神に愛された王様
遥か昔のお話しです。
あるところに、それはそれは美しい国がありました。
神の住まう山と呼ばれる高い霊峰
その頂から
こんこんと湧き出る水は、美しい河川となり、
どこまでも続く広大な大地に滞らせる事なく潤いを与え続けます。
その恵みは絶大で、実り多く、周辺諸国を圧倒させる発展と繁栄を誇っていました。
その美しい国を、美しい王様が統治していました。
美しい王様は
この美しい国は、神に愛された自分のためにある
その事を誇り、神に感謝し、立派な神殿を築き
毎日 寝る前に神に祈りを捧げておりました。
あるとき身なりの汚い男がお城の前に現れました。
「私は隣の国から来た者です。
私の国は今ひどい干ばつで作物が実らず。
飢饉で多くの被害者が出ております。
国王、自ら大地を掘り起こしております。
しかしいくら掘り起こしても
水が湧き出る事無く、このままでは国が滅びてしまう事でしょう。
そこで貴国の河川から我が国の大地に水を引く事をお許し頂きたく こうして参りました。
しかし不運は続くもので、我が国からの派遣隊は道中砂 嵐にあい
同胞が倒れて行く中、私はやっとの思いでこの国に辿り着いたのです。
どうぞ王様にお取次くださいませ。」
見ると 男の手には確かにとなり国の王様の書状と友好の証の金印があります。
門番は王様に伝えました。
王様は男と謁見することにしました。
しかし王様はこう、言い放ちます。
「聞け使者よ。
我が国は神に愛されているのだ。
この国は神の御心のままに作られているのだ。
手を加える事はまかりならん。
其方の国も同じように愛されていれば
我が国から水を引かずとも自然に水も湧いてこよう。
恵みが少ないのは
貴国が神に愛されていないだけであろう。
按ずる事はない。
水は与えよう。
其方が持ち帰れるだけの水を用意してやろう。
早々に国に帰り王に伝えるがよかろう。」
見兼ねた大臣達が王様に進言しました。
「隣国は今、大変な困難に遭われております。
その中にも、未来を担う幼い子供やそれを守る女たちもおりましょう。
今この時、飢えと渇きで倒れているというのです。
子供は守るべき神の宝。
彼らに託す未来は優しいものでなくてはなりません。
彼らの未来を守りたいと
隣国の王は自ら渇いた大地に赴いているのです。
そのような王が神に愛されていないはずかありません。
私達からも河川工事の許可をお願いします。」
大臣達と使者が懇願するのも聞き入れず
使者に食事を取らせると荷馬車に乗るだけの水を渡し
王様は使者を早々と追い返してしまいました。
男は落胆し
項垂れて国に帰って行きました。
王様の国は
変わらず美しい緑を湛えておりました。
ある時 ぶどう畑の視察をしていた王様の目に
美しい女がとまりました。
あまりの美しさに王様はすっかり逆上せてしまったのです。
しかし、その女には農夫の夫と産まれたばかりの子供がおりました。
農夫の家族は幸せに暮らしていたのです。
しかし、すっかり逆上せた王様はどうしても
その女が欲しくてかないませんでした。
王様は男に在らぬ難癖をつけると
法外な罰金を要求し、払えぬのなら
男は死罪
家族は国外追放にすると言うのです。
女が王様の元に妾として仕えるなら
男の死罪を取り下げるが
男と子供は国外追放にすると言ったのです。
愛する夫を守るため
女は王様の元へ行くことにしました。
しかし、農夫はそれを受け容れられず
「私は妻を、家族を愛しております。
妻も私や家族を愛しているはずです。
増して子供も産まれたばかり、子供と引き離される事は
妻にとっては身を切られるより辛いはずです。
どんなに王様に寵愛されようとも
彼女は幸せになれません。
彼女と子供の幸せの為なら
自分の命は惜しくない。
どうぞ死罪にして下さい。」
と懇願するのです。
これに王様は激怒しました。
「神に愛されている私に愛されるのだ!
女は幸せになるに決まっている。
其方に愚弄される言われはない。」
男と子供を
国の外れの人が住めぬ様な場所に追放しました。
こうして王様は女を
妾として召し抱えたのです。
王様の国は
緑が風にそよぎ、いっそう美しく
何処までも光に溢れておりました。
王様の愚行を見兼ねた教会の祭司が王様に進言しました。
「王様、神に愛されているのは、皆同じです。
その愛の前ではどの様な者にも等しく平等です。
神に愛された者を傷つける事は
神への冒瀆になります。
どうぞ 隣の国に河川工事の手はず
女を放免し
農夫と子供を元の生活に戻してあげて下さいませ。」
その言葉に王様は激怒しました。
「私が一番神に愛されているのだ
美しい神殿を作り
毎夜 感謝の祈りを捧げる事を忘れていない。
神に愛されている私を侮辱する事は
神を侮辱している事と同じだ。
神を冒瀆しているのは
其方であろう!わからぬか!」
王国は司祭を鞭で打った後国外追放にしてしまいました。
王様の国の
夕暮れは大層美しく
優しく吹く風が、どこまでも続くぶどう畑の
夕日で茜色に染まった葉をそよそよと揺らしておりました。
その夜
いつもの様に王様は神殿に祈りを捧げておりました。
星は静かに瞬いて
優しい光を落としています。
心地よい風が頬を優しく撫でます。
優しい夜が王様を包んでいたのです。
王様が祈りを終える頃の事でした。
突然 地を這う様な地鳴りが、静かな空気を震わせました。
大きなゆれが、神殿を襲います。
壁や柱が大きくきしみました。
揺れが激しさを増したかと思うと
神の山から続く川の水が
激しい濁流に変わり果て
畝る大蛇の如く、そこかしこと容赦なく牙をむきます。
水に飲み込まれた美しい国は見る影も無い有り様でした。
どれほどの時間か過ぎていた事でしょう。
王様は瓦礫の中で目が覚めました。
辺りは暗く一面に瓦礫が散乱しています。
鼻をつく腐臭
骨の芯から冷える身体に濡れて重たい
薄汚れた ボロ切れがあるだけでした。
王様は嘆きました。
「この国も私も神に愛されていなかったのだな。」
どこを見ても瓦礫の山だけで
美しいかったあの景観はもう、そこにありません。
しばらく 辺りを見回していると
遠くに明かりが見えました。
助けを求めようと、その灯りを頼りに
重たい足を引きずる様に運んで行くと
山の中の洞窟にたどり着きました。
灯りはその洞窟の中から漏れていたのです。
誰かいるのだと王様は心から安堵しました。
洞窟の中入ると、
たくさんの宝石が一面に敷き詰められて
幻想的な光を放っています。
ふっと気配を感じ奥を見ると
そこには鞭打ったあの祭司が立っています。
王様に気づくと優しく微笑みました。
「王よ、よくおいで下さった。」
「ここは?其方の住まう場所か?」
「いいえ。ここは死者の扉の前です
私は亡くなった方の道案内をしております。
この場所は死者にしか来られません。
死者はこの扉を開けて、次の場所へ新たな旅に出かけます。
しかし貴方はこの扉を開ける事は出来ません。」
司祭の立っているその奥には
一際輝く扉がそびえておりました。
王様は自分の酷い有様を恥じ
消え入りそうな声でつぶやきました。
「そうか、私は死んだのか…。
致し方あるまい。
私は神に愛されていなかったのだから…。」
司祭は微笑みを浮かべたまま
「いいえ。貴方は神に愛されていますよ。」
そう答えると
司祭に見えていた人の身体はぼやけ
その姿は農夫の姿にも大臣たちの姿にも変わり、そして最後に神の姿に変わったのです。
静かに神は言いました。
愛されていない者など
この世に存在していません。
私は何度か貴方に語りかけました。
ただ貴方は気がつきませんでした。
この世界に在るもの
全て等しく愛されています。
神の愛は小さな息吹の中にも存在している事を
貴方は知らなければなりません。
だからこそ、貴方が虐げてしまった方たちの
その人生における全ての愛を知らねば…。
貴方が全てを知り理解する事ができた、その時
貴方は新たな旅に向かう事が出来るでしょう。」
神はそう言うとそっと王様の額に手をかざしました。
不思議な事に王様は、美しい宝石に変わりました。
その美しい宝石は
死者を乗せ忘却の川を渡ると言われる渡し舟の先にあるのだとか
死者は生前の出来事を全ての記憶をそこで全てを忘れ
新しい場所に旅立つといいます。
本人が忘れてしまった一部始終の記憶までも
忘却の川を渡る舟の宝石に その記憶を委ねるのだとか。
たくさんの愛の形をどれだけ知れば許されることでしょう。
自らが虐げてきた人達の人生の重さと
その愛を自分の事として受け止めて悔い改め、
無事、新しい旅に向う事が出来たのか
それとも、まだ誰かを渡し続けているのか
誰にも知る術がありません。
そう、これは遥か昔のお話しです。
おしまい。
言葉に思いを乗せて伝えられたら幸いです。
実はこのお話は、私自身が以前、夢に見たお話です。
そう、神に愛された王様は、私自身でした。
目覚めた朝、しばらく私は泣き止む事が出来ませんでした。
いつか、見た夢を形に残せたらと思い、書いた作品です。
拙い文章ではありますが、
最後まで読んで下さった方に心から感謝を込めて。