78.光
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すでに満身創痍(?)のルクレツィアがたどりついたのは、パルヴィス大聖堂である。王都のほぼ中央に位置するこの聖堂。ここからなら、魔法を王都全体に届けることができるだろう。
アウローラに肉体を使われたことで、明らかに普段使わない筋肉に負荷がかかっている。体が重いし、あちこち痛い。だが、魔力の総量は減っていないだろう。
それでも、ルクレツィアの魔力がアウローラに及ばないのは変わりない。なので、空気中と大地の魔力を利用する。
どこかで起きていた、魔力を無駄に放出する魔法陣は、おそらく、ファウストが逝くときに効力を失ったのだと思う。そう思いたい。こればかりは、長期的に調べなければわからないが、まあ、ヴェロニカあたりがやってくれるだろう。
そう結論づけ、ルクレツィアは魔法陣を描く。床に、四方に、頭上に。多くの魔法陣に囲まれた中心に、ルクレツィアは立つ。これらは今から使用する魔法を補助してくれる魔法陣だ。
ルクレツィアは目を閉じ、かつてのアウローラと同じように杖を右手に持ち、そして、両手を前に伸ばした。
「分け与えましょう。世界中に、夢を希望を、そして愛を」
かつて、アウローラは平安を望んだ。だが、いくら平和を望んでも、人は戦いを繰り返す。平安は望むだけ無駄なのだ。平和は、分け与えるものではない。
ルクレツィアの体が光りに包まれる。光の中で、彼女は一人微笑んだ。
「……さよなら」
つぶやきを漏らし、ルクレツィアは一度、大きく息を吸い込んだ。
そして、口を開くと、歌い始めた。
音楽は、最古の魔法である。そして、最も強力な魔法でもある。
この魔法を知った時、ルクレツィアは感心したものだ。こんな魔法があったのか、と。
この魔法は、一種の精神感応魔法なのだ。
もちろん、先天的才能に依存するところが大きい精神感応魔法を、ルクレツィアは使うことができない。通常は。しかし、音楽という『聴く』ことができる魔法に昇華することによって、多少なりとも精神感応魔法を使用できるようになるのだ。
魔法病は人に絶望を植え付ける。だから、希望の歌を分け与えることで、その病を治すことができる。『歌声』が届く範囲でないと効力を発揮しないのが難点であるが、確かに効果的だと思う。病は気からというし。ちょっと違うか。
大聖堂に朝日が差し込んでくるころ、ルクレツィアの魔力は尽きた。これで、魔法病は終息したのだろうか。だが、おそらく、彼女には確かめるすべがない。床に倒れ込んだルクレツィアは、そっと目を閉じた。大司教に死んでいるところが見つかるのなら、悪くないかもしれない、と何故かそんなことを考えた。
△
「あら、いらっしゃい」
「……」
能天気に手を振る自分によく似た女性を見て、ルクレツィアは、「ああ、自分は死んだのか」と思った。なぜなら、その相手はすでに死んでいるはずだからだ。
「突っ立ってないで、こっちにいらっしゃい」
おいでおいで、とばかりに彼女……アウローラはルクレツィアを手招いた。幽霊ではなく実体があるように見えるあたり、現実ではないことがよくわかる。
見ると、アウローラは円卓に座っていた。円卓にはコーヒーと菓子が置いてあり、いったいここはどこなのだろう、とルクレツィアは周囲を見渡した。
すると、白い霧でおおわれていたような気がしていたのに、すっと周囲の景色が見えるようになった。ルクレツィアは瞬きをしてその光景を見る。
ざぁ、と風が吹き、草が揺れる。そこは、青空が広がる平原だった。その青と緑の世界に、ぽつんと円卓があるのだ。場違いにもほどがあるだろう。
「……ここは、どこ?」
「さあ。どこかしらね」
面白がるようにアウローラが答え、再びルクレツィアを手招きする。今度は素直に近づいて行った。勧められた、空いているもう一つの椅子に腰かける。
「どうぞ」
どこからか、アウローラは自分の前に用意されているのと同じティーカップとケーキを取り出しルクレツィアに勧めた。礼を言って受け取る。
「ここは死後の世界なの?」
ルクレツィアが尋ねると、アウローラは「どうかしら」とまたも面白がるようにはぐらかした。そして、質問を返してくる。
「あなたはどう思う?」
「……私は」
ルクレツィアが作り出す異空間に似ていると思った。だとしたら、これはルクレツィア自身が見ている夢なのかもしれない。
「……私は、死んでいない?」
「んー、それは、私には判断できないわね」
からからと笑って、アウローラは言った。円卓に肘をつき、組んだ手に顎を乗せた。
「あなたが死にたいと思えば、きっと、私はあなたを連れて行ける。もしも、あなたが生きたいと思うのなら、どんなに苦しくても、立ち上がることができるでしょう」
つまりは、ルクレツィア次第ということだ。彼女はため息をつき、一口紅茶をすすった。いつも飲んでいる紅茶の味がする。
「そう言えば、魔法病を終息させていかなかったわね」
若干の恨みも込めて睨めば、アウローラは目を細めて微笑んだ。
「そうね。でも、むやみな魔力放出は止まっているはずよ」
「そうでなければ困るわ」
カップをソーサーに戻しながら、ルクレツィアは当たり前だ、という口調で言った。せっかくアウローラがファウストを連れて逝ったのに、魔力の放出が止まっていなければ困る。
「そう言えば、聞きたいことがあったんだわ」
「ん? なになに?」
アウローラが身を乗り出してルクレツィアの質問を待つ。ルクレツィアは自分とよく似た女性を見た。自分も、もう少し年を取ったら彼女のように……慣れないだろうな。
「……あなた、本当はなんていう名前なの?」
初代アルバ・ローザクローチェも、アウローラも、彼女の本当の名前ではない気がした。あるはずだ。彼女が親から与えられた、本当の名前が。
「鋭いわねぇ。じゃあ、もしかして、私の出生にも気づいてる?」
ルクレツィアは軽くうなずいた。
「たぶん、初代国王アルフォンソが国王になる前に結婚した女性との間の子でしょう。おそらく、アルフォンソが国王になるころには母親である女性が亡くなっていたから、そのままあなたはデアンジェリスの裏側を取り仕切ることになった」
500年前、魔術師はまだ日陰の存在だった。現在ではだいぶその魔法原理などが解明されてきているが、当時、魔法は未知の力、奇跡の行いだと考えられていた。そのため、聖人としてあがめられたり、逆に迫害を受けたりしていた。
それらの魔術師たちをまとめ上げたのがアウローラなのだ。おそらく、彼女の母親は魔術師だったのだろう。それも、相当いい腕の。だから、アウローラは自分の強力な力をコントロールできた。
「……間違ってる?」
「いいえ。ほぼ正解よ」
両手をあげて降参のポーズをとりながら、アウローラは言った。彼女はルクレツィアの方に身を乗り出して言った。
「いい勘しているわ。ちなみに、私の本名は『キアラ』。あなたと同じ、光を意味する名前ね」
アウローラ改めキアラは、本来ならアルフォンソの一番上の王女として迎えられるはずだった。しかし、キアラはそれを蹴り、魔術師たちに居場所を作ることを優先した。
「私の母は魔女でね。迫害されていたのよ。当時、父は……つまり、デアンジェリス王国の初代国王は、大帝国の伯爵でしかなかった。力の弱い家でね。母が迫害されて、しまいには殺されてしまうところを、見ているしかなかった」
だから、アルフォンソは、キアラは、魔術師たちを助けるための国を作ろうと思った。
それが、デアンジェリス王国。そして、『夜明けの騎士団』なのだろう。
「そう言えば、あの魔法病は一体なんだったの?」
「ああ。あれね。戦争病、とでも言えばいいのかしら?」
キアラは首をかしげてルクレツィアを見た。それから、何故か「あなた、表情が全然動かないわね」と言ってから口を開いた。
「高い魔法濃度、人々の絶望。これらの条件がそろったとき、あの病は発病する。私たちは滅希病と呼んでいたわね」
希望が無くなるから、滅希病……安易であるが、わかりやすくはある。
「治す方法は、本当は簡単なの。病にかかった人が希望を見いだせれば、それだけで病の力は弱くなる。でも、人はそれができない……」
キアラはティーカップに口をつけた。一口紅茶を飲んで、息を吐く。
「私は、人々に精神感応魔法で希望を見せることで、病を終息させ、戦場にいたものを奮い立たせた。そして、死んだの」
「……だから、彼は『国に殺された王女』だとあなたのことを評したのね」
「んんっ。それは微妙に語弊があるわねぇ。だって、私は国王に命令されてあの魔法を使ったわけではないもの」
ニコリと笑ってキアラは言った。
「私は、もともと魔術師たちの総司令官として戦争に参加していたのよ。今でいう、従軍魔術師というやつね。そこで、私は戦場を見た」
「……王国ができた時、あなたはまだ小さかったのね」
「ええ。だから、私が戦場を見たのはその時が初めてだった」
目を細め、キアラは昔を思い出すような表情になる。懐かしいような、悲しんでいるような微妙な表情だ。
「……きっと、戦争の悲惨さは経験したものでないとわからない。私は初めて戦場を目の当たりにして、止めなくちゃと思ったの。国を護らないとって」
だから、私は国に殺されたわけじゃないわ。とキアラは笑った。
そんなキアラをルクレツィアは尊敬のまなざしで見た。彼女も同じ魔法を使用して、そしてここにいるのだが、彼女の動機はもっと不純だった。
「そういえば、魔術師を切り捨てた国王って、誰?」
ファウストと戦っているときに、キアラが言っていた言葉だ。ファウストは、魔術師を切り捨てた王国に復讐するためにキアラの復活を目論んでいたのだと。
切り捨てた国王とは、誰なのだろう。
「二代目国王よ。私の異母弟ね。私が生きているころから魔術師を嫌っていてね。大飢饉が起こった時に、ついに魔術師は切り捨てられたわ」
キアラが死んだ後に起こったことなのに、彼女はまるで見てきたかのようにそのことを語った。二代目国王は、飢饉が起こった原因は天候不順と土地が枯れたことだとわかっていた。だから、彼は魔術師たちに命じたのだという。
天候を安定させ、大地に養分を与え、死にかけているものを救え。
初代アルバ・ローザクローチェの契約がある魔術師たちは、その命令に従った。そのどれもが、難しく、たとえ使用できたとしても大量の魔力を使用する魔法だった。そのために、魔術師たちは次々と命を落としていった。
もしもこの時、アルバ・ローザクローチェがいれば少し状況は違ったのかもしれない。しかし、二代目アルバ・ローザクローチェが現れたのは、それから5年後だった。皮肉にも、魔術師たちを切り捨てた二代目国王の息子がアルバ・ローザクローチェに選ばれた。
「あれがあったから、私はもう、私の契約で誰かが傷つくところを見たくなかったの」
「……」
だから、キアラはルクレツィアを助けたのか。
青かった空が赤みがかってきた。夕刻が迫っているようだ。キアラは地平線に目を走らせながら、ルクレツィアに問う。
「そろそろ時間ね。他に聞きたいことはある?」
いろいろ、聞きたいことはある、とルクレツィアは思った。だが、彼女は一つだけ尋ねた。
「あなたは、自分がしたことを後悔している?」
それを聞いて、キアラはパッと笑った。
「していないわ。あなたは?」
「……私も」
キアラが眼を細めた。そうすると、大人びた表情に見える。
「なら、あなたはきっと帰れるわ。あなたを待ってくれている人の元へ」
「……そう」
「ええ。そう。でも、忘れないで。心から呼べば、その声は必ず届く。強く思って名を呼べば、必ず助けは現れるから」
ルクレツィアは目を見開いた。それは、かつて彼女が自分の妹に言った言葉と同じものだった。
ルクレツィアは見開いていた眼を細め、微笑んだ。
「わかった。ありがとう、キアラ」
また会える日まで、さようなら。
△
「ルクレツィア!」
鋭い声で名を呼ばれて、ルクレツィアは目を開いた。何度か瞬きをして、目の前にある秀麗な顔を見つめ返した。
「……何」
「何、じゃないだろう! 馬鹿か、君は!」
珍しく声を荒げるヴェロニカは、いつになく怒った様子だ。とりあえず起き上がろうとしたルクレツィアは、覚えのある倦怠感に断念した。
「魔力欠乏症だ。まったく。馬鹿なのか無謀なのかどちらかにしろ!」
そうルクレツィアを叱りつけると、ヴェロニカは息を吐いて椅子に腰かけた。腕と足を組んでルクレツィアを見る。
「大聖堂でお前が倒れていると、大司教が知らせてくれた」
「……死んでなかったわけか」
「さすがの僕も、死んでいるかと思ったぞ」
やや落ち着きを取り戻した声でヴェロニカは言った。
「何をした? 魔法病にかかった患者が、回復しつつある」
お前が発見されたあとからだ、と、いつも通り、美青年にしか見えないヴェロニカが言った。彼女を見て、ルクレツィアはベッドに横たわったまま微笑んだ。
「夢を見せただけよ」
ルクレツィアの返答に、ヴェロニカは「はあ?」と怪訝な表情になった。ルクレツィアはさらに笑う。
そう。ルクレツィアは彼らに夢を見せただけ。立ち上がれたのは自分自身の力。
強く思って呼べば、必ず助けは来る。でも、最後に立ち上がるのはいつも自分自身の力なのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応謎解きパートなのですが、さくっとスルーしたことも多いので、気付いたらちょこちょこ拾っていきたいと思います。




