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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第1章 甘い香り
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08.魔法、そして魔法破壊

ジャンルが、恋愛と言うよりファンタジーのような気もしてきた。








 太陽が昇る前、まだ暗い時間に、ルクレツィアたちは行動を起こした。ヴェロニカが怪しい、と踏んだ娼館は、事前に入手していた住所と近く、確かに怪しい。飲み屋からは娼館の様子がよく見えていたが、どう見ても普通にしか見えなかった。


「もう、フェデーレかエラルドが客として入ればよかったんじゃない?」


 ルクレツィアはそう提案したが、却下された。見た目美青年のヴェロニカでもよかったが、ヴェロニカを中に入れてしまえば、結界を張る人がいなくなるので却下。まさかルクレツィア自身が行くわけにもいかず、結局明け方の行動となった。まあ、当初の予定通りだ。


 ヴェロニカが適当な位置に立ち、簡易杖を右手に持って両手を広げた。彼女の周囲に魔法文字が浮かび上がり、魔法式を組み立て、結界を編み上げていく。ヴェロニカがうなずいたのを見てから、残り3人は行動を開始した。


「すみませーん」


 とりあえず、事情を聞く。こちらには『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の紋章があるので、いくらでも事情が聴ける。魔法対策のためのこの騎士団は、かなり強力な捜査権を持っていた。

 やってきたのは、この娼館を取り仕切っているらしい女主人だった。やや年増であるがそれなりに美しい容姿から、元娼婦なのだろうと推測する。ちなみに、姉と妹が絶世の美女と美少女であるルクレツィアの審美眼は厳しい。


「……何のご用でしょうか」


 ここは、フェデーレの出番だ。交渉力云々の前に顔を知られるわけにはいかないルクレツィアはマントのフードを深くかぶっており、数歩下がったところで腕を組んでいる。エラルドはへらっと笑ってフェデーレの隣にいた。

 なろうと思えばいくらでも愛想よくなれるフェデーレは、女主人に捜査協力依頼している。見ていなくても彼はうまくやるだろう。そう思って視線を逸らしたルクレツィアは、1人の女性と目が合った。


 年はルクレツィアと同じくらいだろうか。彼女の豊満な胸元が眼に入って少しジェラシーを感じたが、顔立ちはそれほど美しくない。たぶん、娼婦だと思う。


 本当に何気なく見ていただけだから、彼女が突然飛びかかってきたことには驚いた。しかし、動きが素人同然だったので、接近戦が苦手なルクレツィアでも十分対処できた。右こぶしを女性の鳩尾に叩き込む。気を失った女性を床に寝かせ、ルクレツィアは口元に弧を描いた。

「どういうことでしょうかね、これは……」

「魔法、と考えられますか? アルバ様」

 突然割り込んできたルクレツィアに、フェデーレが楽しげに尋ねる。『15代目アルバ・ローザクローチェ』。『夜明けの騎士団』の創始者であるアルバ・ローザクローチェの名をいただいたルクレツィアは、『夜明けの騎士団』最高指揮官。責任者は別だけど。そのことは、デアンジェリス王国王都フィオーレに住むものなら、みんなが知っている。


「ア、アルバ・ローザクローチェ……」


 女主人がおののいたように一歩後ろに下がった。フェデーレとエラルドが剣の柄に手をかける。質問者が、フェデーレから『アルバ・ローザクローチェ』であるルクレツィアに代わった。

「いったい、あなたはだれをかくまっているのでしょうね? 大金に目でもくらみましたか? 愚かなことです。こうして、あなたの店は浸食されているのに」

 ルクレツィアは自分の足元に倒れている娼婦を示して言った。女主人は息をのむ。気づけば、かなりの娼婦やその客たちが集まってきている。ルクレツィアはフードを目深にかぶったまま、その集団を一瞥した。


「フェデーレ、エラルド。これはまずいかもしれませんよ」

「どうかなさいましたか、アルバ様」


 エラルドが尋ねる。ルクレツィアは顎に指を当てた。


「どうやら、みなさん、操られているようです。この店は『浸食された』のではなく、すでに『浸食されていた』のでしょうね。買い取った娼婦を魔法漬けにして、意志を取り上げて、常連の客にも同様のことをしましたか、女主人さん?」

「……生まれた時からその立場を約束されていたあなたにはわからないわ。あたしたちの気持ちなんて……」

「まあ、魔女であると生きづらいのは否定しません。我が騎士団でも、全てを把握しきれていないですからね。できれば温情をかけて差し上げたいですが、そうもいきません。私たちは探し物をしていますので。さあ。かくまっている魔術師をこちらに引き渡してください」


 ヴェロニカが言ったものとは少し違うが、アルバ・ローザクローチェの名のもとに脅すことになってしまった。うつむいていた女主人はキッとルクレツィアを睨んだ。

「やってしまいなさい!」

「おおっと。やはりそう来ますか」

 積年の恨みを感じた。彼女は、相当『夜明けの騎士団』に恨みがあるようだ。彼女が何故こんなことをしているのか気になるが、それを探るのは後まわしだ。


 エラルドとフェデーレがルクレツィアを護るように前に立つ。女主人の命令に従い、操られているらしい娼婦や客たちが襲い掛かってくるのを、エラルドとフェデーレは殺さないようにして止める。

 ふと、ルクレツィアの鼻を甘い香りがかすめた。ルクレツィアは少し眉をしかめた。右手を前に差し出す。その手を中心に、魔法文字が浮かび上がり、魔法式が形成されていく。

 どこから、この香りは漂ってきているのだろうか。それを見破るための透視魔法を、ルクレツィアは展開する。



 ……いた。



 これだけはっきりしていれば、透視魔法がさほど得意ではないルクレツィアでも見つけることができた。操られている客たちの中に、何食わぬ顔で立っている、あの男――――!


 ルクレツィアは別の魔法を即座に展開し、その男に向かって放った。魔法の矢は一直線に飛び、その男の手前で障壁に阻まれて砕け散った。


「ほう……!」


 ルクレツィアが攻撃したことで、あちらもルクレツィアが気が付いたことに気付いたようだ。逃げようとするが、その前にルクレツィアが魔法銃を発砲した。魔力を銃弾として打ち出すこの魔法道具は、使用者の魔力が無くならない限り撃ち続けられる。

 そんなわけで、ルクレツィアは銃を乱射した。その男が逃げるのを食い止めているあいだに、自分も彼に近寄る。


「その香水、とても興味があるのですが、あなたが作ったものですか?」


 ルクレツィアは見えている口元には笑みをうかべながらも、目は冷たく男を睨み付けていた。

 魔法がルクレツィアの方に飛んできた。その攻撃はルクレツィアが展開する魔法障壁によって阻まれた。彼女は魔法を放った魔術師の方にむしろ近づいて行く。先ほどより威力の大きい魔法が展開された時、フェデーレがルクレツィアの前に割って入った。


 彼は剣で魔法を切り裂いた。光が散るように、展開されていた魔法式が離散していく。


「さすがです」

「お褒めいただき、光栄です」


 思わずルクレツィアがほめると、フェデーレは口元に笑みを浮かべて言った。これが、彼が魔法騎士として『夜明けの騎士団』に所属している理由である。彼は、魔法破壊ができるのだ。もしくは魔法斬りともいう。その名の通り、展開した魔法を切り裂いて破壊することを示す。もっとも、誰にでもできることではない。ルクレツィアは、フェデーレ以外に1人しかこれをできる人を知らない。


 魔法破壊を行うには優れた剣の腕と動体視力、そして、剣術と魔術の併用が必要である。魔術の併用と言うのは意外に難しく、フェデーレのように高速で展開される魔法を斬れるのはすでに神業である。

 魔法破壊はれっきとした魔法の一種であるが、かなりインパクトがでかい。剣で魔法を斬ると言う行為は、相手を怖がらせる効果を十分に発揮してくれている。


「みんなで一斉に魔法を撃つのです!」


 女主人が指示を出すが、実現できていない。操られていても、フェデーレが行った魔法破壊の強さがわかるらしい。かばわれていた魔術師も、これは不利だと思ったのか、一番近い出入り口から逃げようとする。


「逃がしません」


 ルクレツィアは手を上げ、魔術師が向かう出入り口の扉を閉じ、さらに魔法で固定する。だが、それと同時に魔法が飛んできた。しかも、ルクレツィアに向かってではなく、女主人の方に。


「っと!」


 ルクレツィアはこちらに吹っ飛んできた女主人の体を何とか受け止める。その衝撃でフードがはずれ、顔があらわになった。そのまま女主人を拘束したルクレツィアだが、その隙に魔術師が逃げたことに気が付いた。

 やられた。しかし、まだヴェロニカの結界が待ち構えている。彼女の魔法は、ルクレツィアのものほど軟ではない。


 だが。


「!」


 操られている全員を昏倒させる魔法を行使していたルクレツィアは、ヴェロニカの結界が破られるのを感じた。エラルドが顔をしかめる。

「今の」

「ええ。結界が破られたわ。逃げられた、と言うことね……」

「またか」

 フェデーレがそうつぶやいたが、ため息をつきつつ残念がっている口調だったので、ルクレツィアは特にかみつかなかった。


 ややあって、ヴェロニカがやってきた。彼女はルクレツィアを見るなり「すまない」と謝ってきた。


「逃げられた」

「もともと私が逃がしたんだから、気にすることないわ。それより、この状況を何とかしないと」

 娼館にいた全員は拘束できたと思うが、彼らをどうするかが悩みどころである。ヴェロニカはざっと周囲を見渡して呆れた表情になった。

「全員操られていたのか?」

「いえ、女主人が操っていたみたい。おそらく、この娼館の人と、常連客が魔法の餌食になってたのね。調べたけど、ほら。首の後ろに入れ墨みたいのがある」


 ルクレツィアは手近な女性の首元をヴェロニカに見せた。彼女は「禁呪だな」とあっさり言った。


「精神作用系の洗脳魔法だ。強力すぎて、使用が禁じられている。この女に仕えるとは思えないんだが……」

 ヴェロニカは女主人を見て言った。確かに、彼女はあまり魔力が強いとは言えない。

「じゃあ、きっと逃げた魔術師が魔法を提供していたのね。かくまってもらう代わりに」

「ありうるな……と言うか、この女はなぜその魔術師をかくまったんだ」

「知らないわよ」

 テンポよく会話が進んでいく。ルクレツィアとヴェロニカは、互いに意見を言い合うことで結論を見つけていく方式をとることが多い。

「とりあえず、応援を呼びましょう。考えるのは後からでもいいわ。できれば魔術師もとらえておきたかったけど……」

「予想が甘かったな」

「それに関しては否定できないわね」

 フェデーレが嫌味っぽく言ったが、ルクレツィアは肩をすくめてそれをいなした。詰めが甘いとは、自分でも思う。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やっぱり戦闘シーンは苦手だ……。

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