少年と祝福
「ぐあああああぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁっ!」
仕事を成し遂げ満足していた俺の耳に断末魔のような叫びが響いてきた。
何事だ……!? 声の聞こえたほうに振り向く。
そこにはデリック君がフードを被った一人の輩に顔面を掴まれている光景があった。
くっ、しまった!
まだ轢き残しがいたのか!
「く、くそぉおぉぉ! デ、デリックゥゥゥウウゥゥゥゥッ――――ッ!!!!」
エヴァンジェリンが悲痛に叫んでいる。
デリック君はまたやられてしまったんだな……。
彼はいつもボロボロにされているような気がする。
彼はそういう星の下に生まれているのだろうか?
「やれやれ、僕は念のため同行しただけなのに。トラブルに遭遇するなんて想定外だよ。面倒なことはしたくない主義なんだけどなぁ……」
フードの輩はダルそうに溜息を吐きながらデリック君をポイッと地面に投げ捨てた。
投げ捨てられたデリック君はよほど重傷なのかピクリとも動かない。
「捕獲係や街の担当者が行方不明になった地域だから紛れて様子を見に来たけど……まさかこんなチートエルフと鉢合わせることになるなんてね?」
この輩、ローブで顔を隠しているが背の低さや声の高さ的に結構若いぞ。
多分、十代前半くらい?
だが、さっきまで相手をしていた輩どもとは明らかに放っているオーラが違う。
「君は何者なのかな? 魔法封じの粉も効いてなかったし、ちょっと気になるよね?」
輩はバサッとフードを脱いだ。
いや、あっさり脱ぐんかーい! というのは置いといて。
フードの下に隠れていたのは日本人を懐かしく思わせる黒髪黒目の少年フェイス。
エルフ基準でも悪くないと思える整った顔立ちだった。
「ねえ、あの連中は腕利きで鳴らしてたゴロツキ集団だったんだよ? それをあっさり蹴散らしてくれちゃってさ。代わりのコマを用意するのが大変じゃないか。一体、誰が手配すると思っているんだい?」
少年の輩はおどけたようにわざとらしく肩を竦める。
こいつはどこまで奴隷商の中枢に関わっているのだろう……?
話しぶりから察するにゴロツキ連中を管理する側の人間っぽいが。
テックアート家の騎士として潜り込んでいたダイアンと同等クラスなのか?
あるいはそれ以上の立場にいるのか?
とにかく、こいつを逃がさないために会話を続けなくては。
「俺も旅立ちの日に襲われたからな。幼馴染みや仲間を守るためにはしょうがないだろ」
「襲われた……? それなのになんで君は自由にフラフラしているのかな?」
少年は訝しそうに眉根を寄せ、そしてハッと何かに思い至った表情になった。
「もしかして、ここの捕獲を任せていた連中が行方不明になったのは……!」
「やつら、今頃は森の栄養か動物の血肉になってるんじゃないかな?」
俺は輩どもの亡骸を投げ捨てた辺りをチラ見しながら少年に言った。
「なん……だと……!」
少年は口をパクパクさせ――
「ふっざけんなよッ! あいつらはゴロツキの割にはキッチリした仕事する連中だったのに! 今日のやつらなんて、エルフが森を出てくるのはどうせ時間がかかるからゆっくり行けばいいとかいい加減なことのたまってやがったんだぞ! 万が一を考えろよって! 実際、今日は予定よりも早くエルフが出てきてたから危うく取り逃がすとこだったし! エルフが森から出てくるタイミングに間に合わなかったどうするつもりだったんだってーの!」
なんか、めちゃくちゃ早口で怒りだした。
というか、やっぱり俺の時の輩どもは勤務態度良好な連中だったのね。
今回のシルフィより速いペースで森を抜けた俺を余裕で待ち構えてたし。
「ひょっとして、ニッサンの店を任せてた連中が消えたのもお前がやったのか?」
少年の輩はギロリと俺を睨んでくる。
おやおや、さっきまで君とか言ってたのにお前呼ばわりになりましたよ。
口調も何か荒くなってるし。
カマトトぶった態度も感情的になったら取り繕っていられないようだ。
ところでニッサンの店の連中って森に放置されてた馬車の持ち主たちのこと?
だったら、奴隷や馬車だけ残してどこに行ったのか、むしろ俺が聞きたいくらいだが。
「そういえばそこの馬車に隠れてるのは貴族令嬢みたいだったけど……。もしかして連絡が途絶えたシミラーに暗殺を命じてたテックアート家の令嬢か?」
少年がレグル嬢のいる馬車を見つめる。
シミラー?
知らない名前が出てきた。
「シミラーというのは何者だ? お嬢様を狙っていたのは当家の騎士だったダイアンだぞ?」
エヴァンジェリンがずいっと出てきて少年に言う。
「ダイアン? あれ? 暗殺は防いだけど、あいつの能力は暴けないまま終わった感じ?」
「能力……?」
ポカンとするエヴァンジェリン。
俺も首を傾げる。
「シミラーは自分をいろんな姿や状態に騙して見せることができるんだよ。だから、ターゲットの身近な人間に成りすまして人気がないところで始末しようって作戦だったんだけど……。ん? これ言わないほうがよかったやつ?」
いっけねーと舌を出す少年。
口の軽いやつだ。
こちらとしては情報が手に入るので助かるけど。
「じゃあ、本物のダイアンは裏切り者などではなかったのか……? あのときのダイアンは偽物だったのか……?」
「ま、そうなるんじゃない。でも、本物の行方を訊いてこないってことは本物の死体は見つかっちゃってるのかな? シミラーのやつ処理を適当にやったんだな」
少年はケタケタと笑った。
それはエヴァンジェリンたちを嘲るような笑い方だった。
「おのれ……その気色悪い笑いをやめろッ! 事実を知ったからにはダイアンの仇を討たせてもらうぞ!」
エヴァンジェリンがブワっと殺気を放って剣を少年に向ける。
すると、
「は? 今、気色悪いって言った?」
黒髪の少年は笑うのを止めて真顔になった。
◇◇◇◇◇
「……だけっ……に……ったのに……んだよ……」
少年がブツブツ言っているが聞こえない。
「グレン殿、やつは一体どうしたのだ……?」
「さあ……?」
エヴァンジェリンに剣を向けられてから少年の様子がおかしくなった。
俺はエルフの耳をそばだててメッチャよく聞いてみる。
「こんだけイケメンに生まれ変わったのに……どこがキモいってんだよ……! ウザいな、思い通りにいかないの。ああ、胸糞悪い、こういう展開は本当にイライラする……」
少年は爪を噛みながら激しい貧乏揺すりを始めた。
どうやら、エヴァンジェリンの言葉は彼の心にある地雷を踏んでしまったらしい。
この少年、顔の美醜に関して何らかのトラウマがあるのだろうか?
ひとしきヤベー挙動を見せた後、少年はこちらを見て、
「ま、こっちの世界じゃウザいやつはぶっ殺してやればいいんだけどね?」
ニチャァと歪んだ笑みを浮かべた。
ふーん、全体のパーツが整ってても中身がアレだと顔って気持ち悪く見えるんだな。
「ふふ、僕のチートで軽く捻ってあげるよ。自分を強いと勘違いしてる現地人を圧倒的な力でプチッと潰してやるのってスゴく楽しいんだよね……」
そう言って、気色の悪い内面を映し出すかのような表情で倒錯した趣味を公言してきた少年は――
どんっ!
「ふぎゃっ」
俺に撥ねられて宙を舞った。
俺は彼の言葉に引っかかりを覚えていた。
こっちの世界とか、生まれ変わったとか……。
まるで異世界から転生してきたかのような言い草ではないか。
まあ、それはそれとして。
レグル嬢やシルフィもいるから、安全確保のために先んじて轢いてみたわけだが。
「ぐ……ふっ……。くそっ……! いきなり体当たりとかありえないでしょ! なんなんだよこの意味不明な物理魔法は!」
辛うじて死なない程度になるよう強く撥ねたつもりだったのになぁ。
少年は悪態を吐きながら普通に起き上がった。
思ったより頑丈である。
「お前、ムカつくからマジ殺す!」
完全にブチギレてますね。
これは激戦になるかもしれん。
「でも、今日は痛いから帰る! 覚えてろ!」
「…………」
帰るんかーい。
諦め早いな!
「負けるかもしれないと思ったからじゃないからな! そこを勘違いするなよ!」
フワフワ浮かび上がりながら捨て台詞を吐く少年。
こいつ、空飛べたのか、ずるいぞっ!
逃がしてなるものか。
「次に会ったときは見せてやるからさ、女神様に与えられた本当のチートってやつを。記憶を完全に引き継げなかった出来損ないのシミラーと違って僕は本物の選ばれし者だからね」
ちょっと待て、女神様だと?
どういう意味だ? こいつ、女神様を知っているのか?
まさかこいつも俺と同じように女神様の手によって……?
「お前は――」
「ああ、君は知る必要のないことだよ。すべては選ばれた存在である僕たちだけが知っていればいいことだから」
「おい、待ちやがれ!」
魔法で撃ち落としてやろうと思ったが、魔法が使えなくなる粉の影響で俺は何もすることができなかった。
くそ、こんなところで初めて粉の効力を実感することになろうとは!
「行っちまったか……」
「くっ……ダイアンの仇を取れなかった……」
結局、少年が豆粒大の大きさになって空の彼方に消えていくのを俺とエヴァンジェリンは指を咥えて見送るしかなかった。
◇◇◇◇◇
その後。
町からやってきたニッサン領主の騎士たちに輩どもを預けて連行してもらう。
ジンジャーやレグル嬢たちは予定通りエルフの里と話し合いをするため森へ向かった。
デリック君も治療をしたので復活して同行していったよ。
残ったのは俺と意識を取り戻したシルフィーの二人。
「じゃ、俺たちは王都に行くとするか」
「え? 王都に行くの? ニッサンって町に行くんじゃ?」
「俺は人間の魔法学校で情報収集の途中なんだよ。今はそっちに住んでるんだ。魔法も教えてもらえるしな」
俺がそう説明をすると、シルフィーはきょとんと首を傾げる。
「人間の学校? なんで人間なんかに魔法を教わってるわけ?」
そりゃ里で授業を真面目に聞いてなかったからさ。
正直に言ってもよかったが、再会したばかりで恥をさらすのは躊躇われた。
「その学校にさっきのやつらの協力者がいるらしくてさ。レグル嬢のツテを頼って転入させてもらっていろいろ探ってるんだ」
「ふーん、そうなんだ。ねえ、それってわたしも一緒に行っていいの?」
「ああ、できれば一緒にいてほしい。ああいうエルフを狙う組織がある以上、どこで何があるかわからないだろ? 自由に旅をさせてやれないのは申し訳ないけど……」
あいつらのことが解決するまでは危険があるとわかっておきながら別行動はさせたくない。
「そっか、わたしが心配なんだ。一緒にいてほしいんだ……」
シルフィーはなんかニヤニヤしている。
これは了承ということでいいのかな。
「じゃあ、ほら」
俺は背中を見せて親指でクイクイッと乗るように示した。
「えっ……ここでするの? うん、そうね。わかったわ……ちょっと待ってね……」
シルフィがどこか覚悟を決めたような口振りで答えた。
いや、ただ背中に乗るだけだぞ……?
そんな大げさなことなんて――
「ジョウオウサマとお呼びッ!」
スッパーンッ!!!!
「アイテーッ!」
俺は幼馴染みに背後から鞭で思い切り叩かれた。
なぜだ!? というか、鞭って意外と痛いのな。
鋼の装甲を突き抜けて魂へ直にダメージが響いてくる感覚。
ディーゼル君も、こんなのを何回も食らったなら恨んでくるのも無理ないかもしれん。
それが逆恨みだったとしても。
俺が無知でした……。
鞭だけに、なんてね?
謎に鞭でぶっ叩かれる事件もあったが、なんやかんやで王都ヴェルファイアに着いた。
俺のスピードにかかれば夕刻前に戻るなんて余裕のよっちゃんよ。
「は、早いわね……。グレンの足が速いのは知ってたけど、まさかここまでだったなんて。しかもわたしを担いで……」
シルフィがげっそりとやつれた表情で言った。
エルフの中でも特級の美貌にも疲れの色が滲んでいた。
初心者には早すぎる走行速度だったかな。
「そういやシルフィ、ようやく乗ってくれたな」
「え?」
シルフィーがピンと来てなさそうな表情で反応する。
「ほら、子どもの頃に一回きりで、それ以降は誘っても怒って拒否されただろ? お前を連れて街道を走ることができて俺は嬉しいよ」
ドライブに誘ってなぜかブチギレられてビンタされたのは今でも意味不明だが。
あのときは彼女もまだ子どもだったということなのだろう。
生まれたときからの幼馴染みを乗せてトラックできたのは感慨深い。
「そりゃあのときはつい驚いて断っちゃったけど……これでもあんたの趣味についていけるように頑張ったんだから」
…………?
車酔いをしないように三半規管を鍛えたということだろうか?
やはり彼女がドライブを拒絶していたのは酔うのが恥ずかしかったからっぽいな。
「これからも鞭の秘技をバシバシ披露してあげるからね」
俺はトラックであって馬ではないのだが……。
謎な発言すぎる。
何やら噛み合わない気もするが、シルフィーが恥じらいながら真摯な感情のこもった面持ちで告げていたので俺は野暮なことを言うのを控えたのだった。
寮に辿り着き、シルフィーを部屋に案内。
彼女には使われていない客間をあてがうことにした。
従者用の部屋はメイドさんとリュキアがそれぞれ使ってるからね。
貴族も使うリッチな寮にシルフィーは困惑しつつも興味深そうにキョロキョロとしていた。
森の奥のエルフ生活からいきなり貴族スタイルの暮らしは感性バグっちゃいそうだな。
夜。
ベッドで眠りについたはずの俺は気がつけばなんかキラキラした白い壁の部屋にいた。
ここは……。
『おお、トラックよ……』
目の前にはブロンドの髪をした白衣の美女が佇んでいる。
美女の背には後光が後光が指していて神々しかった。照明係、頑張ってんなぁ。
ちなみにここがどこかはわかっている。
二回目だからね。
「女神様、お久しぶりですね。一体どうされたんですか?」
久々の女神様との対面だった。
今回の俺は魂だけのふわふわした感じではなく、しっかりと身体があると実感できる状態だ。
エルフの肉体がそのまま呼び寄せられたようであった。
『本来ならこうやって連絡を取るようなことはしないつもりでした……。ですが、あなたの誤解を解き、連携を取るためには必要であると判断して特例でお話をさせて頂くことにしました。こちらの不手際で申し訳ありません』
会うなり、女神様はとてつもなく落ち込んだ表情で頭を下げてきた。
「誤解とは?」
突然言われても何のことかわからなかった俺は即座に訊ねる。
『あなたが対峙した転生者の少年のことです。彼は嘘を言っているわけではないのですが、彼の認識は事実とは異なっているのです』
転生者の少年……。
「ああ、あいつですか。なんか女神様から力をもらってこの世界に来たって言ってましたね」
やっぱあいつは転生した人間だったのか。
俺の体当たりを受けても痛そうにしてるだけで普通に立ち上がってたし。
普通じゃないとは思ってた。
「事実じゃないのに嘘は言ってないってのがよくわかんないですけど」
『私は彼のような人間を送ってなどいないのです。ですが、どうやら私が関知していないのに私の権限を無断で使い、女神の名を騙って複数の地球人に埒外な力を授けてそちらの世界に転生させた者がいるようなのです』
つまり、あの少年は女神に転生させてもらったと思っているが、実際のところ女神様は何もしていないと?
女神様は俺があの面倒そうなやつを自分が送り込んだと認識しているのを訂正しておきたかったということか。
「女神の名前を騙って……そんなことができるんですか?」
『普通はできません。ですが、非常に巧妙な手口を使って不正を働かれてしまった可能性があります。印鑑を机に置きっぱなしだったのは多分関係ないと思うんですが……』
いや、それめっちゃ自分でも心当たりあるやつじゃん!
女神様もそれだと思ってるんじゃない?
現実見ようよ。
「女神様の業界もハンコ使ってるんですね」
『ええ、まあそうですね……昔から続いている慣習でして、なぜか近頃は印鑑の押す角度にマナーがあるとか言い出す輩もいていろいろ面倒です』
神様の世界でも根強く定着して生き残るハンコ文化のしぶとさに俺は畏敬の念を覚えた。
AI運転の技術が進展しても、トラックと運転手の絆も同じように続いて欲しいものだ。
「事情はわかりました。じゃあ、ヴィースマン商会の連中が女神様とか言ってても気にしないようにしておきます。なんなら女神様は身に覚えがないってことを教えてやりますよ」
けど、女神様の言葉通りなら複数あんな感じのやつがいることになる……。
ダイアンに扮していたやつもそうだったのかな?
変身能力だったり、トラックの俺に轢かれても平気だったりするやつらが何人も送り込まれて悪事を働いてるのは普通に環境破壊もいいところだ。
『あの、あと、女神を騙った者はあなたのことを始末するように自分の息のかかった転生者たちに命じているようなのでそこも気をつけて下さい』
「はえ? なんでそんなことに……」
何もしてないのになんで嫌われてるのよ俺。
『その世界で彼らを明らかに凌ぐ力を持つのは私が特別な祝福を授けたあなたくらいしかいませんから……。女神の名前を騙った者は、自分が送り込んだ人間に対抗しうるあなたが邪魔と感じているのではないでしょうか?』
なるほど。
自分の肝いりの転生者が俺と対峙する可能性を危惧して、あらかじめ指示を出して総掛かりで潰すように命じているのか。
『本来なら強い力を持たせて転生させるのは力を悪用して世界を混乱させない、あなたのような素晴らしい心持ちの魂に限っているのです。特に私はチートと呼ばれるような力を持たせる者をより絞る方針でした』
絞った末に選んだのがトラックの俺でよかったのか女神様。
『しかし、不正を働いた者はエゴや劣等感の塊のような、力を持たせたらいけない人間たちをあえて選別して強力な特典を与えた疑惑があります』
「なんたってそんなことをしてんですかね? 不正な手口を使ってまで人格破綻者を異世界に送り込むメリットがまったくわかりませんけど」
『それは当事者を炙り出さないことには正確なことは……ただ、私の管理する世界を掻き乱そうとしていることは確かだと思います』
女神様は悔しそうに唇を歪める。
『最近、若い男性の転生希望者が多かったこともあって発覚するのが遅れてしまったんです。多忙なタイミングで巧妙に紛れ込ませていたため、内部の事情を知る者の犯行だという目星はついているのですが。なかなか絞りきることが難しくて……印鑑も世界を担当するようになってから数千年、使ったらしまっていたのに近頃はつい――』
そういえば最初のときに地球からの転生者が多くて枠がどうのこうのって言ってたな。
だから俺はエルフになったわけだが。
異世界転生を希望する男が増えた理由みたいなのって何かあるんだろうか。
何かのブームがあったり?
女神様の業界からしたら面倒な時代なのかもしれない。
『彼らに授けられた祝福の痕跡を辿れば近いうちに誰が私の印鑑を悪用……じゃなかった。何らかの不正な手段を使って転生者を導いた者が誰かを見つけることができると思います。実行犯がわかればこちらも介入できますので、それまでどうかそちらの世界で暗躍する彼らの横暴を押さえ込んで頂けませんか?』
女神様は俺に犯人捜しするまでの時間稼ぎを依頼してるようだ。
祝福の痕跡ってDNA検査みたいな感じなのかな。
『今、そちらの世界で頼れるのは私が祝福を授けたあなたくらいなのです。転生して穏やかな日々を送ってほしかったのに我々のせいで手を煩わせてしまうのは心苦しいのですが……』
「まあ、俺も今の世界がめちゃくちゃにされるのは困るんで会ったらとっちめておきますよ。同族になったエルフも被害に遭ってますしね」
俺が了承すると、女神様はホッとしたように相好を崩した。
『助かります……それでなのですが、少しでもあなたの助けになるよう、今回は特例で他の世界を担当している友人の女神にも祝福を授けて貰うことにしました』
特例で面会し、特例で祝福をマシてもらう。
特例祭りだなぁ……。
「ありがとうございます?」
よくわかんないけど、俺は礼を言っておく。
『では来て下さい』
女神様が何もない白い壁の一角に語りかける。
すると――
『あ、どもども、ご紹介に預かりました女神の友人の別な女神です』
頭部付近でチョップするような動作をしながら、真っ白な空間を割って水色のショートカットの女性が出てきた。
彼女も白い服を着ていて、やはり後光が眩しい。
女神様と合わせてダブル後光である。
もう一人の女神様はダウナーな感じで『やれやれ』と肩を回す。
そして、
『じゃあ、えーっと、精一杯の祝福を重ねておきますね。あなたの第二の人生が素晴らしいものになりますようにっと』
ちょっと適当な流し作業ぽい感じで俺に両の手をかざしてそう言った。
これ、ほんとに精一杯?
目が覚めた。
そこは変わらず学園の寮の一室だった。
カーテンの隙間からは明るく光が射しており、すでに朝になっていることが窺える。
チュンチュンと鳥のさえずる音も聞こえていた。
あれは……夢だったのか……?
俺はベッドの上でむくりと上体を起こし、身体の感覚を確かめるように両手をにぎにぎ。
女神様からの祝福ってどんな効果があるんだろう。
ラッセルとの決闘で精霊が攻撃してこないってことくらいはわかるけど。
まあ、でも、もらっておいて損なことはないはずだよね。




