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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第9章 ファントム
69/91

68.お兄様、意味不明です

早速新章です。













 目覚めると、目の前に秀麗な顔があって、ルクレツィアは驚いて飛び起きた。



 と、同時に襲ってくる頭痛。これは完全に2日酔いである。



「頭痛い……」


 こめかみのあたりをぐりぐりしながら、ルクレツィアは再びベッドの上に戻った。秀麗な顔が再び目に入るが、目が閉じられたその顔は苦悶に歪んでいた。

 新年になり、10日ほどたった。昨夜は『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』の新年会だったのだが、ちょっと調子に乗りすぎたらしい。『夜明けの騎士団』は引きこもりか、わりとノリの良いやつしかいないので、基本的に定番のイベントはやる。忘年会もしたし。


 15代目アルバ・ローザクローチェであるルクレツィアももちろん参加した。無礼講で飲め食え騒げ、というのが『夜明けの騎士団』の忘年会なのだが、必ず途中で倒れる奴がでる。まさか、自分がそうなるとは思わなかったが。


 ルクレツィアは酒に強い。王女どころか少女にあるまじき酒豪であり、昨晩は最後まで飲んでいた1人である。どうやら酔いつぶれたようで頭が痛いが。


 対するここで倒れているヴェロニカは、一口で酔っぱらうほど酒に弱い。いつもジュースかお茶を飲んでいるのだが、何かのはずみに酒を口にしたらしく、ぶっ倒れたのをルクレツィアも見ていた。……と思う。そのあたりの記憶もすでに怪しい。


 ヴェロニカもルクレツィアも会場で眠ってしまったはずだ。だが、今、2人は一緒にヴェロニカの寝室に放り込まれている。ということは、誰かが運んでくれたのだろう。たぶん、リベラートとか、ヴィルフレードあたりが。


 しばらく目を閉じて休んでいると、頭痛が少しおさまってきた。まだ動きたくなかったが、とりあえずシャワーを浴びたい。ゆっくりと起き上がり、まだ目を閉じているヴェロニカに呼びかけた。


「ヴェラ……起きてる?」

「……………………………………死んでる」


 やや間を置いて返答があった。どうやら、生きてはいるようだ。身を起こさないどころか目も開かないところを見るに、かなり二日酔いがひどいと見た。


 頭に響くので、ルクレツィアもゆっくりと言葉を吐き出す。


「邪魔してごめんね……私、シャワー浴びに行く……あとで人を呼んでおくから」

「ああ……行って来い……」


 2人とも、重症である。


 ゆっくりとした動作で時間をかけてヴェロニカの部屋を出たルクレツィアは、やはりゆっくりと自分の執務室の側にあるバスルームに向かった。


「お、おお、ルーチェ。大丈夫かお前」


 動揺したような調子で声をかけてきたのはリベラートだ。彼はどうやら酒に飲まれなかったらしい。


「シャワーを浴びたくて……急激に動かなければ大丈夫」

「そうか」


 ほっとした様子でリベラートは苦笑を浮かべた。ルクレツィアは「ヴェラはまだ死んでるわ」と言い添える。


「あとで様子を見に行ってあげて」

「了解。気を付けて行けよ。倒れないように」

「うん……そう言えば、私とヴェラを運んでくれたのって、リベル?」

「ヴェラを運んだのは俺だけど、ルーチェ運んだのはマエストロ」


 やっぱりか。リベラートの答えを聞いて、ルクレツィアは自分の予測は正しかったのだなぁ、と思った。


「……じゃあ、後でお礼言っとく」

「ああ。そうだな。今、ちょっと城から出てるけど」

「……そう」


 ルクレツィアはちょっと呆れた。ルクレツィアもフットワークが軽いが、ヴィルフレードはそれ以上だ。ついでに彼も昨夜の宴会に参加していて、ルクレツィアの隣で彼女と同じくらいのペースで飲んでいたのに、なぜ元気なんだ。

 一般的に体が大きいと酔いにくいというが、ヴィルフレードの場合はそんなレベルではない気がする。まるで底のないバケツである。


 それはともかく、ルクレツィアは重い体を引きずってシャワーを浴びにバスルームに入った。手早く体と髪を洗い、体をふく。ルクレツィアは仮にも王女なので、人に世話をされることに慣れているが、同時に『夜明けの騎士団』に所属する魔法騎士でもあるので、大概のことは自分でできる。

 燃えたので銀髪は短くなっているが、もともと腰元まであったものが背中の中ほどまでになったという程度だ。つまり、やはり髪は長い。なので、乾くのに少々時間がかかる。


 ちなみに、炎の魔女であるヴェロニカに乾かしてもらおうとしたこともあるのだが、彼女の魔法は意外に大味なので、その時も髪が焦げて切る羽目になった。考えてみれば、ルクレツィアが髪を切るときは必ず彼女が関係している。


 髪を乾かすなら風でもいい。ルクレツィアは召喚魔法能力の強い地属性よりの無属性なので、そう言うのは難しい。そして、風ならジリオーラである。現在の彼女は魔力のほとんどを生体維持に回しているために、魔法はほとんど使えない……はず。実際はよくわからない。生誕祭のときに、ルクレツィアの前に割り込んでくるような力を持っているから。


 ジリオーラのことは好きだが、正直、少し怖い。彼女が、戦争の経験者だからだろうか。彼女が参戦したラノキア戦役は約1年で終結した戦争であるが、その被害は大きかった。その数多い被害者の一人がジリオーラなのだ。


 思えば、あのラノキア戦役には14代目も参加していた。ルクレツィアは幼かったのでよく覚えていないが、そこで14代目はデアンジェリス中から尊敬を集めるようになったという。その後釜が自分だと思うと、ちょっと怖いルクレツィアだった。


 体調がよくないので、ルクレツィアはゆったりとしたドレスを選ぶ。胸の下で切り替えのあるエンパイアラインのドレスだ。冬仕様のため長袖で、スカートも何重にも重ねられているが、どちらかというとワンピースに近い。色は淡いグリーンだ。

 さらに上に厚手のショールを羽織り、かかとの低い靴を履く。それでもルクレツィアは女性にしては背が高いのだが。


 最後に冷たい水を飲んでから部屋を出ると、すぐそこでフェデーレと遭遇した。


「……おはよう」

「おはよう。大丈夫か? いつにもまして顔色悪いぞ」


 出会いがしらにさらりと暴言を吐かれた気がしたが、ルクレツィアは言いかえす元気がないので、とりあえず「大丈夫よ」とだけ返した。フェデーレも昨夜の酒宴に参加していたが、途中で父のジョエレと共に帰宅してしまったため、ルクレツィアがぶっ倒れたことは知らないのかもしれない。


「ただの二日酔いだもの……」

「……ウイスキーをストレートで一気飲みしても平然としているお前が、二日酔い?」

「初めての経験だわ……」

「そりゃそうだろうな。俺だってなったことないぞ」


 フェデーレもかなり飲める方だが、ルクレツィアよりは飲めない。つまり、ルクレツィアはフェデーレに呆れられるくらいは酒を飲んだということだ。


「ああ、それよりも、殿下来てるぞ」


 突然フェデーレが話しを変える。とりあえず、ルクレツィアは「私も殿下よ……」とツッコミを入れた。


「ああ。王太子殿下が来ている」

「……なんで?」


 ルクレツィアのツッコミはスルーされ、しかし、フェデーレも通じないことに気が付いたらしく、人物が特定できる言葉を出してくれた。


 王太子殿下。つまり、ルクレツィアの兄アウグストである。


 彼は魔力のある魔法剣士であるので、訓練を受けにラ・ルーナ城に通っていたことはある。しかし、王太子として仕事をしている現在、そんな暇はほとんどないはず。そして、そもそも、彼の師であるヴィルフレードは行方不明だ。ただ、ルクレツィアの魔法の効果範囲を出た感じはしないので、おそらく王都の中にはいるだろう。



 だとしたら、何をしに来たのだ、ルクレツィアの兄は。



 二日酔いで動きの鈍いルクレツィアの手を引き、フェデーレがアウグストの元まで案内する。王太子を通してよいとは思えない会議室にいるらしい。思わずツッコミを入れた。


「フェデーレ。あんたがいながら、なんで応接室じゃなくて会議室なのよ……」

「……すまん」


 彼も、これはさすがにまずいと思ったようだ。まあ、気にするような兄ではないから大丈夫だろうが。稽古で怪我をしても気にしないし。


「お兄様」

「おはよう、ルーチェ…………ずいぶん、フェデーレと仲良くなったようだね?」


 笑顔のアウグストにそう言われて、ルクレツィアは自分がフェデーレと手をつないでいることに気が付いた。二日酔いによる体調不良でややぼんやりしているルクレツィアではなく、フェデーレが焦ったようにその手を放した。


「おはようございます。お兄様」


 とりあえず挨拶を返したルクレツィアをじっと観察し、あろうことかこのお兄様はのたまった。


「……ルーチェ。もしかして、身ごもった?」

「お兄様。いくらお兄様とはいえ、怒りますよ」

「ああ。違うんだね。よかった。ゆったりしたドレスを着ているから、もしかしてって思って……ああ、もちろん、よく似合ってるよ」

「……」


 ルクレツィアは返答に困って沈黙した。勘違いされた理由はわかったが、その理由を話すべきか、ほめられたことに礼を言うべきか迷ったのだ。ルクレツィアが次の言葉を選ぶ前に、アウグストが「とりあえず、座りなよ。フェデーレも」と自分の前にある椅子を示した。ルクレツィアは座る前にポットに入れられているお茶をカップに注ごうと思ったが、その前に声がかかった。


「俺がやる」

「え、ああ、うん。その方がいいかもね……」


 フェデーレに止められ、おとなしく彼に任せることにした。二日酔いのルクレツィアがやるより、やや危なっかしいものの、しっかり意識のあるフェデーレにやってもらった方が安全であろう。


 フェデーレから紅茶のカップを受け取り、ストレートのまま少し口に含む。うん。柑橘系の香りがすっきりしている。


「それで、お兄様は何故こちらに?」


 話しを聞く限り、アウグストは登城してきたフェデーレを連れてこちらに来たようだが、何かあったのだろうか。それにしては、フェデーレは何も言っていなかったが。

 ルクレツィアの当然の疑問に、アウグストは笑顔で言ってのけた。






「うん。逃げてきた」





 ……えっと。つまり、どういうこと?










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この章は物語に関係はありますが、そんなに長くはならない、と思う。


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