63.14代目
「アルバ様! 私とも踊っていただけませんか!?」
「……」
アウグストと踊り終えたルクレツィアは、続いてかかった声に思わず沈黙した。第2王子ジェレミア(15歳)である。
彼は果敢にも仮面をした姉に声をかけてきた。しかも、大声だったので周囲の注目を集めていた。
アウグストと踊った手前、断るのはおかしいだろう。なので、ルクレツィアは断る気はなかった。戸惑ったのは、彼の勢いにである。
そんなわけでジェレミアと踊ることになったルクレツィアであるが、実は、成長期であるジェレミアとルクレツィアの背丈はさほど変わらない。ルクレツィアが女性にしては長身だからである。
ついでに、今日のルクレツィアは靴の底上げを行っているので実際に並ぶと、ルクレツィアの方がやや身長が高かった。
アウグストにはやや劣るものの、ジェレミアもなかなかリードがうまかった。少なくとも、ダンスの基礎を知っているルクレツィアを踊らせることができるくらいにはうまい。
「姉上と踊れるなんて、夢のようです……! とても美しいですよ、姉上!」
「いや、お願いだから声は小さく……」
ダンスはともかく、ジェレミアは声を張るのでルクレツィアは内心ひやひやだ。声を張ると言っても、周囲には聞こえないくらいなのだが、どこで聞かれるかと思うとルクレツィアが慎重になってしまうのは仕方がないだろう。
始終ジェレミアはテンションが高かった。そのせいか、やはり周囲の注目を集めている。いや、アルバ・ローザクローチェが踊っているために注目を集めているだけかもしれないけど。
曲が終わりに近づいたころ、ざわざわと何やら騒がしくなった。ちょうど踊り終わったルクレツィアは、そちらの方を見た。
「どうしたんですかね?」
「わたくし、ちょっと行ってきますね」
ジェレミアにそう告げ、ルクレツィアは人垣の方に足を踏み出した。ジェレミアは置いて行くつもりだったのに、彼もついてくる。
「どうしましたか?」
声をかけると、床に座り込んでいた少女がうるんだ目をあげた。どうやら足をひねってしまったらしい。ルクレツィアも膝をつくと、微笑んだ。
「大丈夫ですよ。少し、失礼しますね」
ルクレツィアは治癒魔法が使える。これまであまり使用されなかったのは、自分自身に治癒魔法が効きづらいのと、『夜明けの騎士団』には優秀な治癒術師がそろっているためである。
ほのかな光と共に、治癒魔法で足が癒えていく。もう大丈夫ですよ、と言おうとして顔を上げたルクレツィアは、少女の眼に殺意を感じ、とっさに後ろに跳び退った。
不器用ながら振るわれたナイフは、逃げ遅れたルクレツィアの銀髪を数本切り落とした。
ルクレツィアと少女を中心に空間ができる。
「アルバ様!」
近づいて来ようとしたジェレミアを手で制し、ルクレツィアは落ち着いた口調で尋ねた。
「どういうおつもりでしょうか?」
「どういう……!? あなたのせいで、わたしの父は死んだのよ!」
少女の……シェルヴィーノ侯爵令嬢イリスの叫びに、ルクレツィアは戸惑った。彼女の父……つまり、シェルヴィーノ侯爵が亡くなったのは今から3か月ほど前。秋ごろになる。ちょうど吸血鬼騒動が起こったころだ。
あの事件で主になくなったのは、見目の整った若い男女だ。イリスの父は40代半ばだったので、条件には当てはまらない。あの事件で亡くなった人物は、最年長でも21歳だったはず。そもそも、シェルヴィーノ侯爵には魔力がなかった。
ということは、それとは関係ないのだと思う。ルクレツィアは王都で吸血鬼騒ぎにかかりっきりだったが、それ以外にもいくつか事件が起きていたのは確かだ。
「あなたが、助けてくれなかったから……!」
「……」
ルクレツィアは沈黙した。それは、飛んだ言いがかりである。
現在のシェルヴィーノ公爵は、引退したイリスの祖父になる。後継ぎであるイリスの弟が大きくなるまで、爵位を預かるようだ。
イリスの父の死因は病死だったと思う。事件性はなく、完全に言いがかりと思われた。
それとも、洗脳魔法を受けているのかしら。精神系魔法は目に見えないので厄介である。
イリスが以前からアルバ・ローザクローチェに敵愾心、もしくは猜疑心を持っていたのなら、洗脳して彼女の父親の死をアルバ・ローザクローチェのせいだと思わせることは簡単だろう。いくら精神魔法と言えど、好きなものを嫌いに、嫌いなものを好きにするのは難しい。
その上で、アルバ・ローザクローチェなら彼女の父親の病気を治せたかもしれない。だが、それを怠った、などと吹き込めばいいのだ。
現時点で、判断するのは不可能だ。ルクレツィアは目を細め、とりあえずイリスの手からナイフを取り上げようと足を踏み出した。
「おっと。動かないでくださいね、閣下」
一歩足を前に出した状態で、ルクレツィアは固まった。声のした方を見ると、20代前半の青年がジェレミアに剣を向けていた。もちろん丸腰であるジェレミアは、両手をあげていた。
「……何のつもりですか、バルトロ」
バルトロ・ディ・リーゾは、名が示す通りエラルドの兄だ。リーゾ伯爵家の三男坊で、エラルドほどではないが魔力があるので、一時期ラ・ルーナ城で魔法訓練を受けていたことがある。そのため、ルクレツィアも彼のことは覚えていた。
「あなたは、私たちを含めてみんなをだましている。罪深いとは思わないのですか」
「アルバ・ローザクローチェが正体を現さないのは、この国の慣例です」
だましている、と聞いて最初に思い浮かんだのがそれだった。ルクレツィアは落ち着いた口調でそう言ってのけたが、バルトロは違う、とばかりに笑った。
「確かにそれもある。ですが、私が聞きたいのはそのことではない」
それはそうだろう。バルトロはルクレツィアが15代目アルバ・ローザクローチェだと知っている。今更、アルバ・ローザクローチェの正体に興味はないだろう。
ということは、あの念写による予告状は彼の仕業か。念写は魔術なので、しっかり魔法式を組み立てて発動すれば、誰でも使うことができる。
「――――なぜ、14代目は亡くなったんですか」
ルクレツィアはわずかに瞠目した。今から3年半ほど前に亡くなった、ルクレツィアの先任のアルバ・ローザクローチェ。彼は、ルクレツィアの大叔父にあたった。
14代目が亡くなり、ルクレツィアは15代目となった。その間が短かかったため、ルクレツィアが14代目の力を奪ったのではないか、と噂するものもいたことは確かだ。だが、『アルバ・ローザクローチェ』に限ってそれはない。
「それは、あなたには説明してあるはずです」
「納得できるか!」
その大声を聞いて、ふと、バルトロは14代目によくなついていたことを思い出した。彼は、ルクレツィアと同じく彼から魔術を習ったのだ。
「見つかった時には死んでいた? あんなに傷だらけで、たった1人で! その後すぐにあなたは15代目アルバ・ローザクローチェとなった……何か、知っているはずですよね」
バルトロの言葉にルクレツィアは眉をひそめた。
14代目の死は謎だった。暑い夏のある日の夜。14代目は路上で串刺しになって亡くなっているのが発見された。ルクレツィアも現場検証に行っていた。だから、現場は目撃している。最も、遺体はすでに片づけられており、14代目を最後に見たのはラ・ルーナ城の聖堂、棺の中である。
そして、検証に行った14代目の死亡現場で、ルクレツィアは『15代目アルバ・ローザクローチェ』となった。理由は単純で、現場検証のために持ってきていた『初代アルバ・ローザクローチェの杖』の所有権がルクレツィアに発生したからである。端的に言えば、選ばれたのだ。ルクレツィアが、その杖を使用するに値する力を持っていると認められた。
タイミングが良すぎるのだ。14代目の死後、すぐにアルバ・ローザクローチェの名を継いだルクレツィアは、疑われても仕方がないのかもしれない。
おそらく、ルクレツィアの魔法力は14代目のそれを上回る。デアンジェリス史上五指に入ると言われる魔力を持つルクレツィアは、早い段階から『アルバ・ローザクローチェ』の後継となるだろうと言われていた。
バルトロも、それを覚えているのだろう。だから、ルクレツィアが14代目を殺したのではないか、と疑っている。
そして、何か知っているのではないか、というのも事実だ。14代目は、おそらくファウストが殺した。確証はないが、可能性はかなり高い。
だが、そんな確証のないことを言うべきではない。魔術師の言葉には力がある。それに、立場上、ルクレツィアは不用意に発言できないのだ。
「15代目!」
バルトロに叫ばれ、ルクレツィアは考えながら口を開いた。
「……確かに、何も知らないと言えばうそになるでしょう。しかし、あなたに答える義理はありません」
「私は14代目に世話になった。それでもか?」
「理由が弱いですね。それに、シェルヴィーノ侯爵令嬢に精神魔法をかけ、ジェレミア殿下を人質に取っているあなたの要求を呑むことはできません」
バルトロは舌打ちすると、ジェレミアを解放した。ルクレツィアは視線で、離れろ、と命じるが、何故か彼はルクレツィアに駆け寄った。
「アルバ様!」
「……何故こちらに来るのです」
だが、来てしまったものは仕方がない。ルクレツィアはため息をつきつつ、ジェレミアをかばった。
「……賭けをしましょう、15代目」
「賭け?」
聞き返すと、バルトロがうなずいた。ルクレツィアの足元に鞘に入った細身の剣が投げられた。
「私が勝ったら、全てをお話しいただく。あなたが勝ったら、私を捕まえればいい」
「……」
どちらにしろ、ルクレツィアに不利な条件だ。すべてを話すことはつまり、15代目がルクレツィアであることも話すことになるのだろう。そして、たとえルクレツィアが勝ったとしても、人々はアルバ・ローザクローチェに不信感を覚えるはず。
ルクレツィアはちらっと国王を見た。国王と王妃は、壇上でヴィルフレードにとどめられているようだ。フェデーレが剣に手をかけて臨戦態勢に入っている。
国王がじっとルクレツィアを見つめていた。自分で判断しろと、そう言っているように思えた。
「……ずいぶんとわたくしに不利な条件ですが、いいでしょう。お受けします」
ここで受けなければ、アルバ・ローザクローチェではない。そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




