子爵家と民族競技
【前回までのあらすじ】
前世がトラックであるエルフのグレンは同族のエルフを捕まえている奴隷商人の協力者を探すため、テックアート家の援助で王立魔道学園に潜入した。
なんやかんやあってグレンは鼻がデカい貴族生徒のラッセルと決闘をすることになり、勝利して、学園に筋トレを流行らせることに成功した。
ラッセルとの決闘に勝利し、無事に筋トレを広めることに成功した俺は魔道学園にきた本来の理由を思い出して焦っていた。
やべえよ……やべえよ……。
学園にいる奴隷商人の関係者を探すためにここへ潜入したというのに。
テックアート家に学費や生活費を出してもらって得られた成果が学園に筋トレを流行らせただけとかダメだろこれ。
どうしてこうなった?
一体、いつから筋トレを普及させることがメインになっていた?
どうしよう、ディオス氏やレグル嬢に顔向けできねえぞ……。
くっ、運転手にハンドルを委ねず自らの意思だけで行動を制御するのは難しいな。
知的生命体として生きるにはトラック時代には無用だった精神面でのドライブテクニックが相当に求められている気がする。
のほほんと生きていても支障がなかったエルフ里では顕在化しなかった魂の性質上の問題点が人間社会に出てきたことで浮き彫りになった気がした。
兎にも角にも――
今は遊んでいた時間を挽回しなければ。
ここはメイドさんにアドバイスを求めるとしよう。
彼女なら何か打開策を教えてくれるに違いない。
◇◇◇◇◇
「挽回ですか……? 神童、寵児、才媛の御三方をまとめ上げて学園最大の派閥を作ることもできましたし、グレン様は順調に成果を得ていると判断してよろしいのでは?」
メイドさんに相談すると、なんかポジティブな答えが返ってきた。
「え……? そう……なの?」
確かにラルキエリやラッセルと知り合いになったことで『成り行きで人脈の広い人物とお近づきになる』という初日に立てた目標(さっきまで忘れてたけど)はクリアできていた。
でも、派閥ってなんだろう。そんなもん作ったか?
ふむふむ……?
どうやらメイドさんの話によると、
俺とラルキエリ、筋トレ理論に参加していた平民生徒たち、協力をしていたエルーシャやルドルフがもともとひとつの勢力だと思われていたらしい。
そこに決闘で敗れたラッセル一派が軍門に下り、さらに筋トレ理論に興味を持ちながらもラッセルや教師の目を気にして躊躇っていた生徒たちが加わって学園を統一する最大派閥が生まれた――と対外的には認識されているそうなのだ。そんで派閥の中心核と見做されているのがラルキエリ、ルドルフ、ラッセル、そして俺なんだと。
いや、あいつらはもとから有名人っぽかったから理解できるけど……。
どうして俺まで?
「グレン様は決闘で圧倒的な実力を学園中の者に示しましたし、御三方にも一目置かれてますし、彼らが交流を持つようになったきっかけともいえますから。そういう評価になるのは妥当なことかと」
そういうものなの?
俺としては筋トレ布教にラルキエリが賛同して乗っかってきて、ルドルフが面白半分に手伝ってきて、ラッセルが仲間を連れて参加してきて。
いつの間にか周囲がワイワイしてきたなぁ……程度の感覚だったんだけど。
それが派閥扱いになるのか。人間の価値観はようわからんです。
「じゃあ、俺の今までの行動って無駄じゃなかったということでいいのか?」
「そうですね、学園での地位や人脈を形成するための下準備をしていたとするなら、現状のグレン様は無事基盤作りに成功したと言えるでしょう」
「そ、そうなのか……!」
メイドさんに言われ、俺は少しずつポジティブな気持ちを取り戻してきた。
そういうふうに言われるとなんかそんな気がしてきたぞ。
ざわついていた心が嘘のように穏やかになってくる。
まるで心の回復魔法だ! これがプロフェッショナルメイドの力……!
「最後に確認するけど、俺は何も成果を得てないわけじゃないんだな?」
「はい」
「進捗ゼロではない?」
「ないと思います」
「そうか……」
「物は言いようですけどね……」(ボソッ)
「…………」
最後にメイドさんの本音的なものが小さく聞こえた気もしたがポジティブになった俺はもう気にしない。
考えてみれば学園の生徒や教師と交流なしに有益な情報など得られるはずがなかったのだ。
これまでの行動は人間関係の構築に必要なことだったのだ!
俺は無意味に遊んでいたわけじゃなかったんだ! ……と、思っておくことにした。
◇◇◇◇◇
-テックアート家-
グレンに付けたメイドからの報告書を読みながら、テックアート家の当主、ディオス・テックアートは感嘆の声を漏らしていた。
「本人は肉体派だと言っていたが、やはり知性溢れるエルフ族だね……」
「お父様、どうされたのです?」
「ああ、レグルか。これを見てみなよ。どうやらグレン君が学園でとんでもないことを成し遂げたようだよ」
「グレン様が……ですか?」
ディオスから報告書を受け取ったレグルはそこに書かれている内容に目を通す。
すると、やはり父親であるディオスと同じく驚嘆した。
「これは……本当に驚きですね。エルーシャ様やラルキエリ様だけでなく、あのラッセル様まで篭絡してしまうとは……。短期間で学園の中心人物を揃って掌握するなんて――」
レグルはグレンに貴族を取り込むような駆け引きができるのか甚だ疑問だったが、彼につけたメイドからの報告にはハッキリとグレンの成果が書き綴られている。
「我々の前では刹那的な行動ばかりしているように見せかけて、腹の内では謀略知略を巡らせていたんだろうね。ここに書いてある経緯だけ見ると単調に見えるが、それだけで曲者と名高いこの面子の心を掴めるはずがない」
現場でグレンの振る舞いを見ていないディオス氏はエルフが持つ知的なイメージの補正によってメイドが記していない裏側でグレンが高度な駆け引きを行なったのだろうと深読みした。
実際は書かれた通りそのまんまの行き当たりばったりなのだが……。
「なるほど、グレン様には政治の才能まであったのですね……」
レグルはグレンが学園に行くと言ったとき、奔放な彼がプライドの高い貴族の子弟たちの神経を逆撫でしてトラブルを起こすのではないかと懸念していた。
だが、それはまったくの杞憂だったらしい。
むしろグレンは貴族の子弟たちをあっという間に懐柔して学園の中心に君臨してしまった。
レグルはグレンを見くびっていた自分の愚かさを恥ずかしく思った。
実際は行き当たりばったりの偶然なのに。
「ですが、潜入調査でここまで目立ってしまってよいのでしょうか?」
「うーん。きっとグレン君にも考えがあるんだよ。そうでなければ全校生徒の前で決闘までやったりはしないだろう」
「それもそうですね……あのグレン様ですし、そういう派手なやり方で作戦があるのかもしれませんね」
ここでも発動するエルフ補正。
実際は行き当たりばったりのアレなのに。
「グレン様は同族の方々のために頑張っていらっしゃる。彼が手掛かりを掴んだとき、すぐさま力になれるようにしておかないと。そうすれば、わたくしだって――」
レグルは表情を引き締め、己の決意を強くするのだった。
◇◇◇◇◇
俺は馬車に揺られて王都の街を走っていた。
なぜかって? それは俺がとある貴族の屋敷に呼ばれたからである。
「いやーごめんね、ついてきてもらっちゃって。お爺様がグレンっちにどうしても会いたいっていうからさ……もぐもぐ……」
対面の座席に座るエルーシャ・ニゴーが干した肉を食べながら言った。
俺が呼ばれた貴族とは、彼女の祖父であるニゴー子爵だった。
「別に会うのは構わんが、どうしてお前の爺さんは俺に会いたいと思ったんだろう」
「んー? なんかね、お爺様、この間の決闘を見にきてたらしいんだよね。それでグレンっちに興味が湧いたとか言ってたよ」
「この前の決闘? ラッセル一派とのやつか? あれを見にきてたのか」
「お爺様は強い人が大好きだから、グレンっちを間近に見てビビッときたんじゃないかな」
そういえばエルーシャのニゴー家は武闘派の貴族なんだっけ。
だったらそういうこともあるのか?
ニゴー子爵は一体どんな人なのだろう。
興味を持ったら即座に招待してくる辺り、アグレッシブな性格っぽいのは窺えるけど。
これまで会ってきた貴族の当主はもれなく何かしらの変態だったから、今回も多分変態なんじゃないかと思っている。
◇◇◇◇◇
ニゴー家の屋敷に着いた。
テックアート伯爵家ほどではないが、やはり貴族の家だけあって結構な大きさである。
ちなみに門番のマッスル具合はテックアート家より上だった。
さすが武闘派貴族といったところか。
「待っておったぞ! グレン君だな! よくぞ来てくれた!」
馬車から降りると、左目に眼帯をつけた角刈りの爺さんが立っていた。
その爺さんはとてもマッチョだった。
はち切れんばかりの筋肉が服を着た状態でも圧倒的な存在感を放っている。
ここまで育った筋肉を見るのは異世界に来て初めてだ。
「あれ、お爺様? なんで屋敷の外で待ってるの?」
「うむ、悠長に待っていられなくてなッ!」
エルーシャがお爺様と言ったということは、この人が俺を呼び出したニゴー子爵か。
パッと見た感じではディオス氏やニッサンの領主みたいな変態要素は窺えない。
まだ健康的で陽気な老人って印象だ。
「ワシがニゴー子爵家当主、ガレージ・ニゴーじゃ!」
よく通る声で、眼帯マッチョのニゴー子爵は俺に挨拶してくる。
「わざわざ呼び出してすまなかったのう。実は以前、孫から君と街道で会ったという話を聞いておってな。かねてより君に興味があったのじゃ!」
ニゴー子爵がハキハキした口調で俺に言ってきた。
街道っていうとアレか? 王都に向かう途中でエルーシャに初めて会ったときのこと?
決闘を見たからという話だったけど、発端はエルーシャが吹き込んだからじゃん……。
エルーシャはきょとんとした顔で気づいてないけど。
「マーサカリィ家の倅との決闘は大した胆力であった。敵と対峙したなかであの堂々とした佇まい。揺るぎない強者の余裕と風格。アレでワシは君に会いたいという気持ちが抑えきれんくなってしまったんじゃ……」
熱に浮かされたように語るニゴー子爵。
うーん、まだ変態ではない……と思う。
脳内で審議を行ないつつ。
まあ、俺は結構な歓迎をされているようだということはとりあえず理解した。
◇◇◇◇◇
待ち構えていたニゴー子爵と対面後、俺は応接間的な部屋ではなく屋敷の裏にある広場に通されていた。
「100、101、102ッ!」
「あと一本!」
「プッシュ! プッシュ! ワンモア!」
そこは鍛練場のようで、木刀や土嚢、防具武具が置かれ、真剣な表情で訓練をする騎士たちがいた。
月並みな言葉だが、どの騎士も皆すごい体格をしている。
厳しい鍛練を積んで練り上げた肉体であることが一見しただけで伝わってくる凄まじさだ。
「孫から聞いた話によると、君は木を体当たりで薙ぎ倒すことができるそうじゃな?」
騎士たちのトレーニング風景を眺めていると、ニゴー子爵が訊いてきた。
…………?
体当たりで薙ぎ倒す?
ああ、アレか。
エルーシャたちの盗賊退治に着いて行くため、実力証明にそういうパフォーマンスをしたことを思い出した。
「フフフ……よければその力、ワシの前で見せちゃくれんかのう?」
「え?」
「ホレ、あそこじゃ」
ニゴー子爵は訓練場の一角にある、離れのような建物に俺を案内する。
建物に入ると、そこは吹き抜けの広間になっていた。
床に土が敷き詰められており、部屋の中心には縄で丸い円が拵えてある。
何かの闘技場だろうか……?
「セイ! セイ! セイッ!」
「フンッ! フンッ! フンッ!」
「フシュッ! フシュッ! シュッ!」
円の周辺では、外で剣を振っていた騎士たちよりもさらに輪をかけて体格のいい騎士たちが上半身裸で汗を流していた。
彼らは靴を履かず、裸足の状態で膝を真横に開いて足を高く上げ下げしたり、低い姿勢を取ったまま足の裏を地面から離さないで擦りながら歩く動作を繰り返し行なっている。
あれも何かのトレーニングなのか……?
後で機会があれば訊いてみよう。
しかし、この部屋にいる騎士たちは太さがヤバいな。
筋肉だけでなく脂肪もたっぷり身体に纏っているため全身の威圧感が半端ない。
「ここは牛の獣人、カウス族に伝わる民族競技『モウス』を行なうために拵えた建物でな? あそこにある円の部分をドヒョウと言うんじゃ」
ニゴー子爵が俺に広間の説明を行なってくる。
モウス……ドヒョウ……?
よくわからんが、ここが何かの競技場であるという予想は当たっていたらしい。
なぜこんなものを見せられているのか理解しないまま、俺は続けてモウスとやらのルールや戦い方を説明された。
『突く・殴る・蹴る』の三つが禁止。
足の裏以外が地面に着くか、足がドヒョウの円の外に出たら負け。
攻撃手段は――ふむふむ。
へえ……。
聞く限りでは体重があるほど有利そうだ。
ここにいる者たちが巨漢揃いなのもそういうことだからだろう。
てか、前の世界で似たような競技があったような……?
なんつったっけ。名前の響きもそっくりだったはずだけど。
す、すも……もぉ?
忘れた。
「すまんが誰か……いや、ドルジィ、お前が相手をしてやってくれんか? 稽古ではなく真剣勝負のつもりで頼む」
「自分っスか? 本気でやっていいんスか?」
のっしのっし。
ニゴー子爵に呼ばれ、広間で鍛えていた中で一番大きな体躯の騎士がこちらに来る。
え? 相手ってなに? 真剣勝負ってなに?
「グレン君、先ほど言った通りじゃ。ワシは君が魔法ではなく、その肉体で戦っている本気のところを見たいんじゃ。ウチの騎士とモウスを一本とってはくれんか?」
ウルウルした瞳で頼み込んでくる眼帯爺さん。
ニゴー子爵はこれがやらせたくて俺を呼んだってことかな……。
どんだけ戦いが好きなんだ。
「グレンっちモウスやるの? 無理に付き合わなくていいんだよ?」
エルーシャが何気に気遣ってくれるが、老い先短いだろう人間の老人の願いだ。
減るものでもないし一発やってやるさ。
まあ、トラックと人間で押し合いなら俺の勝ちだろうけど。
荷台を貸してやるくらいのつもりでやってやるぜ。
「フッ、いきなりドルジィとはハードだな」
いつの間にか隣にいた騎士が馴れ馴れしく話しかけてきた。
誰だ? と思ったらアレだ。
前にエルーシャの護衛をやってたジェロムって騎士だわ。
お久しぶりっすね。
「ちなみにモウスでは魔法の類は禁止じゃが、構わんな?」
上着を脱いで勝負の準備をしていると、ニゴー子爵が確認を取ってくる。
「ええ、構いませんよ」
魔法などなくても俺にはトラックとしての馬力がある。
だが、エルーシャやジェロム、周囲の騎士たちは驚きの声を上げた。
おいおい、エルーシャとジェロムは俺のトラックパワーを見てるだろ……。
あ、そっか。
彼女らは身体強化のエルフ魔法だと解釈してたんだっけ?
「エルフが身体強化の魔法もなしでやるんスか? そりゃ無茶っスよ……危ないっスよ。真剣勝負なら怪我させちゃうっスよ」
ドルジィ君、身体は大きいが心は優しいようで俺の心配をしてきた。
彼は俺が身体強化をした上で勝負をすると思っていたらしい。
他の騎士たちも悪いことは言わないから魔法で強化しておけと口々に言ってくる。
参ったな……。
エルフは魔法に特化して腕力が弱い種族という常識が彼らにはあるし、口でいくら問題ないと言っても埒が明かないだろう。
このまま勝負をしてもただの強がりと判断してドルジィ君は本気でぶつかってこないはず。
もちろん、俺と実際に戦えば途中から真剣にはなるとは思うが。
だが、それではニゴー子爵の本気の勝負が見たいという願いを叶えてやることはできない。
彼を最初から全力で向かってこさせるためには……。
バチンバチン!
ふと見ると、この部屋にいる騎士のなかでは、いや、外にいた騎士たちと比べても細い少年騎士が黙々と地面に埋まった木の柱を掌で叩いている姿が目に入った。
よし、あれだ!
「すまん、ちょっと代わってくれるか?」
「え……はい……?」
少年騎士に頼んで場所を譲ってもらい、俺は柱の正面に立つ。
ふんっ!
少年騎士と同じように俺も掌で柱を押すように叩いた。
ドゴォン! バキィッ! ズドォン!
激しい衝撃音が部屋中に響き渡り、柱は音を立ててへし折れた。
「どうだ? これで俺の力を――」
壊しちゃったのは加減をミスったが、実力証明にはなったはず。
「稽古場の備品を魔法で壊すなんて許せないっス。肉体に対する侮辱っス。こうなったら本気で勝負してやるっス!」
あ、あれー?
なんか、違う方向でドルジィ君の火をつけてしまった。
壊してマジでゴメンよぉ……。
◇◇◇◇◇
「ではこれを」
審判を務める騎士から銀色の粉を手渡された。
なにこれ? これを互いにドヒョウに撒くの? それが正しい手順?
つか、銀色の粉ってなんかあったような……。
まあ、とりあえず。
ファサァ……。
俺と巨漢の騎士ドルジィ君はドヒョウに粉を撒いた。
そして互いに構えて正面を見て向き合って。
『ハッケヨイッ!』
「フンガアアアアアアアアアアァァアァアァァァァ――ッ!」
審判の合図と共に、ドルジィ君はその巨漢からは考えられないスピードで俺に突撃してきた。
◇◇◇◇◇
対戦相手を務めたニゴー子爵家随一の巨躯を誇るドルジィは、グレンとぶつかりあった瞬間の出来事を思い返し、のちにこう語る。
『まるで城塞ですわ』
『手強いとか、そういう次元じゃないっスよ』
『巨大な鉄の塊がドンッって置かれてて、それを相手にしてるみたいな? そういう虚無感みたいなもんがあったっス』
『もうアレっスね』
『あの人の背後に大きな馬車みたいな乗り物があったような気がしたっスもん』
――と。
◇◇◇◇◇
次回更新は三日~七日後くらいを予定。
九割くらいできてるんですが、一か所詰まってる場面があるんでそこ次第となります。
頑張ります。よろしくお願いします。




