66.思いの在り処
今回はフェデーレ視点。この章もあと1話! かな?
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ルクレツィアの作り上げた異空間に入ったルクレツィアとヴェロニカ、さらにディアナを見送り、フェデーレはバルトロに向き直った。
「……はは。結局、姫様にとって、俺は相手にする価値もないということか……」
バルトロは自嘲気味に笑った。そのうつろな目がフェデーレに向く。
「……姫様は、君が死ねば悲しむかな?」
自分と同じように、と言っているようにフェデーレには聞こえた。
それは、フェデーレにもわからない。喧嘩ばかりしているものの、嫌われているわけではないと思う。だからたぶん、彼女はフェデーレが死ねば悲しんでくれる。
しかし、バルトロが尋ねたのはそう言うことではないのだろう。胸に深い傷跡が残るほど、その死を悲しむのか聞かれている気がした。
「……どうだろうな。ただ、一つ言っておく。ルーチェだって、14代目が亡くなったことを悲しんでいないわけではないんだ」
確かにバルトロは彼を崇拝していた。だが、ルクレツィアも彼を慕っていた。それは、フェデーレやヴェロニカもそうだし、ヴィルフレードだって彼を好いていたと思う。
だから、誰もが悲しんだ。バルトロだけが、こんなにも悲しんでいるわけではない。
彼に同情しないわけではない。彼は自分の中に悲しみをため込み過ぎたのだと思う。その結果、ルクレツィアを責めることになった。彼女を苦しめるために、王族に手を出すという禁忌を侵した以上、彼は罪に問われるべきなのだ。
バルトロが手を前に差し出すと、魔法陣が展開する。フェデーレは魔法を使われる前に、とその魔法陣を切り裂いた。必然的に間合いが詰まる。そのまま切り伏せようとするが、近距離にいたことがあだとなり、フェデーレはバルトロの重力魔法をもろに食らった。
体が吹き飛ばされ、床に激突する。肩を強打したが、痛みを無視して立ち上がった。右の肩が痛みを訴えるので、フェデーレは剣を左に持ち替えた。彼は両利きなのである。
フェデーレの魔法破壊は、高度かつ繊細だ。そして、構成過程の少ない魔法は、破壊しにくいという性質を持っている。相手が自分以外を狙っているのならともかく、自分に向けて放たれた魔法を斬るのは至難の業だ。
とはいえ、それでもたいていの魔法を斬ってしまうのがフェデーレである。だが、バルトロはさすがは14代目アルバ・ローザクローチェに師事したことがある魔術師と言ったところか。フェデーレ1人では、正直歯が立たない。
だが、『夜明けの騎士団』の騎士たちは、貴族たちの護衛に行ってしまった。当代アルバ・ローザクローチェたるルクレツィアの命があったからであるが、本当に自分しかいないとなるとかなりの重圧を感じた。
とにかく、みんなが戻ってくるまで持たせなければ。そう思う。
バルトロの魔法を斬り裂いて肉薄するが、魔術師の支援のないフェデーレでは、魔術師よりの魔法剣士であるバルトロに勝つのは難しいだろう。せめて、リベラートだけでも来てくれると違うのだが。
だいぶ息が上がってきた。避け損ねた魔法でいくつか怪我を負い、右の肩は完全に動かない。おそらく、脱臼したのだろう。息を整えようと大きく息を吐き出した時、体に重圧を感じてフェデーレは膝をついた。
「そのまま、押しつぶされてしまえ。死んだお前を見て、姫様はどんな顔をするかな……」
完全に精神がやられてしまったのだろうか。バルトロがそんなことをつぶやいた。趣味が悪すぎる。
魔法には、どうしても魔力が強い方が耐性が強くなる。つまり、ほとんど魔力のないフェデーレは、魔法をもろに食らうということだ。バルトの重力魔法は容赦なくフェデーレを襲い、彼はついに床に突っ伏すこととなった。
「少女たちが憧れる貴公子が、いい体勢だね」
あざ笑うかのような口調ではなかった。ただ、淡々と事実を確認しているだけの声に聞こえた。フェデーレは起き上がろうと手をつくが、重力には勝てなかった。ばきっとどこかの骨が折れるような音が聞こえた。
と、唐突に体にかかる負荷が消えた。キィィン、というかすかな音は、魔法破壊で魔法が斬られた時の音である。フェデーレ以外に魔法破壊ができるのは。
「……マエストロ」
「お待たせしたね」
いつものヴィルフレードの笑顔を見て、フェデーレはほっとした。ヴィルフレードはフェデーレと比べるのもおこがましいほどの魔法剣士だ。彼相手にバルトロが勝てるわけがない。
と思ったのに、ヴィルフレードはさらりと言ってのけた。
「フェディ。ルーチェと約束したね。だから、君が相手をしなさい」
「……」
いつになく真剣な表情で言われ、フェデーレは沈黙した。だが、反論はせずにバルトロと再度向き合う。確かに、フェデーレはルクレツィアに彼を頼まれたのだ。
戦ってみて再認識したが、フェデーレはバルトロと相性が悪い。バルトロは剣術も魔術もほどほどであるが、どちらもそれなりに使える。近寄ろうとすればフェデーレより強い剣術魔法で退けられ、離れれば容赦なく魔法攻撃を食らうのだ。
剣術だけならば圧倒できるのだが。フェデーレは絶対的に魔力が足りなかった。あと、経験。
と、あきらめずにバルトロに肉薄したフェデーレは、彼の背後を見て驚いた。もっとも、表情には出ない。
バルトロが背後から袈裟切りにされた。
斬ったのは、彼の弟であるエラルドだった。
「エラルド……!?」
さすがのバルトロも、弟の凶行に驚いたようだ。正直フェデーレも驚いたが、隙を逃さずにバルトロの体を串刺しにした。その体が崩れ落ちる。
横向きに倒れ、血の海を作るバルトロを、フェデーレはエラルドと共に見下ろした。ひゅう、ひゅう、という苦しい息の下、バルトロが口を開いた。
「エ、エラ、ルド……裏切る、気、か……」
「裏切るも何も、私は初めからこちら側……姫様側だよ」
きっぱりとバルトロの弟は言い切った。エラルドも14代目に魔法を習った1人だ。それでも、バルトロとエラルドの思いは少し違ったようだ。
バルトロは14代目を、エラルドは15代目を尊敬している。
これは、『夜明けの騎士団』に所属したかしなかったかの違いなのかもしれない。エラルドは魔法騎士の1人としてルクレツィアと共に戦い続けた。その2人の間に、信頼関係が生まれるのは自然な話だろう。
対して、バルトロは魔力があったので魔法を習ったが、『夜明けの騎士団』には所属しなかった。そのため、ルクレツィアとはただの兄弟弟子という関係になる。ゆえに、バルトロの敬愛はすべて十四代目に向いたのかもしれない。
2人は、見ていたものが違ったのだ。
「そう……か……」
それだけつぶやいて、バルトロはこと切れた。エラルドは服が汚れるのもいとわずにしゃがんで手を伸ばし、バルトロの見開いた目を閉じさせた。
「安らかに眠れ、兄上」
きっと、バルトロは死後の世界で、14代目に会うことができるだろう。
「……すまない。お前の兄を」
「いや。不意を突いたのは私だからね。とどめをさしたのはフェデーレだけど、きっかけを作ったのは私自身だ」
ショックを受けているだろうに、フェデーレより一つ年上の青年はそう言って、フェデーレを責めなかった。それが逆に、フェデーレの心にのしかかった。
「……兄上は、姫様に剣を向けた。その瞬間から、兄は私の敵だよ」
そう言って、エラルドは自分より背の高いフェデーレに笑いかけた。フェデーレは知らず息をのむ。そこまでの覚悟が、自分にあるだろうか。
エラルドはヴィルフレードの元に向かい、何やら話しはじめた。と、唐突に空間がフェデーレにも視認できるほどにぶれた。突然、いなかったはずの人物がそこに現れる。ルクレツィアとヴェロニカだ。
ルクレツィアは床に腕をついて身を起こしており、ヴェロニカは何故か『初代アルバ・ローザクローチェ』の杖を支えにして立っていた。何故だ。
「ルーチェ。ヴェロニカ」
名を呼んで、フェデーレは近くに現れたルクレツィアに何気なく手を差し出した。立たせようと思ったのだが、よく考えなくともルクレツィアは男性恐怖症だった。普段はぽんぽんと会話をしているから忘れていたが、彼女は男に触られると拒絶反応を起こすのだった。
だから、すぐに手を引こうとしたのだが、思いがけずルクレツィアが「ありがと」と言いながらフェデーレの手を取って立ち上がった。条件反射的に彼女の手を引っ張り、立ち上がるのを手伝う。
「大丈夫か?」
「うん……って、その言葉、そっくりそのままあなたに返すわよ」
と、フェデーレの姿をまじまじと見てルクレツィアは言った。
「右半身、すごいことになってるわよ」
たぶん、血だらけなのだろうと予測する。出血量は大したことないのだが、広範囲に広がって付着しているのでかなり真っ赤だろうと思う。その自覚はあった。
ルクレツィアを見下ろしたフェデーレは、「お前も」と彼女の銀髪をひと房持ち上げる。
「残念だったな。きれいな髪なのに」
思わず言ってしまってから、心の底の本音が漏れたとばかりに猛烈に恥ずかしくなってくるが、ルクレツィアはけろりとしたものだ。
「髪くらい、すぐのびるわよ」
あっさりした口調で彼女がそう言ったとき、これ見よがしに「こほん」と咳ばらいが聞こえた。見ると、リベラートに付き添われた国王と王太子が立っていた。フェデーレはパッとルクレツィアの銀髪から手を放す。
「フェデーレ。あとでちょっと話をしようか」
どこかで聞いたようなセリフをアウグストに言われ、フェデーレは顔をひきつらせる。
一方の国王はちらりとバルトロの死体を見た。
「……死んだのか」
「ええ。やむを得ず。申し訳ありません」
間髪入れずに答えたのはヴィルフレードだった。いつもの爽やか腹黒の顔ではなく、本当の本当に真剣な表情だった。
「……いや、お前がそう判断したのなら、構わん。リーゾ伯爵家をとがめるつもりもない」
「……ありがとうございます」
国王の言葉にほっとして、エラルドが言った。フェデーレも良かったな、と思う。
「ルーチェ。あの魔女はどうした」
「……死にました。たぶん」
「たぶん?」
何人かの声が重なった。ルクレツィアは自信なさげに肩をすくめただけで、答えなかった。何があったのだろうか。まあ、ルクレツィアとヴェロニカの組み合わせで、何かない方がおかしいだろう。
「とりあえず、私、魔力切れで倒れそうなんで、話は明日でもいいですか?」
ルクレツィアがそう言って微笑んだ。そう言えば、彼女の白い顔は白を通り越して青白くなっている。どうやら魔力欠乏症らしい。ヴェロニカに至ってはすでに気を失って、ヴィルフレードに支えられていた。
「……ま、いいだろう」
鶴の一声ならぬ国王の一声で、全ての謎は明日に持ち越されることになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エラルドがルクレツィアを好きかどうかはご想像にお任せしますが、少なくとも仲間意識はありそうですね。
あと1話でこの章も終わり! よかった。終われそう。




