71.夢
ちょっと短めです。とりあえず、第9章終了ですね。
そこは戦場だった。覚悟を決めて足を踏み出すと同時に、声がかかる。
「本当に行くのか」
聞きなれたその声に、振り返って微笑む。そこには声をかけてきた男と、もう1人、女性がいた。
「別に、あんたが行く必要はないんじゃないの」
女性もそう言った。眼を閉じ、空を見上げる。その空は、どこまでも青かった。
『私が、行かなければ意味がない。そう言う役割なんだから』
「だが、何故お前だけ……私も一緒に行く」
『ダメに決まってるでしょ』
笑みを浮かべて男を見る。秀麗な顔立ちをした彼は、今にも泣きそうだった。対する女性の方は複雑そうな表情であるが、同時に心配そうな表情でもある。
『私なら、終わらせることができる。この戦争を、病を、絶望を』
そう。そのために自分が生まれてきたと言っても過言ではないのだ。もう納得できているし、彼らに止められることではない。
自分がいなくなった後のことも、ちゃんと考えている。組織を作り、彼らに任せた。自分がいなくなった後も、彼らの力はまだ必要なのだ。
自分1人で十分だ。1人でも、できる。
『2人には、後のことを任せる。私が守った世界を、壊さないでよ』
黒いマントをひるがえす。2人に背を向け、永遠の別れを告げる。杖を持つ手が震えている。強がって見せたが、本当は怖い。こんなことはしたくない。それでも、自分は決めたのだ。自分の力で終わらせてみせると。
きっと、あの2人は自分が死んだら悲しんでくれる。悲しんで、彼女を奪った世界を壊すくらいはしてのけるだろう。だが、それはダメだ。自分は、その世界を護るために行くのだから。
『さて、と』
平原の向こうに軍隊が見えた。戦っている。
王都には病が広がっている。みんな苦しんでいる。
この絶望の世界を変えたいと思った。幸い、自分はそれだけの力を持っていた。そのために自分自身を犠牲にするとは、なんという皮肉だろうか。
唇に笑みを乗せる。視界の端に、自慢の銀髪が舞う。同時にマントが風になびいた。
いい風だ。天気もいい。この気分のよい中でなら、死んでもいいと思った。
両手を前に差し出す。右手には身の丈ほどの銀の杖。そっと目を閉じて、魔法式を展開した。
『分け与えましょう。世界中に希望を、夢を、平安を』
光が体を包む。体中から、魔力が引き出されるのを感じた。うまくいくだろうか? いや、やらなければならない。
頬を、涙が滑り落ちるのを感じた。
『みんな、さよなら』
そう、つぶやいた。
△
「!」
ルクレツィアは突然目が覚めて上半身を起こした。覗き込んでいたらしい女性が身を引くのが眼の端に映った。そちらに顔を向けて、ルクレツィアは首をかしげた。
「……なんでジル姐さん?」
「様子を見に来ただけよ。おはよう、ルーチェ」
「おはよう。って、ただ寝ていただけでしょ」
「ただって……あなた、丸一日以上寝たままだったのよ」
「ええっ!?」
はかなげな容姿のジリオーラに言われて、ルクレツィアは悲鳴をあげた。その悲鳴を聞きつけて侍女のイレーネがやってくる。
「姫様!?」
「何でもないわよ!」
とっさにそう言い返し、イレーネは釈然としない様子だったが出て行った。ルクレツィアは体を動かし、車いすの女性と向き合うようにベッドから足だけ下ろして腰かけた。ルクレツィアはネグリジェを着ていた。彼女は夜中にたたき起こされることがあるため、たいていシャツにスラックスで寝ている。だが、ネグリジェを着ているということは侍女の誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「カルメンが泣きながら私の所に来て、『姫様が目覚めない!』って」
ジリオーラがそばの椅子に掛けてあったガウンをルクレツィアに差し出す。それを羽織りながら、苦笑した。カルメンはジリオーラの親類なのである。その縁で、ルクレツィアの侍女になったのだ。
「まあ、目覚めてよかったわ。さすがに私も焦ったわよ。ほっぺたをつねっても起きないもの」
「人が寝てると思って何してるのよ」
下手をすれば不敬罪である。まあ、ルクレツィアがそんなことで怒らないと知っているからこその行動だと思うが。
「眠り姫は王子様のキスで目覚めるというから、王子様役を呼んでこようかという話をしていたの」
「ジル姐さん、結構いい性格してるわよね」
「あなたの王子様は誰かしら」
人の話を聞けよ、と思ったが、楽しそうなジリオーラを見て、気になっていたことにつっこんでみようと思った。
「ジル姐さんの王子様はマエストロなの?」
「あら、つっこんでくるわね」
何故かガールズトークで盛り上がっている。そんなのに縁が薄そうな十五代目アルバ・ローザクローチェとシーカ女伯が。たぶん、みんなこの状況を見たらびっくりするに違いない。
「ま、それはともかく」
「……」
自分のことになったら話をそらしやがった。しかし、ジリオーラに勝てる気はしないので、特に逆らわずにルクレツィアはうなずいた。
「何の夢を見ていたの?」
「……えーっと」
問われてルクレツィアは思い出そうと目をつぶる。しかし、目覚めてしまったからか、夢の内容をよく覚えていない。ただ、とても悲しい夢だった気がする。
「無理に思い出さなくてもいいわ。魔術師は予知夢を見ることがあるけど、その時が来るまでその夢が予知夢だってわからないものだし」
なんだかルクレツィアが見ていた夢は予知夢だと決めつけられている気がしたが、何となく否定できない気はしたので再びうなずいた。
「大丈夫。その時が来れば、思い出すから」
ジリオーラが手を伸ばし、ルクレツィアの頭をなでた。束ねられていないシルバーブロンドが肩を滑り落ち、ルクレツィアの目に触れた。
「……銀髪」
「ん?」
「夢の中の人、銀髪だった……気がする」
たぶん。よく覚えてないけど。
ジリオーラが少し考えるように指を顎に当てた。顔立ちは似ていないが、ルクレツィアも考え込むときはこのしぐさをする。たぶん、ジリオーラからうつったのだと思う。
「銀髪か……あなた以外で銀髪っていえば、陛下かアウグストか、それか初代アルバ・ローザクローチェね」
「……じゃ、初代だったのかな」
「んんっ。それはわからないわね」
ニコリと笑ってジリオーラは言った。
「でも、あなたが夢に見たのなら、あなたに近しい人なのでしょうね」
近しい人、かなぁ。夢の中の人は女の人だったと思うので、父や兄だった可能性は低い。となると、初代アルバ・ローザクローチェと考えるのが自然だろうか。
「とりあえず、あなたが起きたのなら私はお役ごめんね」
微笑んでジリオーラは言った。ルクレツィアは首を傾けて言う。もう用は済んだわ、とばかりにジリオーラは自分で車いすを進めようとする。
「押そうか?」
「王女様に押してもらうのは悪いわね」
しれっとそんなことを言うジリオーラに、ルクレツィアは呆れた。
「そんなこと、思ってないくせに」
「妹みたいなものよね」
それはそれでうれしいが、まったく敬われていないな、と思う。何故だ。生活態度のせいか。
とりあえず、ルクレツィアはカルメンを呼んだ。ジリオーラを宮殿内にある宮廷に連れて行ってもらうためだ。もちろん、宮殿内とはいえカルメンは宮廷には入れない。宮廷に入れるのは王族と一部の貴族、官僚だけだ。
「それでは殿下。お大事に」
「ええ。シーカ伯爵も」
若干嫌味を込めた返答にも、ジリオーラはにこりと微笑んで見せた。強い。
ジリオーラを見送ったルクレツィアは、とりあえずおなかがすいたので、イレーネを呼んで軽食の用意をしてもらった。
△
ルクレツィアたちが幽霊に遭遇したその日から、幽霊騒動は沈静化した。誰も、目撃しなくなったのである。一週間も経てば人の口にのぼらなくなる。
次第に、誰もがその幽霊のことを忘れていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
うーん。今10章を書いていますが、いつ投稿できるかは微妙なところです。すみません。




