王都と門番
周囲はおびただしい量の水で浸されていた。
エルーシャと同時に放った俺の『ウォーターバレット』は力を込め過ぎたのか、とてつもない破壊力で盗賊団を一掃した。
岩場は崩壊し、吹き飛ばされて岩に叩きつけられた盗賊たちは肉片となった。崩れた岩の下敷きになって潰された者もいた。
運よく生き残った連中も強く体を打ち付けて全員気絶していた。
威力を理解せず放った俺の魔法は一瞬で場に惨劇をもたらしてしまった。
「マジか……」
こちらの消耗がゼロで制圧できたのはよかったのだろうが、これはやりすぎたな。女神様からもらった、このちょっとばかしの魔法の才能とやらはピーキーすぎる。うっかり身内を巻き込んだら洒落にならんぞ。外に出てから里で魔法の勉強を疎かにしていたツケがちょくちょく回ってきている。
「すごいね、グレンっち! 身体強化の魔法もすごかったけど、属性魔法も規格外だよッ! さすがエルフ! あれってどうやったの!?」
「お、おう……」
エルーシャが俺の腕を掴んで興奮気味に揺さ振ってくる。なんだかんだ、魔法についての探求心もあるんだな。
彼女は食い気だけで構成された人間じゃなかったようだ。
つか、木を薙ぎ倒したのは魔法の力だと思われてるのか。
ルドルフも勘違いしてたっけ。
規格外な現象は大抵エルフの魔法だからで通る世界。ちょろいぜ。エルフでよかった。おかげで心置きなくトラックができる。同族には通用しないだろうけど。王都でジンジャーに会ったら余計なことを言わないよう口止めしとこう。
「これで肉体派か……エルフの魔法は底が知れねえぜ」
「おかげで楽ができましたが、とてつもないですね……」
戦わずに済んだジェロムとサラスは半ば引いていた。
おおう、エルフへの誤解を生み出しちまった。すまん、同胞たちよ。
◇ ◇ ◇ ◇
「おら、キリキリ歩け!」
ジェロムに叩きつけられ、ドナドナされていく盗賊たち。彼らは近くの村に連れていかれた後、犯罪奴隷にされるそうだ。
縄で縛られ、合流してきたエルーシャの家の騎士たちにも囲まれた状態ではもはや逃げ出すことは敵わないだろう。
ちなみに運よく助かった生存者は三分の一ほど。しかし、最終的に連行することになったのはたったの三人だけだった。
二、三人は知らないうちにどこかへ消えていた。どうやら少し目を離した隙に逃げてしまったらしい。
ジェロムは不覚だと非常に悔しがっていた。
まあ、仕方ないさ。
あっちが一枚上手だったんだ。
ところで、満足そうな顔で腹を撫でているリュキアが近くにいたのだが……そんなわけないよな。
「化け物をこっちに寄せないでくれぇ――ッ!」
「ひいぃぃいぃ……」
「かあちゃん助けてぇ!」
俺とリュキアが近づくと盗賊どもは恥も外聞もなく泣き喚きだした。
化け物とは失敬なやつらだ。
種族差別ですか? このコノヤロー。エルフ舐めんなよ。
いたいけな幼女もいるのになんて言い草だ。
「じぃー」
「どうした、リュキア?」
指を口に咥えながら盗賊たちを見つめるリュキアに声をかける。
「これ、エルたちにあげちゃうの?」
これって完全にモノ扱いだな。
エルってのはエルーシャか?
短期間でかなり打ち解けたようだ。やはり精神年齢が……。
「そりゃそうだろ」
こんな物騒で下劣な輩と俺はドライブしたくない。背中に乗せたくない。
引きずっても行きたくない。
「もったいない……」
何がもったいないのだろうか。子供の考えることはイマイチわからない。
街道まで戻る。俺たちは王都に向かうのでエルーシャたちとは進行方向が反対だ。
彼女らは串焼きが再販されるまでフォンダー村とやらに逗留するらしい。
学校は行かなくていいのだろうか。
「手伝ってくれてありがとね! グレンたちは王都に行くんでしょ? わたしたちも王都に住んでるから、向こうで会えるといいね!」
一緒に食べて行ったらどうかと誘われたが、俺は奴隷の問題を解決しないといけない。
知り合いが捕まっているかもしれないし、早く助けてやらんと。
まあ、王立魔道学園に彼女がいるというならまた会うこともあるだろう。
「あの、グレン様。ちょっとよろしいですか?」
別れの間際、サラスに手招きをされる。
「……なんだ?」
雰囲気的に内緒の話をしたそうだったので二人で周りから距離をとって声を潜める。
エルーシャがリュキアの相手をしてくれたおかげでスムーズに離れることができた。
ホント、あいつら仲良くなったよな。
サラスはそんな二人にちらちら視線を送りながら口を開いた。
「あの子……リュキアさんでしたか? 彼女は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫とは?」
「ですから……その……目の……特徴が……」
ごにょごにょ言っていてよく聞き取れん。
リュキアに聞こえるのを気にしているのか?
それにしたってエルフの耳で聞き取れないとかよっぽどだぞ。
何の話をしたいんだ。もしかして車酔いのことか?
あれは一回吐いたけど、その後は問題なかったよな。
「心配ないだろう。俺も注意を払っておくけど。眠ってるときは案外平気だったぜ?」
「注意を払う……? なるほど、そういうことですか」
サラスが何かに納得したような顔で頷く。いや、どういうことだよ。言葉にしてくれよ。
結局、車酔いの話であってたのか?
「わかりました。それならば彼女のことはグレン様にお任せするとしましょう」
「お、おう?」
言われなくても面倒は見るつもりだったが、わざわざ念押ししてくるとは。
まあ、確かにデリケートな問題だ。
子供とはいえ女子。彼女の名誉のため、再び酸っぱいスプラッシュをしないようマメに休憩をとるなどの配慮をしよう。
頼まれたからにはしっかり役目を果たすぞ。
「……できるだけ刺激を与えないよう、今まで通り自然に接してくださいね?」
サラスが耳元でコショコショと囁く。うあ、吐息が当たってこそばゆい。気を付けろよ、エルフは耳が敏感なんだから。
「任せとけ、上手く立ち回って見せるさ」
リュキアがスプラッシュしても自然体で接するようにするぜ。まったく、心配性だな。メイドという職業柄、彼女の癖になってるのかもしれん。
「本当にわかっていらっしゃるのでしょうか……」
俺を信じろ。
「エルぅー、ばいばーい!」
「リュキア、またねー!」
無邪気な声を掛け合って手を振りあう少女と幼女。
俺もサラスやジェロムに軽く会釈をして別れを済ませ、王都への道を辿る。
予定外の時間を食ったが、こういう一期一会も旅の醍醐味だ。
また会えるといいな。
「じゃあ、行くぞ、リュキア」
「うん!」
背中に乗ったリュキア。
シートベルトがないから事故らないようにしなければ。
ただしスピードは落とさない。
せっかく速度制限がないんだから、そこは好きに走りたいじゃんね。
幼女を背に乗せ、俺は王都を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「特に語るべきこともなく王都に着いたぞ!」
「……どうしたの?」
リュキアが『何言ってんだ? こいつ』という感じで言った。
ほら一応、言っておかないとね。どこにいるのかわからなくなりそうだろ?
俺たちは王都の入場待ちをする列の最後尾にいそいそと並ぶ。
王都には東西南北に門があり、入るにはそのいずれかで入場審査を受けなければならない。
時刻は夕方付近。なんとか完全に日が沈み切る前に到着することができたな。
「ふむ、ここが王都ヴェルファイアか……」
順番待ちをしながら俺は王都を取り囲む巨大な外壁を見上げる。
今更だが、この国はトゥユーティタ王国という。
そして、そのトゥユーティタ王国の王都がここヴェルファイアである。
「すごーい! たかーい!」
有事には外敵から王都を守る砦となる壁を見てはしゃぐリュキア。
ふふ、無邪気よのう。
前世にあった高層ビルと比べたら驚くほどの高さではないが、これだけ大きな壁を前にすると圧倒されるよな。
「リュキアはデカい建造物を見るのは初めてか?」
「ううん? まえにもみたことあるよ?」
キョトンした顔で答えられた。
なんだよ、それ。
列が進み、いよいよ俺たちの番が来た。
身分証を求められたので冒険者ギルドのカードを提示する。
依頼はリリンと森に行った一回しか受けていないが、こういう時にあると便利なものだ。
なんかペーパードライバーの運転免許証みたいになってんな。
「……ん? その子供は?」
門番を務める衛兵の眼光がリュキアを射抜く。
「俺の連れだが?」
「リュキアっていうんだよー」
リュキアが手を挙げて元気に挨拶する。
「う、うむ? この感じなら気のせいか……?」
門番は考え込むように首を捻ってブツブツ言っている。なんだコイツ。幼女にいちゃもんつけて何を企んでんだ。
「通って問題ないか?」
黙ってたらつまらん言いがかりをつけられそうだ。
俺は強気で押してみた。すると、衛兵はハッと我に返る。
「あ、ああ……すまんな。いいぞ」
歯切れは悪いが言質を取ったので構わず進む。
通行税を払って入場。
ギルドなどの依頼で出る際は構わないが、王都の住民でない者が私用で外に出ると再び入場するにはまた金がかかるらしい。
入場料必須とか、テーマパークかよ。
余計な金を払いたくなければ王都に住めってことか?
街の中に入った俺たちはレグル嬢の住むテックアート家の屋敷を探していた。
一応、大体の場所は聞いていたのだが、道が複雑すぎてよくわからん。
王都の雑踏は前に進むだけで一苦労。
静謐な森にあるエルフ里で過ごしてきた俺にとっては精神的に気疲れする環境だ。
「えーと、テックアート家、テックアート家はこっちかなーっと」
「グレンぅ、まだー?」
リュキアは再び背中に乗っていた。こんな人混みではぐれると困るからな。
てっきり王都に着いたらまたどこぞへ行ってしまうかと思っていたが、今度は最後までついてくるらしい。
レグル嬢には許可を取らずに連れていくことになるが、子供の一人くらい大目に見てもらえるだろう。
「それにしても……」
人にぶつからないように歩くのは難しい。油断すると相手を跳ね飛ばしてしまう。道路と違って進行方向が一定ではないからな。先程も傲慢そうな大柄の男が道を譲らずに突き進んできたせいで衝突事故を起こしてしまった。
俺は避けようとしたんだよ?
当然のことながら俺は無傷。
相手が一方的に被害を受けただけだったが、普通のエルフならこっちが倒れて怪我してたぞ。
まったく、道では譲り合いの精神が大切だというのに。
ああいう勘違いした輩には困ったもんだ。
「ここであってるのかな?」
一般市民の住む区画とは異なる、富裕層の住宅が並ぶ区域にその屋敷はあった。
この辺りまで来ると一般市民はほとんどいないのですっかり人通りもなくなっている。
時間帯もあいまって、通りを歩いているのは俺たちくらいなものだ。
いやぁ、ここまで辿り着くのにいろんな人間に道を訊きまくって大変だった。
俺はどうやら都会に住むのには向いていないらしい。
「ごうかだねー」
「ああ、そうだな……」
俺たちは頑強そうな門の前に立ち、コンパクトな城っぽい屋敷を見上げる。
レグル嬢の話と王都の住民たちの話を総合すると、この屋敷がテックアート家のもので間違いないはずだ。
うーむ、これと比べたらニッサンの町の領主の屋敷とか鼻くそだな。
「おい、貴様ら一体何の用だ? ここは誉れ高きテックアート伯爵家の所有する屋敷だぞ?」
おのぼりさん全開で見物していると、門の前に立っていた鎧姿の青年が訝しむように声をかけてきた。
役割的に、恐らく門番かな? 槍を持って武装している。
確かにただ黙って見つめていたら怪しいよな。
俺は懐からレグル嬢に渡されていた書状を取り出し、門番に差し出した。御令嬢になくすフリをされたが失わずにちゃんと持ってこれたぞ。
これでスムーズに取り次いでもらえるはず……。
「なんだこれは? 貴様、一体これをどこで手に入れた?」
「はぁ?」
門番の青年は書状に目を通すと、敵対心のこもった表情を向けてきた。
俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「なぜエルフがレグルお嬢様の名前で書かれた家紋入りの書状を持っている?」
「いや、それは……」
「怪しいな……さては貴様、書状を捏造したな!」
門番は俺の説明に言葉を被せてシャットアウトすると、目を吊り上げて凄んできた。
でえ、ええ~。そういう面倒臭い感じですかぁ? なんでそうなるの?
「貴族の証文を偽造することは情状酌量の余地なく重罪だぞ! この下賤なエルフめ!」
門番の青年は口から唾を飛ばしながら恫喝し、書状を地面に叩きつけた。
「…………」
レグル嬢、話が違うじゃんよ。この紙を見せれば大丈夫って言ってたじゃん。余計ややこしくなってるんだけど?
「ねーグレン? まだ?」
「ああ、もうちょっと待ってな」
俺はリュキアを宥め、門番の誤解を解こうとする。きっとどこかに行き違いがあるはずだ。
「ちゃんと御令嬢本人からもらったんだって。ニッサンの町で別れたエルフのグレンだよ。聞いていないか? もう彼女は帰ってるんだろ?」
「貴様など知らんし、どこのどいつとも知れない馬の骨にお嬢様が在宅しておられるかを教えるわけにいかん。そもそも、どこで伯爵家の御令嬢であるお嬢様がエルフなんかと関わり合いになるというのだ? そこがまずありえないだろう。上手くやりたいのだったらもう少しマシな嘘を考えるべきだったな!」
青年門番は取り付く島もなく鼻を鳴らして笑った。この野郎……。
さっきから黙って聞いてりゃ、下賤だとかエルフなんかとか、エルフを見下したようなことばっか言いやがって……。
主を守るために土下座までしてきた女騎士と同じ家に仕える者とは思えない。
隊長やデリック君たちにあった謙虚さがこいつにはまったくないようだ。
俺はこいつの気に障ることを何かしたのか……?
なんでこんなに喧嘩腰なんだ。
「あのさ、この家の門番は書状を持って訪ねてきた客をいちいち疑ってかかるのか?」
いい加減面倒臭い。俺の口調も多少ぶっきらぼうになる。
「ふふん、まあ普通のやつなら通していただろう。だがオレは他の連中とは違う。敵を見分ける嗅覚っていうのかな……そういう野生の勘に優れているんだ……」
ニタァと鼻の下を擦って笑う門番。おいおい、完全に浸ってるぞ。自分を有能だと勘違いして世界に入り込んでしまっている。もしかして気に入る気に入らないとかじゃなくて、こいつがアホなだけだったのか?
「もういい。話にならないから、とりあえず御令嬢をここに直接呼んでくれ。もしくはデリック君とか、女騎士……ええとエヴァンジェリン? とか、隊長とか」
「ほざけ! お嬢様は先ほど帰られたばかりでお疲れだ! 大体、敵対貴族の暗殺者を主君筋の人間に会わせるわけないだろう!」
オイいぃ、お嬢様のいるいない言っちゃってるぞぉ! さっき教えるわけにいかんって言ってただろうが!
しかもいつの間にか俺は他家の放った暗殺者に仕立て上げられていた。
「貴様なぞ、デリック様やエヴァンジェリン様、隊長殿が出るまでもない!」
とうとう青年は所持していた槍の先端を俺のほうに向け、戦闘態勢に入ってしまった。
まいっちまうぜ。
「ふわぁ……」
リュキアが退屈そうに欠伸をする。この幼女、なかなか神経太いな。盗賊を前にしても平然としてたし今更かもだが。
はあ、俺も疲れたよ。
レグル嬢、これからは書状に『本物です』って書いておいてくれ。ああ、家紋がそれを証明するんだっけ? それを疑われちゃどうしようもないな。
「グレン、あんさつしゃなの?」
「違げえよ……」
この門番はリュキアの教育に悪い男だ。
むやみやたらと人に言いがかりをつけてはいけないんだぞ。
反面教師にするなら最高だろうけど。
「ここでオレが優れた騎士だということを証明して、一気に出世街道を駆け上がってやる! 地元で十年に一度の天才と謳われたオレの槍術を食らって手柄となれ!」
エイヤーと門番青年が特攻してきた。その目は野心に満ちて光っていた。
恐らく彼の頭の中では機転を利かせて奸計を見破り、屋敷に入り込もうとした賊を成敗する自分の姿が浮かんでいるのだろう。
偽物を見破ったとなれば確かに大手柄だが、俺の書状が本物だってことを疑いもしない。
エルフだからありえねーって決めつけてる。すごい勝負をかけてきたな。
本物だったときのことを考えていないのだろうか。きっとめっちゃ怒られるぞ。
その思い切りの良さは好感を持てるが、この場合は馬鹿としかいいようがない。
迫りくる槍の先端。よく見て躱して……あれ、見失った! 青年門番による足捌きや体重移動、槍の動きなどは巧みだった。
フェイントを加えられ、俺はなす術なく棒立ちのまま攻撃を受けてしまう。
「討ち取ったりぃ!」
「あ、イテーッ!」
ガツン。と槍が俺の脇腹を小突いた。
「ふあっはっあっはっは!」
「ぐ、ううう……」
俺は脇腹を抑えてうずくまった。いくらトラックのボディだといっても、硬いものをぶつけられたら表面に傷はつく。
相応の衝撃だってあるのだ。特に脇腹のような脆い箇所は。どういうことか? 要するに結構痛いんだよ! 致命傷にはならんけどね。
青年門番は俺が苦しんでいるだけということに気が付いたのだろう。槍の先端をまじまじ見て高笑いを止めた。
「……待て、なぜ鎧も着ていないのに槍が貫通していない?」
「そりゃしねえだろ」
俺は涙目で立ち上がる。ちくしょー。魔法の風は大して痛くなかったのに。物理攻撃だと耐久度が下がるのか?
この身体は矛盾の塊みたいなもんだから、いろいろとわからないことが多い。何でもかんでも受け止めるのはやめたほうがいいな。
「そうか、エルフの魔法か……小賢しい!」
また魔法のせいということで納得してもらえた。
全部魔法、全部全部、魔法のせいなのね。
「小手先の力なんぞ、オレの鍛え上げた肉体と技術で粉砕してくれる!」
槍を構え直し、青年門番は次なる攻撃の準備に入った。
技術は小手先じゃないんかい……。もうこいつに突っ込んでいたらキリがねえ!
「鍛えた肉体なら俺だって負ける気はないぞ――」
俺は息を整え、丹田に力を入れる。俺はエルフでありながらトラックでもある。
人を運ぶため、野山を駆け巡り、幼き日々をトレーニングに費やしてきたのだ。
レグル嬢の家の人間ならうっかり撥ね飛ばして殺してはいけないだろう。
スピードは抑え気味で行こう……。
「ふしっ!」
バゴォォォォォン――ッ!!!!
速度がフルスロットルじゃなかったせいか。
それとも青年門番の反射神経がすごかったのか。
「どわあああぁああぁぁっ――!?」
俺は叫びながら門をぶち壊していた。
突撃は寸前で躱され、俺は停止の加減を制御できず、テックアート家を守る鉄の門にぶつかってしまった。
門の柵はひしゃげて粉砕。
なおも勢いは止まらず、俺は敷地内をゴロゴロ転がっていく。
くっ、うっかりダイナミック来訪してしまった。
服についた埃を払い落としながら立ち上がって周りを見る。
この家、庭広いな。レンガが敷き詰められた庭園。
噴水までついてるとか金持ち感すごいわ。
「な、なんだ貴様は……!? 鋼鉄の門を突き破っただと……」
「お前が避けたせいで門を壊しちゃっただろうが!」
狼狽する青年門番に一喝。これ、俺のせいになんのかな。後から請求されたりしないよな。
謝りはするけど賠償はできないぞ。ない袖は振れぬ。
絡まれた結果なんだから、この門番の給料から引いてくれることを願う。
「グレン、がんばってぇ!」
リュキアはキャッキャと跳ねながら声援を送ってくる。
この状況を楽しんでるとかマジかよ。逞しい幼女だな、お前はホント……。
「くっ、化け物エルフめ……こうなったら……」
冷や汗を垂らす青年門番。さて、彼はここからどう出るか。
窺っていると、彼は無邪気にはしゃいでいるリュキアに視線を移した
「ん、お前まさか……」
そして青年門番が俺ではない相手の方向に一歩踏み出そうとしたその時である。
「おいコラ! 貴様、何をやっておるかぁ――ッ!」
屋敷のほうから焦ったような様子で鎧を着た中年のおっさん騎士が怒鳴り声を上げながらドタドタ走ってきた。
援軍か? 一人二人増えても大局に変わりはないが、面倒ではあるな。
青年門番は安堵したような顔になり、向かう方角を改めた。ふむ、気の迷いだったなら見なかったことにしておくか。
……あの中年騎士には一応、事情を説明するところから入ってみようかね。
デリック君や女騎士みたいな話の通じる人かもしれないし。
そうあってほしいと願いながら俺は騎士が来るのを待った。




