結末と予兆
本日二話目。夜には閑話を投稿予定です。
ちなみに本日の投稿分(前話含め)から文章のテイストを少し意識して変えてるつもりです。
できるだけ文章を削って、サクサクテイストを心がけてます。
評判が悪くなければそっち方向で極めて行きます。
領主の屋敷がとても住める状態ではなかったので俺たちはニッサンの町にある高級な宿屋に移動していた。
宿代は領主持ちだ。俺はびた一文支払っていない。
御令嬢たち一行も同じく領主の支払いで泊まっているが大丈夫なんだろうか。
領主のおっさん、屋敷があんなでお財布状況厳しいんじゃねえの?
心配して訊いてみたのだが、
『いや、宝物庫は無事だったからね。も、問題はないぞ……問題はない……んだっ!』
遠い目をしてヤケクソ気味だった気もしないではない。
だが、問題ないと言い張るので素直に好意に甘えさせていただくことにした。
人間ってのはたまに身を滅ぼすような見栄を張るよな。
俺の知ったことではないが。
俺は現在、女騎士とともにダークエルフの少女が軟禁されている部屋に向かっている。
ダイアンは衛兵たちに引き渡したのだが、牢屋へ移送中に舌を噛んで自害――したように見せかけて逃走した。
衛兵を慌てさせて隙を作り、夜の街に消えて行ったそうだ。
何度も同じ手段に引っかかるとか……。俺たちが無能なのか、やつがすごいのか。
結局、ダイアンのトリックのタネはなんだったんだろうな。
今となっては想像に思いを馳せることしかできない。
「すまん、待たせた」
部屋に入ると見張りの衛兵が二名、それと屋敷で苦難を共にした(?)御令嬢やルドルフ、領主たちが待っていた。
ダークエルフ少女は魔力を封じる拘束具をつけられてベッドの縁に座らされている。
もちろんこれには意思を奪ったり隷属させたりする効果はない。
「腹はいっぱいになったかな?」
「ああ、生まれて初めて満腹って言葉を知った気がするよ」
領主に訊かれ、少しだけポッコリした腹部を擦りながら答える。
あれからガス欠で倒れそうになった俺は急いで食事を用意してもらい、さっきまでひたすら宿の食堂でカロリー摂取をしていた。
里を出た直後は輩ども、道中でゴブリン、日中はルドルフ、夜はハイオークとそれぞれ戦闘。まったく、エネルギー消費が激しい一日だったよ。
「エルフは小食で肉は好まないと聞いていたんだが……」
俺の食事に同席していた女騎士がげんなりとした顔で言った。脂っこい肉料理をたらふく食っていた俺を見て胃もたれしたらしい。
「なあ、グレン殿は本当にエルフなのか?」
女騎士、失敬だな。俺は前世も今世もエルフだぞ?
いや、前世はトラックだった。別に深い意味はない。
「こいつ、トラックエルフっていう新種らしいぜ」
「ええ!? グレンそうだったの?」
ジンジャー、ルドルフの言葉を真に受けるな。そいつが勝手に言ってるだけだ。
「それで、何か有益な話は聞けたのか?」
俺が訊くと隊長が一歩前に出て代表として説明を始める。
「まず、報告するべきことが二つある。グレン殿が食事をしている間に衛兵数名と奴隷商の店に行ってきたが、すでにもぬけの殻だった。奴隷は残されていたが、すべて正規ルートの奴隷だということが確認された。恐らく非合法の奴隷たちはもともといなかったか一緒に連れていかれたのだろう」
手際がいいな。いつ見つかってもいいように準備していたのだろうか。
領主の目をかいくぐって活動していたんだからそれくらい要領よくやれても不思議じゃないか。
「それからもう一つ。さきほど王都からテックアート家の使者が来た。その者によるとダイアンの死体が王都内で発見されたそうだ」
「ダイアンが死んだ? それに待て、王都でだと?」
さっきまでニッサンの町にいたやつがどうして死体となって離れた地で発見されるのだ。
「検死の結果、死体は死後一か月ほど経過していた。これは我々が王都を出立するより前からダイアンが亡き者だったということになる」
「死体が歩き回っていたってことか? 気持ち悪い話だな……」
奇怪な話だが、現状では結論を出せない。
続いてダークエルフ少女から聴取したことが話される。
「彼女は首輪をつけていた頃の記憶は断片的にしか覚えていないらしい。わかったのは奴隷商……ヴィースマン商会が王都にも拠点のひとつを持っていることくらいだった」
「そうか……」
隷属の制限が強ければありえる話である。
予想の範囲内だったので落胆はしない。
むしろたったひとつでも情報が入っただけ僥倖だ。
ただ、ダークエルフ少女は浮かない顔をしていた。
「おんじん、ごめん……」
俺のことを『おんじん』と呼んでくるダークエルフ少女。
まだ完全回復していない、たどたどしい口調に痛ましさを感じる。
「なんで謝るんだ?」
「……もっとおれい……やくに、たちたかった」
「そんな気にすることないぞ」
ついでに助けたようなもんだし。
だが、ダークエルフ少女は首を横に振った。
「おんは、かならず。かえす……いっしょう、かけて」
「お、おう? 気長に待ってるよ」
すごい気迫だ。ちょっと怖い。そこまで思い詰めなくていいんだぞ? 俺がたじろいでいると、御令嬢が挙手をした。
「グレン様、わたくしたちは明日の朝、王都に戻ろうと思っています」
「そうか、それはまた急……でもないか」
身内の裏切りや実力行使に奴隷商が召喚士のダークエルフを用いてきたこと。
ジンジャーという奴隷商人の暗躍を証言できる被害者の救出。
王都にも拠点があるという情報。逃走したダイアンの謎。
御令嬢たちが持ち帰ることはたくさんあり、どれも緊急性の高いものだ。
きっと妥当な判断だろう。
「それで、グレン様にもぜひわたくしたちと一緒に来ていただきたいのです」
「俺が一緒に?」
御令嬢の言葉に俺は首を傾げる。いや、同行すること自体に不満はない。
だが、わざわざ彼女が申し出てくることが不思議だった。
「正直、わたくしたちは相手を低く見積もっていました。所詮は裏稼業の商人、我がテックアート家の権力と武力をもってすれば容易く捻ることができる相手だと。しかし、ゾフィーちゃんのように捕えたエルフを戦力として投入してくるとなれば話は変わってきます」
ちなみにゾフィーというのはダークエルフ少女の名前だ。
この時はそれを理解しないままなんとなく聞き流したのだが、そのせいで後に『それ誰の名前だ?』と訊いて泣かせてしまう失態を犯すことになる。
それはさておき。
確かに奴隷商人がエルフ奴隷を戦闘員に仕立て上げているなら、ひとつの貴族家だけで対応するのは心許ない。
万全を尽くすなら国家レベルで人員を動かす必要があるだろう。だが、そうするまでには時間と根回しが必要になる。
せっかく尻尾を掴みかけたのに足踏みをして攻めの姿勢が取れないのはもどかしい。
下手をすれば相手に上手く逃げるために時間を与えることになる。
御令嬢は手っ取り早く動かせる戦力が欲しいのだろう。
ゴブリンとオークの群れを蹴散らし、ハイオークを単独で討った俺という駒を。
「現状、隷属させられた奴隷を解放できるのはグレン様だけですし……。どうかわたくしたちに力を貸していただけませんか?」
俺としても人間の貴族が後ろ盾になってくれれば動きやすくなる。
敵の拠点があるならどのみち王都に行く必要もある。
里の仲間を少しでも早く助けやすくなるし、願ってもない申し出だ。
最初はシルフィが出立する二か月後までニッサンの町に留まっているつもりだったが、よく考えたら当日戻ってくればいいわけだし。
ということで。
「わかった。俺も王都に行こう」
俺は王都に行くことを了承した。
= = = = =
ダイアンは――ダイアンの姿を騙って成り代わっていたその男は、元の姿に戻って街道をひた走っていた。
【メタモル・ミラージュ】
彼が持つ固有魔法で、己の姿を違うものに見せることができる幻覚魔法の一種だ。
物理的な感触も同じようにできるため、触ったところで違いにも気が付かない。
隊長や衛兵を欺いた彼の『死んだふり』のカラクリである。
この力を使って彼は自分を死体に見せかけたり、テックアート家の忠義に厚い騎士、ダイアンに成りすましたりしていた。
ちなみに途中で本人が現れては困るので本物のダイアンは事前に始末して遺体は王都の用水路に捨ててある。
見つかったとしてもその頃にはすべてが片付いている……はずだった。
「くそっ、どうしてこうなった……こんなはずじゃなかったんだ!」
今回の仕事はそう難しいものではなかった。
組織のことを嗅ぎ回っているテックアート伯爵に脅しをかける意味合いでレグル嬢を亡き者にする。
たったそれだけのシンプルな暗殺任務。
彼の能力を使えばいくらでも達成可能な内容だった。
それでも万全を期して護衛の騎士に成り代わって潜入し、慎重に準備を進めてきた。
なのに肝心の襲撃は偶然通りがかった謎のエルフによって妨害されてしまった。
オークやゴブリンを跳ね飛ばす、冗談としか思えないエルフだった。
段取りを崩された彼は焦った。
このままでは任務を遂行できない。
機密性が重視される自分たちの組織で直接的な襲撃が悪手なのはわかっていた。
しかし自分の失敗を帳消しにすることばかり考えて彼は領主邸に強襲をかけた。
領主も組織から買った奴隷を解放しようとしている噂があったのでまとめて消して口を封じてしまえばいい――
そんな安易な考えだった。そしてそれは最悪の選択だった。
今度はエルフだけでなく、王立魔道学園の【神童】までいたのである。
それでも数で押せばどうにかなると思った。しかし、大量の魔物による数の優位もまるで意味をなさず呆気なく蹴散らされた。悪あがきのような騙し討ちも理解の範疇を超えたエルフの魔法によって空振りに終わった。
あのエルフはデタラメだ……。
隷属の首輪を難なく破壊し、ハイオークを単独で倒す。
おおよそ、彼が知っている魔法だけが取り柄の貧弱なエルフとは一線を画す存在だった。
だからといって言い訳にはならない。自分は任務を果たせなかった。
組織が判断するのはその一点だけ。
「失敗した失敗した失敗した……」
彼は大量の汗を書きながら虚ろに呟き続ける。
隙を作って逃げ出すことはできたが組織は絶対に自分を許しはしないだろう。
任務の遂行確率を上げるために借りたダークエルフを伯爵側に奪われ、おまけに独断専行で組織による襲撃の事実を残してしまった。
上層部は極端に目立つことを嫌う。
今回のテックアート嬢襲撃も組織の存在は匂わせる程度で、あくまで事故に見せかけて消せと言われていた。
そのほうが組織の異質性を演出し、見えない脅威で伯爵の恐怖を煽れるからと。
それなのにこの様では……。
テックアート家は敵の存在を明確に認識し、準備を進めるだろう。
下手をすれば国が組織の掃討に動き出すかもしれない。
「どうすりゃいいんだ……」
このままニッサンの町にいた同胞との集合場所に行くべきか。
完全な逃亡者となり果て、当てなく彷徨い続けるか。
彼が途方に暮れていると街道の先に小さな人影があった。
「ニク……」
夜の街道という不釣り合いな場所に立っていたのは幼い少女だった。
(こんなところに子供? 一人でか?)
幸か不幸か。
彼はその幼い少女がひっそり呟いた言葉を聞き取ることができなかったおかげで恐怖心に駆られずに済んだ。
しかし、この後に起こったことを考えるなら明らかに不幸だったのだろう。
「ニク。おいしいニクの匂いがスル」
メキ……メキ……メキメキ……
「おい、ガキ。お前なんでこんな時間に外に……えっ?」
迂闊にも近づいてしまった彼が驚嘆したときにはもう遅い。
その異形は大きく口を広げて目の前に迫っていた。
「アッチにもっと美味そうなニクの匂い、いっぱいスル……」
二人が一人になった静かな街道で幼女はクンクンと鼻をひくつかせた。
……幼女は街道沿いにある小さな森に目をつけ、フラフラと歩き始めるのだった。
= = = = =
領主邸で戦闘をした翌朝。
俺は王都に出立する御令嬢たちを町の外れまで見送りに来ていた。
「おい、オレを解放しやがれ! オレはマリサさんの病気が再発しないか見守る必要があるんだよ!」
「それはグレン様がやってくださると言っているでしょう?」
喚くルドルフをバッサリ切る御令嬢。
そう、俺は王都には行くが御令嬢たちとは一緒に出発はしない。
王都までは馬車で大体十五日間。
それは俺がフルスルットルで走り抜ければ一日で着く距離だった。
一緒に行くとしたらチンタラ併走するか馬車に同乗するしかない。
馬車に同乗するのは論外だ。俺は乗るより乗せたい派なのだ。
先んじて王都に乗り込んでもいいのだが、俺が単独で行ってもやれることがない。
だったら御令嬢たちが到着するまではニッサンの町に滞在し、平たいビッチことリリンの母親のアフターケアをしながら時間を潰して後から追いついたほうがいい。
そういう結論に達したわけだが……ルドルフは往生際悪くゴネ続けていた。
「こんなことをしてもオレはここに戻ってくるからな! 王都に連れて行ったところで余計な手間がかかるだけだぞ!」
「戻るのは勝手にしてどうぞ構いません。ですがあなたのお父様に頼まれているので一度はわたくしたちの手で王都まで来ていただきます。あなたのお父様に貸しを作れる貴重な機会ですから」
……御令嬢、交渉事が苦手かと思っていたが意外としたたかだ。
ルドルフも魔法が使えなくなる拘束具を寝ている間につけられて何も抵抗できないんだからいい加減諦めろ。
一方、暫しの別れを惜しんでいるジンジャーと領主。
領主のおっさんはダイアンの襲撃によって起きた被害の後始末が残っているのですぐには領地を離れられない。
そのため参考人としてジンジャーだけが御令嬢たちと王都に行くことになっていた。
「ジンジャーよ、私もすぐ仕事を片付けてにそっちに行くからな……」
「領主様、待っています……いつまでも……」
こいつらは何回似たやり取りをすれば気が済むんだ?
ほっとこう。
「ではグレン様。また王都でお会いしましょう。わたくしの渡した紹介状はなくさないようにしてくださいね? 絶対ですよ?」
「わかってます、わかってますよ」
御令嬢の念押しをフリってやつかなと思いながら返事する。
紹介状というのは王都にあるテックアート家の屋敷にスムーズに通してもらえるようレグル嬢に書いてもらった書状である。
これがないとテックアート家に赴いても確認に時間が取られたり、最悪門前払いされたりするらしい。
でも時間がかかるだけなら別に問題ないかな……。
「時間がかかるだけなら別にいいとか思っていませんよね? 紛失して悪用されると困りますから、本当になくさないでくださいね?」
「は、はい……ん?」
御令嬢に見透かされてドギマギしていると、くいくいっと俺の服の裾が引っ張られた。
ダークエルフ少女が切なそうな上目遣いで俺を見上げていた。
「おんじん、こないの……?」
ダークエルフ少女は俺と一緒にいたがったが、そういうわけにもいかない。
彼女はジンジャーに続く解放者第二号だ。
きちんと保護して証人になってもらう必要がある。
おまけに隷属されていたとはいえ、領主邸を襲った加害者でもある。
自由に行動させるわけにはいかない。
「俺も後から行くから、向こうで会おうぜ」
「うん……まってる」
かつて妹にしてやったように頭を撫でてやる。
ダークエルフ少女は嬉しそうに目を細めた。
素直で可愛いやつだ。
御令嬢たちの乗った馬車がのんびり遠ざかっていく。
またゴブリンに襲われたりしないよな。
まあ、ルドルフとジンジャーがいるからなんかあっても大丈夫だろう。
無事に着いてくれよ。ぶきっちょな俺だけじゃエルフ仲間を助けられないんだからさ。
= = = = =
御令嬢たちを見送ってから三日ほどが経った。
平たいビッチことリリンの母親の容態に変化がないことを確認し、領主の金で泊まり続けている宿に戻ろうとした時だった。
「ねえ、お兄さんは冒険に行かないの?」
「は? 冒険?」
リリンが藪から棒にそんなことを言ってきた。
俺は閉鎖されたエルフ里から絶賛冒険中の身の上だが。
「冒険者ギルドに登録したんでしょ? なのにまだ一回も依頼受けてないみたいじゃん。せっかくルドルフがブラックリストから解除させたのに」
そういやそんなこともありましたね。
金を稼ぐために冒険者になってたんだっけ。
領主に食客として面倒見てもらってたから必要性を感じなくて忘れてたぞ。
「せっかくだし、一度くらい仕事しとくべきかなぁ」
「それギルドでは言わないほうがいいよ。基本的にみんなカツカツなんだから」
なんだその無職を蔑むような視線は。
これでも前世では昼夜問わず走り続けるハードな仕事をしてたんだぞ。
「ねえ、お兄さん。一緒に郊外の森に行こうよ。街道に出たキメラの調査っていう見返りの大きい依頼が出てるんだよ!」
「見返りが大きい? ……それは危険なクエストじゃないのか?」
「まあね、でもお兄さんがいるなら大丈夫でしょ」
「お前、それに俺を巻き込みたかっただけじゃないよな?」
「さっそくギルドに行って受注しなきゃ! 急ごう!」
リリンは日本晴れのような明るい笑顔を屈託なく向け、俺の手を引いた。
……こいつ誤魔化しやがったな。
久しぶりに訪れた冒険者ギルドは相変わらず殺伐としていた。
見るからにガラの悪そうな男どもがウロウロし、昼間から酒を飲んでいる。
わざと肩をぶつけてくる連中を弾き返して脱臼させたりしながらリリンと二人で受付に行って依頼を受ける。
「……ここに来るといつも目つきの悪いやつらに絡まれるな。冒険者ギルドにはまともなやつはいないのか?」
「お兄さんはエルフだからね。一見すると優男っぽいからちょっかいかけたくなるんだよ。あと、まともな人たちは昼間の時間帯は外に出てるから」
「そっか。そのちょっかいかけたくなる思考は理解できんが、まともなやつらは働いてるのか。なるほど。お前らもこの時間帯にいたもんな」
「それ、どういう意味?」
そのまんまだろうが。当たり前のこと言わせんなよ。
「あのときにいたお仲間は誘わないのか?」
いかつい男とか、小便を漏らして逃げた男とか。
いろいろいたはずだが今日はここまで俺たち二人だけだ。
「シルバたちはまだ留置所だよ。ルドルフが逃げるのを手伝って暴れたらしいから当分出てこないんじゃないかな」
頑張って逃がしたルドルフは結局レグル嬢に捕まったけどな。因果応報。チンピラどもはしばらくマズイ飯を食っていればいい。
「そういやルドルフが連れていかれたけど、リリンはあんまり気にしてないみたいだな。どうしてだ?」
「いつものことだもん。実家から迎えが来て連れていかれて、それでしばらくしたらひょっこり戻ってくるの」
「あいつは懲りない男だな……」
「けど一緒にいたら面白いやつだから、いなくなられても困るんだけどね」
表情を柔らかくして言うリリンに、腐れ縁ってこういうやつなのかなと俺は思った。
「なあ、ところでキメラってなんだ?」
「ええっ? ここまで来てそこ訊くの!?」
俺たちは現在街道を走り、キメラが潜んでいると思われる近隣の森へ向かっていた。
もちろん走っているのは俺だけ。リリンは俺におぶられた状態だ。
背中に触れる部分には彼女の柔らかな膨らみが押し当てられているが、エルフの身体は性欲をほとんど覚えないので邪な感情はちっとも湧かない。
座席に誰かを乗せているトラックとしての喜びは感じていたが。
「人を乗せて走るのは久しぶりだな……」
「は? 何?」
「なんでもない。それでキメラって?」
「え、お兄さん本当にキメラを知らないの? エルフって物知りなんでしょ?」
リリンの声に馬鹿にしたような響きが含まれている気がする。
こいつにアホ扱いされるのは憤死モノの屈辱だ。なんとか誤魔化さないと。
「物知りなやつは多いが、それは長く生きてるからだ。俺はまだ百年も生きていないんだから何百年も生きたエルフと同じ聡明さを求められても困る」
ぶっちゃけると、俺は同年代のエルフと比べても賢いほうではない。
魔力の才能は飛びぬけていたが、ひたすら筋トレばかりしていたので本もロクに読んだことがない。
そんなので知識を蓄えようがなかった。まあ、言わなければバレまい。
「ふーん? そういうもんなの? まあいいけど……」
誤魔化せただろうか。そういうことにして話を進めよう。いや、進めさせよう。
「キメラってのはね、普通の魔物とは違って作られた魔物なの」
「作られた?」
「そ、いわゆる合成獣ってやつ? 大昔に錬金術師って人たちがどっかの国に頼まれて作ったらしいんだけど、制御できないくらい強くて凶暴だから廃棄されたの。でも何体かは逃げちゃって、こうやって稀に人の町のそばに出てくるんだよね」
「依頼は調査だけだが、倒さなくてもいいのか?」
聞く限り、危険そうな化け物のようだが。
さっさと退治したほうがよいのではないだろうか。
「キメラが出たら冒険者ギルドで情報収集をするんだよ。それで準備を整えてから領主の軍も含めた討伐隊が組まれるの。それくらい用心しないといけないくらいキメラは強くて危ないんだから。二人ぽっちで倒せるような魔物じゃないよ」
「ふうん? じゃあ姿を見かけたら逃げ帰ればいいのか」
「ははは。そんなの危ないじゃん。探すのだって大変だし。足跡とか糞とかを見つけて適当に報告すればいいんだって」
リリンはケラケラ笑って言った。そんないい加減でいいのだろうか。
冒険者の基準がわからないので彼女に任せるしかないが……。
「にしても、お兄さん走るの速いよねー。ほんとにエルフなの? 不思議だなぁ……えいえいっ」
おいこら、耳を引っ張るな。頬を叩いて何かがわかるわけないだろ。
無礼な車上の女を懲らしめるため、わざと左右に蛇行して走った。
ふはは、三半規管を狂わせてしまえ!
結果、俺は酔ったリリンに酸っぱい液体を頭からぶっかけられた。
余計なことしなきゃよかった……。
森に到着した俺たちは散策を始める。
やることは単純。
地図を持ってキメラの痕跡がないかエリアごとにチェックをつけていくのだ。
二人揃ってノソノソ森を歩いていると、比較的幅が広めの森道にぶち当たった。
まっすぐ伸びた道は外の街道まで繋がっているようだ。
「なんだ、こんなしっかりした道ができてたのか」
「……ああ、山菜採りに来る人たちが作った道だね。結構奥のほうまで続いてるんだよ」
そんなのがあったならここから森に入ればよかったな。
知ってたなら教えろよ。
何? さっきまでグロッキー状態だったから話す余裕がなかった?
悪かったよ。でも、俺だってまだ酸っぱい臭いするんだぞ。
微妙な空気が俺たちの間に流れた。この話は誰も幸せになれないからもうやめよう。
「車輪の跡があるな。馬車が通ったんだろうか」
跡の形から通ったのは片道だけ、かつ数日前のものと予測する。
こんな森に馬車を使って入る意図がわからんな……。
「この先には集落でもあるのか?」
「いいや、ここは人が住める場所なんてないと思うよ」
「妙だな。少し辿ってみよう」
「やばいのがいたら守ってね。おにーさんっ」
「…………」
俺の腕にしがみついて甘えた声を出す平たいビッチ。
こいつ俺をボディーガードにして寄生するつもり満々だな。
なんかあったら報酬の分け前は相談させてもらうぞ。
踏み固められた森の中の道を歩き進めていく。
時折、周囲からガサガサと森に住む生き物が動く気配がする。
――ニギャアアアァァァァッアアアアアアアアァァァァアァ――ッ!!!!
「い、いまなんかとんでもない鳴き声が聞こえたような……」
「森に棲んでる魔物の声だろ? 縄張り争いでもしてるんじゃないか」
何を怯えているんだか。森なんだから魔物の声くらい当然だろう。
「お兄さん、落ち着いてるね……」
「これでも森暮らしのエルフッティだからな。森には慣れてるんだよ」
「てぃ?」
「なんでもない」
ちょっとふざけすぎたな。
ビビっているリリンを片腕に引っ付けたまま散策を継続。
「うーん、キメラとやらの痕跡は見つからないな」
「……もうさっきの鳴き声だけ報告すればいいんじゃない?」
魔物が鳴くなんてありふれたことを知らせて何になるのだ。
やり直しを命じられたら無駄足じゃないか。
「む、あれは馬車か?」
木々が生い茂って馬車が通れなくなる森道の終わり。
そこには一台の馬車が停まっていた。
「静かだね。誰もいないのかな?」
「馬も繋がっていないぞ。逃げ出したのか?」
森道はここで終わるが、森はまだまだ先がある。
ここまで馬車で来て、後は人の足で進んだのか?
だがそれでは馬がいない理由に説明がつかない。
帰るつもりなら逃がす必要がないからだ。
「もしかして心じゅ……」
リリンが不吉なことを言いかける。
「ちょっと馬車の中を開けて確かめるか」
「ええ!?」
必死に止めようとするリリンをずるずる引きずりながら馬車に近づいていくと、足元に高級そうな材質の封書が落ちていることに気が付いた。
拾い上げると、それには魔術的な刻印が施された封蝋がしてあった。
宛名は書いていないか……。怪しいな。
「おいしょっ」
――ビリッ
「ええっ!?」
リリン、うるさいぞ。同じ反応を続けてするな。
俺が封を破って手紙を読みだすとリリンはその横で頭を抱えていた、
『だって勝手に手紙を……』
『それ絶対やばいやつだよ』
『貴族とかが密書に使う封蝋だよ』
『刻印があるのになんであんな簡単に開けられるの?』
まとまりのないことをグチグチと。何が言いたいのか。
さて、肝心の書かれている内容は――
『ニッサンの町はテックアート家に発見された。万が一の場合、王立魔道学園の協力者である貴殿に隠蔽の協力を仰ぎたい』
……どうやらこれは一度、王立魔道学園とやらに行ってみる必要がありそうだ。




