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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第1章 甘い香り
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07.調査

一日寝て復活。つくづく自分は丈夫だと思う。







 週末に母の日を挟んで、週明け。ルクレツィアは早速ラ・ルーナ城に向かった。おなじみ、ヴェロニカの研究室である。ノックをしたが、相変わらず返答がないので、勝手にドアを開けて中に入る。


「失礼しま……なんかすごいね」


 部屋の中を見て、ルクレツィアは目を見開いた。いつも雑然としているこの部屋だが、今日は贈り物らしきもので雑然としていた。


「昨日は母の日だったからな。何故かみんな、僕の所に贈り物を置いて行く」


 作業机の椅子に座って本を読んでいたヴェロニカは、顔を上げてそう言った。彼女は眼鏡を取って眉間を揉んだ。

「まあ、お世話になった人に贈り物をするのが流行ってるらしいものね。私もヴェラに持ってきたわ」

 ルクレツィアはきれいに包装されたプレゼントをヴェロニカに差し出した。受け取ったヴェロニカは、物珍しげにそれを眺めた。


「なんだ、これは」

「ティーバッグ」

「……ビーカーで出してやろうか」

「ビーカーで出されるから、ティーバッグで持ってきたんでしょ。それで、リベラートはいる?」

「惜しかったな。今朝方出張に行った。あいつもかなり母の日の贈り物をもらっていたようだが……」

「ああ、面倒見いいもんね」


 口うるさいともいう。リベラート・シレアは非常識人の多い『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』に置いて数少ない常識人なのである。そのためか、気苦労が絶えず、結果、みんなお世話になっているのだ。


 とりあえず、リベラートへの贈り物は忘れることにして、鉢植えの調査結果からだ。


「結果から言うと、あたりだな。学術上の名前は『ウェヌス』。他にも、『愛の花』などという呼び名もあるようだが、まあ、昔から媚薬に使われることが多かったからだろうな」

「あの鉢植え、お母様は気づいたら置いてあったって言ってたけど。誰かが意図しておいたのかしら」

「いや、どうだろうな。普通の人間が見れば、いい香りのするかわいらしい花にしか見えんだろう……何故驚く」

「いや、ヴェラの口から『かわいらしい』と言う言葉が出てきたことに驚いた」

 素直に言うと、書類ではたかれた。生真面目かつ毒舌な彼女から出る言葉とは思えなかったのだから仕方がないではないか。


「とにかく、宮殿の温室にだれがあの鉢植えを置いたのか。それを調べるのは、僕たちではない」

「わかってるわ。それで、あの鉢植えの花は例の香水の原料なのよね?」

「ああ。原料の一つ、と言う方が正しいだろうが。他は、普通の香水と同じ原料だからな。この『ウェヌス』ですら、媚薬のもとになると言うだけで、それほど強い魔力はない」

「ってことは、その製造過程に何かあるのね。製造元は特定できたの?」

「実際に手紙を送ってみたぞ。リベラートが」

「……そうなの。今度お礼を言っておくわ」


 ルクレツィアはそう言った。いない人間をねぎらうことはできないので仕方がない。


 実際に、広告にある住所に、香水を購入したい、と言う手紙を出したらしい。もちろん、追跡用の魔法をかけ、後を追った。たどり着いたのは――。


「ここだ」


 ヴェロニカが指さした辺りを、ルクレツィアは覗き込む。王都の地図の、やや端より。とはいえ、十分繁華街と呼ばれるあたりだ。繁華街と言うか。


「いわゆる、花街と言うところだな」

「……」


 ヴェロニカにズバリと言われて、ルクレツィアは沈黙した。しかし、隠れるにはいい場所ではある。人の出入りは多いし、香水の匂いは漂っているし。ただ、その匂いが強すぎて、王都にだいぶ広がっているようだが。

「……んじゃまあ、いろいろわかったところで一発突撃かけてみる?」

「僕に聞くな。マエストロがいない以上、君が最終判断を下すべきだ」

 結構みんな好き勝手やっているくせに、こんな時だけルクレツィアを立てる。そんな必要ないのに。

「わかった。じゃあ、突撃をかけてみましょうか。人数は少なくていいわ。駄目なら、逃げればいいし」

「む。天下の『アルバ・ローザクローチェ』らしからぬお言葉だな」

「そんなものになった覚えはないわ。そうね。決行は明後日の明け方にしましょうか。明日の夜は花街に様子を見に行きましょう」

「了解。伝えておく」

 ヴェロニカが軽い調子で答えた。明日、宮殿を留守にするのならいろいろ準備しなければならないことがある。ルクレツィアは一度司令室により、すぐに宮殿に戻った。
















 翌日の夕刻。明け方まで活動することがわかりきっていたので、昼寝は取ってきた。少人数で、と言ったので、集まったのは少数精鋭。結界を張る魔術師役にヴェロニカ、近接戦闘になった場合の戦闘員としてフェデーレとエラルド・ディ・リーゾ。後方支援役としてルクレツィアが行くことにした。結界は、中から逃げられないためと、被害が周辺にまで及ばないため、二つの意味がある。


「姫様、杖はもって行かないんですか?」


 尋ねたのはエラルドである。リーゾ伯爵家の五男である彼は魔法剣士である。どうせ家にいても家督は継げないのだから、と言うことで、魔力があった彼は『夜明けの騎士団』に志願したのである。茶褐色の髪にとび色の瞳の、それなりに整ってはいるがどこにでもいそうな普通の顔立ちの青年である。年は20歳。あまり美人の自覚のないルクレツィアは、勝手に彼に親近感を覚えていた。


「持って行ってもいいけど、あれは結構邪魔なのよね。目立つし」


 魔術師、魔女と言えば杖。と言うのがこの国での印象だ。それは決して間違いではない。実際に、魔法使いであったと言う初代『アルバ・ローザクローチェ』の杖が現代にまで伝わっているし、魔女であるヴェロニカも身の丈ほどの杖を持ち歩くことが多い。しかし、何分あれは目立つ。持ち歩く方法がないわけではないが、面倒だ。ヴェロニカも、今回使用する杖は短めである。この杖は、魔法の補助に使われる。

 そう言って肩をすくめたルクレツィアの様子もいつもと違った。いつもは褪せたような茶髪を腰辺りまで垂らしているが、今は、やはり腰元まである銀髪を緩く束ね、右肩から前にたらしていた。こちらが、本来のルクレツィアの髪の色である。銀髪はやたらと目立つし、さらに瞳の色がアイスグリーンである。見る者に冷たい印象を与えるため、目立たないように魔法で茶髪にしていることが多い。


 ルクレツィアが武器として使用するのは主に弓である。しかし、杖と同じ理由で却下し、今はマントの下に小型の銃を隠し持っていた。魔法銃である。


「銃って微妙に使い勝手が悪いのよね」

「ああ。使える魔法が限られるからな。まあ、我慢しろ。エラルドもフェデーレもいるし、戦力としては充分だろう」


 先ほどから黙って立っているフェデーレも、今は変装している。いや、ルクレツィアは変装を解いたのだが、いつもの姿と違うのは同じである。嫌味なまでに美しい金髪は焦げ茶色に変え、顔立ちを隠すために眼鏡をしている。それでも美形だ。何となく腹が立つ。

 フェデーレとエラルドは魔法剣士であるため、剣を腰にさげている。しかし、剣を持ち歩く男性は多いため、さほど目立たない。もう少し剣の腕を上げようかな、などと考えるルクレツィアだ。どうにも、接近戦が性に合わないのである。


「準備はいいわね。じゃあ行こうか」


 ルクレツィアはそう言って水路に向かった。何故かと言うと、水路を移動して花街に向かうからだ。

 デアンジェリス王国の王都フィオーレは、街中に水路がめぐる文字通り水の都だ。橋もかかっているが、道を歩くより水路を移動した方が速いのである。


 そんなわけで、ラ・ルーナ城にもいくつかゴンドラが用意されている。天幕のあるゴンドラを選び、まずフェデーレが乗り込んだ。次いでヴェロニカが乗り込み、ルクレツィアに手を差し出す。ルクレツィアは彼女の手を取ってゴンドラに飛び乗った。最後に、エラルドが岸に係留していた縄を外し、ゴンドラを蹴る。すぐに彼も飛び乗って出発だ。女性陣は天幕の中にいることになる。まあ、ヴェロニカは見た目怪しい魔術師であり、男女の区別がつかなかったが。


 エラルドが舵を取り、ゴンドラはゆっくりと進む。何艘かのゴンドラとすれ違ったが、貴族のお忍びらしいゴンドラもいくつかあった。まあ、こちらも人のことは言えないのだが……。

 さほど立たずして花街にたどり着いた。まずエラルドがゴンドラから岸に飛び移り、ゴンドラを係留する。それから彼はヴェロニカを引き上げた。さらに、ヴェロニカはルクレツィアに手を差し出して引き上げる。フェデーレは自力で飛び移った。

 移動している間に、すっかり夜になっている。ルクレツィアは目立つ銀髪をマントのフードで隠しながら、小走り気味に前を歩くフェデーレに続く。


 花街を訪れるのは初めてではない。花街と言っても歓楽街で、娼館以外にも普通の料亭や宿屋なども存在する。まあ、娼館の比率が高いけど……。


 客引きの女性に、フェデーレやエラルドが声をかけられている。だが、2人とも完全スルーしている。時々、一見男に見えるヴェロニカにも声がかかるが、一見女とわかるルクレツィアがくっついているからか、からかいの声の方が多かった。


「……私が見ても、普通の花街なんですけど」


 エラルドが困惑したように言った。夜になり、活気づいてくるのが歓楽街、花街である。ルクレツィアも鋭く周囲を観察するが、目立った異変は感じられない。

「だが、甘い匂いはするな……」

「……フェデーレ、鼻がいいのね……」

 ルクレツィアは感心して言った。彼女はすでに、娼婦たちの香水の匂いが強すぎて、他の香りがよくわからないところまで来ている。


「それに、魔法の波動をかすかに感じるな。近づいてきているから、進行方向先だな」


 ヴェロニカが言った。彼女がいると、捜索が楽である。ルクレツィアたちも魔力を感知することはできるが、ヴェロニカの知覚魔法はその比ではないのだ。

 客寄せを避けながら、歩を進める。やがて、一つの娼館にたどり着いた。

「ここだな」

「え、ここ? ただの娼館にしか見えないけど」

 男性陣が聞きにくそうだったので、ルクレツィアが代表して尋ねた。ヴェロニカは眼鏡を押し上げようとして、今は眼鏡をしていないことに気付いたのか手をおろした。

「間違いないな。この建物だ……かなり強力な魔法がかかっている。娼館なのは偽装だろう。人がどれだけ出入りしても気にされない」

「あー、なるほど」

 ルクレツィアは納得した声をあげた。確かに、娼館であれば人が多数出入りしても見とがめられない。

「でも、侵入するときが面倒くさいわね。中の人たちをどうするか……」

「とりあえず、しばらく様子を見てみるしかないだろう。最終手段は、『アルバ・ローザクローチェ』の名を使って追い出そう」

 ヴェロニカがかなり強引なことを言った。きっと、それをするのはルクレツィアになるが、他にいい案も浮かばなかったので同意することにした。


「……とりあえず、明け方になるまで、あの店に居よう」


 そう言ってフェデーレが示したのは、花街の中でもそういったサービスを行わない、普通の飲み屋だった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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