70.幽霊探し
山なしオチなしです。
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さて。例の幽霊事件であるが。
「幽霊と言えば、夜だよね」
「そうですね……というか、どうしてお兄様がいるんですか」
周囲に魔法光を浮かべているルクレツィアは、隣に立っているアウグストを見上げてツッコミを入れた。ルクレツィアのお供としてついてきたカルメンも戸惑いを浮かべている。
「うん? もちろん、ルーチェと一緒に幽霊の真相を確かめるためだね」
薄暗い中でも、アウグストが笑みを浮かべるのが見えた。ルクレツィアは夜目が効く方なのである。まあ、戦うわけでもないし、まあいいかと放っておくことにする。
「それよりも、どうしてカルメンが一緒なんだい?」
アウグストの疑問に、ルクレツィアはこともなげに言った。
「カルメンは視える子なんです」
『視える子』。つまり、幽霊が見えること言うことだ。一般的に、魔力が高いと霊感が強いと思われているようだが、そんなことはない。確かにルクレツィアやヴェロニカなどは霊感が強いが、それはルクレツィアは自身の特殊な魔法ゆえに見えるのであるし、ヴェロニカは探査系の魔法が使えるために見える。例えば、その能力のほとんどが戦闘系に傾いているヴィルフレードやエラルドには視えないはずだ。フェデーレは論外。
それで行くと、精神感応系魔法を持つカルメンは、『視える子』なのだ。彼女の主な能力はテレパシーであるが、精神系魔法であることに変わりはない。他人の心を読むことは難しいそうだが、霊が見えるのは確実だ。
そんなわけで、お供はカルメンなのである。戦闘能力の高いリンダなどを連れてきても良かったが、戦うわけではないので置いてきた。それに、カルメンも護身術くらいは習っている。もともと、彼女は『夜明けの騎士団』の魔術師なのだ。戦闘訓練くらいは受けている。
夜の宮殿は不気味だ。いかに宮殿と言えど、みんなが寝静まる時間には明かりは必要最低限以外はすべて落とされる。この廊下なども、ルクレツィアの魔法光がなければ、月明かりしか照らすものがないはずだ。
「そう言えば、お兄様は視えるのですか?」
結局並んで歩きながら、ルクレツィアは尋ねた。アウグストは「う~ん」とうなる。
兄アウグストは優れた魔法剣士である。同じ魔法剣士であるヴィルフレードやエラルドが視えないことを考えると、彼も視えなくても不思議ではないが、そこはルクレツィアの兄。もしかしたら、視えるのかもしれない。
「どうなんだろうね。気配は感じられると思うけど」
「……まあいいです」
『夜明けの騎士団』には、幽霊退治の依頼も来る。万年人手不足の『夜明けの騎士団』では、ルクレツィアも『ルカ・ディ・サンクティス』として幽霊退治に行ったこともある。その時のお供はエラルドで、彼も視えない人間だが、何となく何とかなったので、今回も大丈夫だろう。
一応、今回の幽霊探しにあたって情報収集もしてある。目撃したという使用人や警備の騎士たちによると、夜、人気のない場所、とくに歴代国王の肖像画が飾られているギャラリーに出没するらしい。
そんなわけで、ルクレツィアたちが今いるのもそのギャラリーだ。なんだか、以前にも兄とこういうようなところを歩いたな、と思う。『フィオーレ・ガレリア』の特別展の時だ。あのときにファウストと出会ったのである。もう半年近くも前の話だ。
そう考えると、この兄が関わっているととんでもないことに巻き込まれているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいということにしておこう。
ふと、初代国王アルフォンソの肖像画が眼に入った。『フィオーレ・ガレリア』の特別展で飾られていたものとは別の絵だ。
その絵を見て、ルクレツィアはアウグストに尋ねた。
「お兄様。初代国王の家族関係ってわかります?」
「初代国王? 初代アルバ・ローザクローチェではなく?」
「そっちも気になりますが、さしあたっては初代国王ですね」
相変わらずヴェロニカと一緒に調べているルクレツィアであるが、どれだけ探してもそれらしい記述は見つからない。初代アルバ・ローザクローチェは初代国王アルフォンソの娘であるらしいが、家系図にそれらしき名前はない。アウローラが偽名で、他の名前で載っているとしても、対応すると思われる人物が発見できないのである。
となると、アルフォンソの庶子だったのだろうか。他家から養子にとった可能性もあるが、その可能性は低いと思う。
「……さすがに私もよくは知らないな。もう500年も前の話だろう?」
「……そうですかぁ」
やや落胆してルクレツィアはうなだれた。何となく答えはわかっていたが、はっきり言われるとショックなものだ。
「ただ、初代国王アルフォンソは、国王になる前に一度結婚していたらしいね」
「!? そうなのですか!?」
それは初耳である。デアンジェリスの開祖アルフォンソは、もともと伯爵家の人間らしいから、そんなこともあるかもしれない。国王になった時、二十代後半であったらしいし。即位時は独身だったはずで、国王になった後に結婚したはずだ。確か、どこぞの国のお姫様と。
普通、国王になる前のことは歴史書に載らないだろう。大まかな経歴は調べられるだろうが、通常は国王になった後、何をしたかが語られるはず。その前のことはどうでもいい。
なので、アルフォンソが国王になる前に妻がいたとしても不思議ではない。その妻との間に子供がいたとしても、不自然ではない。
だとしたら、アウローラはその前妻との間の子供なのだろうか。妻の身分が低かったのだとしたら、アウローラが歴史上に姿を現さない説明もつく。
いや、自ら姿を現さなかった可能性も高い。おそらく、必要ならルクレツィアもそうする。
「姫様、殿下」
何かを感じ取ったのか、カルメンがルクレツィアとアウグストを呼ぶ。考え込んでいたルクレツィアは彼女の声に反応して考えを頭の隅に押しやった。
「何か感じます」
ただの侍女とは思えない鋭い声で、カルメンは言った。確かに、ルクレツィアも感じる。アウグストはよくわからないようで首をかしげていた。そんな彼の腕をつかみ、後ろに下げた。
「ルーチェ?」
「黙ってください、お兄様」
唇に人差し指を当てて、ルクレツィアはアウグストにそう指示した。もちろん、普段はアウグストの言うことを聞かなければならない立場のルクレツィアであるが、魔法が関わってくると立場は逆転する。
「カルメン。何がいるかわかる?」
「そこまでは……いわゆる、幽霊だと思いますけど、どれくらいいるかは……」
カルメンがすまなさそうに言う。ルクレツィアは首を左右に振った。彼女がわからないのであれば、仕方がない。今までだって、目撃証言はあったが、何かされたという話は聞かなかった。だから、大丈夫。
大丈夫。………………たぶん。
輝く光の粒のようなものが集まり、ルクレツィアの目の前で人の形になった。これぞ幽霊、と言った感じの姿である。ルクレツィアにはっきり見ることができるということは、生前はさぞ力の強い魔女だったのだろう。もしくは、強い恨みを抱いて死んだか。魔力、もしくは残す思いが強いと、力の強い幽霊になる傾向があった。
さらりと言ってしまったが、幽霊は女性の姿をしていた。年ごろは20歳前後と見える。そして。
「……ルーチェ。親戚かい?」
「私と親戚だったら、お兄様の親戚でもあるでしょう」
何しろ、アウグストとルクレツィアは兄妹だ。しかも、兄弟の中では一番似ていると言われている。というか、アウグストにも見えているのなら、相当力の強い幽霊であるに違いない。
まあとにかく、何が言いたいかというと、その幽霊はルクレツィアによく似ていたのだ。全体的に銀色がかっているので、元の髪や目の色はわからないが、顔立ちや体格はよく似ているように思う。ただ、幽霊の方がルクレツィアよりもやや美人である。
クラシカルなドレスを着た彼女は、ルクレツィアに微笑んだ。似ているとはいえ、ルクレツィアを良く知っている者なら他人だとわかるだろう。しかし、ルクレツィアはこの幽霊の転生体だと言われても納得してしまうくらいには似ている。
「……もしかして、アウローラ?」
考えていたことが口に出た。アウグストとカルメンが口をそろえて「アウローラ?」と疑問符を浮かべている。幽霊はにっこりと笑い、小首をかしげた。そんな仕草までルクレツィアとよく似ている。
すっと、幽霊が手を差し出した。ルクレツィアは思わずその手を見る。相手は幽霊なので、もちろん触れることはできないだろう。
「姫様……」
心配そうにカルメンがルクレツィアに声をかけた。覚悟を決めて、手を差し出す。幽霊の手に触れようとしたが、やっぱり触れなかった。
だが、自分の手を通り抜けたルクレツィアの手を見て、幽霊は再びにっこりと笑い。
その幽霊は再び光の粒となり、最後には小さく光を放って消えた。
「……なんだったのかしら……」
幽霊を通り抜けた自分の手を見つめながら言う。最後、幽霊は満足そうな顔をしていたような気がした。
「いや、幽霊に自ら触れようとする私のかわいい妹も、いったいなんなんだろうね」
久しぶりに、アウグストから的確なツッコミが来た気がした。しかし、すぐにカルメンが「どっちも似たようなものですよ」と呆れたようなツッコミを入れてきた。
ちょっと否定できないかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
とりあえず、第9章は次で終わりですかね~。
5月ですね。さつきとめいですね。