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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第11章 復活祭
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87.常識とは

くだらない話、その2。












「とりあえずお父様。落ち着いてください」



 アウグストに事情を説明する前に、ルクレツィアは父を止めにかかった。一応ルクレツィアの同意を得ているので、ジェイムズは悪くない。たぶん。フェデーレも一緒だったし、間違いが起こりようもない。

「ルーチェ。しかしだな……こんな男がフランの夫になるかと思うと……」

「いや、ちょっと変な人ですけど、お父様も人のこと言えないと思いますよ」

 家族の中で群を抜いて変人なのは自分である、という自覚のあるルクレツィアであるが、全体的に変人の集まりであるデアンジェリス王家をまとめ上げているクレシェンツィオも十分に変人である。


「私は常識人を自認しているのだが……」

「そう言う人は、たいてい変人です。そして自分は変人だ、と言っている人間はそれほど変人でない傾向があります」


 娘に冷静につっこまれたクレシェンツィオは「そうか」ととりあえず納得を示し、落ち着いたようだった。そこでルクレツィアが簡単に事情を説明する。


「ジェイムズ陛下の背中に魔法陣が浮かんでいました。エルシアでは解明できなかったようで、私を頼ってきたらしいです」


 さくっと、本当に端的に説明した。ざっくりし過ぎてはいるが、間違ってもいない。


「それ、どんな魔法陣なんですか?」


 興味を覚えたらしいアウグストがジェイムズに尋ねる。ああ、と彼はまたシャツを脱ぎにかかる。そしてまた怒鳴るクレシェンツィオ。

「娘の前でそのようなことは控えていただきたいのだが」

「お父様、その口論既にやりました」

 フェデーレと。当の本人であるルクレツィアが気にしないので別にいいと思ったのだが。

 しかし、クレシェンツィオは違うらしく、娘の両肩に手を置いた。

「いいか、ルクレツィアよ。お前がどう思おうと、未婚の娘が男の肌かを見るのははしたないことなんだぞ」

「いや、すでに遅いです。私、フェデーレの服を引っぺがしたことがありますから」

「何!?」

「ルーチェ! 俺を巻き込まないでくれ!」

 過剰に反応したクレシェンツィオと、悲痛な声を上げるフェデーレである。言ってから、しまった、と思ったのだが、出たものは仕方がない。

 さらに混とんとしそうだったが、その前にアウグストがぱんぱん、と手をたたいて自分に注目を集めた。


「とにかく、内輪もめは後にしましょう。ルーチェ、魔法研究家の誰かを呼び寄せて」

「わかりました。リベラート・シレアを招喚します」


 体よく追い払われた気もするが、どちらにしろ『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』から魔術師を呼んでこなければならない。それに、アウグストたちが来た以上、ルクレツィアがジェイムズと一緒にはいられないだろう。彼らがそのように取り計らうはずだ。ジェイムズはフランチェスカの婚約者であり、ルクレツィアの婚約者ではないのだから。

 しかも、初めにジェイムズがルクレツィアに縁談を持ってきたという事実もあるので、余計に遠ざけさせられるはずだ。


 会うなら、やはり『15代目アルバ・ローザクローチェ』として、しかも誰かを同席させなければならないだろう。今回はフェデーレが一緒だったのでセーフだろうか。


「変な人だったわね」


 やはりフェデーレと共に応接室を出ながら、ルクレツィアは感想をつぶやく。フェデーレは「お前に言われたらおしまいだな」と苦笑する。

「それより、お前、いつの間にそんなことをしたんだ……」

「そんな事?」

 きょとんと首をかしげると、フェデーレは唇の端をひきつらせつつ言った。

「……俺の、シャツを脱がせたとか……」

「脱がせたんじゃないわ。引っぺがしたのよ」

「一緒だろ」

 まあ、それもそうか。ルクレツィアは肩をすくめた。

「まああれよ。あなたが魔法病で倒れた時に、痣の様子を調べるために脱がせたのよ」

「ああ……なるほど」

 納得し、ほっとした様子でフェデーレがうなずいた。ルクレツィアは思わず目を細める。彼が魔法病にかからなければ、ルクレツィアは命を懸けて魔法病を収めようとは思わなかっただろう。


 だから、魔法病が収まったのは、ルクレツィアのおかげではなく、フェデーレのおかげなのだろう。


「魔法病か……ジェイムズ王のあれは、魔法病とは違うのか?」

「んー、違うと思うわね。魔法の影響を受けた刻印ではあると思うけど」

「刻印?」

「ほら、禁呪に洗脳魔法で人を操るものがあるでしょ。洗脳魔法は基本的に首筋の所にしるしが出るの。それと同じようなものだと思うわ」

 へえ、とフェデーレは理解したのかしていないのかあいまいな返事をした。まあ、理解できなくても、彼が解決するわけではないのだ。

「何とかなるのか、あれ」

「さあね。とりあえず、リベルを呼び寄せましょう」

 ルクレツィアはやってきたカルメンにテレパシーでラ・ルーナ城に連絡してもらい、リベラートを呼んでもらった。彼はすぐにやってきた。


「おう、ルーチェ、フェディ。最近仲いいな」

「悪くはないわね」


 笑ってそんなことをのたまったリベラートにさくっと返すルクレツィア。フェデーレは仲は悪くないと言われたので少し嬉しそうだ。ルクレツィアもひねくれているので『悪くない』と言ったが、どちらかというと『仲が良い』ほうには入るのだろうと思う。

「ごめん、リベル。祭りに行ってた?」

「いや、もともと明日行くつもりだったから気にするな」

 相変わらず面倒見がよいリベラートはそう言ってルクレツィアとフェデーレの頭をぽん、ぽん、とそれぞれたたいた。


「じゃあ、突然やってきたというエルシアの国王にお目にかかろうかな……」


 リベラートは若干嫌そうに言った。そう言えば、前に宮殿に来たときも胃痛がする、とか言っていたな。まじめなのだ、彼は。しかし、これが正常な反応であるような気がする。


「フェデーレも一緒に行けば?」


 あまりにもリベラートが嫌そうなので、そう言ってみるが、フェデーレ自身ではなくリベラート自身から拒否された。

「いや、お前はそのままフェディと一緒にいろ。絶対一人になるなよ」

「……いや、ファウストの件はもう解決してるわよ?」

「そうじゃないだろ、ボケるな」

 別にボケてないのに、とルクレツィアは首をかしげてリベラートを見上げた。彼は苦笑し、ルクレツィアではなくフェデーレに言った。

「お前、こいつ見てろよ」

「わかってる」

 フェデーレがうなずくと、リベラートはすでに疲れたような笑みを浮かべてエルシア王に謁見しに行った。頑張れ。

「それで、私はあんたと一緒にいればいいの?」

「まあ、そう言うことだな。別に俺である必要はないけど……」

 歯切れ悪くフェデーレは言った。ルクレツィアは首をかしげる。

「どうして一人になっちゃいけないのよ」

 最近、そう言われることが多くてうんざり気味なのである。フェデーレは何も言わずにただ苦笑したが、会話を聞いていたカルメンがついにツッコミを入れる。

「エルシア王が初めに姫様に縁談を持ってきたからですよ。つまり、平たく言えば、エルシア王は姫様に気があったということです」

 だから、エルシア王がいる間は姫様は隙を見せてはならないのです、とカルメン。


「んな馬鹿な」


 思わず素でツッコミを入れる。オルテンシア、フランチェスカという絶世の美女を姉妹にもつルクレツィアは、どこか感覚がおかしい。ずっとルクレツィアの側にいたフェデーレがつっこむ。


「いや、どう考えてもお前に気があるそぶりだっただろ。どちらかというと、魔女であるお前に興味があるような気もしたが、どちらにしろ好印象を持たれてると思う」

「え、そうだった?」

「……お前、ダメだな」


 フェデーレが呆れた様子でつっこんだ。ルクレツィアはむっとして言い返す。


「どうせ鈍いわよ」


 男性恐怖症のルクレツィアがあえて考えないようにしていた、というのもあるが、ルクレツィアは恋愛感情的なものに疎い自覚はあった。

「……はっきり言えばわかるのか?」

「どうかしら」

 腕を組んでフェデーレを見上げる。しばし二人は見つめ合う。


 そこに、控えめな声がした。


「お姉様……」

「うわっ。びっくりした」

 びくっとして振り返ると、すぐ近くまでフランチェスカが来ていた。もじもじとしてかわいらしいが、本気でびっくりした。

「どうしたの、フラン」

「ええっと、その……」

 いつも無礼なほど朗らかなフランチェスカのこの様子にルクレツィアは辛抱強く妹の言葉を待った。


「お姉様は、ジェイムズ陛下が好きなのですか?」


 妹の爆弾発言に、ルクレツィアは三流コントよろしくその場でこけた。フェデーレが腕をつかんで引っ張り上げる。


「……あのね、フラン。未婚女性として私の行動が良くないのは認めるけど、フェデーレも一緒にいたからね」


 そう言うと、フランチェスカは目を丸くした。


「まあっ。お姉様、セレーニ伯爵のことを名前で呼ぶようになったのですね!」

「前々から呼んでるわよ」

「あっ、もしかして、お姉様はセレーニ伯爵のことが好きなのですか?」

「ジェイムズ陛下よりは好きだね」


 そう答えると、フランチェスカはほっとしたように息をついた。


「お姉様とジェイムズ陛下がご一緒でしたので、驚いてしまいました」


 どうやら、フランチェスカは姉が自分の婚約者と一緒にいたので驚いてしまったようだ。そこから好きなのか、という問いに発展するあたり、フランチェスカも年ごろの少女だなぁと思う。


「というか、どうせツッコむならどうしてジェイムズ陛下が上半身裸だったのかを聞きなさいよ」


 あっけらかんとして言うと、フランチェスカはパッと頬を赤らめた。


「お、お姉様! そう言うのははしたないと思うのです!」

「……」


 なんだか今日はそんなようなことを言われてばかりだ。ルクレツィア的には大したことないと思うのだが、フェデーレもショックを受けていたし。

 ルクレツィアはカルメンに尋ねた。


「はしたないと思う? お目付け役が同席で男性がシャツを脱ぐのを見ていたのは」

「姫様、そんなことしたんですか。前々から言おうと思っていましたが、姫様、ちょっと常識おかしいです」


 シーカ女伯に相談した方がいいでしょうか、とカルメンはつぶやく。それはやめてください。ジリオーラは説教が長いのだ。

 カルメンにもおかしいと言われたので、ルクレツィアの常識は本当にずれているのだろう。ルクレツィア命のカルメンは、めったなことでは彼女を否定しない。

「お姉様には照れると言う感情がないのですか?」

「あるわよ、さすがに失礼よ、それ」

 フランチェスカに冷血疑惑をかけられてルクレツィアは目を細めた。照れると言う感情がないのは、どちらかというとヴェロニカではないだろうか(失礼である)。

「まあ、それはともかく、姫様。そろそろセレーニ伯爵を復活させてほしいのですが……」

「あら」

 カルメンに指摘されて気が付いたが、フェデーレが機能停止していた。ショックを受けた様子で壁になついている。たぶん、ルクレツィアの発言にショックを受けたのだろうが、その発言がどれなのかがわからない。

 とりあえず、この状況を誰かに見られたらまずい気がする。そのため、ルクレツィアはフェデーレの再起動を計った。


「フェデーレ。とりあえず、お茶にでもしましょう。行くわよ」


 いまだ自分たちが廊下にいることに気が付き、ルクレツィアはそう言った。フランチェスカが「いいですね」と微笑む。ついてくる気のようだ。

「……わかった」

 復活したフェデーレがルクレツィアに手を差し出す。ルクレツィアはその手を取った。カルメンとフランチェスカが「まあ」と驚いた声をあげたが、ルクレツィアは聞かなかったことにした。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


突然ですが、現在、投降済みのものを改稿作業中です。

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