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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第9章 ファントム
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69.雑談












 どうやら、逃げてきたと言っても、一時的に避難してきただけらしい。紛らわしいことを言わないでほしい。王太子業が嫌になって逃げてきたのではないかと思ってしまったではないか。


「君のことで質問攻めにあってね。鬱陶しくて」

「……それは申し訳ありませんね」


 アウグストにニコニコと言われて、ルクレツィアはむっつりしながらそう答える。基本的に家族の前では愛想のよいルクレツィアであるが、さすがにこの状況にはうんざり気味だ。おそらく、アウグストも同じなのだろう。



 去年の生誕祭で、15代目アルバ・ローザクローチェがその素顔を曝した。



 もちろん中身はルクレツィアで、彼女は何度も本名で呼ばれていた。

 それでも、信じられないやからはいるわけで、ルクレツィア本人やアウグストたちに聞いてくるわけだ。



 いわく、『15代目は、ルクレツィア王女か?』と。



 その可能性が高いということで、ルクレツィアの元には多数の縁談が届くようになった。実際には、今まで彼女の元には届いていなかっただけで、王女ということで縁談は来ていたのだが、その件数が二倍になったという。

 彼女が男性恐怖症なのに、直接口説かれることも増えた。まあ、王女なので直接的に口説かれることはないが、そう言った経験の少ないルクレツィアはすでに半泣きである。そして、通りかかった兄や姉、そしてフェデーレに泣きつくというこの何とも言えない状況だ。

 兄と姉はともかく、フェデーレに泣きつくのはまずかったかな、と思う。ルクレツィアが『夜明けの騎士団』と関わっている可能性が高いことを示すし、それ以前にフェデーレは外面がいいので女性にモテる。一気に令嬢たちの視線がきつくなった。


 ちなみに、ルクレツィア自身は自分がアルバ・ローザクローチェと思われているから関わろうとする人が増えたと思っているが、実際には少し違う。それもあるが、アルバ・ローザクローチェとして振る舞う彼女が、普段からは想像できないくらい魅力的であるからだ。


 印象的なシルバーブロンドをひるがえす、颯爽とした身のこなし。歯切れの良い言葉に、自信にあふれたその表情。それらが、もともと怜悧な顔立ちをしているルクレツィアの魅力を引き出しているのだ。


 彼女は、二重人格と言っていいほど公私の差が激しい。それは、『ルクレツィア』という一人の少女と、『15代目アルバ・ローザクローチェ』という責任ある人物が別だと彼女自身が考えているからだ。しかし、どちらも本質的にルクレツィアであることには変わりがない。

 だが、その差を目にした人々が戸惑うのは仕方がない話だ。第2王女は控えめ、もっと端的に言ってしまえば臆病な性格だと思われていたからだ。実際にはそんなことはないのだが、彼女が男性恐怖症であるせいだろう。


 ふと、ルクレツィアはここまでフェデーレに手を引かれていたことを思い出した。二日酔いが抜けきっていないのでボーっとしていたが、いつもなら男性に触れられたら振り払うはずだった。なのに、ルクレツィアはフェデーレを振り払わなかった。

 ルクレツィアにとって、フェデーレは家族に近いのかもしれない、とぼんやりと考える。明らかなる現実逃避であった。


「たぶん、ほとんどの貴族が君がアルバ・ローザクローチェだと気付いている。まあ、彼らもそれなりに良識があるから表立っては言わないけど、君と縁を結びたい人続出だよ」

「……私、しばらくラ・ルーナ城にいてもいいですか?」

「それはダメ。今も、君を連れ帰ろうと思ったのもあってきたんだから」

「逃げてきたのでは?」

「逃げるついでに迎えに来たの」

「……」


 我が兄ながら、ああいえばこういう男である。悪気がないところが言うところが一番悪い。


「……というか、なんで私を迎えに? 別に言ってみただけでほっといても宮殿に帰りますよ?」


 ラ・ルーナ城に居たいと言った先ほどの言葉とは逆に、ルクレツィアはそんなことを言ってのける。結局、ルクレツィアが帰る場所はイル・ソーレ宮殿なのだ。


「だから言ったじゃないか。逃げるついでに迎えに来たの」

「……つまり、主な目的としては逃げることなんですね」

「そう言うことだね」


 ニコッと笑ってアウグストは言ってのけたが、王太子という彼の立場上、そうそう長く宮殿を空けてはいられないだろう。ルクレツィアもさすがにそろそろ戻らなければならないだろうし。寝過ごしてしまったため、すでにお昼を過ぎているのだ。みんな心配しているだろう。


 ルクレツィアは紅茶を飲みほしてふう、と一息ついた。フェデーレが紅茶を注ぎたしてくれたので、ルクレツィアは微笑んで礼を言った。さすがに女性にモテるだけあり、フェデーレは結構気が利く。ちなみに、ルクレツィアは現在、生誕祭に彼からもらったリボンで髪を束ねていた。


「……やっぱり、ずいぶん仲良くなったよね」


 じっと、ルクレツィアではなくフェデーレの方を見ながらアウグストが言った。ルクレツィアは今度は紅茶に砂糖を入れてぐるぐるかき混ぜながら言った。


「別に、最初から仲が悪いわけではありません」


 仲間意識は初めからあるし、彼のことが嫌いなわけではない。たまにうざいとは思うし、腹が立つがそれだけだ。強調しておくが、嫌いではない。

 喧嘩するほど仲がいいとはよく言うし、年が近い友人同士のような二人が喧嘩するのは当たり前といえば当たり前……だと思っていたのだが、どうなのだろう?


 ちなみに、こういう時にフェデーレは役に立たない。彼は、アウグストが苦手らしい。確かに、二人ともヴィルフレードに師事した剣士であるし、アウグストはフェデーレの兄弟子だ。現在、どう考えてもフェデーレの方がアウグストより強いが、苦手意識は変わらないようである。まあ、アウグストが王太子である、というのも関係しているのかもしれないが。

 ルクレツィアも相当公私の差が激しいが、フェデーレもかなりの差がある。


「まあいいけどさ……。そう言えばルーチェ。宮殿で噂になってる話、知ってる?」

「噂?」


 ルクレツィアがこてん、と首をかしげる。最近噂になったことなら、ルクレツィアはわからない。何しろ、彼女は真実を暴こうと近づいてくる貴族たちから逃げ回っていたからだ。必然、噂話など耳に入ってこない。しかし、もしかしたら侍女たちは聞いていたかもしれないが。


「ああ。何でも、宮殿に幽霊が出るという話でね」


 アウグストとしては単純な世間話として披露したのであろうが、ルクレツィアにとっては彼女の沽券にかかわる問題であった。何しろ、イル・ソーレ宮殿はルクレツィアの魔法で護られているのだ。

 といっても、彼女の能力は結界能力ではないため、正確には守っているのとは少し違う。どちらかというと『見張って』いるのだ。なのに、幽霊が宮殿内に侵入しているとは。


 とりあえず。


「フェデーレ。あなたも何かしゃべりなさいよ」


 ずっと黙っているフェデーレにツッコミを入れた。ずっと沈黙されると、存在を忘れてしまうではないか。


「……お前、霊は感知できないのか?」


 やっとしゃべったと思ったら、質問された。「わかるわよ」と答えようとして、ルクレツィアはふと思った。


「……いや。わからないかもしれないわね」

「!? おいおい」

「あんたにつっこまれたくないわよ」


 ルクレツィアはフェデーレにツッコミ返し、指を顎に当てて少し考える。アウグストが「どうしたの?」とルクレツィアの顔を覗き込む。


「いえ……考えてみれば、私の能力は魔力を感知するけれど、魔力を持った物体を感知しているのかもしれない、と思って」


 そうであれば、説明がつくことがある。男二人はピンとこなかったらしく、顔を見合わせていた。ルクレツィアの能力は珍しいもので、彼女自身にしか理解できないだろうからそれは仕方がない。


「私は、精神体を感知できないのかもしれません。その本体が精神体であるから、ファウストは私には感知できないのかも」


 マルツィオの体を使用しているとはいえ、ファウストの本体は精神体だ。その強力な力に、マルツィオの存在感が消えている可能性は無きにしも非ず。


 まあ、あくまで推測なので、間違っているかもしれない。調べてもいいが、そんな無駄なことはしたくないのでやめておこう。


「ルーチェの魔法は、実体のあるものが対象だからな。召喚するのも実体があるものだろ」

「別にやろうと思えば魔法も召喚できるわよ。地震とか、雷起こしたこともあるでしょ。ただ、魔法式をしっかり組み立てなきゃいけないから、面倒なのよ」


 フェデーレの言葉にルクレツィアは答える。彼の言葉も決して間違ってはいないが、ルクレツィアの魔法は彼女の演算能力とイメージ力に依存しているのだ。そのため、実物がある方が召喚しやすい、というだけだ。


「というか、そう言えば、ヴェロニカはどうしたの?」


 不意に話題が変わる。アウグストがラ・ルーナ城にルクレツィアを尋ねてくると、必ずと言っていいほどヴェロニカが一緒だ。しかし、今日は姿が見えないので不思議に思ったのかもしれない。


「……部屋で死んでます」

「うん? 寝込んでるってこと?」

「まあ、そう言うことです」


 俗的な言葉を理解できなかったらしいアウグストは、自分の理解できる言葉に言い直してルクレツィアに尋ねた。まあ間違ってはいないので、ルクレツィアは肩をすくめてうなずいた。二日酔いで起き上がれないだけだ。おそらく、リベラートが様子を見に行ってくれているはず。

 まさか、さっきまで自分も寝込んでいました、と言えるはずもなく、ルクレツィアはそこで言葉を切った。彼女が飲み過ぎたのは、最近群がってくる人間たちにストレスを感じていたからかもしれない。


「あ、殿下。ルー、っ!」


 アウグストに告げ口しようとしたフェデーレの足を思いっきり踏む。あいにくヒールはないが(そもそも、彼女はあまりヒールの高い靴は履かないが)、思いっきり足の小指のあたりを踏んでやったので、かなり痛かったはずだ。


「どうかした?」


 顔をひきつらせて痛みに耐えるフェデーレを見て、アウグストが不思議そうに言う。ルクレツィアは微笑んで言った。


「何でもないですよ」


 そう。何でもないのだ。そう言うことにしておく。フェデーレが涙目でにらんできたが、気にしない。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


間章的な話なので、どうしても雑談が多くなってしまう……。

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