72.疫病
なんだかんだで連日投稿していますね。
第10章です。
『夜明けの騎士団』は魔法事件を専門に扱う騎士団である。しかし、そのほかにもいろいろな役目を担うことがある。災害対策や、流行病予防などもそれにあたる。今回は、後者の役割が強いだろうか。
流行病と言ってもいろいろある。通常の流感のようなものや、感染力の強い病、奇病まで様々だ。政府が対応しきれないと、『夜明けの騎士団』にまで話が持ち込まれるのである。
2月に入ったころから、患者が現れ始めた。左肩のあたりに赤紫の痣が現れる奇病である。患者は高熱をだし、絶望もあらわに死んでいく。今のところ、治った患者は皆無であり、この奇病が現れてから一週間で、すでに3人の死者を出していた。
こういった謎の病にも対応しているとはいえ、『夜明けの騎士団』は戦闘方面に特化し過ぎていた。魔法研究家たちは病の解明のためにフル稼働中だ。
その魔法研究家の1人であるヴェロニカは、亡くなった患者の死亡解剖後にふらふらしながらやってきた。顔色は悪いが、彼女は病ではなくただの寝不足である。
「ヴェラ」
ちょうどヴェロニカを発見したルクレツィアは、書類を片手に彼女に駆け寄る。
「ルーチェか。死亡解剖の結果が出たぞ」
ほれ、とさらに資料を渡されるルクレツィアだ。顔をしかめつつもルクレツィアはその資料を受け取る。
魔法的に、こういった疫病対策には向かないルクレツィアは、仕方がないので書類仕事をしている。いや、いつものことであるが、上がってくる情報量が半端ないので、誰かに手伝ってほしいところだが、そんな余裕は誰にもないだろう。
立ったままその資料をざっと見たルクレツィアは少し顔をしかめた。
「ここでも人工魔法石か……」
「心臓に埋め込まれていた。魔法病で確定だな」
ヴェロニカがズバリと言った。亡くなった患者3名を死亡解剖した結果、3人とも心臓に人工魔法石が埋め込まれていたらしい。
「埋め込まれていたというか、自然に定着したという感じだな。無理やり埋め込んだ感じはなかったし、何らかの方法で吸収してしまったんだろう」
人工魔法石の元となる素体を、知らないうちに吸収してしまったということだろうか。それならば、誰にでもこの病にかかる可能性はある。ルクレツィアはため息をついた。
「空気中の魔力濃度を調べて」
「了解だ。それと、もう一つ気になることが」
ヴェロニカがルクレツィアの持つ資料の一点を指さした。
「体の一部が、水銀になっていた」
「……」
どこかで聞いたような話である。
水銀は腐らない。水銀自体が毒素が強いため、接種すると死に至る可能性が高い。
痣が現れるのは人工魔法石の拒絶反応。直接的な死因は、水銀中毒だろうか。
体が水銀になったということは、その体は腐らない。土葬しても、意味がない。なら火葬にするか。
「水銀は燃えん」
ヴェロニカがバッサリと斬り捨てた。ルクレツィアは肩を竦め、とりあえず遺体は聖堂に収めておくように指示することにした。
「そういや、マエストロは?」
「リベルとエラルドを連れて、王都の様子を見に行ってる」
病を恐れて、王都は静まり返っている。ラ・ルーナ城に報告が来ないだけで、この病にかかっている者は多いだろう。マエストロが調べてくれるので、簡単な統計が取れるはずだ。
王都の外にも、様子を見に行っている者がいる。この辺りは『夜明けの騎士団』だけでカバーできないので、地方防衛を担当している第三騎士団にも協力を依頼している。騎士団とあまり仲が良くない『夜明けの騎士団』であるが、事情が事情であるので各騎士団も割と協力的である。
「そう言えば、人工魔法石ってどうやってできるの?」
「……お前、アルバ・ローザクローチェのくせにそんなことも知らなかったのか」
「悪かったわね」
真顔でヴェロニカにつっこまれたルクレツィアは、顔をしかめてそう返した。魔法工学はルクレツィアの専門外である。なら専門は何だと聞かれても困るが、しいて言えば魔法文字学だろうか。
ヴェロニカは眼鏡を取って前髪をかきあげだ。
「人工魔法石と言っても、いろいろな種類がある。普通の魔法石は地中に埋まっているから、それ以外のでき方のものはすべて人工魔法石と言われるな」
人工的に宝石を作る技術がある。それと似たようなものだろうか。そう尋ねると、ヴェロニカはうなずいた。
「ただ、それだけではない。自然に、地中以外に出来るものも人工魔法石と呼ばれる場合がある。今回はそれだな。僕たちは魔力が高いから気づかなかったが、おそらく、王都の空気中の魔力濃度が高くなっているはずだ。こうなると、魔術師たちは魔法を使いやすくなるが、同時に、魔力のない一般人は多くの魔力を呼吸と共に吸収することになる。魔力も耐性のないものにとっては毒素と同じだ。それが体の中にたまり、魔法石を形成する場合もある」
「へ、へえ……ヴェラ、詳しいね」
「研究していたことがあるからな」
この魔女はいろんなものに手を出しているので、今更人工魔法石の研究をしていると言われても驚かない。
「そっちは何か進展はあったか?」
ヴェロニカがルクレツィアが元から持っていた資料をちらっと見て言った。ルクレツィアは乾いた笑い声をあげる。
「ないわよ。あったらもう少しましな顔してるわよ」
「それもそうか」
ヴェロニカも徹夜で相当顔色が悪いが、ラ・ルーナ城にずっとこもっているルクレツィアも相当疲れた顔をしている。『夜明けの騎士団』の責任者であるルクレツィアにすべての報告が上がってくるのは当然で、処理が追いつかずにたまっていく一方なのである。
今まで、通常の疫病と同じ対策を取ってきていた。魔法病だと、対策を取るのは難しい。特に、空気中の魔力が原因となれば、特に難しいだろう。
水を煮沸し、食べ物はよく洗ってやはり火を通し、手洗いうがいをする。それだけでは、到底抑えられるものではない。
「……そうか……水や食べ物に魔素が含まれている可能性があるのか……」
「む。それもそうだな」
魔力が潜むのは空気中だけではない。少量ながら、水や食べ物に含まれていることもある。その濃度が濃くなっていた場合、口から直接魔力、魔素を吸収していることになる。かといって食べるのをやめろ、呼吸するな、というわけにもいかない。
「……どうしろっていうのよ……」
魔力が病の原因なら、『夜明けの騎士団』で広まる可能性は低い。魔力の低いフェデーレ辺りが心配であるが、基本的に魔術師や魔法剣士は魔力が高いものだ。魔力がほとんどないのに魔法騎士として成り立っているフェデーレがおかしいのである。
それはともかく、対策である。こういった対策を練るのもルクレツィアの仕事であった。正確には、他のみんなが出払っているので、ルクレツィアがやっている。
「空気中の魔力なら、私が『空間』で囲めば何とかなるかもしれないけど……」
それ以外は無理だ。もともと、魔力というのはどこにでも潜んでいるものなので、それを排除するのは不可能なのである。
書類を両手に持ったまま考え込むルクレツィアを見ながら、ヴェロニカは再び眼鏡を押し上げた。
「確かに、対策も大事だが、何故こんな状況になったのかを考えるのも大事だ。空気中の魔力濃度が高いということは、どこかで大量の魔力が放出されているということだ。水や食べ物にも魔素が含まれているのなら、大地にも魔力がしみ込んでいるということだろう。どうして、そんな状況になった?」
「……」
ルクレツィアは黙り込んだ。ヴェロニカの言うとおりだ。対策を取るのも大事だが、その原因を絶たなければ、何度でも繰り返す。
空気中にも水や食べ物にももともと魔力は潜んでいる。しかし、今はその濃度が半端ではないから問題になっているのだ。どうして、そんなことになったのだろう。誰かが故意的に魔力を空気中や大地に放出したのだろうか。何のために?
ルクレツィアは思わず目頭を揉んだ。
「……とりあえず、各地の魔術師たちに空気中の魔力濃度と大地の魔力濃度を測ってもらいましょう……。あと、どこかで魔力が大量放出されていないかも調べないと」
「ま、情報が集まらないと何の判断もできないからな。そういったことは、お前に任せる」
「任せられても困るんだけど」
「原因解明に役に立たないんだから、それくらいはしろ」
「……悪うございましたわね」
病の原因解明にルクレツィアが役に立たないのは事実だ。だから、事務作業をしているのだから。
そこに、ヴェロニカではない別の声がルクレツィアを呼んだ。
「ルーチェ!」
そのせっぱつまった声に、ルクレツィアはうんざりしながら振り返る。
「今度は何!?」
駆け寄ってきたフェデーレは、ルクレツィアの剣幕に一瞬びくりとした。最近思うのだが、フェデーレは意外と気が小さい。
だが、それも一瞬だけで、すぐにいつも通りに尋ねた。
「マエストロは?」
「王都のどっかにいるでしょ」
ヴィルフレードの放浪癖は今に始まったことではない。ヴェロニカがフェデーレを見上げる。
「何かあったのか?」
「何かあったから急いできたんだ。とりあえず、ルーチェ、行くぞ」
「はあ?」
行くぞ、と言われても意味不明である。ここでルクレツィアを無理やり引っ張ろうとしないあたり、フェデーレはルクレツィアを理解していると思う。
「緊急事態だ。国王陛下が、お前とマエストロを呼んでる」
ルクレツィアを、というより、15代目アルバ・ローザクローチェを呼んでいるのだろう。ルクレツィアは目を細めた。
「何があったの?」
「戦争になるかもしれない」
ルクレツィアとヴェロニカがびくりと反応した。デアンジェリス最後の戦争は、8年……もう9年前か。ラノキア戦役である。
9年前のラノキア戦役では、『夜明けの騎士団』からも魔術師たちが派遣された。その中の1人が現在のシーカ伯爵ジリオーラであり、そして、先代アルバ・ローザクローチェだ。
疫病に、戦争。ルクレツィアは俄かに胃が重くなるのを感じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
長かったですが、終わりが見えてきました……。




