85.突然の来訪はおやめください
なんだか突然サブタイトルがギャグチックですが、内容とはあまり関係ないです。
そう言えば、ブックマーク登録が190件になってました……。びっくり。登録してくださった皆さん、読んで下さっているみなさん、本当にありがとうございます!
オルテンシアが嫁いだ後のイル・ソーレ宮殿は、どことなく暗く見えた。特に王家の皆さんはさみしい様子。フランチェスカなどは最近いつも泣いている。
ルクレツィアは、そんなフランチェスカが少しうらやましい。彼女は姉が嫁いだことについて、どう反応すればいいのかわからないのだ。
確かにさみしいし、オルテンシアがいないのは不思議な感じだ。しかし、会えなくなるわけではない。そう。オルテンシアは生きているのだから。
そんなルクレツィアたちの思いも置いてけぼりに、復活祭の季節がやってきた。生誕祭と同じく、アルバ・ローザクローチェとしてルクレツィアは参列する予定だ。ただし、生誕祭とは違い、復活祭はパルヴィス大聖堂で行われる。
「おお、ルーチェ。チョコ食べるか?」
「……食べる」
明日の復活祭の最終確認のためにラ・ルーナ城を訪れたルクレツィアは、リベラートにそう声をかけられてうなずいた。復活祭は卵形のチョコレートを作る。これを屋敷などに隠し、探し出せたら食べられるのだ。だが、ラ・ルーナ城でそんなことはできないので、普通に手渡しでもらった。
「リベルが作ったの、これ」
「作ったっつーか、とかして固めただけだけどな」
「へえ」
妙に女子力……というか、母親度の高いリベラートは、料理が無駄に上手い。今回は固めただけだというが、きれいに卵形になっている。それを王女らしからぬ仕草でほおばるルクレツィアの頭を、リベラートはよしよしとなでた。少し前なら振り払っていただろうが、フェデーレだけでなく、よく接する彼にも慣れてきた。
「何?」
「いや。何となく」
「……」
何となく、オルテンシアが嫁いでから気を使われている気がする。そんなに落ち込んでいるように見えるのだろうか。
「リベルは明日の復活祭に参加するの?」
もぐもぐしながら尋ねる。いや、とリベラートは笑顔で首を左右に振った。
「俺は参加しない。復活祭は人が多いからな。屋台とかは見て回るつもりだけど」
「ふ~ん」
祭りとなると、屋台や露店が姿を見せるのはどこでも同じだ。ルクレツィアも何度か屋台めぐりをしたことがある。
「……楽しそうね」
「そうだな」
リベラートは笑うと、もう一度ルクレツィアの頭をなでた。チョコレートの最後のひとかけらを飲みこみ、ルクレツィアは立ち上がる。
「ごちそう様。おいしかったわ」
「ただチョコを溶かして固めただけだからな。あんまり無理し過ぎるなよ」
「うん。平気」
ルクレツィアは少し笑うと、明日の復活祭の段取りを確認しにグランデ・マエストロを探しに行った。今日はジリオーラがやはり復活祭の最終確認のため宮殿に上がっているので、ヴィルフレードはラ・ルーナ城にいる可能性が高い。
「よし、行こう」
オルテンシアがいなくなってさみしいのは事実だが、今は復活祭を成功させることが先だ。
△
翌日、ルクレツィアはヴィルフレードと並んでパルヴィス大聖堂の王族と対になる席に座っていた。その間には祭壇があり、大司教が相変わらず長い説教を行っている。建国祭と似ているが、違うところもある。
建国祭は完全に式典であるが、復活祭は祭りだ。最後に大主教が祝福の言葉をささげ、大聖堂に仕える聖職者たちが花輪を投げる。それを取れると幸せになれる、というジンクスがあるのだ。大聖堂なのに、ふざけ過ぎである。
ちなみに、ひと月ほど前この大聖堂で倒れているところを発見されたルクレツィアは、大司教に会うなり「お元気そうで何よりです。あの時は肝を冷やしました」と笑顔で嫌味っぽいことを言われた。いや、大聖堂でぶっ倒れていて申し訳なかった。しかし、あの時は仕方がなかったのだ、と言い訳しておく。
ルクレツィアはちらりと王族の席に目をやる。国王と王妃を前に、その後ろにアウグストを中心に向かって左手にフランチェスカ、反対側にジェレミアが座っている。オルテンシアは嫁いでしまったし、ルクレツィアは『体調不良で欠席』扱いとなっている。まあ、今となってはそれを信じる貴族も少ないだろう。何しろ、ルクレツィアは『15代目アルバ・ローザクローチェ』として参列している。
「久しぶりに聞くと、長いねぇ」
「私は眠いです」
「ははっ。実は僕も」
ヴィルフレードとこそこそ会話をする。2人とも仮面を身に着け、ルクレツィアは杖を、ヴィルフレードは剣を持っている。大聖堂に剣を持ち込めるのはグランデ・マエストロの特権だ。
アルバ・ローザクローチェの正装はスラックスになるため、ルクレツィアは今男装している状態だ。当たり前だが、ヴェロニカほどには似合わない。
その格好にマントを羽織り、手には杖。全身黒いので、怪しさ満点である。それはヴィルフレードも同じだ。細身のルクレツィアは何となく胡散臭いが、体格の良いヴィルフレードは完全に不審者である。これでグランデ・マエストロであるという肩書がなければ、の話だが。
まだ説教の最中であるというのに、侍従が国王に何か耳打ちした。それとほぼ同時に、ルクレツィアにテレパシーで情報が入ってくる。
『閣下。緊急事態です。イル・ソーレ宮殿正門前に、エルシアの国王を名乗る男が現れました』
思わず、ヴィルフレードと目を見合わせた。さらにクレシェンツィオの方を見ると、彼とも目が合った。
どうするか。そう尋ねられた気がした。説教はまだ続いている。大司教も異常事態に気が付いただろうが、あえてそうしているのだろう。参列者に不安を与えないために。
「マエストロ。わたくしが行きます。マエストロは、陛下たちを」
「そう。一人で大丈夫?」
「途中でフェデーレでも捕まえていきます」
「ああ。それがいいね」
ヴィルフレードがうなずいた。ルクレツィアが立ち上がると、その動作が人目を引いた。さすがの大司教も説教を中断する。
「どうかなさいましたか、アルバ様」
「少々面倒事が起きているようなので、わたくしは席を外します。大司教様、どうぞ続きを。わたくしが対応しておきますから」
口元に笑みを浮かべて説教の続きを促す。最後の言葉は、クレシェンツィオにむけた言葉でもあった。ちらっと父親の方を見ると、彼はかすかにうなずいた。ルクレツィアは軽く頭を下げ、後方にある扉から退場した。すぐにマントを剥ぎ取り手にかける。そのまま貴族用のボックス席に向かった。メリディアーニ公爵家は最高位の貴族なので、祭壇の近くの席にいるはず。
「フェデーレ」
「うぉっ。お前か」
唐突に自分の後ろに出現したルクレツィアに、フェデーレは驚きの声をあげた。彼の父親と弟もルクレツィアに気が付いた。
「今、宮殿前にエルシアのジェイムズ王を名乗る男が来てるらしいわ。行くわよ」
「わかった。父上、少し席を外す」
フェデーレは何も聞かずに立ち上がり、父親のジョエレに向かって言った。ジョエレは重々しくうなずく。
「ああ。ちゃんと姫様をお守りしろ」
「そんなに弱くないわよ、私」
ルクレツィアは苦笑してジョエレに言った。フェデーレの弟ランベルトは「気を付けてください」と兄とルクレツィアを見送ってくれた。
「で、どういう状況なんだ?」
ルクレツィアと馬を並走させるフェデーレが尋ねた。ルクレツィアは首を左右に振る。
「よくわからないわ。まあ、行けばわかるでしょ」
「お前、結構性格ざっくりしてるよな」
フェデーレにつっこまれてルクレツィアは肩をすくめた。確かに、その通りだ。
「ま、私とあなたなら、相手が誰だろうと、逃げ切ることくらいはできるでしょ」
倒せなくても、この二人なら逃げ切ることは簡単。そこが大事だ。勝てなくてもいい。負けないのならば。
イル・ソーレ宮殿の正門前には、多くの騎士や人々が集まっていた。主の許可なしに宮殿に人を招き入れられないのだろう。たとえ、それがこの国の王女の婚約者だとしても。
「通していただけますか」
馬上から人々を見おろし、ルクレツィアは微笑む。ざっと人垣が割れた。遠慮なくその道をルクレツィアは進む。その後を、フェデーレもついてくる。
やがて、一人の青年が眼に入った。
長身の男だ。赤みがかった金髪に、意志の強そうな紫の瞳。軍服のようなものに包まれたその体はがっしりしていて、顔立ちは精悍だ。しかし、端正な顔立ちで、体つきも筋肉のつき方がきれいなので見苦しくない。
ルクレツィアはするりと馬から降りた。倣ってフェデーレも下馬する。ルクレツィアは左手に杖を持ち、右拳を左胸に当てた。
「初めまして。わたくしは『15代目アルバ・ローザクローチェ』。どうぞお見知りおきを」
「あなたが、この国の魔術師の最高責任者ということか。初めまして。私はエルシア王国国王、ジェイムズだ」
精悍な顔に笑みを浮かべる男を見て、ルクレツィアは思った。
本当に国王がきやがった。
ルクレツィアは絵姿でしかジェイムズ王の姿を知らない。絵姿ほど頼りにならないものはない。いくらでも偽装できるからだ。だから、彼女にも彼が本物かどうか、見分けがつかない。
だが、直感的に、彼の言うことは事実だ、とも思った。思わずため息が漏れる。
「ジェイムズ陛下、よくお越しくださいました。申し訳ありませんが、現在復活祭の式典中で、国王陛下はまいられません。わたくしは陛下の名代です」
そのため、イル・ソーレ宮殿に入れるかどうかの判断も彼女が行うのだ。
彼が国王を名乗る以上、本物だろうが偽物だろうが、宮殿に入れるしかないとルクレツィアは判断する。もしもこれで偽物だとして、仮に攻撃されようとも、ルクレツィアとフェデーレの二人なら、仕留めるまでは行かなくても怪我をさせることは可能だろう。ジェイムズ王は戦上手で知られる。
ルクレツィアは自分の中のある意味残酷な判断を押し隠し、笑みを浮かべた。もっとも、口元しか見えていないが。
「陛下が戻られるのは、夕刻になります」
たとえ大聖堂で何かあったとしても、ヴィルフレードがついている。何かあっても、彼は必ず国王たちを護るだろう。
だから必ず、彼らは夕方には帰ってくる。
「……いや。会いたい人物にはもう会えたから、構わない」
ルクレツィアはジェイムズ王の言葉に目を細めた。この状況で言う「会いたい人」というなら。
「一度はお目にかかりたいと思っていた。あえてうれしいよ、デアンジェリス第二王女ルクレツィア殿下」
仮面の下で、ルクレツィアは目を細めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この章、進行がゆるゆるです。気長に待っていただけると嬉しいです。




