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夜明けを告げる魔法使い  作者: 雲居瑞香
第8章 生誕祭
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67.贈り物

第8章もこれで終わりですね。














「あの液体は、確かに水銀でした。ヴェラとルーチェ……姫様によると、魔女ディアナの肉体が水銀に変化したそうですが」


 事実確認を行うように、魔法検証が行われている。場所は宮殿の会議室の一つ、鈴蘭の間だ。説明しているのはヴェロニカではなく、珍しくもリベラートである。


 もともと、リベラートの方が生態系の魔術に詳しいのもあるし、単純にヴェロニカが魔力不足を補う休息に入り、検証を行う時間がなかったのもある。というか、一日足らずでこれだけ調べおおせたリベラートは称賛に値する。


「これは推測ですが、ディアナは不老長寿を実現するために、命の水を使用し続けていました。その後遺症がこの水銀なのではないでしょうか。ただの肉体では腐敗しますが、水銀なら腐ることはない。そのために、容姿が崩れることはありませんから」


 リベラートの推測であるが、かなりいい線をついている気がした。ただのルクレツィアの勘である。


 ディアナの肉体は、その組織を長い年月をかけて水銀に変化させていった。リベラートはそう言っているのだ。


「……一応、納得はできるな」


 堂々と椅子に腰かけたヴェロニカがうなずいた。彼女もルクレツィアも魔力が足りない以外は怪我も何もないので、こうして会議に参加中。ヴェロニカは無理やりリベラートについてきたともいう。


 ヴェロニカの厳しい評価に、リベラートは肩をすくめた。ルクレツィアははい、と手を上げる。


「結局、ディアナは死んだのかしら」


 根本的な質問である。リベラートはうなった。


「いや……俺は目撃してない……していないので、確かなことは言えないんですが」


 ヴェロニカも相当ひどいのだが、リベラートも大概である。敬語を使うのか使わないのか、はっきりしてほしいところだ。


 まあ、アウグストやクレシェンツィオの眼があるから気にしているのだろうが、ルクレツィアとしてはカミカミな口調の方が気になるのである。


「ルーチェの意見としては?」


 ヴェロニカは開き直って敬語を使わないことにしたようだ。ディアナにとどめをさしたのはルクレツィアだ。彼女は目を閉じ、少し考える。


「……死んだ、というか、存在が消えたのだと思う」

「存在が消えた?」


 アウグストが首をかしげた。ルクレツィアは考え込むように顎に指を当てる。


「ディアナは人間として死んだのではないということ。ええっと、死ぬのにもいくつか定義があるんですが、その肉体に魂が宿っていない状況……っていえばいいんでしょうか」


 これは、『霊魂は生きているのか』という学術論文で定義されたものである。霊魂はこの世界に残っていても、肉体に宿っていなければ死んだものとみなされる。逆に言えば、肉体が機能停止し、魂がどこかへ行ってしまった状態を『死』というのだ。


 ディアナの肉体は水銀となり、魂はどこに行ったかわからない。行方不明だ。なので、ルクレツィアは死んだ、というより、消えた、という方がふさわしい気がするのである。


 この定義は、リベラートとヴェロニカには何となく理解してもらえたが、アウグストとクレシェンツィオには首を傾げられた。まあ、何となく予測していた結果ではある。


 バルトロの方は、特に問題点はない。いや、問題点はあるが、魔法で語れるような問題点はないのだ。こちらは私怨と思われる。精神操作を受けていた可能性はあるが、バルトロが亡くなった今となっては確認しようがない。


 ちなみに、兄が亡くなったエラルドはけろりとしたものだった。ちょっと拍子抜けしたルクレツィアである。


「……実のところ、14代目はどうして亡くなったんだ?」


 クレシェンツィオが踏み込んできた。バルトロは精神操作を受けていたかもしれないが、14代目を敬愛する気持ちは本物だったのだろう。ルクレツィアから見ても、彼は偉大な『アルバ・ローザクローチェ』だった。


「……というか、なんでみんな、私が知っていると思うんですか」


 燃えてしまったために背中の半ばほどで切りそろえられた髪をいじりながら、ルクレツィアはそう言って首をかしげた。何故みんな、ルクレツィアに聞けば分かると思うのだろうか。

 そう尋ねると、クレシェンツィオとリベラートがさっと視線を逸らした。おい、そこの二人。何故目をそらす。


「……何となく、君に達観したイメージがあるからじゃないか?」

「それ、ヴェラにだけは言われたくないわ」


 達観して見えるのはヴェロニカの方であって、ルクレツィアではない。ヴェロニカは無表情のまま肩を竦め、椅子に深く腰掛け直した。


「だが、14代目を殺したのはファウストなんだろう?」

「本人はそう言うような口ぶりだったけど。実際のところはわからないわ。現場検証でも、結局犯人不明で終わったしね」


 そうなのだ。『夜明けの騎士団アルバ・カヴァレリーア』が総力をあげて犯人捜しをしたにもかかわらず、14代目を殺した犯人は捕まらなかった。それだけでも相当な魔術師と推測されるが、だからこそ、ファウストが犯人だとしたら納得できる。


「まあ、私に疑いがかけられたのもわかる気がするのよ。刺殺で、貫通していたからね。私の魔法なら造作もないわ」


 14代目は槍に貫かれて死んでいた。ルクレツィアの召喚魔法なら、造作もなく刺し殺せるだろう。もちろん、ルクレツィアは犯人ではない。


「まあ、あれは魔法ではなく手でやったのだろうな。そもそも、君がやったのなら何本もの剣が刺さっているはずだろう」

「それもそうね」


 ヴェロニカのツッコミに同意し、ルクレツィアは父の方を見る。視線だけで『納得できたか』と問いかける。


「……まあ、いいだろう」


 しぶしぶと、14代目の甥にあたる国王はうなずいた。


 ルクレツィアとしては、14代目の犯人は不明でいいと思っている。犯人が見つからないからこそ、『夜明けの騎士団』の騎士たちは『自分たちで見つけられないほどの魔術師に殺されたのなら、仕方がない』と思えるのだ。これで見つかったともあれば、総力をあげてかたき討ちに出るだろう。そうなった場合の被害は想像したくない。


「とりあえず、水銀についてはもう少し調査してみます」


 リベラートがそう締めくくり、会議はこれにて閉会した。
















 生誕祭の翌日になって、ようやく思い出したことがある。プレゼントだ。


 生誕祭前日から当日朝はラ・ルーナ城にいたため、ルクレツィアは今日になって初めて、父や母、兄や姉や弟妹達、そしてそのほか親族・友人からのプレゼントの山を見た。それを見て思い出したのだ。プレゼントを渡していなかった。

 もちろん、家族や友人たちに贈る分は、カルメンたち侍女が手配してくれていた。渡さなかったのは、ラ・ルーナ城にいる者たちへだ。ヴェロニカとリベラートにはすぐに会えたので渡せた。ヴィルフレードには郵送したし、エラルドには渡している場合ではない。


 残りはフェデーレだ。まだ日も高いため、より遭遇率の高いラ・ルーナ城に出かけることにする。ラ・ルーナ城に戻るヴェロニカとリベラートに同乗した。


「……いないかぁ」


 談話室と会議室を見て、ルクレツィアは腕を組んだ。まあ、そのうち会えるだろうし、今日はあきらめるかと思ったところで声がかかる。


「誰を探してるんだ?」

「あ」


 噂をすれば何とやら、だろうか。そばまでフェデーレが来ていた。珍しく嬉しそうに近づいてくるルクレツィアを見て、フェデーレが気味悪そうにする。


「……どうした?」

「いや、ううん。渡したいものがあって」


 はい、と差し出したのは正方形に包まれたものだ。フェデーレが怪訝そうにする。


「なんだ?」

「ええっと。ハンカチ」


 受け取りながら、「ハンカチ?」と復唱するフェデーレに、ルクレツィアは事情を説明する。


「ほら、前に……フランが誘拐された時、ハンカチ借りたでしょ」

「ああ……ずいぶん前の話だな」

「そうなんだけど……あの時借りたハンカチ、破いちゃって。だから、その代わりに……」

「あー。別にいいのに」


 フェデーレは苦笑した。彼も貴族だ。ハンカチなど、いくらでも手に入るだろう。だが、借りっぱなしはルクレツィアの性分に合わない。


「だが、ありがとう」


 フェデーレが受け取ってくれたことにほっとしつつ、ルクレツィアはさらに彼に向かって小さな箱を差し出した。


「……今度はなんだ」


 二つ目の贈り物に、フェデーレが身構える。警戒する彼に、ルクレツィアはちょっとムッとした。


「そんなに身構えなくても、こっちは生誕祭の贈り物! 昨日渡せなかったから」

「ああ……てっきり、これが贈り物なのかと」

「私の中では、ハンカチは借りたものを返したことになってるから」


 スパッと言い切ったルクレツィアに、フェデーレは苦笑した。受け取った箱のふたを開ける。


「カフリンクスか。しかし……」

「センスがないのはわかってるわよ。お世話様」

「いや。ずいぶんオーソドックスなものを選んだなと」

「……」


 センスがないと直接言われるのも腹が立つが、遠回しに言われるのもじわじわ来る。だが、ルクレツィアにセンスがないのは事実だ。カフリンクスを選ぶときも、オルテンシアに相談しつつ、一番貰って困らないであろうデザインのものを選んだ。だから、フェデーレの指摘は間違っていない。


「悪かったわね……」

「だが、ありがとう」

「あなた、さっきからそればっかりね……」


 ハンカチを渡した時と同じ言葉を言われ、ルクレツィアはツッコミを入れた。フェデーレは片方の口角だけをあげて笑った。


「俺からも一応贈り物。俺も渡すのを忘れていた」


 と、今度はフェデーレから包みが手渡される。包みと言っても、ルクレツィアの贈り物と大差ない大きさだ。しかも、ハンカチ並みに軽い。平たい箱に入っていたのは、髪を結ぶための黒のリボンと、金色の髪留めだった。どうやら、モテる男は選ぶ贈り物もちょっと違うらしい。


 ただ、ひとつ言わせていただく。


「これ、私が銀髪であることが前提よね」

「あー……俺にとっては、お前は銀髪だからな」


 歯切れ悪くフェデーレはそう言った。確かに、フェデーレとはラ・ルーナ城で顔を合わせることが多いため、ルクレツィアは銀髪であることが多い。今もそうだけど。

 それに、ルクレツィアにとっても、フェデーレはラ・ルーナ城にいるときの彼だ。少し言葉が悪くて、少し腹が立つ言動なのが、フェデーレだと思っている。


「……うん。そうね。納得。ありがとう。大切に使うわ」


 少しはにかみながら微笑む。すると、フェデーレがわずかに目を見開いた気がした。だが、すぐに取り繕うように言った。


「今度は破くなよ」


 ルクレツィアがハンカチを破ってしまったことをあてこすっているのだろう。さすがに頭に来たルクレツィアは、とりあえずフェデーレのすねを蹴飛ばした。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


贈り物っていえば、『賢者の贈り物』が思い浮かびます。あれになぞらえているかのごとく、ルクレツィアは髪が短くなり、フェデーレが髪飾りを贈っていますね。

ってことは、ルクレツィアは懐中時計用の鎖を買うべきだったのか……? いや、それはやっぱりおかしいな。物語的に。


どうでもいいですが、私は『賢者の贈り物』結構好きです。

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