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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第10章 アルバ・ローザクローチェの真実
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74.歴史の中に消えたもの













「あ、お姉様」


 リビングとして使っている部屋に入ってきたルクレツィアを見て、フランチェスカが驚きの声をあげた。銀髪で杖は持ったまま。しかし、仮面はつけていないので驚くのも無理はないだろう。


「お父様とお兄様は?」

「まだ戻られていません」

「……そうなの」


 どうやら、来るのが早すぎたらしい。おそらく、もっと詳しい話をするためにやってくると思ったのだが。


 とりあえず、しばらく待っていて、来なかったらラ・ルーナ城に戻ろうと思った。特別に部屋の外にまで連れてきたフェデーレの元に顔を出す。

「まだいないみたい。先にラ・ルーナ城に戻ってもいいわよ。私はマエストロと一緒に戻るから」

「……いや、待っている。俺が戻ったところで、何もできん」

「…………そう。わかったわ」

 フェデーレもまた、ルクレツィアと同じく役に立たない組の一人だった。彼の能力は、完全に魔法剣士に傾いているのだ。自分も役立たずであるため「そりゃそうよね」と返すこともできず、ルクレツィアは礼を言ってリビングに戻った。


「あなた、誰と話してたの?」


 こちらはオルテンシアだ。彼女は春先に嫁ぐことになっているが、戦争が始まれば結婚は伸びるかもしれない。ブルダリアスはタネル帝国から遠いので、嫁いでしまった方が安全かもしれないが。

「セレーニ伯爵です。先に戻ってもいいと言ったんですけど、待ってるって」

「……そう。よかったわね」

「いえ。私も彼も、今回の件では役に立たない組なので」

 なので、ラ・ルーナ城にいると疎外感を覚えるのは理解できた。ルクレツィアは事務作業ができるが、フェデーレは得に出来ることもなく、より疎外感を覚えるだろう。むしろ、彼にも事務作業を手伝ってもらおうか。彼も貴族の跡取り息子なので、頭はいい。


「戦争になるの?」


 珍しく落ち着きなく部屋をうろついていたエミリアーナが尋ねてきた。ルクレツィアは首を左右に振る。


「わかりません。外交関係は、お父様とお兄様にお任せするしかなくて……私が嫁ぐことで片付くなら、いくらでもそうするんですが」


 みんなが沈黙した。ジリオーラにも言われたが、ルクレツィアが嫁ぐことで解決するような、簡単な問題ではないのだ。相手から要求したものを奪い、その上でその国に戦争を仕掛けた例はいくらでもある。


「……戦争になれば、ルーチェ姉上も出陣なさるんですか」


 やはり、ジェレミアの声も堅かった。15歳の彼はそろそろ政治に関わってもいいころだが、その前に疫病と戦争という大きな問題が持ち上がってしまったため、教育が後回しにされているようだった。


「……そうなるでしょうね。代々、アルバ・ローザクローチェは戦争になれば必ず参戦しているもの。でも、その前に疫病を何とかしないと……」


 ルクレツィアは唇をかみ、前髪をかきあげてそのまま髪をつかんだ。左手には杖。髪は銀色。戦争、疫病。人々は、絶望を抱えながら死んでいく。


 ふと、これと同じ状況を経験したことがあるような気がした。しかし、そんなはずはない。九年前のラノキア戦役の時はルクレツィアはまだ小さく、当時は初代アルバ・ローザクローチェの杖を持っていなかった。


 初代アルバ・ローザクローチェ……おそらく、アウローラは、どうして自分の杖を後世に残したのだろうか。何故、王家の魔術師からアルバ・ローザクローチェを選ぶことにしたのだろうか。何故、アルバ・ローザクローチェはその身をさらしてはならないのだろうか。



 平原へいげんの向こうは戦場。王都に蔓延する絶望の病。


 風に舞う銀髪。手には杖。翻るマント。


『私なら、終わらせることができる。この戦争を、病を、絶望を』



 ……あの夢だ。いつか、ルクレツィアが見た夢。最初に見たのは宮殿の幽霊事件の時。それ以降、時々見るようになった夢。


 あれと、状況が似ているのだ。


 あの夢の中での『私』は、今はルクレツィアなのだ。


 『私』は、『私』の死後も国を守ってくれるような組織体形を作り上げた。それはどう考えても『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』だ。ということは、『私』は初代アルバ・ローザクローチェで、アウローラと呼ばれた女性なのだろう。

 ということは、見送っていた男性と女性はファウストとディアナか。おそらく、ディアナは本名だろうが、ファウストは偽名だろう。


 『私』は……初代アルバ・ローザクローチェはその身を犠牲にして戦争を終わらせた。ヴェロニカとともにアウローラについて調べた時、同時に歴史も調べた。そのため、多少の知識はある。


 500年前の戦争。アウローラが若くして亡くなったことから考えて、デアンジェリスが建国して間もないころだろう。それだけしぼられれば、おのずとその戦争が何か分かる。


 おそらく、もともとこの辺りを征服していた大帝国からの独立戦争だ。単純にデアンジェリス独立戦争と言われることが多いだろうか。この戦争に勝利したことで、デアンジェリスは自治を勝ち取ったと言われている。


 この戦争の末期、デアンジェリスやほかの大帝国領では魔法病が流行した。どんな病だったかはわからないのだが、戦争終結と同時にその魔法病も収束している。


 歴史家の中には、その病は戦争と直結していたのではないかと考える者がいる。確かに、戦争が続くと飢饉になり、そして疫病が流行することはあるが、資料が散逸しているために確かなことは言えない。

 しかし、ここで新たな可能性が浮上してきた。『初代アルバ・ローザクローチェ』が戦争と同時に疫病も終息させたのではないか? その強力な魔法により、彼女は死したのではないか。


 あくまでも初代アルバ・ローザクローチェがアウローラでないと成り立たない仮説であるが、これなら、ファウストが言っていた『アウローラは国に殺された』という言葉と符合する。


「ルーチェ?」


 はっと気が付くと、リビングに兄と父の姿があった。いつの間に。


「大丈夫かい?」


 アウグストが心配そうにルクレツィアに尋ねた。彼はそう尋ねたが、自分も疲れているのだろう。眼の下にうっすらクマができており、そのやややつれた顔が、いつもより怜悧に見えた。

「大丈夫です」

「たぶんストレスだろう」

 国王クレシェンツィオはそう決めつけた。たぶん、ストレスがかかっているのは彼の方だろう。

「お父様やお兄様に比べれば、私はまだましです」

「……ならいいが。あまり頑張りすぎるな」

「承知いたしました」

 何とか微笑み、立ちっぱなしだったルクレツィアはとりあえず近くのソファに座った。クレシェンツィオが上座に、そして、その左右にルクレツィアとアウグスト。やや離れたところから様子を窺うようにエミリアーナたちがちらちらこちらを見ている。


「とりあえず、疫病の方はどうだ?」

「今のところ、原因不明です」

「……いつまでに解明できそう?」

「……今日、亡くなった罹患者を死亡解剖にかけました」

「……」


 クレシェンツィオとアウグストは沈黙した。死亡解剖は原因追及のためにどうしても必要な行為であるが、このような若い少女から放たれる言葉にしてはインパクトがありすぎた。


「その結果、体の一部が水銀に変化し、心臓に人工魔法石が埋まっていたそうです」

「……それ、人工魔法石が原因なの? それとも、水銀による中毒?」

「死亡原因は、おそらく水銀による中毒死でしょう。体内に魔素がたまりすぎると死に至るケースもありますが、今回は心臓に人工魔法石ができていたので、魔力はそちらにたまっていたようですね。人工魔法石が体内に出来た副作用によって、体の一部が水銀に変化したと考えられます」

「……なるほど」


 アウグストは腕と足を組み、ソファに寄りかかって天井を仰いだ。彼には珍しい態度だ。たぶん、疲れているのだと思う。


「魔素がたまった原因については、おそらく、空気中の魔力濃度と、摂取される食物や水に魔素が多く含まれていたのではないかと。目下のところ検査中ですが、すぐに結果が出ると思います」


 ルクレツィアが調査を頼んでから既に三時間近くが経過している。早ければ、そろそろ結果がわかるだろう。


「……それ、普通に生きる上で必要なものを取ると、体に魔素がたまるってこと?」

「まあそう言うことですね。とりあえず、宮殿内にいる間は、空気中の魔力濃度は気にしなくても大丈夫です。私の魔法が宮殿を囲んでいますから」


 いわば、宮殿と宮殿の外では別空間なのだ。ルクレツィアが許可しない限り、害あるものは宮殿に入ってこられない。


「……魔力の低いお母様たちが少々心配ですが、体の中に入った魔素を、そのまま排出させる薬がありますから、魔法薬師に薬を出してもらってください」


 この薬は、体の中にたまった毒素(この場合は魔素)を排出させるための薬だ。魔法植物が使われているため、一般にはあまり広まっていない。しかし、原因がよくわからない今、一番効果のある対策方法だと思う。

 この薬は、これから患者たちにも試すつもりだ。かかってしまったらあまり効果がないかもしれないが、やらないよりましだろう。ただ、コストがかかるうえに魔法植物の絶対量が少ないため、全員に飲ませるのは無理だ。


 ……やはり、元を絶たなければならない。ヴェロニカに言われたことを思い出しながら、ルクレツィアは改めて心に誓った。


「それで、タネル帝国の方は?」

「だいぶ進行してきている。五日ほどで、ラノキアに到着するだろう」


 答えたのはクレシェンツィオだった。ルクレツィアはうなる。


「……戦争になったとしたら、私が参戦するのは可能です。私の魔法は戦闘向きですから、はっきり言って疫病対策では役に立たないんです」


 ルクレツィアやフェデーレ、ヴィルフレードなどは参戦可能だ。今、疫病対策で動き回っているのは魔法研究家たちで、戦闘員たちは役に立たないのである。せいぜい、調査のお手伝いをしているくらいだ。

「お前の中では戦うことになっているのか」

「状況は、常に最悪の方向に考えておくものです」

 そうすれば、本当に最悪の事態になってしまったとき、ある程度冷静でいられる。14代目に習った方法だ。


「……ま、でも、戦争回避できるのが一番いんだけど……ルーチェ。モテるね」

「嫌味ですかお兄様」


 ジリオーラに指摘されたことから考えると、タネル帝国の女王エジェは、デアンジェリスの国力をそごうとしているのだ。隣の国であるが、タネル帝国はあまり作物が実らない国だ。それでも帝国として成り立っているのは、鉱山物が出土するからだ。しかし、鉱山業が栄えているために、水は飲めたものではない。水の都ともいわれるデアンジェリス王都フィオーレだ。きれいな水を求めているのかもしれない。

 タネル帝国はラノキア戦役で大きな痛手を蒙っている。それはデアンジェリスも同じであるが……。


「もしかしたら、タネル帝国は帝国としてその体制を維持することが難しくなっているのかもしれない」


 クレシェンツィオの言葉に、ルクレツィアは納得した。ありうる。みんなが一つになるとき。それは、共通の敵がいる時だ。

 その敵として、デアンジェリスが選ばれたのかもしれない。そして、到底無茶な要求を突き付けてくる。事実上の宣戦布告と同じだ。


「……そう言えば、シーカ伯爵が『いざとなれば自分が女王エジェを説得しに行く』と言っていましたが」

「……何故?」

「すごい度胸だね」


 クレシェンツィオとアウグストの反応である。とりあえず、ルクレツィアは父の疑問に答えた。


「ラノキア戦役で剣を交えたことがあるらしいです」


 ということは、女王エジェは剣を使えるのだ。しかも、当時デアンジェリスで二番目に強かったであろうジリオーラに重傷を負わせている。よほど強いのだろう。


「……剣士か」


 クレシェンツィオがつぶやいた。いい案でも浮かんだのだろうか。


 とにかく、戦争についてはアウグストたちに任せ、ルクレツィアは本当に待っていてくれたフェデーレと共にラ・ルーナ城に戻ることにした。



















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんだかんだで、GW中は連日投稿できそうな予感。あと1日で終わりですけど。……はぁ。

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