披露と来訪
一週間が経ち、再び魔法実技の時間がやってきた。
発表の順番が回ってきた俺は、この日のためにチョイスしたトレーニングメニューを次々と実演し、モヤシ生徒どもに見せつけていった。
もちろん回数を同じようにやっていては絶対に時間が足りないので、そこは説明だけで割愛した。
まあ、連中はメニューのバリエーションだけで圧倒されていたが。
ふふ、恐れ慄け。
「――と、これも先ほどと同じように最低三十回、慣れてきたら五十回をワンセットとして行います。次は下半身のトレーニングに移りますが……」
腋を開いて行う腕立て伏せと閉じて行う腕立て伏せ。
腹筋背筋など、上半身中心のメニューを終え、下半身のメニューにも取り掛かる。
その頃になると周囲の様子は騒然から唖然としたものになり、無言で俺の発表を眺めるだけになっていた。
静寂に包まれし、屋外のグラウンド。
ただ、ルドルフは腹を抱えて爆笑していた。
「最高だぜ! これは画期的な理論だ! お前らもやってみろよ! ふはは!」
…………。
そういえば、塔の近くで会った少女は来ていないのか。
楽しみにしてるとか言ってたけど見当たらないな。
ま、いてもいなくてもどっちでもいいさ。
静まり返ったグラウンドで、俺は黙々と筋トレを続ける……。
「このように体を鍛え、筋肉量を増やすことで、同時に全身を巡る魔力の流れが活性化され、根本から魔法の威力を上昇させることができるのです。今からその成果を実技によってわかりやすく実証して見せます」
すべての筋トレを披露し、最後に実技を見せる段階に入る。
ちなみにこの発表の台詞はほとんどメイドさんに考えてもらった。
ぼんやり俺がイメージを伝えると、シュババと清書して台本を作ってくれたのだ。
あの人、生活面以外でも有能すぎてやばい。
依存し過ぎると離れられなくなりそうだわ。
「ふ、ふざけているのか! さっきから黙って聞いていれば! 崇高な魔術が兵士の訓練のような真似で上達するわけがない!」
一人の男子生徒が声を張り上げて抗議してきた。すると、
「そうだそうだ! 魔術は高貴な血筋と才能、そして呪文の研究によって突き詰めていく高尚なものだ!」
「野蛮な鍛錬など魔術には不要なものだ!」
「いくらエルフとは言え、魔術を冒涜するにもほどがあるぞ!」
やいのやいの。
他のやつらも続々便乗して文句をつけてくる。
面倒くせえやつらだな……。
「それならお前らは俺よりも優れた魔法が使えるのかよ?」
俺が言うと、
「き、君はエルフなのだから、僕ら人間より優れた魔法が使えるのは当然じゃないか!」
「そうだ! 何の証明にならない!」
「エルフ全員がその方法で魔力を鍛えているのなら話は別だけどね!」
ううむ、そういう考え方があったか。
エルフって人間より魔法が得意なんだもんな。
そりゃそうなるか。
「だったら、エルフの範疇すら超えた強力な魔法を俺が見せたら納得できるか?」
俺は授業のために設置されていた、攻撃魔法用の的を指さして言った。
「ま、まあ、君がエルフのなかでも高みにいるというのなら、その方法は確かに有効なものと一考してもいいだろう」
最初にイチャモンをつけてきた男子生徒は半分俺に押される形で肯定の言葉を述べた。
そこそこ加減するつもりだったが、こうなれば話は別だ。
実技魔法の教師も俺の発表を蔑んだ目で聞いてやがったし、ちょうどいい。
「よしきた。見てろよ?」
言質を取った俺は早速脳内でウォーターバレットの呪文を唱える。
……やべ、呪文を思い出すのがちょっと遅くなってる。
気をつけないとまた忘れそうだ。
「……ウォーターバレット!」
そして、魔法は放たれた。もちろん、出力はほぼマックスだ。
◇◇◇◇◇
「す、すごかったな。筋肉魔法強化理論だっけ?」
「筋肉を鍛えたら本当に魔法の威力が上がるのか?」
「お、おれ、明日から少し体を鍛えてみようかな……」
「ほ、本気か?」
「だって、いくらエルフでもあそこまでの魔法は普通使えないだろう?」
授業が終わった。
生徒たちは興奮冷めやらぬといった感じで会話を弾ませ、グラウンドを後にしている。
……ふふ、迷ってるやつもいるな。
まだ完璧には信じ切っていないようだが、数人の生徒に疑念というさざ波を起こせただけでも大きな前進だ。
本当は女神様からのプレゼントのおかげなんだけどね。
だが、あいつらは凝り固まった頭をほぐす必要がある。
そのためには運動だ。
もっと身体を鍛えることを学園全体に浸透させていかないと。
「ああ……私の授業中にこんな損壊を……学園長にはなんて報告をすれば……ぐっ」
脂ぎった髪をした実技魔法の男性教師は、ポタポタと水滴を垂らしながら茫然とグラウンドに突っ立っていた。
彼は的からそこまで離れた位置にいなかったため、見事に水をひっかぶってしまったのだ。
もちろん、魔法が直撃したわけではない。
撥ねた水を浴びただけである。
それだけで全身びしょ濡れなのだから、魔法の威力はおおよそ見当がつくだろう。
俺のウォーターバレットは当たり前のように的を飲み込んで消し去り、さらにはグラウンドを囲っていた柵をぶち壊して敷地内にある森の木々をいくつも薙ぎ倒すという凄まじい威力を見せつけた。
ふふ、生徒たちに手の平を返させるには十分すぎる、完璧なアピールだった。
あの後は誰も文句を言わなかったもんな。
ルドルフはなんか対抗意識を燃やしたっぽいけど。
しかし、エルフなのにまた自然破壊しちゃったぜ。
前世で積んだ徳を一気に使い込んでる気がする今日この頃だ。
「おーい、グレン~」
ルドルフと本校舎に戻ろうとしていると、聞き慣れた幼女の声がした。
「あれ、リュキア……とメイドさん? どうして?」
見ると、リュキアがメイドさんに手を繋がれてグラウンドに立っていた。
「うんとねー? きのう、グレンがかくめいだーっていってるの、おもしろそうだったから、みにきたの」
「すいません、どうしてもグレン様が授業を受けている姿を見たいというので……」
メイドさん、わざわざ付き添いできてくれたのか。
迷惑かけてすまんな。
でも、もう授業終わっちゃったんだけど。
「お、おい、エルフ、このガキは一体……」
そういやルドルフはリュキアに会うのは初めてか。
メイドさんのことも紹介しておこう。
「ふぅ……ふぅ……き、君……。その子供は一体……」
…………!?
気が付くと、ついさっきまで項垂れていたはずの男性教師がすぐ隣に位置していた。
息切れをしていることから、ものすごい勢いで走ってきたのだろう。
日頃から運動をしてないからそんな短い距離でバテるのだ。
教師は食い入るようにリュキアを見つめ、ごくりと唾を呑み込み、
「ほ、本物なのか……? な、なんでこんなところに……」
呼吸を荒くしながらリュキアに手を伸ばす。
なんだこいつ、幼女に興味津々か。
不潔な見た目で子供が好きとか、アウトコースを突き抜けて生きてるな。
「やー! くさい!」
彼の手が触れるか触れないかのところまで近づくと、リュキアは俺の背後に逃げ込んできた。
「うぐぅ~」
リュキアが心底嫌そうな声を出して俺にしがみつく。
こいつがこんな反応するのは初めて見るな。そんなに気色悪かったのか……。
臭いってのはちょっとかわいそうだけど。
でも、その、べとっとした髪は少し洗ったほうがいいと思うぞ、先生さんよ。
「俺の連れをあまり怯えさせないでもらえますか? 見ての通り、ただの幼女なので」
ただの幼女……ですか……はぁ、とメイドさんが溜息を吐く。
ルドルフも首を傾げながら腕を組んでいる。
それ以外に何かあるの?
彼女たちと俺では、見ている世界が微妙に違うのかもしれない。
「……そ、その子は君の知り合いなのかね?」
「一応、従者という形で寮に一緒に住んでますが」
「なんだと……!?」
この教師、落ち込んだり興奮したり驚いたり、忙しいやつだな。
危ないやつは放っておいて、次の授業に行こう。
次は……基礎魔法だ。覚悟せねば。
「ああっ、今日はなんという日なのだ……ッ!」
実技魔法の教師の声が背後で聞こえる。
まあ、なんだ。元気出せよ。明日はいいことあるよ。
道中、錬金術師学の薄毛教師とすれ違った。
「き、君ィ――ッ! その子はもしかしてッ! 頼む! 髪の毛を一本くれぇ! できれば唾液も採集させてくれないか!?」
「やー!」
「消えろ、このハゲ!」
土下座までしてくるとか末期だな。
その試験官とシャーレはどっから取り出した?
この学校の教員は幼児愛好家ばっかりか……。
滅されたほうがいいぞ。
「……なあ、本当に基礎魔法の授業にくるのか?」
「うん、なんかおもしろそうだし」
実技魔法を見逃し、てっきり帰るのかと思っていたらリュキアは代わりに次の授業を見ていくと言い出した。
あんなの見る必要ないのに……。
教室が違うルドルフと別れ、基礎魔法の教室がある地下に着くと、リュキアが辺りをキョロキョロ見回しだした。
「どうかしたか?」
「ともだちのにおいがする……」
すんすんと鼻を鳴らし、リュキアは廊下をうろうろする。
「へえ、お前の友達って学園の生徒なの?」
「えぇ? わかんなーい!」
なんだそりゃ。つか、匂いってすごいな。そんなんわかるの?
結局、匂いだけで本人はいなかったようだが。
ボロいドアを開けて教室に入る。
リュキアとメイドさんを連れていたため、教室の生徒たちはざわつく。
ポーンとかツインテ少女は口をパクパクさせ、小太りの男子生徒はバナナを握り潰していた。
そうだよな。こいつら貴族じゃないし、メイドさんは珍しいよな……。
「あの、そういうことではないと思いますけど?」
メイドさんが冷静な口調で言った。
またまた、照れちゃってからに。
んで。
教室の後ろのほうでリュキアとメイドさんは授業参観をすることになったのだが――
「うふふん? じゃあねぇ? みんなぁ? 今日も頑張ろぉ? えいえい、おぅ~だよぉ!?」
今日もすさまじいな。
案の定、開始三分ほどでリュキアたちは帰って行った。
しゃーない。
◇◇◇◇◇
実技魔法で筋トレを披露してから四日が経過した。
たまにランニングをしている生徒もちらほら見かけるようになったが、ほとんどの生徒は周囲の目を気にして興味はあっても実行に移せずにいるようだった。
まあ、魔法は机にしがみついて学ぶものって固定観念があるっぽいからな。
そう簡単に意識の刷新はできないか。
何かもっと大きな後押しがあればひっくり返せる気もするんだが……。
まだまだ時間がかかりそうだ。
ところで、今日は授業がない休日である。
さて、何をしようか。
奴隷商の協力者を探し出そうにも、まだ知り合いと呼べるのはルドルフや基礎魔法で一緒になった平民学生たちくらい。
聞き込みをしていくには人脈が心許ない状況だ。
「とりあえず、協力者が生徒である可能性は低いのではないでしょうか? まだ当主ではない学生に組織の暗躍に手を貸す何かができるとは思えません」
メイドさんが分析を口にする。
なるほど、密書には『王立魔道学園の協力者』とあった。
相手が生徒の親の貴族当主ならそういう書き方はしないよな。
だったらまずは教員を中心に目星をつけていけばいいってことになる。
一気に候補が絞られたぞ。
でも、これ、学園長とかだったらどうすんだろ。
あれ、ひょっとしてこいつは相手によってはかなりやばい案件なのでは?
こんなのを俺が一人で暴くの?
「はあ、いまさらだと思いますが……」
「…………」
安請け合いした任務の大きさを今頃になって知った。
そんな休日の昼下がりだった。
コンコンコン。
自分が引き受けたものの重大さに軽くプレッシャーを感じていると、ノックの音が鳴った。
来客か? 誰だろ。
さっきも言ったが、俺の学園での知り合いはまだ少ない。
休日に部屋を訪ねてくる間柄の相手はいないはずだが。
平民のポーンたちは貴族用の寮には入ってこれないし……(特に規制があるわけじゃないが、雰囲気的にきついらしい)。
じゃあルドルフか?
あいつが会いに来るってなんか気持ち悪いな。
メイドさんにドアを開けて応対してもらうと、
「ふゃ! ひしゃしぶりだねー、グレンっふぃ!」
陽気な、すっとぼけた感じの声が響いた。
扉の向こうに立っていたのはサラミソーセージをむしゃむしゃ咥えた金髪碧眼の少女。
王都に来る途中で知り合った御令嬢二号こと、エルーシャ・ニゴーだった。
そういや彼女もここの学生とか言ってたっけ。
串焼きを食うために道中の村に滞在するとか言っていたが、戻ってきてたのか。
「あ、エルだぁ!」
「わはぁ! リュキア! あなたもいたのね!」
久しぶりの再会に抱擁を交わす幼女と少女。
きゃいきゃい抱き合いながらぐるんぐるん回転して互いに喜びを表現している。
「うぅ……目が回った」
「ふぇえ……」
やがて、気分悪そうに床に倒れ込むエルーシャとリュキア。
なんだこいつら……。
「……で、どうしたんだ? わざわざ訪ねてくるなんて」
俺はエルーシャが立ち直るのを待って、来訪の理由を問う。
「あーうん。わたしじゃなくて友達がね、グレンっちに用があるんだって」
「友達?」
「そう、あの子、あんまり外に出たがらないから。代わりに呼びに来たの!」
貴族の令嬢を使いにするのか。その友達ってのは大物だな。
エルーシャはフットワーク軽いから気にしなさそうだけど。
普通は使用人とかに任せるんじゃないの?
ひょっとしたらエルーシャの家よりさらに上位の貴族かもしれん。
「だけど、わたしもグレンっちと会って話をしたかったんだよ? そしたらリュキアもいたからちょっと興奮しちゃった」
いひひと、悪戯っぽく笑うエルーシャ。
うれしいこと言ってくれるね。
「で、その友達って誰だ?」
さっきも言ったが、俺はこの学園ではまだそんなに深い親交を築けているとは言えない。
わざわざ休日に面会を求めてくる人物に見当がつかなかった。
「ん、ラルだよ?」
「ラルって誰だよ……」
当然のように言われるが、そんなやつのことなど知らん。
「えぇ? 知り合いじゃないの? 先週、たくさんお喋りしたって聞いたけど」
先週だと? ますますわからん。
「知らん。フルネームを教えてくれ」
「才媛、ラルキエリ・フルバーニアンだよ?」
エルーシャはきょとんとしながらそう答えた。
ますます誰だよってなったわ。
才媛ラルキエリ、と彼女は言った。
才媛って、どっかで聞いたことあるよなぁ。
「ラルは自分の研究室がある塔の前で面白そうなことをやってたグレンに話しかけたって言ってたよ?」
塔の前? それなら覚えがあるぞ。
「……その才媛ってのはピンクの髪で眼鏡をかけていたりするか?」
「うん、そう! なんだ、やっぱ知ってるじゃない!」
間違いないな。
俺の筋トレ理論を面白いと言って興奮してた変な少女のことだ。
エルーシャと彼女は知り合いだったのか。意外な接点だ。
しかし、あのやり取りでたくさん喋ったと認識されてたとは……。
あんなの一方的にブツブツ話してきただけじゃねえか。
どういう感覚してるんだ?
まあいい。とりあえず用があると言うなら会ってみよう。
どの交友関係が奴隷商人の情報に繋がるかわからないし、消極的な態度は避けていかねば。
学園の敷地内を歩いて塔に向かう。
なぜかリュキアもついてきて、エルーシャと仲良く手を繋いで隣を歩いている。
メイドさんはお留守番。
洗濯とか、いろいろ仕事があって忙しいみたいだ。
いつもすまんな。ありがとう。休日とか作ってあげたほうがいいのかな。
「いやぁ、久しぶりに学校に帰ってきたらグレンっちがここに入学してるって聞いてさ。すごく驚いちゃった!」
エルーシャが明るい調子で話しかけてくる。
だが、彼女は特別機嫌がいいわけではないのだろう。
エルーシャは素でこれだけ元気があるのだ。
若干、会話が一方通行な感じもしないではないが、息が詰まりそうなこの学園では貴重な性格をした人間だと思う。
「なんかいろいろやったんだよね? 神童と一緒に寵児を馬鹿にしたり、ゼブルス先生の授業で深淵の森の一部を消失させたり――」
寵児ってやつのことは覚えがないな……。きっと何かの勘違いだろう。
ゼブルスは魔法実技の教師か?
教師の名前は薄毛とか脂ぎったとかで認識してるから覚えてねえや。
ちなみにどれも髪の毛にちなんでいるのは偶然で、他意はない。
つか、木を数十本へし折っただけで消失とは大げさな。
きっと情報とはこうやって歪められて伝わっていくものなのだろう。
そして――
とことこ歩き、俺たちは才媛ラルキエリの待つ塔に到着した。




