」

「自分を大事にしろ!」

「そんなやつのために身を売ろうなんて考えたらだめだ!」

「女を奴隷に売り払おうとするやつなんてロクなやつじゃないぞ!」



 口々に騒ぎ出すスキンヘッド、眼帯、その他二名のチンピラ。


 自分たちの性根の悪さを棚に上げて大したこと言う。


 連中は俺が平たいビッチを誑し込み、奴隷商に売り飛ばして私腹を肥やそうする悪漢だと誤解しているようだった。


 日頃から下種な考えをしているからそういう被害妄想を浮かべるのだ。


 少しは清廉な心を持てと言いたい。



『え? 男のエルフが人間の女の子を上手く騙して売ろうとしてるの?』

『きっとあの甘いマスクで適当なことを言って引っ掛けたのね』

『女性を食い物にして稼ぐなんて卑劣な男! 引っかかるほうもアレだけどねぇ……』



「!?」



 気が付くと、殺伐とした空気を感じ取って野次馬となった通行人たちがあらぬ誤解を事実と認識して囁き始めていた。


 あれっ? ひょっとして道を訊ねたおっさんにされた勘違いというのもこういうやつだったのか?



 ヒソヒソヒソ……。



 現在進行形で汚名が着せられていく。


 

 まさか……ここまでがこいつらの作戦だったというのか!?


  ちらっと平たいビッチのほうを向いて様子を窺うと、


「落ち着いてよ、ルドルフ! 町中で恥ずかしいじゃない!」


 平たいビッチは顔を赤くしながら叫んでいた。


 ……この反応なら少なくとも彼女は仕込みではなさそうだ。


「まったく困ったもんだぜ……」


 本来ならここで俺たちが争う理由はなく、平たいビッチに帰ってもらえば済む話だ。


 しかしながら一度思い込みにハマった人間というのは凝り固まった考えを解きほぐすのにある程度時間を要する。


 実際、ルドルフはビッチの台詞なんぞちっとも耳に入っていない様子だった。


 他五名のチンピラも棍棒やナイフ、短剣など構えて臨戦態勢に入っている。

 


「わたしそんな尻軽じゃないからね!? そこまで馬鹿じゃないからね!?」

「わかってるぞ、リリン。今からそいつをブッ飛ばしてお前の目を覚まさせてやる」



 …………。


 チンピラどものやり取りを聞いていると不毛とはこのことかと実感できる。


 一生懸命に否定すればするほど彼らには平たいビッチが俺にゾッコンになっているように映るのだ。


 平たいビッチのほうから声をかけてきたのに悪評を立てられて喧嘩を売られるとか、迷惑以外の何物でもなかった。


 こっちは早く奴隷商に探りを入れたいんだがなぁ。


 このチンピラどもは俺の行動を阻むために存在しているのか?


 そういう目的のために何者かが因果的なものに干渉してこいつらを操っているのか?


 度重なる妨害行為に俺は陰謀論まで想像するようになっていた。ヤバい。


「エルフ野郎よぉ、どうした? この人数差でビビってんのかぁ!?」


「…………」


 ルドルフの挑発にぐっと堪えて冷静に現状を分析する。


 まず人数差は問題にならない。


 もっとたくさんの輩やゴブリンとオークの群れを相手に余裕で勝てた俺である。


 だが、ここが町中である以上、即死の可能性があるトラックアタックは使えない。


 逃げ出そうにも野次馬に囲まれているので、逃げ切れるだけのスピードを出して万が一通行人とぶつかれば大怪我をさせてしまう。


 ここにきてトラック並みの身体が仇になるとは……。まあ仕方ない。


 あまり徒手格闘は得意ではないのだが。


 俺は覚悟を決めて連中と戦う選択肢をとることにした。


「危ないからいい加減降りろよ」


「あっ……うん」


 俺が言うと、平たいビッチはようやく離れてくれた。


 この密着度がルドルフの誤解に拍車をかけたんだよなぁ……。もっと早めに降ろさせるべきだった。


「…………」


 さて、身体は軽くなったが、清々しさは感じなかった。


 やはり誰かを乗せている状態が俺にとって一番安らぎを覚えるのかもしれんな。


 平たいビッチでこれなら本当に尽くすべき主人に出会えたらもっと素晴らしい気持ちになれるのだろう。未来の希望に胸が膨らむね。


「さてと」


 俺は気合を入れ直し、チンピラどもと向かい合った。





「エルフの分際で人間様を奴隷に売ろうとするなんざ百年早いんだよ!」


 まずはスキンヘッドが叫びながらメリケンサックのようなものを右拳に嵌めて一人で突っ込んできた。


 これだけの人数差があってなぜ単独で飛び込んでくるのか。


 理解に苦しむね。ペチペチっとスキンヘッドの腕を平手で叩き落とした俺は懐に潜り込んで無防備に晒された顎にストレートパンチを掠らせる。


「へっ、こんなものが……。ん、ンっ……!?」


 脳震盪を起こしたスキンヘッドはガクガク足を震えさせながらふらつく。


 そして、どすんと音を立てて地面に倒れ込んだ。


 よし、ピクピク痙攣しているが死んではいないな。上手い具合に加減できたようだ。


 適当に跳ね飛ばすのと違って力をセーブするのは難しいが、この程度の相手ならどうにかなるだろう。


「なっ、シルバが擦っただけのパンチ一発で沈んだだと……」


「おいおい、一体どんな魔法を使ったってんだよ!?」


 チンピラたちの反応からシルバというスキンヘッドはやつらのなかでも実力者に類していたようだ。


 いける、これなら遺恨を残さない程度の暴力で場を納められるぞ。


「魔法じゃねえ。今のはただのストレートパンチ……そう『トラックストレート』だ」


 フッ。決まった。


 とりあえず適当な台詞でビビらせておく。俺の技名公開にポカンとするチンピラども。


「とらっくすとれぃ……?」


「ちゃんと喋れよ!」


「わけわかんねーぞ!」


 反応が輩たちとほとんど一緒だった。小物は皆、同じロジックで動いているのかねぇ?


「騒ぐなよ、お前ら。みっともねえぞ」


 そんな中、ルドルフがフッと息を吐いて仲間たちを諫めた。どことなくキメてる感じがうざかった。


「要するにそいつがその魔術の名前ってことだろ? 違うかエルフ?」


「……違うんだけど」


 ドヤ顔で語ってもらって悪いが、魔術じゃないし。ただの技名なんだよなぁ。


 気分が盛り上がるからつけてるだけ。


「…………」


「プッ」


「!?」


 俺に否定されて固まっていたルドルフを見て、平たいビッチが吹き出した。


 うわぁ……。きっついなぁ……。


「あっ、ゴメン。そういうんじゃないからね? アハハ……」


 取り繕ってももう遅い。ルドルフは青筋を額に浮かべてキレていた。


「もう許さねえぞ、このクソエルフ野郎……」


 ……なぜか俺に向かって。まったく、面倒なことばかり運んでくる女だよなぁ!?


「はなはだ不本意な怒りの買い方だが、許しを請うつもりは最初からねえよ。つべこべ言わず、かかってこいや!」


 ヤケクソになった俺はチンピラどもを挑発した。


 やつらは顎への打撃の有用さを理解していなかった。


 これなら無防備にしている急所へ的確に一撃を打ち込めば最低限のダメージで戦闘不能にできるはず。


「アンディ! 例のアレを使っていいぞ!」


「マジか? あいよっ!」


 ルドルフの指示で眼帯の男と二人のチンピラが武器を携えて向かってくる。


 命令を下したルドルフ本人はなぜか腕組みをしたまま動こうとしない。


 やつは魔法の使い手らしいし、遠距離魔法でも放つつもりだろうか。


 こんな町中で魔法を使うとか正気の沙汰とは思えんが。


 しかし、こいつらなら平気でやりかねない。そういう危うさがあった。


「おらぁ! 食らいやがれ!」


 眼帯男が懐から巾着のような袋を取り出して中のものをばら撒いた。


 銀色の粉がさらさらと宙に漂う。


「!?」


 砂か? 目潰しを狙ってきやがったのか?


 俺は咄嗟に目元を庇って眼球に粉末が入ることを防ぐ。


「ふははは! こいつぁ魔力無効化の粉だ! これでご自慢の身体強化は使えねえぜ!」


 チンピラBが高笑いをして棍棒を振り下ろしてきた。


 ……なんだ、輩どもの秘密兵器と同じじゃねえか。


 この粉は人間の社会では一般的に使用されているものなのかね。


 流通経路や入手が限定的なブツなら輩どもを差し向けていた奴隷商を絞る手掛かりになりそうだが。


 可能なら後で締め上げて吐かせよう。


「むんっ!」


 そんな考察をしつつ俺はチンピラBの棍棒を腕で防ぎ、お留守になっていたチンピラBの足を踏みつけてやった。


「ぎぃやぁ――ッ!?」


 男は潰れた足の甲を押さえて地面に転がりのたうつ。


 あとでルドルフに治してもらいな。よし、あと二人。


「ざけんな!」


 俺の太ももに短刀を突き立てようとしてきた眼帯にはヘッドバットを食らわせてやる。


 ナイフでの攻撃? そんなもん弾き返してやったわ。トラックの装甲舐めんなよ?


 ちょっと掠り傷は負ったけど。


「ふ……くっ……」


 鋼の頭突きを食らった眼帯は白目で泡を吹き、その場に沈んだ。


「ひぃ……化け物!」


 チンピラAは俺が近寄ると腰を抜かして地面にへたり込む。



 じょわじょわじょわぁ……



 またかよ……。


 チンピラAは恐怖で小水を漏らしていた。地面に広がるスプラッシュウォーター。


 いい加減にしてくれ。これで何回目だ。


 俺は今日一日であと何回人間の失禁を目撃しないといけないんだ……。


「うわあああああああっ」


 見るに堪えず、視線を逸らしているとチンピラAは四つん這いのままカサコソと戦わずして逃げていった。


 汚いものは見なかったことにしよう。



「さて、お前一人だけになったな?」


「ぐぬぬ……」


 一人安全地帯から静観していたルドルフは悔しそうに顔を歪めた。


 やったぜ、その表情。これは飯が美味い。


トラックエルフ必殺技辞典vol.3【トラックストレート】

全身でぶつかるトラックアタックと違い、拳にトラックの力を圧縮して放つ小型版のトラックアタック。

ただし『最大出力が低い』『拳程度の大きさしかないので大勢を相手にするには不向き』など、小回りが利くぶん全体的な破壊力はダウンする。

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